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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
四章.異界へ渡る、救世の巫女
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18.アーキフェネブ(3)

感想、いいね、お気に入り登録、評価、拍手コメントなどなど、いつもありがとうございます。


17話を読み飛ばした方への簡単なあらすじ。


族長との初夜で手酷く扱われたアーキフェネブは、異界渡の儀をする斎場へと連れていかれる。そこへ、異議を唱えるためにやってきたクレナは、異界渡の儀・立会いのためにやってきた神官長の合図によって、護衛に殺される。アーキフェネブは戸惑いのまま、クレナを救いたくば精霊王の大前で願うがいい、と族長に追い立てられるようにして、進む先に精霊王がいるという洞窟を進むことになった。

 

 さむい


 さむくて、さむくて


 もう、なにも、かんがえられない。



 洞窟の中はひどく寒く、岩肌から水が滲み出ていて、足元には流れのない水が溜まっていた。

 濡れていても、冷たくても、所々岩のころがる洞窟内を歩くには、底が硬い織りの足袋を脱ぐわけにはいかなかった。水を吸って重くなった衣装は暗闇の中を進みながら、手探りで脱ぎ捨てて行く。帯もほどいて、頭の飾りも次々と落として行った。

 襦袢一枚を腰紐いっぽんで結んで、ただ、一心に歩く。


 クレナ


 その名を思い浮かべる。


 クレナ


 舞台に倒れた彼女を。彼女の身体から流れ出て行く、真っ赤な血を。


 森の中にやってきてくれたクレナ。

 村に居場所をくれたクレナ。

 寂しかった私に会いにきてくれたクレナ。


 クレナがいれば、他は何もいらなかったのに。

 人気者のクレナには、私なんてその他大勢の一人であったに違いない。同じ気持ちを向けてもらえることはないとわかっていた。

 それでもよかった。

 クレナが、オリクを好きでもよかった。

 私とクレナの橋渡しをしてくれていた、優しいオリク。クレナを喜ばせるために、私の様子を見にきて、共に過ごした日々。それは、私にとってもクレナの様子が聞ける、大切な時間だった。

 私とクレナの間に、オリクがいてもよかったのだ。


 クレナは族長と結婚することが決まっていて、クレナとオリクが結ばれないことがわかっていた。でも、密かに愛し合う二人を一番近くで見守ることができて、私だけでも二人を祝福できれば、それでよかった。



 それだけで、よかったのに。



 重い体と、一睡もしていない頭は、正常な思考力も判断力も持てていないことはわかっていた。

 それでもこのまま、ただ、精霊王の御座を目指す。

 血だまりに伏したクレナを、助けてもらうために。


 クレナが願ったのだ。私に向けて、世界を救ってと。

 それだけの力を持つ存在に、今から会う。世界と一緒に、クレナも救ってもらう。それくらい許されたっていいはずだ。

 きっと、元気なクレナにまた会える。きっとそう。

 だから、これで間違いないはずだ。


「まってて、クレナ」






 気づけば、ひどく暖かな場所で目を覚ました。

 なんだか、随分酷い夢を見ていた気がする。クレナとオリクが、あんな、ことに……。


 ハッとして眠気を振り払う。起きようとして、首から下がぴくりとも動かないことに気づき、混乱する。


「クレナ」


 声に出してみて、改めて全部現実だったことを自覚した。今どうしてここにいるのか、あれからどれくらい経つのか、不安と焦燥が募っていく。


「落ち着いて、大丈夫よ」


 優しい声が降ってきた。声がした方へ首をめぐらせると、波打つ金髪が美しい、綺麗な女の人が立っていた。


「まだ寝ていたほうがいいわ。渡りの負担は大きくて、回復するまでに時間がかかるもの」


 自分が今、大きな寝台に横たわっていることをようやく理解する。

 なんでこんなところで眠っていたのだろう。こんなことしている場合じゃないのに。はやく、早く帰らなくては。クレナのところに。


「どうしたの? どこか痛む? 苦しい?」


 無理に起きようとする私を見て、少女のようなあどけなさで、綺麗な手を伸ばしてくる。

 痛むのは身体中で、苦しいのは今までずっとだ。特に、体の中心が熱くて、ひどく痛む。苦しい。暴れ狂う何かを、無意識のうちに必死で押さえ込んでいた。


「ここは、どこ。あなた、は……?」


 口にした問いかけはかすれた。大丈夫よ、と優しい声が繰り返される。


「ここは中央神殿。あなたは無事辿り着いたの。あなたは異界渡の巫女として、立派に役目を果たしました」


 中央神殿。なんて遠い。目の前が真っ暗になる。

 ぐらぐらと回る視界は、酷い焦燥から来るものだ。


「わたくしは、この中央神殿を司る魔法使い。黄金の魔法使い。あとは、救世の儀を執り行うまで、ゆっくりしていらして」


 優しい声に、とっさにかぶりを振った。救世どころではない。クレナを。クレナを助けなければ。


「戻らなくてはいけないのです」


 私の囁きを聞いて、黄金の魔法使いは戸惑いを浮かべた。どうして、と悲しそうな顔でつぶやく。


「もどって、助けなくてはいけない人がいるのです」


 中央神殿から辺境の向こう、精霊他の民の地までどれくらいだろう。どうやって戻ればいい。クレナはまだ無事なのだろうか。あれから、どれくらい時間が過ぎているの。

 気になることが多過ぎた。ひどい目眩と体の痛みで、考えもうまくまとまらない。

 どうすれば、どうすれば。

 その時、別室から一人の男がやってきた。その姿を目にした途端、全身が総毛立つ。


「あぁ、目覚めたのですね」

「神官長」


 そんな私に気づかず、黄金の魔法使いは振り返り、朗らかな声で応える。


「えぇ、一時はどうなることかと思ったけれど。どうにか渡り巫女は救世を行える状態までこれたわ。ほんとうにありがとう」

「いえ、僕は何も。ですが、夢の巫女については……」

「……仕方がないわ。役目をまっとうしたということでしょう。前例のない形ではあったけれど、彼女も長年良くやってくれたわ」

「黄金の魔法使いからそう言われれば、巫女クレナも報われることでしょう」


 呆然と二人の会話を聞く。神官長と目が合う。


「異界渡りの巫女。神官たちの代表として、最大限の感謝を。あなたは世界のために、他の誰にもできない危険な渡りを成功させてくれました。……どこか痛むのですか?」


 ことさら心配げな声をあげて、神官長が一歩こちらに近づいてくる。ぱっと振り返った黄金の魔法使いが、私の顔を覗き込んだ。


「白銀を呼んでくるわ。なにか体に良いものを持ってきてもらいましょう」


 黄金の魔法使いの背中で、神官長が笑う。

 その笑みに気づかず、黄金の魔法使いが行ってしまう。神官長と二人きりになる。その醜悪な笑顔を取り繕うこともなく、彼は私が横たわる寝台にどさりと腰を下ろした。

 手が伸ばされて、頬に触れ、顔を寄せる。

 醜悪な笑みを浮かべた口元から、息が吐きかけられる。


「巫女クレナは、とっくに死にましたよ」


 胸の痛みが、増した。抑えていた力が、溢れていく。







 気づけば、かつて母に捨てられ、やがてクレナと出会った辺境の森上空に浮かんでいた。


 どうやってここまできたのかも、どうして飛んでいるのかもわからない。

 ただ、ずっと苦しかった胸が嘘のようにスッキリしていた。視界はくっきりとしていて、体が軽い。


 ばさりと、巨大な羽音が聞こえた。空中でふり仰ぐ。太陽を遮る影が、はるか上空から降りてきた。


「フォスフォロス」


 笑顔を浮かべて、両手を伸ばす。首が伸ばされ、どちらからともなくすり寄った。

 フォスフォロス。クレナに会うまで、一人ぼっちだった私を、森で育ててくれた養い親だ。

 人間ではない。もっとずっと高層界の生き物で、きっと私たちとは違う理由でそばにいてくれたのだけれど、私にとっては大事に慈しんでくれた存在だった。

 ずっとそばにいてくれた。森でも、村でも、ただそばにいて、私を見ていてくれた。

 ただ、この本来の姿はとても大きくて、目立って、人間の恐れを買ってしまっていて、無粋な呼び名がつけられてしまっているけれど。


銀鱗竜(エグラ=カルディラス)だと」


 他者がつけたその無粋な呼び名が聞こえて、眉を寄せる。フォスフォロスに抱きついたまま首だけで振り返れば、そこにいたのは魔法使いのひとりだった。そう、我に返った時にはずっとそこにいたのだ。


「黄金と白銀をどうした」

「知らない」


 答えを聞くや否や、魔法使いが術式を構築しぶつけてきた。魔力量にものを言わせて魔法使いもろとも吹き飛ばす。フォスフォロスは何もしない。ただ、私がすることをそばで見ている。

 魔法使いの姿が消えて、私は気を取り直してフォスフォロスに抱きつき直した。


「フォスフォロス、クレナを探しにいこう。どこに行っちゃったのかしら。変ね。オリクだって、こんな時はすぐにやってきてクレナの様子を教えてくれるのに、ちっともきてくれないの」


 くるるる、とフォスフォロスが鳴く。変ね。いつもはわかる言葉で話してくれるのに。

 まぁいいか、と私は笑う。世界を巡って、クレナを探そう。


 各国にはそれぞれ魔法使いがいるのだから、彼らに聞けばその国にクレナがいるかどうかわかるはずだ。

 隠し立てするのであれば、容赦はしないけれど、大丈夫。きっと教えてくれる。

 ひとりひとり、丁寧に。きちんと聞けば、答えてくれるはずだ。



 ■□■



 最後の二人の魔法使いの抵抗は凄まじかった。一人また一人と各個撃破されて行った魔法使いを踏まえ、二人は対策を練り、罠をはり、協力をして、アーキフェネブを追い込んだ。

 渾身の結界陣に捕らえると、救世に使われるはずの魔力を限界まで発散させ、弱体化させ、動くことさえできなくなったとことで、聖剣の巫女の前に連れ出した。


 少女が震える手で、聖剣を振りかざす。

 剣の扱い方も知らない小娘だった。なんの覚悟もない。震える手で、青ざめた顔で、すがるようにかたわらの騎士を見上げて。泣きじゃくって剣を取り落とした。

 わずかなやりとりで、聖剣は騎士へと預けられる。騎士は剣の扱い方もたしかで、覚悟もあった。その剣を振るうことに、なんの躊躇もない。


 聖剣を託された騎士の手で、アーキフェネブの心臓は貫かれた。




アーキフェネブの顛末でした。


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