16.魔法使いの嘘
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ふいに、外を見た。
『フォス』
「フォスフォロス」
なぜだか呼べば現れる気がして、その名を口にしていた。
ほんの少しの間のあと、朝日が木々に差し込む庭の、光の狭間から長身が姿を現した。
頭に巻いた布からこぼれた髪が、日を受けて銀色に輝く。
「なぜ、俺を呼べば出てくると? ローズ・フォルアリス」
「なぜかしら。ただ、なんとなくよ。そう、朝日がきらきら、綺麗で……」
「……、精霊のしわざか。くそ」
フォスフォロスは悪態をつき、それで? と私を見た。
「そこで気を失った巫女姫のために、誰か人を呼んでこいって?」
私にすがりついて名前を呼んだサクラサマラは、今は私の頼りない腕の中で寝息をたてていた。夢を見ているのなら、サクラサマラにとって優しい夢であるといいのだけれど。
なんにせよ落ち着いた寝息をたてている彼女を、無理に起こすつもりはないのだ。
「リリカと、書庫の古い書物をあたりたいの。いくつか持ち出して戻ってくるから、その間ここに誰も寄り付かないようにしてほしくて」
「気軽に言うよな」
「できないなら無理は言えないわ」
「できないとは言ってない」
「それなら、どうぞよろしくね」
フォスフォロスはじっと私を見つめた後、はぁー、とため息をついて追い払うようにひらひらと手を振った。私は「ありがとう」と言うやいなや、ヒナを呼び出した。
詳しい事情を何一つ聞くことなく要望に答えたヒナは、リリカと一緒にサクラサマラを布団に寝かせてくれた。そうして、今度はリリカの手をとる。
ヒナを先触れにして、フォスフォロスに後を頼み書庫へと向かった。
「……どう言う関係のひと?」
「ええと……。ここに入り込む手伝いをしてくれた人よ」
「こっちで出会ったばっかりだよね? にしてはなんか、すごく頼りにしてるって言うか……親しげって言うか」
「……セファにちょっと似てるわよね」
「えっ」
「似てないかしら?」
「どうかな……?」
二人して首をかしげながら、書庫へと急いだ。
「まずは、原典を当たる。儀式そのもののやり方が書いてある一番古い文書とか、大きな事件が記された歴史書とか。あとは、個人の日記とかも定番かな」
目的地にたどりつくと、リリカはそう宣言して、まずは目的の書棚を探し始めた。そのあとをついていく。
書庫の主で管理・編纂を役割とする文官は、数日、書庫の整理を手伝ったあの文官だ。
リリカとは顔合わせ済みなのか、何も言わずに私たちから距離を置いて様子を見ている。
「こういうのは、今まで伝わって来た話をいくら聞いてもムダって相場が決まってるんだよ」
どこにそんな自信があるのか、リリカはきっぱり言い切ってあたりをつけた書棚の本を一冊ずつ開き始めた。そんな彼女につられるように、私も一冊抜き出し、目次や要旨に目を通して行く。
「時代とともに、全く違う解釈によって儀式が変異して行ったんなら、このやり方で何か手がかりが見つかるはず。でも、厄介なのは人為的に変えられた場合」
本を開きながら、リリカは言う。
「誰かが、なんらかの目的を持って、儀式のあり方を歪ませたのなら、かつての儀式の手がかりは全部隠蔽されて破棄されてる可能性があるよね」
「……そもそも、儀式自体はおかしくないって場合でも、そうじゃない?」
リリカのいう、儀式のやり方が変異している、というのは、実際のところなんの根拠もない。彼女の基準でいう「よくある展開」にのっとっての調査だから、まったくの空振りである可能性もある。
けれど、儀式のそのものの意義を調べること自体には賛成だった。いつから、なんのための、どんな仕組みの儀式なのか、それを知るためにこの地に来たのだから。
「婚儀のあと、イシルイリルはすべて教えてくれるって言っていたけれど」
「ねぇ、婚儀って結婚でしょ? 本当にするの?」
「だって、私、そもそも追放された辺境で結婚するはずだったのよ」
「そういえば、なんでしなかったの? セファ先生を見つけたから?」
当然の疑問を投げかけられて、言葉に詰まった。でも、今更リリカに隠し事をする必要はないかと気を取り直す。彼女から視線を逸らし、書棚を眺めながら告げた。
「私ね、リリカ。アンセルム殿下に婚約破棄を言い渡されたあの日、そのあとの記憶がないのよね」
「はい?」
リリカの手が止まった。
ぽつぽつと、かいつまんで説明をする。実体験者である私自身でさえありえない話だと思うのだから、リリカはどう受け止めるだろう。書棚を眺めたままだったのを、リリカへと向き直る。
彼女はなんだか、「信じられない」そのままの表情をしていた。
「異界渡の巫女を名乗る何者かに体を乗っ取られてた……? 一年半も? えっ長」
「そう」
「え、じゃ、精霊の民の集落を救ったのは、その人なの?」
「そうね」
「セファ先生をみつけたのも?」
「あの人ね」
「魔力酔い対策で、セファ先生と先生が作った結界装置を設置しに集落を回ったのも」
「ええ」
「信用を得るために、集落の代表と一騎討ちしたのも」
「えっ」
それは初耳だ。
「なんとか勝って設置できることにはなったけど、今度はその勇姿に求婚者が殺到したときも」
「聞いてないわ!?」
「ちなみにね、その求婚者たちは騎士フェルバートが全員打ち負かしたんだって」
フェルバートの勇姿を想像してみて、さぞかし凛々しかったのだろうと思う。
それにしても一騎打ちだなんて。この手が剣など持てたのだろうか。運動に不向きなこの身体で、よくもそんなことができたものだ。子どもたちに親しげに声をかけられたのは、まさかその辺りが関係しているのだろうか。
「なるほど……ロゼじゃなかったんだね」
「……………ぜんぶ初耳だわ」
「わたしが聞いたのも全部噂だから、多少の誇張はあるかもしれないけど……。そういえば学院で一緒に過ごすようになってから、噂で聞いてた様子と随分違うなって思ったっけ……」
はー、とリリカが軽く頭上を仰ぐ。
「謎がひとつとけた……。新たな謎が生まれたけど……」
「新たな謎って?」
「だってつまり、四人目の巫女がいるってことでしょ。異界渡の巫女が二人になっちゃうじゃない」
深く考えてなかったことを指摘され、またたく。
夢の巫女、聖剣の巫女、異界渡の巫女、そして聖剣に討たれるべき魔女と考えていたのでそうおかしくないと思っていたけれど。
リリカはむぅっと眉をひそめる。
「ありがちな線でいうと、その異界渡の巫女と、ロゼが同一人物、とかだけど」
「?」
「たとえばね。未来のロゼが、過去のロゼを乗っ取った、とか」
そう言われてもピンとこない。フェルバートの言っていたことを思い返すと、救世にあたりどうも後手ばかり踏んで、行き当たりばったりで要領は悪かったと言っていた。過去に戻った未来の私は、そんなに無計画にことに当たるだろうか。
私なら、自分にできることとできないことを考えて、できないことはできる人にやってもらう。自分でやったほうが早いことも、人に頼んだ分その時間は自分が自由に振る舞えるなら、そうすることもある。
全部一人で抱え込んでやり抜こうとしていた『異界渡の巫女』は、私ではないと思うのだった。
「今更だけれど、青の魔法使いに話を聞ける機会を逃すべきではなかったわね」
中央神殿ではたしか、セファに呼び出しがかかったために戻ることにして、せっかくの機会をふいにしてしまった。あの時に、救世について魔法使い本人からもっと詳しく聞けばよかった。過去の出来事も、これからのことだって。
「閣下、おはようございます。こちらにいらしたんですね」
ふいに、この場にそぐわない少年の声がした。下働きの子どもだろうか。文官に用があってきたのだと推測できたが、なんとなくそちらに視線を向ける。
文官のそばに人影があったが、大部分が隠れていてよく見えない。むこうも、こちらに気付いた様子はなかった。着ているものが見え隠れしたが、官職を持つ者としての帯をしていたので、幼いながらも文官として働いているらしい。ますます興味を惹かれて、一歩を足を踏み出した時だった。
「やはりおかしいです。結界王国群の魔法使いはなぜ嘘をついているのでしょう」
踏み出した足が凍りつく。
魔法使いの嘘。
それは、私にとってただならぬ言葉だった。
「こちらの記述を見てください、ほら、ここで一人、ここで二人。次々とカフィネに殺された、魔法使いたちの戦いの目撃証言がまとめられています。限りなく当時に近い年代のようで、古いものですが信ぴょう性は高い。
でもおかしいんです。カフィネに殺された魔法使いは五人で、青と緑は生き残ったんですよね? 僕たちはみんな、そういう言い伝えを聞いているのに」
振り返った文官と目が合う。彼は少年の言葉を遮ろうと声をかけたけれど、少年は自論を披露するのに夢中で気づかない。
「カフィネの大災で殺された魔法使いは、七人全員であるはずです。青と緑も、黄金や白銀と同じように殺されたとあります」
利発そうな声だった。宮殿の官吏として制服を身に纏うほどだ。その聡明さを認められてのことなのだろう。
その少年は、ただ職務として、無邪気な推察と疑問を口にする。
「青と緑を名乗る彼らは、本当に魔法使いなんでしょうか」
次回「17.アーキフェネブ(2)」について
つらい描写が出てきますので、苦手な方は読み飛ばして、四章18話の前書きに記載予定のあらすじで把握されてください。
四章17話の前書きにももう少し突っ込んだ前振りを記載いたしますので、読み進めるかどうかの最終判断はそちらでお願いします。
内容はアーキフェネブの婚儀と初夜の事後、そして『異界渡の儀』です。なるはやで更新予定です。よろしくお願いします。




