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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
四章.異界へ渡る、救世の巫女
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14.サクラサマラの悪夢

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 しんと静まり返った部屋で、リリカが身じろぎする。


「わたしが顕現した聖剣によって、ロゼが死ぬ……。それが、救済……?」


 サクラサマラの言葉を受け、瞬きとともにそう呟くと、彼女は首を傾げた。


「なら、聖剣を顕現しなければいいんじゃない?」

「……異世界からの来訪者リリカは、聖剣の巫女としての役目を放棄するということですね」

「もともといまだに聖剣顕現できないから、今のままじゃどっちにしろ聖剣の巫女としての役割果たせないし。現状維持で、バレなくない?」

「無茶苦茶です」

「にしても、わたしがロゼを、かー。なるほどね。……盛大なネタバレをくらっちゃったなぁ」

「真面目に聞いてください」

「ネタバレって通じるんだ……なんで???」

「どうでもいいですそんなこと。それより、リリカが役目を果たさないとどんな目に遭うか。わからないわけではないでしょう」


 サクラサマラの言葉に、私はリリカを振り返る。リリカは、むー、と唇を弾き結んで、私からもサクラサマラからも目を逸らした。

 目を閉じて、ほんの数拍の沈黙のあと、目を開く。


「なるほどね。よくできてる。歴代の聖剣の巫女が言われるがまま聖剣作るわけだわ。とにかく、過去を切り離されて寄るべのない学生に、同い年の女の子の未来を奪え、なんてさぁ……」


 はー、と頭上を仰ぐ。


「いや、まー、なるほどなーだよ。よくあるよくある。なるほどなるほど」

「…………ちゃんと。わかってますか」

「……リリカ、思ったよりも冷静ね」

「よくある悲劇的な結末。語られ尽くした物語。もしもの未来の話でしょ。このままだったら、そうなっちゃうかもしれないってだけの。取り乱す必要ある? ……あ。もしかして、ロゼが隠してたのってこれ? 言ってよーもー」

「……どんなふうに言えばいいか、わからなかったんだもの」

「なんなら、黙ってそうさせるつもりだったんでしょ」


 返事に詰まった。すぐに口を開こうとしたけれど、「ほらね」と笑うリリカに封じられる。


「もしかして、イシルイリルに話を聞きにきたっていうのも嘘なんじゃない? 最初からロゼってば魔女になりにきたんでしょ」

「……そう思う?」

「魔女になって、なんならセファ先生に討たせることで助命を、くらい考えてたんじゃない? それが、ロゼが自分で動いて取れる手段で、一番手っ取り早いよね。自分がセファ先生の勝ち取るトロフィーそのものになればいい」

「手段は模索し続けるつもりがあったのも本当だけれど、全部が思い通りにいかない最後の手段くらいは、そうかしらとは考えていたわ」

「やっぱり。実家の力も使えないし、王家も頼れないし、婚家があるわけでもないし。後ろ盾がないってほんと無力だね。で、それはわたしも同じ。聖剣でロゼを死なせたくなかったら、神殿に逆らうことになる。だから」


 リリカはサクラサマラの手をとった。


「たすけてよ、サクラ」

「どっ、どうしてわたしが」

「あなた、最初から救世反対ではないの?」

「きゅっ、救世はんたいってわけじゃ」

「少なくとも、ロゼの命を救おうとしてる」

「だって、おかしいと思いませんか!? 救世の巫女ばかりに犠牲を押し付けて、そうやって救われる世界なんて!」

「……あなたは、何を犠牲にしたの」


 サクラサマラは首を振る。リリカは両腕を伸ばして、赤い髪の少女を抱きしめた。

 リリカの真剣な、思い詰めた表情に、私も席を離れリリカとサクラサマラのそばへ膝をつく。リリカが回した腕の先、背中をさするその手に、手を重ねる。


「過去を犠牲にしてやってきたわたしと、このままだと未来を犠牲にすることになるロゼ。ねぇ、サクラにもなにか代償があるんじゃないの」

「だめです」

「過去と未来。それなら、セオリー考えてあとは現在でしょ。ねぇ、サクラ。今まさに、あなたが奪われているものがあるなら。その上で、ロゼの命を救うために、私にロゼを殺させないために、虚勢を張って見せているっていうのなら、わたしたちに打ち明けて。力になりたいんだよ」

「だめ、です、言えば、きっと、あなたたちは……!」


 サクラサマラは頑なだった。私は、ふん、と思う。またか、と。リリカがこんなにも言葉を尽くしているにも関わらず。

 まったく気に入らない。だから、サクラサマラの耳元に囁いた。


「頼んでないわ」


 ぴくりと、白い衣に包まれた肩が震える。リリカが何か言いたげなのをさえぎって、さらに続けた。


「わたしたちの知らないところで、救うために必死にあがいて苦しんでいるそれを今、目の前にして、私とリリカはどうすればいいと思うの。黙って見過ごせるはずなんかないでしょう。どうにもならないから、あなたは今そうやって苦しんでいるんでしょう」


 サクラサマラの顔が上がる。翠の瞳は燃えるように輝いて、私を睨みつけてきた。


「それなら、知ってることを全部話しなさいな。同じ道筋をたどってすでに試したことをするのは馬鹿馬鹿しいんだもの。あなたが何を知っていて、やってきた試みがどんな根拠に元で行ったことなのか、全部話してもらうわ」

「……覚えて、ないですよ」

「……なんですって」

「おぼえていますか? 物心ついた時から今まで、何度眠りについたか。悪夢で飛び起きたそのあとも、午睡の回数も、うたた寝も、その時見た夢の内容までもを、全部?」


 リリカの手を振り払って、サクラサマラが膝で体の向きを変える。まるでわたしに摑みかかるようにして、手を伸ばし、のしかかるようにその短い赤髪が私の顔に影を落とした。


「目覚めるごとに、わたしの体は、年齢は、あなたを死なせる夢のわたしに近づいていく」


 まん丸に見開かれた目は、虚空を見ているかのようだった。


「あなたは、わたしと会ったばかりでも、わたしは違います。わたし、もう、何度も、何度も、何度も、あなたに出会ってます。リリカにも。フェルバートにも。何度も、何度も。何度も。それって本当のわたしだったんでしょうか。 わたしじゃないといいな。だって、夢の世界のわたしは、何度も、何度も、あんなにも無残にあなたを死なせたんです。同い年のあなたを。知っていたのに、何度も死なせた。助けられなかった。ねぇ、このわたしは、まだあなたを死なせていませんか。これから死なせてしまうんでしょうか。あなたはいつのあなたですか。夢で、わたしが何度も死なせたあなたと同じあなたなんでしょうか。ねぇ、わたし、もう、試せないんじゃないんですか。ここは夢じゃない。もう、現実が追いついて、もう、間に合わなくて、さいごのさいごとおもって、わたし、あんな、あなたのさいごの一年半をだいなしにしてまでなにがしたかったのか——」


 怒涛のごとく告げられた言葉に偽りがあるとは思えなかった。ごまかすため、苦し紛れの振る舞いには到底思えない。それになによりも、最後の言葉が聞き捨てならなかった。


「……精霊の巫女姫、サクラサマラ。あなたは、誰なの」

「救世の巫女のひとり。夢の巫女」


 私の頭をかかえるように、サクラサマラが抱きついてくる。


「夢で、ずっとあなたを見ていたんです。世界を救うために必要な、あなたを。——ロゼ」 


 つたない言葉で囁いて、糸が切れたかのように、彼女は意識を失った。

 残された私はリリカと顔を見合わせて、くずおれてきたサクラサマラを抱きしめる。


「……わけが、わからないわ」

「そうやって、何度も言われたのかな」


 くすりと笑うリリカのほうは、私よりもずっと理解が進んでいるように見えた。


「何度もそうやって言われて、その度に説明して、ロゼを救おうと走り回って、失って、傷ついて目覚めて。猶予があることを確認して、また眠って、試して。そんなことを、ずっと、何度も、こんなに擦り切れるまで、サクラは繰り返してきたのかな」


 語尾が滲むようにして湿った。取り繕うように深呼吸をして、リリカはことさら明るい声を出す。


「でも、謎はけっこう解けたよね。わたしの故郷の言い回し知ってたりするのって、多分、夢でも私と話してたんだよ。ネタバレなんて、どんな会話で出てくるんだかわかんないけど」

「わかるのは、サクラサマラのやり方では何も変わらないということだわ」

「それは」

「それだけの試行回数を経ているということは、サクラサマラの発想だけでは手詰まりなのよ。だから、彼女が思いもよらない糸口を探さなければいけない」

「……ロゼの目的には、余分なことなんじゃない?」

「あら。私だって、一挙両得の方がいいに決まっているわ」


 意識のないサクラサマラの体を、抱きかかえるようにして座る。同い年だと彼女自身は言っていた。だというのに、彼女の体は薄くて細く、羽のように軽い。

 繰り返し眠って、夢を見続けていただめだろう。


 掴まれてよれた襟元はどう直したらいいのだろう。

 そんなことを考えながら、その顔を見下ろす。夢が現実に追いついたというのなら、今、やっと、悪夢を見ずに済んでいるのだろうか。

 目覚めたら、悪夢が再開する、ということなら。


「リリカ」

「なあに、ロゼ」

「サクラサマラの悪夢を、終わらせるためにはどうしたらいいかしら」


 異世界からの来訪者リリカは、黒髪を揺らしてにっこりした。


「セオリー通りに行こっか、ロゼ」


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