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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
一章.おいてけぼりの、悪役令嬢
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14.この手をとって


 けれど、と私は首をかしげる。食事を終えると、食後のお茶が出された。これも、全部セファが注文に入れてくれているのだろう。

 よく考えずとも、セファにはお世話になってばかりで、役に立ったことが一度としてない。これが侍女と主人の関係であれば正しいかもしれないけれど、友達というには何か違うだろう。


「いいえ、だめね、私。セファの友達なのだと胸を張れないわ」


 出されたお茶をじっと見つめて、肩を落とした。一人で何にもできない。役にも立てない。友達としての価値を、何一つ示せない。

 ぽつぽつとそう言って、お茶に映る自分の顔をじっと見た。 お茶の色をした私は、見るからに貴族然とした見た目だろう。旅装に身を包んでいるとは言え、長年手入れされてきた髪や肌は、そう簡単に平民に紛れるものではない。そういえば、辺境に行っている間の肌の手入れは、トトリがしてくれていたのだろうか。それとも、身近に侍女を置いていた?

 実家から勘当された『ローズ』に憑依したという異界渡の巫女は、一体どうやってセファやトトリ、フェルバートの心を掴み、異民族との交渉を取りまとめたのだろう。

 きっと、今の私に足りない物の全部を持った人だったのだろう。


「……ローズ様」


 セファが小さな声で呼びかける。はっと顔を上げると、困ったような顔をしていた。私はいつもこうだ。いつもいつも、笑ってほしいと思う人に限ってこんな顔をさせてしまう 


「僕も、『友人』と呼べる人はそう多くはないから、偉そうなことは言えないけど」


 うーんと悩むセファを、私はじっと見つめる。なにか、必死に言葉を尽くそうとしているのが伝わってきていた。その優しさを、私は見逃さないように注意深く見ていなければならない。


「必ずしも、利害関係があるとは限らないと思う」


「りがいかんけい……が、無いの?」


 呆然と繰り返す。だってそれは難しい。人は、生きているだけで敵と味方を見分けて、自分がどういう風に振舞うべきか考えなければならない。擦り寄る相手も、寄ってきて持ち上げてくる相手も、きちんとその裏を読み取って、汲み取って、正しい対応をするのだ。

 私の立場は、それはもうわかりやすかった。相応しくあろうと努力を重ねる王太子と、その隣に立つべく教育を受け、起きてから寝るまでの全てを管理される私。そこにつけいる余地はほとんどなかったけれど、夜会での社交は別だった。私にとっては練習をしてきたことを披露する場ではあったけれど、それは相手も同じ。

 例えるなら、盤上遊戯だ。相手がどれだけの利益をもたらすのか、計算高く一つ一つ駒を進めて、描いた盤面を完成させる。相手の感情というのは、それを織り込んでいかに思い通りに動かすのか、という指針でしか無い。

 私の政敵と言える相手は、つまりは王家の敵だ。私が振舞うべき立場の多くは決まって上位者のもので、おそらく易しい方なのだろう。強者におもねり弱者を寄せ付けぬよう振舞う、中位貴族の方がよほど難易度が高いと言える。


「……そうは言うけど、ローズ様、僕と友達になってその後得るものが?」


 利害関係が前提となるなら、私の場合はどういうつもりだったのか、とセファが問う。疑うというよりは、単縦な好奇心のような顔で。この人こそ宮廷魔術師という地位にあって、自分に価値がないと思っているのだろうか、と、少し呆れた。


「得るものしかないわよ」


 というより、すでに得ている、というべきか。


「この数日。あれだけの面倒を見てもらって置いて、何も返せないのは困るわ。今までの関係でいれば、城に戻ってもそれが続くだけ。それなら、友人になった方が私の方から動けるじゃないの」


 友人であれば、何か情報を得ても忠告として流せるし、何か素敵なものを手に入れたら下げ渡すことができる。身に危険が及べばそばに呼び寄せ、まとめて護衛してもらうことだって可能なのだ。お得しかない。


 つらつらとその他想定しうる限りの利点を述べると、セファが頭を抱えてしまった。「それなんか根本から間違ってない?」とつぶやきが聞こえたけれど、問いただそうと身を乗り出せば、バッとセファが顔を上げた。

 先ほどと違って、疑い探るような表情に、なんだか胸が痛んだ。


「……つまりローズ様は、僕に利を与えたくて友人になるってこと? そんなの」


「あなたの役に立ちたいのよ」


 セファの問いかけは間違っていない。けれど、言葉を遮るようにして思いの丈を告げた。今の私はどんな顔をしているだろう。セファの顔は、口も目もまん丸だった。驚いているのだろうか。やはり少し見当違いなのかもしれない。なぜだろう、胸が苦しくて、ぎゅっと目を閉じる。

 友人というのは、こんな風に思わないものなのかしら。


「助けてもらってばかりなのだもの」


 言い訳のように囁いた。このまま走って逃げ出してしまいたい。でも、行く宛などないのだ。せいぜいが上階の宿の部屋に戻るだけで、街に出るなどもってのほかだった。危険があればセファがきっと助けに来る。けれど、これ以上迷惑をかけたくなくて、役に立ちたいと願うのに、それでは意味がない。ありえない。

 そっと目を開けると、セファが頭を抱えて突っ伏している。あぁ、まただ。セファをこうして困らせてばかり。食事時の会話ももう諦めた方がいいだろうか。兄たちは、魔法学院の友人とこんな風におしゃべりしていたのかしらと、わくわくしたのに。


「……魔物に異様に詳しいのは、王太子妃教育の(たまもの)?」


「?」


 突っ伏したまま問いかけてきたので、声がくぐもって聞こえにくかった。魔物に詳しい? 誰が? 王太子妃教育?

 すとん、と椅子に腰を下ろす。聞こえた言葉をつなぎ合わせても解は出ず、首を傾げた。


「一通りの一般知識はもちろん、国を運営する上で魔物についての基本的な教育は受けているけれど」


 結界によって魔物から国を守るのは、当代の国王陛下だ。結界が弱まるのが、その国王陛下が弱っている時と、代替わりの時。結界が弱っている時は必ず国王は大変な状況にあり、よって結界が弱まる際に外敵から国を守るのは国王ではなく臣下となる。

 その、臣下の筆頭となるのが王妃だ。


 外敵とは隣国諸国や敵対勢力の他にも、魔物も数に数えられる。魔物が組織立って国を襲うことはないけれど、特別な条件が重なって不幸にも魔物に弱った結界を食い破られた国は、少なくない。


「あぁ、そういえばあの時のローズ様……」


 あれ、とセファが顔を上げる。虚をつかれたような顔をしていたのに、みるみる険しい表情となった。怖くなって膝の上でそっと手を握る。あぁもう、とセファがまた顔を覆った。なんだろう。感情の起伏を抑える時、あぁするのが癖なのだろうか。

 そして、なぜだか思いもよらないことを聞いて来る。


「王太子妃教育って、どんな体調でも的確な指示が出せるようにするとかあるの」


「あるわ。心構えの話だけれど」


 即答した。

 うんうんとうなずきながら、補足する。王妃の立場で采配を振るうということは、国王が不在かその義務を果たせない場合だ。私が目指していたのは、国王の代わりを果たせる王妃。そして王妃の代わりはいなかった。相応しくあるために努力することでその立場を守っていた王太子と、それを支える婚約者()というのは、そういうあり方になるべく教育を受けていたのだ。


「最低限、必要なことを口にして、行動できるよう組まれた術式を持っているの。この旅の間はセファについていけばよかったから、それほど難しい術は発動していないはずだわ」


「そう……」


 セファが疲れた顔をしていた。今日はもうこの街に泊まって、明日の朝ここを()つと聞いているので、午後は宿でゆっくりするのもいいかもしれない。疲れているセファは休むとして、私は何をしようかしら。セファが許してくれるのならここで人々を見ているのもいいけれど、多分叶わないだろう。

 なら、セファが休んでいるところにお邪魔して、セファの様子を見ているのもいいかもしれない。セファは自分の話をあまりしないから、直接聞くのはどうだろう。休めないかしら。だめかしら。


「……君が思ってるより、君は、僕の役に立っているよ、ローズ様」


 飛び込んできた言葉に、えっ。と声が出る。まさかそんな、と笑った。気を遣わなくてもいいのに、と。


「覚えてないなら無理はないけど、あぁほら、ここまで乗せてくれた馭者(ぎょしゃ)が、お礼を半分返してきたでしょ。あれも、ローズ様のしたことに感謝してだ」


「……覚えがないわ」


「そんな風に眉をひそめると、君迫力あるよね……。本当に覚えてないのか。結構大かがりなことをしてたと思うけど……」


 それを言うなら詳しく話して欲しかったけれど、セファの視線が私から逸れて、席を立つ。話題か興味が失せたのがわかった。疲れているなら休めばいいのにと思ったけれど、セファは違うらしい。


「少し出よう」


 なんだか行く先を見据えるその顔は真剣で、どうやら違ったようだけど年下と思っていた少年の思いつめた眼差しに、胸のあたりが痛かった。

 セファの、何が。誰が。そんな顔をさせるのだろう。なんて、ふと、脳裏によぎった。




 二つの街道が交差するこの街は、とても大きい。計画的に作られた街であるのか、区画が綺麗に分けてあり、行政区、商業区、住宅区、職人区と、他にも様々あるが、目的があるなら目指す場所には困らなかった。

 それを、セファが縫うようにして歩いて行く。どこに行くのかわからない私はついて行くのが精一杯で、何も言わないセファが少し怖かった。


 石畳の坂を少し登った丘の上。街の外壁の向こうに見える街道に、あちらはお城の方角かしらと思いを馳せ、さらに頭上の結界を見上げる。街を守る結界のさらに上方に、国を守る結界の円蓋(えんがい)が見えるはずだけれど、私の目はそれを映さなかった。あまり、人の結界を見るのは得意ではないので。

 ついよそ事を考えてしまう。だって周囲には誰もいなくて、セファと二人、並ぶようにして街を一望できる高台に立っている。

 私たちの背後にあるのは、きっと聖堂だろう。この街の人々は信心深くはないのか、出入りする人はここにきて一人も見なかった。静かな場所だ。


「いろいろ話を聞いて、考えたけど」


 右隣のセファが私と同じ方向を眺めながら、口を開く。


「ローズ様は、王都に戻って何がしたいの」


 その言葉は、問いの形をしていたけれど、ちらりと隣のセファの目を見れば返事を求めていないことがよくわかった。それはわかった。けれど、でも、なら、この先に続く言葉はなんなのだろう。


「ねえ、ローズ様」


 セファが、私の方へと向き直る。気づけば、私の右手は捕まっていた。




「僕は、君を王都に戻したくない、と思うんだ」


「変だよ。何が貴族。何が王太子妃。なんでそんな非人間じみた生活を当たり前にしているんだ。おかしいでしょ」


「君はあの人じゃない。わかってる。でも、僕の手をとって泣いた君が、役に立ちたいと告げた君が、そんなことを強いられていた場所に、連れ戻すなんてできないよ」



 セファの語る理屈はわからない。理解ができない。けれど、私を心配してのことだとは窺えた。




 だから、一緒に逃げようと、そう言うセファの笑顔が、なんだかとても綺麗だった。



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