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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
四章.異界へ渡る、救世の巫女
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3.白銀の出逢い

お気に入り登録、拍手、いいねなど、いつもありがとうございます。


3/28 会話が繋がってなかったので大幅に加筆しました。


 ——そこに彼がいるのは知っていました。

 ——なぜか、ですか。ふふ。好きなだけ警戒してください。できれば、この先もずっと。



 王都から馬車を乗り継ぎ宿屋で眠り、フェルバートただ一人を供として数日かけてたどりついた辺境は、戦時特有の緊張感に満ちていた。

 必要な対応の全てを騎士に任せ、一人で街に出ると騎士が慌てた様子で追ってきた。宿に戻れどこに行く勝手をするななどと小言を繰り返し、そのくせ無理に腕を掴んで連れ戻すことはできない様子で、意気地なしを相手にする時間が惜しかったので放置した。


 フェルバートとともに前触れなく訪れた診療所に、目的の彼はいた。突如現れた私たちに彼は診察室内を逃げ惑い、果ては診察台の下に潜り込んでなかなか出てこなかった。その無様を晒した敗因は、きっと身の丈ほどの大きな杖を掴み損ねた動揺と、私たちを傷つけぬよう配慮した優しさの二つだろう。


「あなたに力を借してほしくて、ここに来ました。どうぞ世界を救う私たちに、手を貸してはくれませんか」


 優しく声をかけ言葉を尽くせば、やがてこちらの熱意が通じたのかそっと出てくる。身長ばかり大きいのに、その中身はまるで人馴れしていない動物のようだった。不恰好に這い出すようにして出てきたところを、「フェルバート」と一声かけて、確保させる。

 床に押さえつけられたセファに声をかけようと膝をつきかけて、フェルバートが椅子に座れと顎をしゃくられた。ため息をつきつつ、仕方なく診察用の丸椅子に腰掛ける。この騎士は、この身体に負担がかかりそうな行動の何もかもに文句をつけてくる。

 あらかじめ伝えていたので、痛みはなさそうだったが、状況に頭が追いついていないのかセファはなぜこんなことに、と言いたげに遠い目になっている。彼が慌てたのは慣れない人間に対してであって、拘束されたところで能力に物を言わせて撃退することは容易であるため、ひどく落ちつていた。

 だから、非礼を承知で本題を告げる。


「ご協力ありがとうございます。では、今後の段取りについて早急に頭に入れてください」


 いずれ黄金に変じる、いまだ無垢な琥珀が、きょとんと見上げてくる。優しく微笑んだつもりだったのに、瞳をまん丸にして怯えた顔をした。まったく、失礼ですね。


「……あんたな」


 第一協力者フェルバートまで、なにか物言いたげだ。うるさいですよと思いながらも優しく微笑む。端正な顔立ちをした黒騎士の頰が引きつった。

 ……まったく心外な反応です。

 時間がないので、仕方がありません。まずは秋を乗り切ることが第一。それまでにやるべきことに必要なのは、セファの確保と、フェルバートの——。

 思考に沈みかけたけれど、青と琥珀の視線に引き戻される。二人と、診察室の壁にかけてあった鏡にうつる『今の自分の姿』を、目に焼き付けた。


「親交を深めてから話を進めるのは、時間の無駄ですから」



——望みを果たすため、何を置き去りにするかは決めていました。











 案内の武官からは謝罪を受けた。


「まさかあのような場所に巫女姫がいらっしゃるとは思いもよらず。この件については族長とともにはたらきかけ、両者の合意がかない次第ご連絡いたします。大変申し訳ない」


 異民族——精霊の民の事情も、力関係もわからない私は、ただうなずくだけにとどめる。

 あの赤い髪の少女をのぞいて、出会う人の全てが私に敬意を払い、丁重に扱い、意思を汲み取ろうと様子を伺ってくれる。対立していた頃の記憶の方が強い私にとって、そんな扱いを受けることが奇妙に感じた。

 本当に、融和が進んでいるのだ。とりわけ、現状打開の一手を差し出した『ローズ・フォルアリス』に、誰もが感謝の気持ちを抱いている。

 ——私じゃ、ないのに。


 宮殿を出て、蒼天の下うつむきながら九十九折の階段を降りて行く。風が下から舞い上がるように吹いて、足を止め目を閉じた。詰めていた息を吐いて、そっと目を開く。


「浮かない顔をしているな」


 かけられた声に、瞬いた。灰色の瞳と出会って、どうして? と首を傾ける。

 階段のふもとに佇む幼馴染の姿に、足元がおろそかになりかけて伸ばされた腕を支えにした。


「クライドお兄様。なぜこちらに?」

「俺が来て、まずいことでも?」

「他のみんなは」

「天幕のそばに魔物が出た。そこで、騎士フェルバートは討伐に加わった。俺とトトリとエマ嬢はこちらに身を寄せて、ついでに様子見に」


 話の内容に反して、軽い物言いに眉をひそめる。融和が進んでいるとはいえ、ほんの少し前まで敵対していた勢力の中枢で、非戦闘員のトトリとエマに何かあったらどうするのだ。


「戦えないのはお前も同じ。なら、こっちにくるのが当然だろう」


 私の表情から不満を汲み取って、クライドが私の手を腕に添えさせる。


「俺としては待ちぼうけを食らわずに済んで助かったが、ずいぶん早く出てきたな。何があった?」


 促されて、そのまま先ほどの出来事を説明する。ふうん、とクライドは言葉少なにうなずいた。


「それなら一度、辺境城塞都市に戻るぞ。前回用意してもらった屋敷が今も使えると聞いてる。しばらくそこに腰を落ち着けて、今後について考えよう」 


 ずいぶん協力的で、かつ親切だった。なんだかクライドらしくない気がして、不思議な気持ちになる。ついでに言えば、小言の数も少ないような。隣を歩くクライドをじっと見上げていると、なんだ、と顔をしかめられた。顔を前へと戻す。やっぱり、彼はいつも通りかもしれない。


「お前のやりたいことのために、俺を使えといつも言っているだろう」


 そうだった。クライドの振る舞いに納得する。お願いに応える代わりに、私も数々のお願い事をクライドに依頼して来た。私たちは、昔からずっとそういう関係だ。


「ひとまず、現状は族長イシル・イリルに会うために、巫女姫の許可をどうとるか、か? お前自身はどう見ている」

「検討もつかないわ。彼女の言い分は要領を得ないし、とにかく私を王都に帰したい、ということしかわからないもの」

「魔力酔い対策の功労者を邪険にするのはなぜか、か。……お前がここにいたらさし障る何かがあるということか?」

「……ところで、クライドお兄様。以前私がここに送り込まれた理由について、詳細はご存知?」


 クライドを相手に腹の探り合いをするのは、気が進まなかったけれど仕方がない。返り討ちに遭う確率の方がはるかに高いためだけれど、何気無いふうを装って聞くくらいならなんとなるだろう。

 ちらりと横目で見下ろされる視線を感じたけれど、前を向いたままでいることにした。


「表向きは、異世界からの来訪者リリカに対する振る舞いを、第一王子に咎められ追放された、ということになっていたな」


 この幼馴染が誰の元で働いているかを思えば、そんなうわべだけの情報を鵜呑みにしているとは思えない。「そうね」と言葉少なにうなずく。そして、「表向きは」と彼の言葉を繰り返すことで先を促した。


「……お前の城での生活を知っていた一部の人間は、——俺も含めてだけど『国王陛下の密命』だと認識していたな」


 以外な答えに、つい隣を振り仰いだ。灰色の目が不機嫌に笑う。


「王族の一員として、すぎるほどの教育を受けていたお前を手放すなんて思ってなかった。またろくな見返りもないのに無茶振りに答えたんだと思ってたから、何をさせられているんだと頭を抱えた」


 国王陛下からの密命を受けたというのなら、断る理由はない。見返りの有る無しに関わらず、王の言葉に従うのが貴族令嬢であった私の義務だ。……クライドは、何を言っているのだろう。私のことを馬鹿だなんだいうわりに、自分だって貴族である自覚が足りない。


 ……ワルワド伯爵としての権限はいま、ないも同然だというから、そんなものなのかしら。


「しかもだ、詳細を聞こうと何度問い合わせても、辺境に行ったお前は返事をよこさなかった」


 不機嫌の根っこを提示されて、まぁ、と瞬いた。身体を取り戻してから庭園で出会った時もそんなことを言っていたような気がする。

 連絡しなかったことをそこまで怒っているとは思わなかった。そんな、もしかして一年以上も根に持っていたりするのかしら。辺境に行って以来、庭園で顔をあわせるまで連絡しなかったというなら、一年半もの間、クライドは私を使いたい時に使えなかったということだ。

 ないよりましとはいえ、あると思っていたものがある日突然使えなくなったというのなら、それは不便を強いらせてしまっただろう。


「では、次からはきちんと連絡するわ」

「……次?」

「えぇ。次にクライドお兄様が私を利用したい場所で利用できないような事態になった時は、必ず」


 約束するわ。と胸に手を当てて宣言すれば、クライドはなんだか頰を引きつらせてこちらを見ている。何か言いたげに、でもあまりのことに何も言葉にできないというように。

 さて、本来探りを入れたかった、クライドが何を知っているかどうかについては、結局うやむやにされてしまったような気がする。告げられた言葉だけ捉えるなら、いろいろ推測は立てていたけれど真実はわからなかった、といったところだろうか。


「では、今回私がなぜ辺境を訪れたのか、クライドお兄様はどう捉えているかしら」

「……魔術師セファの庇護翼から出た途端に、魔術学院で名乗り出て王国にいられなくなったんだろ。何してんだか」


 これも微妙な返答だった。返す言葉もないわねぇ、と殊勝にしてみせたものの、どちらについてもクライドがどれだけ把握しているはいまいちかわからない。


「それで、——辺境に出発する前に、青の王国の国王陛下に謁見をねじ込んでいたな」


 ぴり、と空気が変わった。クライドの腕に手を添えている関係上、彼の足が止まるとこちらも足を止めなければならなくなる。


「陛下と何を話した。本当に密命を受けたのか」

「言わないわ」


 即答でニッコリとした。彼の腕から手を話し、一歩離れる。宮殿から伸びる大通りをそれた、建物がまばらな人気のない場所で、クライドと向かい合った。


「陛下も私も、目指すものは同じよ」

「……王と、民と、世界のため、か。……国王陛下は、何を考えている」


 青の王国の国王陛下。国民の前にはもちろん、臣下の前にさえ滅多に顔を見せない、青の王国の頂点に座す方だ。

 礼儀作法の勉強を兼ねたお茶会を開いていたので、王妃とは頻繁に会っていたけれど、私も国王陛下にお会いした回数はそう多くない。あれだけ王城に通っていたものの、陛下は執務室と結界の間を行き来していて、私はその近辺に立ち入る資格がなかった。

 出会えばこちらは目を伏せて礼を取り、陛下は小さく「うん」とうなずくだけだった。思えば、いつもそうだ。どんな顔をしていたかは知らない。それでも、私の役割を陛下が知らなかったはずないだろう。


「……今にして思えば、ほんとうに。陛下は私のこと、どういう目で見ていたのかしら」


 優しい人だった気がする。ふいに垣間見た眼差しは、声音は、記憶に残るそれらは優しいものだった。

 独り言じみた私のつぶやきに、クライドが眉を寄せたが特に何か言うことはなかった。


「ローズ様!」


 近くの建物から、トトリが出て来た。その後ろにはエマが顔を覗かせている。


「思ったより早く終わったようですが、少し問題が。騎士フェルバートは戻っていませんか?」


 クライドは途端に丁寧な物腰に変わり、私に手を差し出す。彼の変わり身の早さには慣れているので、素知らぬ顔でその手を取った。


「魔狩りと一緒に、だいぶ奥の方まで行ったみたいです。鳥を飛ばして討伐の邪魔になったら悪いので、向こうからの完了連絡待ちです」

「城塞都市とやりとりしてた魔狩り、融和がなって早々異民族の方にも売り込んでたみたいです。したたかでびっくりしました。ほら、ローズ様。覚えていませんか。前回、魔物討伐に関わったことがあったでしょう? フェルバートと顔見知りの魔狩りがいて、あっという間に引っ張っていかれてしまいました」


 私は、「あぁ、あの時の」と相槌を打つ。全く知らない話だけれど、トトリが念を押さなくてもさすがに事細かな物言いで十分伝わった。


「トトリと私の二人で天幕にいるよりはと、警備団の方々のご厚意に甘えて詰所に身を寄せていました。申し訳ありません。姫様のほうはもう少しかかると思っていたので、おくつろぎいただける用意が何も整っていないのですが……」

「かまわないわ。今後について話があるから、まずは中に……」


 なるほど、この近辺はそういった施設が集中しているらしい。通りで人通りが少ないわけだった。言われてみれば、建物の雰囲気に共通するものがあった。知らないと気がつかないものだ。

 クライドに手を引かれ、エマとトトリの先導で、警護団の詰所に足を踏み入れようとすると、ふいに背後から声をかけられた。



「異界渡? 戻ってたのか」


 見知らぬ男の声に、深呼吸をしてから振り返った。


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