13.新しい関係に名前を
外見は十八であるにも関わらず、中身が十六のままだという指摘に、そうかしら? と思う。……そうかもしれない。
一年半の空白があるだなんて、実感ないもの。
宿に戻って、昼食をとる。なんの疑問もなく出された食事をパクつく私に、セファは「こだわりがなくて助かるよ」とぼやいた。
セファと二人、こうして旅をしてみて知ったのは、私は特に食事に対して、こだわりがないということだ。与えられるのが当然の食事環境で、選り好みする余地もなかったからだろうか。王太子妃教育で朝から晩まで管理された日々だった。食事の間でさえ、礼儀作法の教師を横に、食事中の会話の練習を日常的に行っていて……。
意図せず、言葉が溢れた。
「魔法学院に、通ってみたかったわね」
セファの食事の手が止まったのが視界の端で見えたけれど、溢れた独り言を続ける先は特にない。目を泳がせて、ええとええと、と行儀悪く、食事をフォークの先でつつく。こんなことをしたら先生から、叱責を受けるだろう。あぁ、もうそんな風に怒られる立場でもなくなったのだった。
「これ、あっさりしていて美味しいわ。なあに?」
「疲れが溜まっているはずだから、野菜と蒸し鶏を酸味の強い果汁を基本にしたソースで和えたものを頼んだけど……。話題をそらそうとしてない? 魔法学院に通ってみたかったの?」
「……今思いついたの」
続けて問われて、早々に諦めた。ただの夢想だし、食事時の暇つぶしにちょうどいいだろう。今思いついたばかりのことだけれど、くるくると思考を回す。
「二人の兄と妹は、魔法の才能があったから、魔法学院に通っていたの。時折話が聞こえてきたから、少しは知っているのよ」
学院には友達がたくさんいて、試験で上位に入ればたくさん褒めてもらえて、成績に応じて、将来を好きに選べる。成績が足りなければ、補う努力も認められる。それから……。
「兄様には、婚約者がいるの」
長兄は今、領地を受け継ぐために父の仕事を手伝っている。結婚は不可欠で、その相手も父が選ぶのだとばかり思っていた。でも家族の中でそんな風に思っていたのは、私だけだったようだ。
学院で想いを育んで、卒業前に打ち明けた。お互いの家を通して婚約を結んで、兄の恋人は無事、未来の領主夫人だ。兄の恋人の話を当然のように家族は知っていて、無事婚約できたと一緒に喜んで、兄の友人たちはお祝いに駆けつけた。母がもてなすのを、私と妹が手伝う。
兄の友人たちから当然知っているだろうと話される話題に、当たり障りなく合わせていく。そこで知る初めての兄の話、学院の話、多くの魔法の才能ある人たちが持つ、選択肢の話を聞いた。
「だから、魔法学院は、私にとって別世界の象徴なのよね」
五歳の時に、あの人の婚約者になった。それから始まった王太子妃教育。いつか王妃に至るための道は、平凡な才能しか持たない私に脇目を許さなかったのだ。
努力しなければ得られない人並みの結果。人に優しく、上に立つものとして痛みを理解し、助力は惜しまないこと。そんな風にかつて言い聞かせていた両親の祈りと、その後の王妃教育によって詰め込まれた王家に連なるものとしての姿勢や考えた方。きっと、もっと別の人であったなら違ったかもしれない。けれど私は私でしかなく、その二つは私の中で摩擦を起こした。
王太子の婚約者として、貴族として、相応しく振舞って、両親の言いつけも忘れずにいれば、長ずるに連れて頭を抱える家族の姿を見ることが増えた。父も母も兄たちも、困り顔で私を見ている。妹でさえも、かける言葉を失っていた。
「騙されて、いませんか。それ」
そう忠告されて、立ち止まって考えて、王太子から借り受けている護衛やクライドを使って調査する。芋づる式に発覚した出来事は、騎士団を挙げての大捕物となった。
なぜ末端の末端から暗部につながる、触れてはならない領域に触れたのか。そんな叱責と共に、私は一時保護として神殿預かりの身の上となる。あの頃お世話になった神官たちは元気かしら。
気がつけば請われて皆に礼儀作法の教師役をしていたわ。貴人の前で食事をすることも決して少なくはないのに、きちんと指導できる人と身につけるべき人の人数が釣り合わないことで行き届かず、高位貴族向けのお勤めをする人員に負担が偏り過ぎてたらしい。
教師の前での食事は、味気なかった。教師役としての食事は、気負ってばかり。だから、兄たちの話に出てくる、学院での友人たちとの食事はどんなものだろうと、ドキドキしながら想像を膨らませた。
随分遠回りをした気がするけれど、食事をしていたらふとそう思ったのだ。教師の目もなく、平民に混じって、随分肩の力を抜いて食事をしている。
「美味しいなんて、初めて人に心から言った気がするわ。食事の内容を問いかけたのも。それで、あぁ、魔法学院での食事も、ひょっとしてこんな風だったのかしらって」
会話のきっかけとして、使うことは知っている。知っているし、実践したこともあったけれど、それとこれとは別だった。
セファの相槌を受けながら、思うままに話し過ぎただろうか。はじまりに無事着地して、食事を再開する。口に含んだ鶏肉は、ほろほろと口の中でほどけて、噛むと旨味が染み出した。噛むごとに美味しい気がして、沈黙も気にならない。
「……ローズ様は、友達が欲しいって話?」
セファが、なんだか不思議な表情でこちらを見ている。寂しいような、困っているような、どこか怒っているようにも見えた。
もぐもぐと咀嚼して、飲み込んで、答える。
「そういうことをする相手が、友達というなら、そうかもね」
教育に明け暮れて忙しかったのも本当だけれど、特に話し相手を用意されたことはなかった。友達がいたとして、私では迷惑をかけないか心配だ。いたら楽しかったとは思うけれど、いなくてよかったとも思う。うんうん、と一人自分自身を再認識していると、向かいの席では、「友達作る暇も話す暇もないとか、子どものする生活じゃないでしょそれ」とセファが宙を睨んでいる。
ぼんやりと眺めながら、私は食事を終えた。怖い顔で自分の食事を睨んでいるセファは、冷めていくことに怒っているのかしら。
「……それなら、セファは私の友達かしら?」
カチャンとセファのカトラリーが擦れた。一緒になってセファのお皿を見ていたけれど視線を感じて顔を上げる。眼鏡の奥の、薄茶の瞳が驚きに見開かれてまん丸になっていた。
いいのよ、と笑う。
「気のせいだったなら、どうぞ忘れて」
慣れない考え方をするのではなかった。食事がとても美味しくて、楽しく自由にお話しできるから、もしかしてと思ったのだけれど。
また、カチャンと音がしたかと思えば、セファが両手で顔を覆っていた。ともすれば机に突っ伏しそうな勢いで。
「僕が友達だと、ローズ様は嬉しいの」
「嬉しいわ」
即答だった。考えただけで体かポカポカしてくる。
「えっ、なってくれるの」
「なるならないの問題かはわからないけど、もう少し考えない?」
頬杖と共に、ため息をつかれてしまった。セファこそいいのだろうか、異界渡の巫女が、もうどこにもいないことを実感すると言っていた。異界渡の巫女との関係を私と新しく別のつながりを持つことで壊したりしないだろうか。
「ついさっき言ったばかりだよ。君と新しい関係を築く努力を放棄していたことを、反省してるんだ。君が僕を友人にと望んでくれるなら、それに応えたい」
嬉しいわ、と望外の出来事に、私は何度も口にした。そういうところだよ、とセファが困った顔をする。
「だから、ローズ様。君、少し振る舞いや反応が子どもっぽいんだ。見ていてハラハラする」
そう言われても、私は私をはたから見えないのだから、どうすべきか困ってしまう。だって、私は十六歳のまま、婚約を破棄されて、目覚めた時には十七歳も終わり頃。朝、食事をして、お庭を散策して、お茶会の支度をして……。
「だって私、ほんの少ししか自分の姿を見ていないわ」
全ての宿屋に鏡があるわけではない。だいたい振る舞いというのは周りからの扱いによっていくらでも変わるもので、まぁ、城に戻れば年相応の扱いを受けるだろうし、この齟齬はいつまでも続かないだろう。
「それを言うなら、私を何もできない子供のようにあれこれ世話を焼くセファが悪……。嘘。悪かったわ。感謝しているもの、そんな顔でにっこりとしないで!」
土日中にエピソードを書き足すかもしれません。力不足で申し訳ないです。




