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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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出会い:ある伯爵家子息にまつわるむかしばなし(1)

本年もみなさまたくさんのコメントや登録、評価ありがとうございました。

来年も引き続き更新してまいります。よろしくお願いいたします!

そしてすみません。(1)です。続きます。

 青の王国において、学院に入学する年齢というのに決まりはなかった。

 貴族の子女は入学を義務付けられていたし、そこに魔術の才能の有無は関係がない。魔術の才能がない者、上級官として城勤になるため杖持ちを目指す気のない者は、初等課程を終える十三前後で学院を離れ、家に戻ったり見習いとして仕事を始めたりする。

 これが緑や黒、赤の王国となるとまた各国それぞれの制度があり、比較的青の王国は行き届かない点が多いと言われている。理由があるなら、魔法使いの不在が一つあるだろう。原因がただそれだけとは言わないけれど——。ともかく、青の王国の学院では、机を並べるさい年齢はとくに関係がなかった。



「君がエメリナか」


 恐る恐る教室を覗き込むやいなや背後から突然そう声をかけられ、肩が跳ねた。とっさに振り返ってその声の主を認めると、慌てて居住まいを正して膝を折りあいさつをする。——したと思うのに、口が回らず声が発せなかった。あぁ、気の毒に。と、さらに別の人間の声がした。

 ——柔らかで、優しそうな。


「いきなりそんな風に声をかけられたら、この子がかわいそうでしょドミニク。やぁ、先生から話は聞いてるよ。はじめまして、エメリナ」

「クライド」

「初等課から初めて高等課の棟にきたんだろ? 今日は後ろの席で、様子見だけしたらいい」


 うつむいた視界に大きな手が伸びてきて、手を掬われ引き上げられるようにして顔があがった。戸惑いが隠しきれず顔に出てしまっているのを、灰色の目が笑う。その隣で、眼鏡越しの紫紺の瞳を曇らせて、言わずにはいられないというように口を開いた。


「お前、だからそうやって誰かれかまわず優しくするから面倒なことに……。あぁくそ。彼女はぼくが先生から任されたんだぞ」

「俺が隣にいることを見越して、だぞそれ。絶対」


 短く切りそろえられた柔らかない茶色の髪をゆらし、灰色の瞳を楽しげに細めて肩をすくめるのは、クライド・フェロウ。

 波打つ金髪に紫紺の瞳。細い銀縁の眼鏡をかけて不機嫌そうにため息をついたのは、ドミニク・フォルアリス。

 どちらも、高等課の期待の最低学年生だ。初等課に在籍して長い私の耳に早々に聞こえてきていた数々の噂話。実際の二人を見れば、それらはすべて事実なのだろうと確信する。静と動、太陽と月のような並び立つ二人の眩しさに、気後れせずにはいられなかった。


「君の魔術特性が初等課だと手に負えないって話だったな。魔力特性制御の授業だけだが、これからは週に何度も会う仲になる」


 有名な上級生、ドミニク・フォルアリスから手を差し出され、慌てて手を出す。せっかくの握手がからまわりそうになったところへ、ドミニクの方から優しく握られた。


「今日からよろしく。高等課で何か困ったことがあれば、ぼくに申し出てくれ」

「ドミニクドミニク、あんた、まだ名乗ってないよ」

「あ、あぁ。ぼくはドミニク・フォルアリスだ」

「俺はクライド・フェロウ。ドミニクとはついこの間知り合ったばっかりだけど、こいつの気の利かなさに耐えられなくなったら言っていいから。いつでも変わるしね」


 存じ上げてます、と言おうとして、やはり口が回らなかった。ぱくぱくと口を動かすばかりで、それを見て、クライドがまた笑った。





 クライドもドミニクも伯爵家の人間で、男爵家の一人娘で年下の私が机を並べて授業を受けるだなんて、本来ならあり得ないことだった。クライドは三男、ドミニクは次男だから、家は関係ないと本人たちは言うけれど、そうはとても思えない。

 いやいや俺なんて全然、とクライドが手をパタパタとふった。


「それよりすごいのはエメリナでしょ。珍しい魔力特性持ちで、小さい頃から魔術学院寮で暮らして、成績も優秀。高等課程では杖持ちになるためにさらに研鑽を積むんでしょ? 男爵家は安泰だ」


 昼食を摂りながら、彼は無邪気に褒めちぎってくる。だというのに、私は何も返せず曖昧に笑うしかできなかった。彼らに、私はどう見えているのだろう。生意気に思われていないだろうか。だって、男爵家で、年下で、女の子だ。いまだって、魔力特性制御の授業なんて関係ない昼休みに図々しくも同席したりしている。褒めてくれるクライドの言動に裏があるとはとても思えないけれど、いつも通り食事中は完食するまで黙っているドミニクはどうなのだろう。

 そっと見ていると、紫紺の瞳が突然こちらに向いて、目が合ってしまった。逸らすこともできずに固まると、眼差しは優しく緩む。


「いずれは杖持ちとして、三人で城に務める日が来るかもしれないな」

「が、がんばるわ。二人はともかく、私、まだまだだもの」

「その歳でそれだけ研鑽が進んでれば大丈夫でしょ」


 二人はあっという間に食事を終えて、私は慌てて自分の分を口に詰め込む。喉につまりかけるのを、慌ててクライドが水を差し出してくれた。頬杖をついて見ているだけのドミニクは、わかりにくいけれど、ちょっと笑っている気がする。

 取り乱したのが恥ずかしくて、取り繕うようにして話を続けた。


「でも、三人で杖持ち……。本当にそうなれたら、素敵ね」

「ぼくは問題ないが、クライド、油断すると認定試験落とすぞ」

「わーかってるって。来年無理でも再来年あるんだから、よっぽどのことがないかぎり平気でしょ」


 気後れしつつも、楽しい時間だった。初等課で過ごす時間よりもずっと短いはずなのに、クライドとドミニクと三人で過ごす時間が、あの頃の私にとっては何よりも代えがたい宝物のようだった。


 ——二人は、どうだったのだろう。



 夏季休暇は、いつも通り寮で過ごした。クライドはドミニクの家に招待されていて、私も誘ってもらったけれど父の許しが出ないだろうからと断った。父は厳しく、私に杖持ちになるための勉学以外をけして許しはしない。屋敷において監視すればいいのに、学院寮に追いやって普段は放置しているのだから、おかしな話だったけれど。


 休暇が明けてからは、時折ドミニクから聞いていた妹姫の話を、クライドも一緒になってするようになった。とても利発で可愛らしい女の子なのだそうだ。けれどクライドの母親が魔術教師を務めることになって、様子が変わってきた。どうやら魔術的才能が見込めない女の子だったらしい。

 彼女について珍しく楽しそうに話していたドミニクの口は重くなり、クライドが考え込むことも増えた。

 貴族の子女で、魔術的才能がないと言うのは貴族社会を生き抜くにあたって絶望的だからだ。学院での居場所や卒業後の進路にも大きく関わってくる。さらに言うなら、嫁ぎ先の選択肢にも。折に触れて話を聞いていたせいで、合ったこともない女の子の将来について、つい親身になって考えてしまうほどになっていた。


 クライドがどうするか、わかる気がした。優しい人だ。親友の妹を不幸な未来から救う方法があるなら、間違いなく選ぶだろう。幸いクライドは伯爵家の後継ではないし、家格も釣り合う。なにより杖持ちを目指しているのだ。やりようはいくらでもある。二人が揃って杖持ちになって、城勤になったなら。その実力と仲の良さを広く知らしめることができたなら。

 二人が望めば、怖いものなんて、ないはずだ。

 大丈夫。


 居心地が良すぎて気づくことのなかった気持ちも、蓋をして、忘れてしまえばいいだけの話だった。






 ——けれど、クライドが選ぼうとしていたこと、私が人知れず心に決めたことの何もかもが、意味を失う出来事が起きた。

私も別人かも知れないな…? と思いながら書いています。ご安心ください。


●クライド

 魔力特性  ★★★★☆B-

 魔力量   ★★★☆☆C+++


●ドミニク

 魔力特性  ★★★★★A

 魔力量   ★★★★☆B-


●エメリナ

 魔力特性  ★★★★☆B++

 魔力量   ★☆☆☆☆E



よいお年をお迎え下さい!

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