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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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67.査問会前夜

昨日、2021/11/27(土)にも更新してます。未読の方はそちらからお読みください。


 丘の上から秋の野を見渡す。黄金の海のような光景に、ただ見入っていた。

 王国結界も都市結界もない、まっさらな蒼穹の下を歩き続け、眼下にようやく目的の王国を捉えたところだった。


「セファ」


 呼び声に、なに、と振り返る。黄金から連想した人影を振り払って、丘を少しくだった場所にいる師匠を追いかけた。


「もうすぐ赤の魔法使いの本拠地につくけれど、本当になんとかなると思ってるのか」

「やってみなくちゃわからないだろ」


 赤の魔法使いによる呼び出し。緊急査問会と称されるそれは、赤、黒、緑だけでなく、青も来るという。現在位を得ている四人の魔法使い全員を揃えての、査問会。

 赤の魔法使いが開発した転移術式を巡って、白銀の魔術師の振る舞いの可否を問う。

 問うとはいうけれど、否だからこうして呼び立てているのだ。随分まどろっこしい言い方だと思う。

 なにより、僕自身に、赤の魔法使いの定める規定に違反したつもりは一切ない。


「身に覚えのないことは、覚えがないと言うだけだよ。無理に僕を罰しようというのなら、それは真実正しいことなのか、師匠たち全員の正義を問うことになる」

「お前の言い分はほとんど屁理屈だろう。赤の魔法使いが納得するかどうかだぞ」

「納得させてみせるさ」


 赤の魔法使いが開発中の、携行移動陣。僕を試用者に選んだのは赤の魔法使い自身だ。黒の魔法使いは素行不良から弾いたのに、その弟子を加えてこういった事態になったのは、赤の魔法使い自身の認識の甘さだと思う。


 ——こんなこと言ったら、ローズ様は怒るだろうな。


 禁を破る方が悪いのだと、秩序を重んじる彼女なら言うだろう。

 指摘されたところで、言いくるめる自信はあったけれど。


 おまえなぁ、と黒の魔法使いが目を閉じた。師匠は師匠なりに、僕の窮地を心配している。いや、そういうふうに見えるけれど、実際は僕がどうやって切り抜けるかを観察するばかりだ。手を尽くして助けてくれるわけはない。

 師匠にとっての僕は、研究対象の一つであって、保護対象ではない。


「さすがに赤の王国にラジスラヴァは連れてこれないし、さてさて。困った弟子だな」


 当てにできない黒の魔法使いの言葉を聞き流して、先を歩く。

 都市結界も王国結界もない外の世界は、ただ過酷な自然だけが広がっていた。遠くに見える山々には雪が降り積り、平原は草枯れ、強い風が吹きすさぶ。

 雲に隠れがちな太陽の恩恵はわずかで、魔術師外套の術式付与によって寒さを凌いでいた。


 青の王国は遥か遠く。大切な友人に別れを告げて、一ヶ月と少し。

 ローズ様は今頃、どうしているだろうか。

 思いを馳せるたび、やっぱり工房に閉じ込めてくればよかったな、などとよぎるけれど。メアリたちと平穏無事に過ごしてくれているといい。

 何か揉め事があっても、ローズ様が言われっぱなしになることはないだろうし、リリカもジャンジャックもミシェルもいる。

 何より、上位貴族の娘として、伯爵令嬢のリコリスがいれば、滅多な人間は近寄れないはずだ。

 フェルバートも、クライドも、トトリもエマも、僕と違ってローズ様を慕う人間はたくさんいる。

 だから、僕は赤の魔法使いの追求をどう切り抜けるかだけを考える。


 赤の魔法使いが定めた禁則事項。その内容は、きちんと把握していたつもりだ。だから、触れないように気をつけた。結果を見れば触れたのではと疑われることは分かっていたけれど。

 僕は、禁忌に触れてはいないことを証明できる

 どんなにそのように見えたとしても。


 師匠には全部話したけれど、帰ってきた言葉は手厳しかった。


 __それで?


 __お前ね。その論で、赤の魔法使いを説得してみせるんだね?


 赤の魔法使いにがどんな人間か、どういった説得に応じてくれやすいか、どのようなことを何より重んじるのか、判断材料は何もない。けれど師匠が語るその口振りで、難易度も察せられるといったところだ。


 眼下の赤の王国を見る。

 あらゆる事態を想定して、反論と手段を用意してある。あとは、赤の魔法使いに通用するかどうか。


「通用しなかったら、その時は、その時か」







 赤の王国にたどり着いてからは、転移陣を使って赤の魔法使いが間借りしている王城まであっという間だった。王国結界と王国結界の間の旅路に比べて快適な道程に、やっと肩の力を抜く。

 王城には夕刻たどり着き、まず客間に通され旅の汚れを落とした。査問会は翌日だと説明される。ひどく慌ただしい印象だったけれど、すでに魔法使いが揃っているというのなら待つ必要はないということか。


「師匠」


 明日についての説明をしにきてくれた黒の魔法使いに問いかける。


「明日が終われば、青の王国に戻ってもいいんだね」

「あぁ、そりゃもちろん。終わればな」


 赤の魔法使いがぱっと送り届けてくれたらいいけれど、それは望めないのだろうな。また一月以上かけて戻るのかと思うと、それはそれでため息が漏れた。

 それでも、一日でも早く戻るためなら。


「査問会が一日で終るとは限らないが。ま、終われば帰れるよ」


 それじゃ、と黒の魔法使いは自分が用意された部屋に戻っていった。一日で終わると思っていない黒の魔法使いを見送りながら、僕は窓の外を見上げる。

 王国結界と都市結界越しに見る夜空に、星はない。

 結界の外と違って、都市結界の中は冷たい冬の寒さは和らいでいるし、日差しを遮る厚い雲もそう多くない。本来、不向きな土地で人が暮らすために設置されたのが、王国結界であり都市結界だ。そういえば、結界王国群の成り立ちについては誰にも問いかけたことはなかったな。

 聞けば、きっと誰かが答えてくれるだろう。なんのための六つの結界王国と、大神殿なのか。どうして世界の北方地域を広くとって、これだけの王国群が存在しているのか。


 考え出したら寝付けなくなった。何か、温かいものをもらいに行こうか。水をお湯にするくらいなら容易だけれど、できれば何か寝付きやすくなるようなものがいい。

 つらつらと考えながら、部屋を出る。

 近くの階段を降りて、厨房か使用人が詰めていそうな場所を探すけれど、こんな場所に馴染みはないのでどこに行けばいいかもわからない。耳をすまして、人の気配がする方へ向かった。


「……ですから、……なっとく……めいを」


 暗い廊下の先に、光が漏れている扉があった。

 途切れ途切れに聞こえる声は、初老女性のものだろうか。静かだけれど、厳しい調子の声音だ。使用人ではなさそうだし、こんな時間に見知らぬ人間とかち合うのもなんだから、と踵を返そうとした時、聞き捨てならない単語に足が止まった。


「はじめから、救世のための異世界からの来訪者リリカであり、青の王国の至宝ローズ・フォルアリスだったと?」

「聞いてどうするんです、今は明日の」


 なぜ、ここで、彼女の名前を聞くのだろう。


「そうだよ」


 黒の魔法使いの声も聞こえた。僕はただ、わけがわからず混乱に陥る。なじる初老女性をなだめるような、黒の魔法使いの声を遮るようにして、涼やかな声が答える。


「ローズ・フォルアリスはね、その魔力特性値の高さが発覚した時から、世界に捧げる供物として飼われてきた。此度の救世では、青の王国で見つかってよかったね。前回は見つからなくて大変だったんだ。その果てがカフィネの悲劇だろう? あんなことがまた繰り返されれば、次こそ世界が維持できなくなってしまう」


 君たちは、魔法使いになってまだ日が浅いから知らないだろうねぇ、とその声は告げる。


「教育の賜物か、供物になるべく自ら辺境に舞い戻ってくれたんだろう? 今回の査問会も手早く終わらせて、我々も準備をしなければ。間も無く救世がはじまる。王と、民と、世界のために。我々も、新たな聖剣のもとへ馳せ参じなければね」


 暗闇で盗み聞いた言葉に、足がすくむ。

 誰の話をしているのだろう。たしかにローズ・フォルアリスと言っているのに、わからなかった。理解が追いつかない。話していることは、救世についてだ。魔法使いたちの会話。でも、待ってほしい。

 今の口ぶりでは、まるで。

 ローズ様が。


 ——世界に捧げる、供物だって?


 飼われてきた。その言い回しに、ローズ様の以前の暮らしを思い浮かべる。管理された生活、与えられる偏った知識、本人の意思を奪うかのような定められた人生。

 高位貴族の令嬢として当然だと本人はいうけれど、では、同じ伯爵令嬢の妹リコリスのあり方とは全く違う。王太子でさえもっと自由だっただろう。なぜ、ローズ様があんな生活をしなければならなかったのか。何か変だと、僕だって口にした。

 その、真実が。


 体が熱い。

 重い魔力が、腹の底で渦巻いていく。

 喉が、目が、熱くてたまらない。


 感情と魔力に自我が飲まれていく。まずいな。頭の隅で取り返しのつかないことになる自覚はあったけれど、止められない。止めようとも思わない。査問会など、知ったことではない。

 この銀の髪に触れ、笑ってくれたあの人が、どうして供物だなどと言われないといけない。

 あの人自身でさえ、私なんてそういうものよと笑って自身を世界に投げ出すというなら。


 僕はけして、そんなことを許しはしない。

明日も更新予定です!

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