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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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63.髪飾り

大変お待たせしました。

拍手、お気に入り登録、評価ポイントなどなどありがとうございます。ひとつひとつに元気をもらって書けました。

 魔術学院寮のメアリの部屋で寝起きして、王城でフェルバートの手伝いをこなし、学院で友人たちに教えを乞い、魔術塔の一階にある術具師受付に足を運んでは、何気ない日々を装ってセファから工房の結界装置について学んだ。

 考えることとやりたいことがたくさんあって、そのためにしなくてはいけないことと必要なものがたくさんあった。


「——ってことになるけど、できそうかい?」

「えぇ、大丈夫そうよ。でも、セファが望む現状を変えるつもりはないから、私が結界装置の設定を変えることはあまりなさそうね。しばらく部屋を留守にすることがありえないとは言い切れないから、忘れないようにしなくちゃね」


 くるくると思考を回して、いまこの瞬間必要なことをこなせるよう、優先順位を常に意識する。セファの工房の応接室、卓を挟んで向かい合わせに座ったセファは、長椅子の背に持たれて、支持した通り結界装置の設定変更ができるか黙って見ている。


「これであっている?」


 両手のひらに乗るほどの大きさの装置を差し出す。こん、とセファが大杖で床を小突いた。結界装置は私の手を離れふわりと浮いて、セファの目の前に移動する。セファはしばしそれを眺めて、うん。とうなずいた。


「それなら、次は——」


 卓を挟んだ向こう側から、セファが頷きを返す。別の結界装置が目の前に置かれ、その役割や仕組みの資料が並べられる。セファは、長椅子に座っているままに、それらは私の前へとふわふわと浮かんでやってきた。たまたま居合わせたトトリと、私についてきてくれたエマが、不思議そうにその光景を見る。


 隣に座って肩を寄せ合えば、舞い上がってしまうから、このくらいの距離がちょうどいいわね、などと私はこっそり胸をなで下ろしていた。

 思えば私もセファも、こんなふうにしてお互い別離に備えていたのかもしれなかった。




 隣で眠るメアリを起こさないよう、そっと寝台から抜け出す。側仕え部屋から顔を出したエマに手伝ってもらって、身支度を整えた。ハミルトン侯爵家を出て、魔術学院寮で過ごすようになってから着るようになった衣装は、やり方さえわかれば一人で着れるものではあるけれど。

 __せっかくだから、きちんとした格好で見送りたいもの。

 一通りエマに確認してもらって、いつものように髪をまとめてもらおうというところで、あっと声をあげる。ごそごそと懐に手をやっていると、エマの手が止まった。


「……あの、エマ」


 私が取り出したものを見て、エマが目を細める。笑ったような気がしたのも一瞬で、真顔でつぶやいた。


「叶うなら、トトリを呼びたいところですね」


 一度侍女の服を纏えば、トトリの見た目は完璧な美少女だけれど、さすがにそんなわけにもいかない。それでもエマの言いたいことがなんとなくわかって、私は笑ってしまった。魔術学院の女子寮に呼ぶわけにはいかないけれど。





 まだ夜も明けていない、静かな朝。エマとともに寮を抜け出して、魔術学院の転移陣の間へ向かう。時計を確認しながらしばし待ち、約束の少し早い時間に顔を出した転移陣担当術師に挨拶する。あらかじめ伝えておき対価を提示することで、時間外の利用にも融通を聞かせてもらえると教えてくれたのはゴダード先生だ。

 支持されていたお酒を手渡し、快く送り出してもらう。

 魔術塔に転移して、そのままセファの工房を目指した。


 鳥は飛ばしていたし、鍵を使って中に入る。入ってすぐの談話室に、セファの姿はない。談話室も書斎も何も変わりはなかったけれど、調合室はいつになく片付いていて、小さく息が漏れる。まだ寝ているのかしら、とエマと顔を見合わせて、朝食の用意をはじめることにする。

 私がするのは、エマの手伝いだけれど。


 しばらくして、がんごんと音を立てながらセファが姿を現す。私はいつかのように、鍋の前でおはよう、と笑った。


「おはよう、ローズ様」

「おはようセファ。エマが朝ごはんの用意をしてくれたの。一緒に食べましょう」


 焦がさないよう、火加減を見ながらくるりと鍋の中をかき混ぜる。エマが配膳すすめていって、手があくと交代する。脇に退いた私が見ていた鍋の中身も皿に盛り付けると、彼女はそのまま壁際に控えた。一礼されたので、セファを誘って席に着く。


「出立まで、まだ、時間はあるでしょう?」


 朝食を取るだけの、時間は。

 まだ。


 セファは私のことをじっと見つめ、やがて柔らかい表情で目を伏せた。そうだね、と言葉少なにうなずいて、向かい側に腰を下ろす。

 今朝、これから。セファは、赤の魔法使いからの呼び出しに応え旅立つのだ。





 静かに朝食をとった。ぽつりぽつりと言葉を交わして、なんてことない時間を過ごす。これで良かったのかしらとふとよぎるけれど、ちらりとセファの顔を見ると目が合って、柔らかく笑ってくれるから、きっとこれでいいのだろう。

 向かい合って、食事をして、言葉を交わす。それだけのことなのに、得難い時間をすごしてると感じるのは、もう、何度目だろう。ただこうしているだけで、こんなにも満たされていいのだろうか。

 人生で初めて食事が楽しいと思ったのも、セファとこうして向かい合ってとった食事だった。

 こみ上げてくる感情の名前を見て見ぬ振りをしながら、同時にこの上ない不安が消えないのもなぜだろう。満たされているはずの器に、少しずつ、亀裂が入っていくかのような。そんな、言いようのない、漠然とした。


「ローズ様?」

「なあに?」


 食事の手が止まっていた私に気づいてか、セファがこちらをじっと見てくる。即座に笑顔を浮かべて答えると、いや、と首を振られた。伺うようにしばらくじっと見ていたけれど、やがて食事する手を再開する。

 まだこちらの様子を窺っている気配がするので、なにか話題をと視線をめぐらした。


「ねえ、セファ。好きな料理は?」


 セファが瞬く。


「調理もね、これから少しずつ覚えようと思っているの。朝起きてから夜眠るまでの全てを人の手を借りてやってきた私だから。ひとつずつ、セファやエマができて当たり前のことを、ちゃんと身につけようと思って」


 これから先を、生きて行くために。例え、それがどんなに不透明でも。


「だから、もしも赤の魔法使いの用事が終わって、白銀の魔法使いになってたら」


 もしも、とつけ加えたのは、あえてのことだ。卑怯な予防線。これから先が、どうなるかなんてわからないから。


「戻ってきた時、セファの食べたいものをご馳走するわ」

「ふうん」


 気づけば食事を終えたセファが、頬杖をついて私を見ている。手の甲を口元に押し付けて、なんだかまるで隠すようにして。


「……セファ?」

「べつに」

「作ったら、食べてくれる?」

「たべるよ。当たり前だろ」


 よかった、と笑う。セファの手元に、エマが食後のお茶を出すのを見て、私も自分の食事をすすめた。




 食後のお茶もすんで、これ以上の話題もなく、私はエマを振り返った。


「エマ」


 うなずいて、彼女は身を翻す。その間に、私はセファに向き直った。


「黒の魔法使いもいるというし、セファも立派な魔術師だし、心配することなんかないってわかっているけれど」


 戻ってきたエマの手から、小さな箱を受け取って、机の上に置いた。セファの方へと、そっと押し出す。


「……僕に?」

「お守りがわりに、その、このまま鞄に入れておくだけでもいいから。あっ」


 開けなくていいからと言ったつもりだったのに、セファは何も言わず箱を開けた。蓋が開けられる瞬間に声をあげたけれど、セファの視線は箱の中身に注がれていて、あぁああ、と行く手をなくした手で指先をいじる。


「君が作ったの」

「メアリに教えてもらって、あの、あと、この塔の術具師さんにも」


 そう告げた途端、セファが眉をしかめた。じっと私を見つめて、上から下まで見回す。


「何か無茶な要求はされなかったかい」

「えっ。いいえ。されてないわ。どうして?」

「いや……まぁ、無事ならいいけど。——あぁ、それで、金策」


 小さな声で何かつぶやいたかと思えば、うん。と一人頷かれて、訳がわからないなりに納得したならいいかしら、と手を伸ばす。まぁこれは蓋してもらって、と箱を閉じようとしたのに、中身だけひょいっと持って行かれてしまった。

 視線の高さに掲げて、様々な角度から見つめられる。あぁああ、何度か作り直したけれど、何度かというか、何度も何度も何度も——。


 セファの手の中にある、銀の髪留め。不恰好なものは渡せないからと、納得いくまで作り直したそれは、同じく何度もつくりなおした守りの魔石をはめ込んでいる。


「ローズ様がつけてくれる?」

「えっ」


 私が? という言葉を飲み込んで、代わりに立ち上がる。淑女あるまじきことに、椅子ががたんと音を立ててしまった。セファがなんだか嬉しそうに笑って、私に髪留めを手渡してくる。受け取って、セファの背後に回った。

 セファの銀の長髪は、いつもつけている飾り気のない髪留めで束ねられていて、まずそれをどうやって外していいかわからない。

 途方に暮れていると、セファが何も言わずに髪留めを外した。そのまま髪を背にはらって、思わずその髪に触れる。きれいな銀の髪は細く、まっすぐだった。


「……人の髪に、こんなふうに触れるのなんて、はじめてだわ」


 だから、ここからどうすれば。そう思った時、エマがすっと櫛を差し出してきた。思わず受け取るけれど、使い方など見よう見まねでしかわからない。ぎこちない手つきでセファの髪に通すと、セファの肩が震えている。エマも顔を背けていた。


「二人してたのしんでいるでしょう!」

「ごめん」

「すみません、姫様。あんまり可愛らしくて」


 もう! と声を上げれば、エマもセファも平謝りだ。謝ればいいというものではないけれど。今度はちゃんとエマが髪の(くしけず)りかたを教えてくれて、セファの髪をなんとかひとまとめにした。人を笑うセファなんて、髪がほどけて困ってしまえばいいのよと思ったけれど、髪留めの守りが失われてはせっかくあげたのに意味がない。きちんと固定して、よし、と離れた。


「ありがとう。ローズ様」

「どういたしまして」

「ところで、ひとつ聞くけど」


 席に戻ろうとしたら、セファが私の手をとって引き止める。なあに、と体を向けると、セファが席を立った。いつになく真剣な顔を見上げながら、首をかしげる。


「ここにきてからずーっと、外套を頭からかぶってるのは」

「あっ」


 言いながら、ずっとかぶっていた頭巾をおろされる。咄嗟に声は上がったけれど、でも意固地に隠すのも変だし、と体が固まった。ばれていたのだろうか。いつからだろう。セファが私の髪に手を伸ばす。

 正確には、私の髪をまとめている、髪飾りに。


「これを、僕から隠してたの?」


 それは、透き通った薄茶——飴色の、櫛状の髪飾り。蔦と花があしらわれた文様が透かし彫られた。

 いつか、王都に戻るために旅をしていた時。セファにもらった、髪飾りだ。


「つけてくれてるの、はじめて見たよ」


 初めてつけたのだから当然だ。だって落としたらと思うと不安で、大事に大事にしまっていたのだから。心の中で言うだけで口には出さず、セファの顔が見れなくて、顔を背けたままだった。髪飾りに触れていたセファの手が、一瞬だけ私の頬に触れる。びっくりして顔を上げると、セファはいたずらっぽく笑った。


「よかった。気に入らないものを贈ったんじゃないかって、気になってたから」

「大事にしてるのよ」


 気にさせてたなんて思っても見なかった。慌ててそう告げれば、ありがとう、と返される。


「それじゃ、そろそろ」

「セファ、お茶のおかわりはいかが?」


 セファの言葉を遮るように、言葉が飛び出した。言い終わってからしまったと思って固まるけれど、セファの表情は穏やかだ。


「髪飾りと一緒にあげた赤い鳥の飴。あれも、早く食べてよね」

「……わかってるわよ」


 困ったように苦笑して、そうして、セファはとうとう私に告げた。


「そろそろ時間だから」


 こんなふうに遮って、引き止めて、困らせるつもりなんて、なかったのに。うつむきそうになる顔を、無理やり上げる。セファを見上げて、笑ってみせる。


「旅の無事を、祈っているわ」


 手を伸ばして、セファの銀髪を束ねている、さきほど自分の手でつけたばかりの髪飾りに触れる。ふいに手がセファの頬をかすめ、慌てて引っ込めた。わずかに触れた箇所が熱い気がして、そんなの気のせいに決まっているのにと胸元に抱え込む。惑っていた目をなんとかセファに戻して、再び笑いかけようとした時、セファの顔が間近に迫っていた。


「行ってくる」


 耳のすぐそば。こめかみあたりに口づけを落とされて、固まった。そんな私と目が合うとセファはちょっと気まずそうな顔をして、そっと離れて行ってしまった。

 なに、いまの。工房を出て行く音がして、ようやく身じろぎする。ぐるりとエマを探して、見つけるなり突進した。彼女はずっと、壁際に控えていたのだ。何もかもを目撃している。だから。なんだったの、いまの。

 エマの眼前に迫っておきながら、言葉にできないあれこれに口を開いて閉じてと繰り返す私の肩を、エマが困った顔で優しく撫でた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 二人のイチャイチャ眼福です! ありがとうございます♫ あのセファが!こめかみ…!頑張りましたね(*∩ω∩) 二人してテレテレしてるのを見ると、こっちまでテレてしまいます。 しばらく離れば…
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