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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
一章.おいてけぼりの、悪役令嬢
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12.こういう大事なことははっきりさせておきたいので

 

 どこかの宿屋。掛布にくるまって、目が覚めた。

 いつの間に街に着いて宿に入ったのだろう。馬車に乗っている途中から、記憶が曖昧だった。

 思い出そうと身じろぎすると、朝日を頰で受けた。眩しさに思わず呻いて目元を両手で覆いうずくまる。今の今まであって当たり前だと思っていた天蓋と(とばり)をなくした今、ようやくその必要性を思い知った。なるほど、夜更まで社交に明け暮れ、昼頃起き出す貴族の生活には、確かに必要なものだ。


 日差しを避けつつ窓の方を見る。寝台は壁際にくっついて置かれているので窓が近く、外がよく見えた。今いる部屋は上階なのか遠くの煙突から煙が上がるのがよく見える。喧騒は遠く、まだ街の大半が眠りの中だった。

 くるりと視界を巡らして、部屋の出入り口を見やる。見やって、目を擦った。


「セファ?」


 ほとんど掠れ声で呼びかけた。出入り口らしい扉の脇に置かれた椅子に腰掛けて、眠っているのだ。椅子に座って外套に包まり、腕組みをして眠っている。眼鏡もかけたままで、あぁ、長いまつげの影が、頰に落ちている。美形は得ね、なんて綺麗……、では、なくて。


 早朝だとわかっていながらこみ上げる衝動のままに、裏返った声で悲鳴が上がった。


「どうしてあなたがこんなところで眠っているのよ!?」









 


「どこか行きたい場所はある? ローズ様」


 数歩前を歩くセファを睨みながら、質問の意図を考える。朝食を食べながら、突然セファが言い出したのだ。「今日は一日、この街で休憩にしよう」などと。


 のんびり食後のお茶を楽しんで、賑わいだした外へと連れ出される。王都の街並みをこんな風に歩くこともあまりなかったので、私はついキョロキョロと辺りを見回していた。宝石店や、服飾店、実家では職人を屋敷へ呼んでの買い物が当たり前だったので、このように平民の富豪向けの、直接足を運んで品物を選ぶと言った形は物珍しく、新鮮だった。

 匂いがたくさんあふれている。爽やかな青果食品の匂いや、焼きあがったお菓子の香り、香水、鉄の焼ける匂い、響く金属音、子供のはしゃぐ声、女性の談笑する声。歩けば歩くほど目に入ってくる。街には物が、音が、匂いがあふれていて、まるで知らない世界にきたようだった。

 すると、前を歩くセファが足を止めた。高級店舗を回り終え、次はどこに行くのかしらと思っていたから、大人しくセファの発言を待つ。


「……まだ怒ってる?」


 窺うように聞いてくるセファに、またたく。怒っている? 誰が。ふふ、と笑みがこぼれて口元を手で押さえる。聞いてくるセファの表情が、ほんとうに参りきった顔をしていて、肩を震わせているうちにお腹を抱えて体を折り曲げるようにしていた。


「……ローズ様」


 名前を呼んでいるけれど、やっぱり途方にくれたような声に、あぁもう、と息を吸って顔を上げた。

 顔を見ると吹き出してしまいそうになるので、少し目をそらして、意識して笑ってみせる。


「怒っているわよ」


 う、とセファが怯む。こめかみがひきつるのを感じながら、怒っていないと思って? と詰め寄った。今朝目覚めた折に散々詰ったけれど、まだまだ言い足りない。とはいえ、怒られながらも一通りの事情を説明して来たセファの言葉を信じるなら、怒り過ぎかもしれないと反省もしているのだ。


「けど、熱を出した私の看病をしてくれていたというのだから、これ以上怒るわけにもいかないと思っているのよ」


 淑女の眠る部屋に無断で入り込んだ挙句、一晩同じ空間にいただなんて。なかったことにして忘れる、というのは不義理が過ぎるけれど、この感情の行き場をどこへ持っていけば……。

 ため息をついていると、セファの姿を見失った。今の今までここにいたのに!? と慌ててその場でくるりと周囲を見回せば、何かを手に戻ってくる姿を見つける。勝手に一人になるなと言っておいて勝手に一人にしないでくれる!? と憤慨していたら、はい、と棒状の物を手渡された。思わず受け取って、なに、と視線を落とす。


 昼日中の陽光をうけ、キラキラと輝く赤くて半透明の細工物が、棒の端にくっついていた。


「なあに、これ……。まぁ、鳥かしら? なんて綺麗……」


 一瞬で目を奪われて、ぽかんと見つめる。目線よりも高い位置に掲げて、光を透かして見る。


「飴細工だって。召し上がれ」


「食べ物なの!?」


 驚愕に震えながら、しばらく眺める。きょろきょろと辺りを見回せば、こっちこっちとセファに手招きをされる。気付けば噴水が中央に据えられた広場まで来ていて、出店がいくつか賑わっていた。そのうちの一つの商品だろうか。セファに導かれるまま噴水脇のベンチに腰掛けた。ふう、と安堵して、もらった飴細工へと向き合う。ガラス細工のように見えるこれが、本当に食べ物だろうか。飴細工。時折、菓子の飾りにのっている曲線のものは見たことがあったけれど、このように鳥を模した飴細工は初めて見た。食べてしまうの? 本当に? こんなに綺麗で可愛いのに?

 しばらく睨みつけるようにして見つめ合い、物は試しに、とどこか口に含もうとして途方にくれる。


「……もったいなくて食べるところが見つからないわ。むぐ」


 途方にくれていると、セファに口へと何かを含まされた。驚くあまりパッと口を覆ってセファを振り仰ぐ。セファは隣に座らず、真正面で私の顔を覗き込んできた。


「甘いわ!」


 もしかしなくとも、同じ素材の飴だろう。私が頰を上気させているのを見て、セファがホッとしたような顔をする。

 まったくもう、と私は呆れて息を吐いた。年上の私がずっと怒っていたら、まるで悪者のようではないの、とムッとする。


「いいでしょう。この、美しい飴細工に免じて、今朝のことは不問にします。……次はないわよ」


「あぁ、うん。わかった」


 優雅に貴族を真似た礼をするから私は鷹揚に頷いて「許すわ」と言って笑った。持てるものの義務として、貢物を持っての謝罪を、ことさら強く突っぱねることはしないのである。

 いいからこちらに来て隣に座りなさい、と空いている空間を示すと、セファは小さく頷いて指示の通りにおさまった。


「……それからこれも」


 懐から取り出したものを受け取る。櫛状の髪飾りだった。こちらも透き通った薄茶で、唐草のような文様が透き彫られている。


「すてき……」


 片手に飴細工、片手に髪飾りをそれぞれ持って、内心困惑する。髪飾りは嬉しい。ここ数日、かろうじてお湯をもらって身繕いはしているけれど行き届かないところはあるし、髪の手入れなど二の次だった。つくづく自分の身の回りのことさえままならない事実に嫌気がさしてくる。こんな状況でなければ、他にやるべきことがあるからいいのよ、と思えたかもしれないけれど。貴族として立場や行き先が不透明な今、未来の展望は落ちていく一方だ。あぁ、これからのことを、本当によく考えたほうがいいかもしれない。

 そしてこの飴細工をどうしよう。髪飾りと飴細工を持ったまま、街を歩くのは少し格好が悪いかもしれない。


「もうすぐ昼時だし、一度宿に戻る?」


 問われて、真剣な顔で頷いた。棒にくっついているこの飴細工、すぐには簡単に食べられないわ。どうしたらいいのかしら。と、そんなことを考えているのが伝わったのか、「飴については心配しなくていいよ。とくに何もないなら、食堂が混む前に戻ろう」と私を促した。


 セファは紳士だ。私のことをローズ様、と呼びつつ、砕けた親しい口調で話すけれど、それらを差し引いたとしても、丁重に扱われていることがわかる。宮廷魔術師だし、無理にへり下る必要はないとはいえ、私に気軽な言葉遣いで話しかける人は数える程しかいないので、出会って数日のセファと近い距離感で関わっていることが不思議だった。


「私、不思議ね。もうずっと前からセファのことを知っていたみたいに思えるの」


 ふふ、と笑うと、セファが肩越しに振り返って複雑な顔をしていた。


「そう言ってもらえて、光栄だけど……」


 何か言いたげな、歯切れの悪い言い方だった。なにかしら、と思っていると、はた、と閃くように気づく。私からすればここ数日の縁だけれど、セファは私の体とはもう一年半前からの馴染みなのだ。ややこしくて複雑だけれど、もしかしてセファの繊細な部分に触れてしまっただろうか。


「僕はここ数日で、あの人はもうどこにもいないんだな、と思うことが多いよ」


 セファがなんでもないように言ったその言葉に、私の口元は笑うのをやめた。

 半歩前を歩くセファ。前を向いて歩き続けるセファ。


「僕の知るあの人の姿は、ローズ様の体だけれど。その体は、容姿は、目は、全部君のものだったんだなって、納得することが、増えたよ」


 最初に言ったことを、覚えている? そばにいれば、僕は君にあの人を重ね続けると言ったね。こう言えば君は憤慨して、傷ついて、憎んで、僕に近づかないと思って言ったことだったけれど。


 ごめんね。とセファは続けた。


「生産性のない、くだらない関係を築くつもりはなかったのは本当だけれど、そうでない関係を築く選択肢を初めから除外していた。最初から最後まで、君という存在を軽視していた僕が愚かだった」


 心からの謝罪に、受け入れる以外の選択肢がない。


 私は、あの時の泣きそうなセファを気の毒に思ったし、迷うことなく手を差し伸べた。それは年上の役目だと思ったからだ。

 ふふんと、セファの背後で笑って見せる。


「辛いことは人に分けるといいのよ。いつでも聞いてあげるから、遠慮なく来ることね」


「……君はそう言って事あるごとに、僕を子ども扱いするけれど……」


 宿屋にたどり着いたセファと共に、宿屋で与えられた部屋を目指すべく階段を登り始める。


「僕は君と同じで今年十八になるからね?」


 えっ、と足が止まった。数段上を歩いていたセファが、トントン、と降りてくる。思っていたよりもずっと大きな手が、頭に触れる。


「あと、君、見た目は十八で間違いないだろうし、立ち振る舞いは完璧だけれど」


 ため息交じりにくるくるとなぜられる。くすぐったいのをこらえた。


「中身が十六のままで、感情に正直に振る舞い過ぎだ。少しこらえて」


 へ、と首をかしげる。感情をこらえるのだなんて、いつものことだというのに、今日はどうしたのだろう。


「本来ほとんど同い年だけど、精神的には一年半の空白がある。というわけで、ローズ様」


 頭を撫でていた手が、頰に触れる。顎下に指がかかって、きゅ、と顎をあげられた。


「僕の方が年上だからね」


「……わざわざ、そんな風に宣言するほどのことかしら……」


 もちろんとセファが笑った。








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