57.稀有な力をこの手に
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青の魔法使いとの晩餐について、リリカはせっかくの機会だし、全部教えてもらわないとね、と嬉しそうだ。
「とにかく、救世については魔法使いに聞くのが一番だよ。前回の救世のこととか全部教えてもらおう」
もともと、その前回の救世について調べに来たわけだったので、そうね。と同意する。身近な魔法使いといえば黒の魔法使いもいるけれど、彼は前回の救世よりも後に生まれた魔法使いだ。当時のことを聞くなら青の魔法使いのほうが聞けることは多いだろう。
「この場の全員で行っても良いのかな。わたしとロゼ、ホルミスとクライドとセファ先生っていうと結構大所帯だけど」
「私は遠慮します」
「自分も、場違いでしょうから」
クライドとホルミスが同席を拒むのを眺めながら、セファはどうするのかしら、と隣を見る。ほとんど内定の白銀の魔法使い候補だし、今後のことを聞けるいい機会だとおもうけれど。
更にいえば、神殿のご飯はおいしいのでぜひ同席してほしかった。以前お世話になった料理人達を思い出す。好き嫌いなく食べていたはずなのに、苦手なものと好きなものをしつこく聞いてきた彼らは元気かしら。食事が美味しいかどうかなんて、特に考えたことはないわと正直に口にしたら、膝から崩れて拳を床に叩きつけていたけれど。
とうとう最後まで彼らの望む答えを口にできなかったので、また聞いてくれたら良いのに。マグアルフが好きよって、今なら伝えられるわ。
ふと、ホルミスが扉の方を振り向くのが見えて、そちらを注視した。このリリカの部屋へ、誰か訪ねて来たのだろうか。リリカが話している間ずっと長椅子の後ろに佇んでいたホルミスは、静かに扉の方へと向かった。予想通り来客の様で、何気なく見ていると部屋に入って来た人物に目を丸くする。
「フェルバート様」
黒髪の騎士は、ホルミスの案内にも従わずそのまま部屋の中央までやってきた。お茶を楽しんでいる私たちを見渡して、まず私に目を止める。隣に座るセファと交互に見やって、口の端をあげた。
「仲直りはできたんですか? ローズ嬢」
パチリと瞬いて、セファがこちらを振り返るのを目の端に捉える。フェルバートが告げた言葉をしばらく意識の上層に転がして、返事を、と思うのに言葉がが出てこない。
色々あってセファに顔を合わせづらく、研究室に行かなくなって三日。その間も午前中は、フェルバートの執務室で手伝いを続けていたのだ。もちろんセファの研究室に行っていないことも、ジャンジャックが同席した時に話に上がっていた。とはいえ、詳しく話したことはなかったのに、どうして、それを。
「もともと、喧嘩したわけじゃないから」
ふわりと、右隣から気配が迫る。持たれかかるように、私の頭にセファの顔が寄り添っていた。びゃ、と固まる私に気づいているのかどうなのか、セファはフェルバートを見るばかりでこちらをちっとも気にかけない。
黒騎士はいつもの生真面目な顔で瞬いたかと思えば、「そうか」と笑った。「そうだよ」とセファも笑う。二人で笑いあって、見つめあって、何か探り合っているような気もする。
本当に一体何なのかしら、私を置いてけぼりにするこのやりとり。向かいに座るリリカに視線を投げかければ、遠い目をしていた。ホルミスも似たような顔になっている。
「で、何をしにきたんです。あなたは」
唯一クライドがつまらなそうな顔で、フェルバートへと問いかけた。
「黒の魔法使いが、白銀の魔術師セファを呼んでいる」
「師匠が?」
黒の魔法使いからの呼び出しと聞いて、セファがなんでまた、と首をかしげる。フェルバートが呼びに来る意味がわからなくて、同時に嫌な予感がした。
そういえば、フェルバートはまだ、護人で、供人なのかしら。あの執務室に人手がこないということは、フェルバートの立場は変わっていないということで、それなら、彼がセファを呼びに来たというのは。
青い瞳と目があった。じっと見つめて来るその眼差しを見つめ返す。
「……黒の魔法使いがらみで魔術学院に呼ばれましたが、学院で妙な噂を耳にしました。あれは、わざと放置しているので?」
「噂?」
「白銀の魔術師とその弟子について」
知らない。そして内容もあってないような言い方で、推測もできなかった。私は眉をひそめてリリカを見る。首を傾げているから彼女も知らないのだろう。セファは思うところがあるのかじっと考え込んでいる。情報を扱うのに頼りにするのはクライドだけれど、魔術学院内の噂は流石に彼の及ぶ範囲ではなかった。
「フェルバート様がわざわざそんな風に言ってくるくらいだもの、ほうっておくとよくない類の噂ね? 全容の把握と出所はもう調べてあるの?」
「大方すんでいます、ローズ嬢」
「セファ、噂による面倒ごとというのは初動が肝心だわ。打てる手を早いうちに打たないと」
なんだか胸騒ぎがした。はやる気持ちに押されるままに立ち上がるけれど、その勢いにセファが戸惑っている。こういう手合いに、セファはきっと慣れていないのだろう。そのまま彼を促して、リリカとホルミスを振り返り、軽く膝を折った。
「ごめんなさい、リリカ。私たち、一度学院に行くわ。戻れそうなら戻るし、間に合わなそうなら鳥を飛ばすわね。もしそうなったら、青の魔法使いにはよろしく言っておいてくれる」
「……わかった、けど」
お願いね、とリリカに念を押す。何か言いかけていた様だけれど、問い返す暇はなかった。
どうしてか長椅子に座ったままのクライドを見る。彼は穏やかに笑っているだけだったので、小さくうなずいて扉の方へと体を向ける。
青の魔法使いとは話しそびれてしまったけれど、またいずれ、機会を作ればいい。
フェルバートはさっさとリリカの部屋を出ようとしていて、私も、と瞬いた途端、廊下を進むフェルバートの後ろ姿が現れた。
「……えっ」
「ロゼ?」
私の声とリリカの声に、廊下の向こうのフェルバートの足が止まって振り返る。私はそのフェルバートを見て、続けて自分の後ろを振り返った。リリカの部屋だ。
「……あの、ロゼ」
リリカの戸惑いつつも優しい声が、なんだか逆に追い討ちのように感じた。
「……今、瞬間移動しなかった」
転移魔術。
両手で顔を覆う。やってしまったわ。どうして今。別に驚いたわけでも混乱していたわけでもなくて、ただ、部屋を出ようと思っただけなのに。
今、私は確かにこの部屋の中央、長椅子に座っていたはずだ。なのに今、一歩も動かずして扉の外に立っている。両手を顔から離し、ちらりと視線を向ければ、中にいる全員が絶句している光景にいたたまれない。
少し考えて、もしかして、と両手のひらを上に向けた。乳白色の光と柔らかな風ともに、大輪の花が両手にふわりと現れる。詠唱もなしに。
——なんだかできる気がしたのよね、だからって本当にできなくても良かったのに。
視界の端でセファがこちらに向かってきたので、花で顔を隠す。もしやこれも魔界の花なのかしら。
「……ロゼ、じつは今までそういうことができたけど、隠してた。ってこと、ある?」
「ないわよ」
優しい語り口のリリカの声にも、ついツンケンと返してしまった。何が起きているのだろう。だって今までは、こんなふうに何度もたくさん花を降らせたら魔力がなくなって、体が重くなっていたのに。花は今一輪だけだけれど、自分を丸ごとこんなふうに転移させたのに、疲労感も何もない。
見なくてもわかるセファの気配がそばに立って、私の頰に手を添える。促されるままに顔を上げると、首のあたりに指が触れた。私の魔力の状態を調べているのだ。されるがまま、険しい表情のセファを見上げる。
「不調はないね。なんなら、まだ余裕があるかい?」
「そうね、体は、別にどこもつらくないわよ」
リリカは長椅子に腰掛けたまま、思案顔で口元に手を添えて、それなら。と口を開いた。
「もしかして、ロゼの魔力が増えてる? でもこんな急に増えることなんて……、そうだ、魔力じゃなくて心象力の方かな。なにかきっかけでもあった? この世界の魔術って、一回できるとイメージしやすくなって簡単になるところあるでしょ?」
魔力量……。リリカの言った言葉を反芻して、納得する。先日の事故のような転移を体感したことによって、ということだ。いやでも、どう考えても、おかしいと思う。
「…………空間転移って、こんな、ものの勢いでできるものかしら」
「まぁ、気持ちはわかるけど」
誰かに答えを求めたわけではないけれど、意外とセファが冷静だった。記憶を探るように、宙を見て、肩をすくめる。
「赤の魔法使いも、最初の転移は事故みたいな勢いだったって、聞いたことがあるよ。———実際は、とてつもない大事故だったらしいけれど」
かの高名な転移魔導師でさえ、最初はそうだったのだろうか。それなら、先日私が本棚に体をぶつけたのだって、可愛いものかもしれない。黒の魔法使いの恋人も何か言ってなかっただろうか、魔力量が多かったなら、どうなっていたかわからない、とか。
自分の力で自分の身に起こったことに、戸惑っている場合ではない。両手でささげ持った花に視線を落とす。手の中でころころと弄んで、えい、っと浮かした。
「わ。えっ、これロゼが?」
リリカの手元に落とす。なるほど、と思う。ぽかんとしているリリカの手元の花を、もう一度手元に呼び寄せた。手の中に戻った花を見ながら、深呼吸をする。
「不思議、私、魔法使っているみたい」
なんだか嬉しくなってきた。笑いかけると、セファが笑ってくれる。クライドが頭を抱えていて、ホルミスも戸惑っているけれど、リリカが目を輝かせて拍手をしてくれていた。
「ローズ嬢?」
なかなか来ない私たちを不思議に思ってから、フェルバートが戻ってきた。今行くわ、と声をかけて、セファの手を取る。
「ひとまず、セファは黒の魔法使いのところへ」
「……君は」
「ロゼは大丈夫なの? さっきみたいなのが突然起きたら」
「感覚はわかったから、気をつければ大丈夫だと思うわ。ここ数日ずっとそばにいたのはメアリたちだから、みんなにも相談してみようと思うの。青の魔法使いとは、できればまた機会を作ってもらえるよう伝えておいてくれる?」
「それはいいけど」
ゴダード先生にも意見は聞けるだろうか。この際色々な人に相談してみればいいのかもしれない。なんだかこそこそ隠れたり、実家や侯爵家、王家を配慮しながら行動する必要性について思うところがたくさんあるような気がしてきた。
そういった、私の勝手な行動を諌めるために教育をほどこして、がんじがらめにしてきたのだと思うけれど。
フェルバートの後を追う。彼だって、騎士としてそばにいたけれど、結局は。
セファを掴んだままの手に、力がこもる。反対の手を軽く握る形に上へ向けて、歩きながら小さな花を呼び出した。いくつもいくつも、手のひらから溢れるほど。どれだけやっても、不思議と体は辛くない。ひどく稀有な転移魔法が、身に馴染み始めている。
大きな力だ。利用価値の高い、特別な魔力特性。
私のやりたいことを、今一度胸に刻む。
———この力で。
譲れないこと、望んでいること。
———この力があれば。
「ローズ様」
セファの声に、沈み込んでいた意識が浮上する。転移陣の間はもうすぐだ。部屋の前でフェルバートが待っている。なのに、セファの足が止まった。同じように止まって、セファを見上げる。
「本当に、つらくないね?」
「平気よ」
大丈夫。と、わらってみせた。




