表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
110/175

51.異世界からの来訪者の独り言

いつもありがとうございます。拍手、お気に入り登録、評価、励みになります。

引き続きゆっくりペースですが、よろしくお願いします。


※2021.5.30 51話全文差し替えました。


 最初からわかっていた。というと、嘘になる。


『はじめまして、リリカです』

『ご存知かしら。彼女は異世界からの来訪者、リリカ様。神殿で暮らしているけれど、ーーー』


 出会いは、研究室でのお茶会の日。リコリスの名乗りの後で自己紹介をしたとき、彼女は白銀の魔術師セファの長身に隠れてこちらを伺っていた。

 学院の学生たちとお揃いの黒いローブを身に纏い、フードを目深にかぶった姿。魔術師セファのローブを握りしめる拳が特別印象に残った。


 わたしがこの世界にきて、二年と半年。

 神殿に召喚されて、魔術学院に二年ほど通って、この春卒業して、それでいていまだに聖剣を顕現できない、救世の巫女のなり損ない。

 聖剣をこの手にできなければ、わたしはずっと、ただの『異世界からの来訪者』。


 この世界に喚ばれたのは、わたしが『この世界を救ってほしい』という人々の願いに応えたからだと、神殿長が言った。身に覚えがないよと笑ってしまったけれど、この世界の人たちは、わたしが世界を救うのだと信じている。

 一欠片の疑いもなく、わたしの手によって、世界が救われるのだと信じている。


 神殿に暮らすことが決まってから、魔術学院に通い神殿のお勤めをこなす毎日が始まった。当時十五歳、部活も習い事もしていなかったわたしにとっては、ハードな毎日のはじまりだ。慣れない環境の中で、未知の魔術について学んで、青の王国について知って、結界王国群の成り立ちを覚えた。そうするかたわらで癒しの力を磨いて、結界王国郡各地で暮らす人々の幸福を祈る。規則正しい生活をし心身を清らかに保つことで、この身に聖剣が宿るのだという。


「その神々しい姿が見れる日を、皆が楽しみにしていますよ」


 その手に聖剣を掲げ、然るべき人物に託すその瞬間を神殿の皆が待っているのだという、他愛無い無邪気な期待がのしかかった。


 一度は受け入れた。

 この世界にやってきて、自分は選ばれたのだと思って、果たすべき使命があると、物語のヒロインのようだと思えて、どこか誇らしくもあったのだ。物語のような出来事が、自分の身に降りかかることなんて想像もしなかった。特別な出来事に浮かれていたとも言える。だけれどその反動か、多くの大人たちからの期待を息苦しく思うまでにたいして時間はかからなかったと思う。


 神殿や王城から離れて、魔術学院で過ごす時間が増えた。実習を言い訳にして、寮の客室に泊まる日が増えた。

 愛想笑いを覚えて、聖剣について問われるのを恐れて人を避けるようになった。それでも異世界からの来訪者として偉い人たちに望まれれば、人々の前に出なければならない。作り笑顔を貼り付けてこなす面会、慣れないパーティ、すり減って行く心に、今頃本当だったら高校生だったのになんて思い始めたらもう最悪だ。ずるずると塞ぎ込んでいくわたしと、それを気取られぬよう振る舞うわたし。表と裏の齟齬に重なる疲弊。今思えば、もっと誰かに頼ればよかったのに。その当時、ホルミスの献身さえもわたしは負担に感じていた。


 アンセルム殿下の婚約者だったローズ・フォルアリス様と出会ったのは、その頃だ。


「……もし、姫君? そこでなにを?」


 王城への呼び出しの帰り道。人の視線が気になって、何も言われてないのに勝手に追い詰められて、気分が悪くなって人目を避けた結果、中途半端に開いていた扉の影に隠れて目眩が治るまでどうにかやり過ごそうとしていた時だった。

 侍女に声をかけられて、その背後にローズ様の姿を見たわたしは咄嗟に逃げようとした。着慣れない衣裳に足を取られた結果、あろうことか逃げ出そうとした本人であるローズ様へとよろめいてしまう。一瞬その胸に抱きとめられて、瞬いた時には彼女の侍女と護衛騎士がわたしの身体を支えていた。


「そちらの扉は、使用人の通路よ。あなたが使うべきものではないわ」


 わたしが誰かわかっているのかいないのか、ローズ様はなんてことない表情で言って、ふと、小首をかしげる。


「少し……、顔色が良くないわね。休んだ方が良さそうよ。フェルバート、お部屋へ案内を」


 言っている意味がわからないまま戸惑っていると、ローズ様はそのままてきぱきと騎士に指示を出して更に侍女を呼びだし、わたしを一室に案内した。ミントティーみたいなお茶を出してくれて、それでいて本人は「好きなだけいていいわ。私は次の予定があるから」などと言って、必要なら使いなさい、と自分の侍女を残してさっさと姿を消してしまった。


「……あの、なんで、こんなこと。もしかしなくても、ローズ様ってすごい忙しい人なんじゃ」


 残された侍女に思わず問えば、苦笑を返される。

 とにかくその日、わたしは異世界からの来訪者としても救世の巫女としても扱われず、それどころかなんだかローズ様が自由に使えるらしき王城の客間を与えられて、お茶の用意を前に放置されるという不思議な時間を過ごしたのだった。


 まさかそれが、彼女への謂れのない中傷に繋がるなんて思いもしていなかったのだけれど。





 なにそれ、とテーブルについた手の勢いで、カップががちゃんと跳ねた。


「だから誤解なんだってば! ……ですってば!」

「君がローズとともに客間に入って、その後しばらく神殿に戻らなかったのは事実であろう」

「それは」


 そう、だけれど。

 言葉に窮するわたしに、アンセルム殿下はため息を吐いて首を振って見せた。


「その後も、何度か彼女が君と言葉を交わす姿を目撃されている。先日の夜会で君は一方的に何か言われ、手にしたグラスを奪われていた」


 あれはそっちのミスでしょう! と王子様相手に怒れずぐっと言葉を飲み込む。

 事前に言っておいたのにも関わらず、飲めないお酒を押し付けられたのだ。最初のグラスだからって、再三お酒は飲めないと言っているのに。あんなの、どう考えてもホスト側の手配ミスだ。手にしたグラスを口にできないまま、お腹もすいたし喉も乾いたしどうしたものかと途方に暮れていたところ、やってきたローズ様が一目で何を汲み取れたというのか、少ない言葉とともにグラスを引き取ってくれただけなのに。その後やってきたウェイターがジュースをくれて、やっと喉を潤せたのだ。あのジュースをサーブしたウェイターだって、きっとローズ様の指示に違いないというのに。

 目撃していた侍女や警備の騎士が証言する機会などない。その他にもいくつか、ローズ様のわたしに対する振る舞いについて、悪意ある虚言が、信じられないほどの速さで広まっていた。


「そもそも、君はローズ・フォルアリスに関わる必要はないのだ。彼女に近づくなと神殿関係者らからも言われているはずなのに、なぜ」

「ぐ、偶然だわ。でもあんなにただ立ってるだけで存在感のある綺麗な人、同じ会場内にいるとわかったらつい意識しちゃうし、今日はどんなドレスできてるのかな、とか、つい探しちゃって。視界に入ったらぼーっと目で追っちゃって」

「いつのまにそんな風に入れ込むようになっている……。……まぁ、彼女の洗練された身のこなしに目を奪われるのもわかるが」


 呆れた視線に、嫌だわたしどうして顔がこんなに熱いのかしらと手で両頬を覆ってペチペチ叩いたり揉んだりしていると、その後アンセルム殿下が何事か呟いたのを聞き逃してしまった。

 瞬くわたしと目を合わせて、アンセルム殿下は言い聞かせるような口調でゆっくりと話す。


「……繰り返すが、君は、ローズ・フォルアリスには関わるな。親しくなるなどもってのほかだぞ」

「あなたの婚約者でしょう?」


 そもそも、救世の巫女として喚ばれたわたしが、お世話になってる国の王太子の婚約者と親しくなっちゃダメって、どういう理屈だろう。王太子って、未来の王様でしょう? ローズ様はそのお妃様になるんでしょう? 世界のために、手に手を取って協力関係を結ぶのが普通じゃないの?

 納得いかない様子のわたしに、アンセルムはただ繰り返す。


「いいから聞き入れるのだ。君は、ローズ・フォルアリスに、関わるのではない」


 区切るようにして、念を押す。アンセルム殿下は真剣な表情で、どこか懇願染みた様子だった。納得しきっていないなりに、どうやらうなずいたほうがいいようだと思うくらいに。

 不承不承うなずけば、あからさまに安堵した表情を浮かべた。むぅ、と口を曲げるわたしを、子どもを見るような優しい目で見る。その目は、一体誰に向けられたものなのだろう。などと、変な違和感を抱いてしまった。なぜって、なんだか、その優しい目に、優しさだけじゃなくて、どこか苦いものがある、ような……。

 定例お茶会の終わりの合図とともに、アンセルム殿下が立ち上がる。はっとして、わたしも同様に立ち上がった。見送りのポーズをとると、様になってきたなとアンセルム殿下が褒めてくれる。その後、背を向けた彼の独り言が、なぜか今度はしっかりと耳に届いた。


 アンセルム殿下が立ち去っても、わたしはしばらくその場に佇んでいた。最後に聞こえた独り言の意味を測りかねて、戸惑っていた。


「……『親しくなるのではなかったと、後悔することになる前に』……って、どういう意味なの」


 後悔する日が来ることが、わかっているかのような口ぶりだった。



 そんな強く印象に残る出来事があれば、誰だって繰り返し「あれはどう言う意味だったのかしら?」って考えると思う。少なくとも重要人物として、ことあるごとに動向を窺うようになったわたしはそこまで悪くないと思うよね?





 白銀の魔術師セファの研究室で出会った『フードの女の子・ロゼ』の話を聞きながら、果たしてこの子は魔術師セファの恩人であるローズ・フォルアリス様と接触できる立場なのかどうか、それを見極めようとしていた。


 そうしながら、この子がその本人だったら話は早いのになぁ、なんて、虫の良い想像をして。


 だって、物語みたいな世界なのだ。物語のようなことが起こったっていいと思った。それに、他者に厳しいなどと噂に聞く白銀の魔術師セファが、驚くほど心を砕いている様子なのも気になる。それもロゼがローズだと考えた時、白銀の魔術師セファとのいきさつを思えば、ふたりの距離が近しいのも納得できた。

 特に根拠があるわけではなかった。ただ、そうだとしても矛盾はないな、という、突飛な妄想ありきの飛躍した論である。

 ローズ・フォルアリス=ロゼについて、貴族の常識といった固定観念から、ありえないと断じている派閥と、疑うべき点が多すぎるものの状況が込み入りすぎていて下手に手を出せない、と静観している派閥がいることを知ったのは、そうした妄想の裏付けを取ろうとホルミスに調べさせてからのことだ。


 ローズ・フォルアリスと、白銀の魔術師の弟子・ロゼ。


 目端の利く者であればどちらも無視できない存在であるし、情報を集めて行くうちに手出し無用だとわかるようになっている。

 情報の集まり具合、露出の程度、ハミルトン侯爵家での扱い、王家の対応、そしてそう言った情報から隔絶された実の母親であるフォルア伯爵夫人の慟哭。


 ローズ・フォルアリス=ロゼは、正しく下調べをすればそれだけで、国や世界にとっての駒の一つなのだとわかるようになっていた。


余談ですが、リリカがこの世界に来たのは中三の2月頃。

すでに高校にも推薦で合格してました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ