50.ローズの行方
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身体の内側へ突き刺さるような違和感に、ふと顔を上げる。
顔から首筋まで真っ赤に染めたローズが姿を見せなくなって三日。研究室で所属学生たちが黙々と作業を進めている中、僕一人険しい顔で宙を睨んだ。
そうして、間も置かずに”鳥”がやってくる。
全く、妙な相手と情報を共有してしまったものだと腹立たしく思いながら、自分の違和感が気のせいでなかったのだと深いため息をついた。
魔石に込められた言葉を聞き、さらに嘆息する。「工房で」とだけ吹き込んで送り返した。
「セファ先生?」
「なんでもないよ、ミシェル。すぐに戻るからここで続けていて。遅くなる時は連絡する」
学生たちに言付けをして研究室を出る。
足早に向かうのは魔術塔。自分の工房だ。
「ローズ姫が、また行方知れずだそうで?」
必要なものを準備し終えた頃に、工房に現れたのはクライドだった。
「……念のために聞くけど、以前からこういうことは度々あったのか。夏以降、忽然と姿を消すことが多すぎないか」
「庭園でのお茶会から荒地へ、黄金劇場から王城の森禁足地へ、神殿書庫からどこかへ。たしかにまぁ、多いですね」
頭がいたい。何がどうしてこういうことが繰り返されているのか、わからないのが一番の理由だろう。人はこんなにも度々姿を消すものではないはずだ。何がどうなってこんなにも高い頻度で繰り返されているのか。
「だから、魔術具を持たせたのでしょう? まだ本人に伝えていませんでしたか?」
僕の顔を見て、クライドが苦笑する。後ろめたく思っていることを知っている意地悪げな表情に、尚更気が滅入った。
「……別に、隠しだてしたいわけじゃなかったんだけど」
伝える機会を逃しただけだと、口にすればするだけ言い訳がましくて途中で言葉を切った。ため息とともに、用意した道具を外套の内側に仕込んでいく。準備ができれば向かう先は一つだった。
クライドの出立ちは、文官として出仕する普段の仕事着で軽装に見えた。気楽そうな佇まいに、ローズがどこに消えたか知っているのかと詰め寄りたくなる。もし知っているなら、あらゆる可能性を想定し、対応できるよう念入りに準備する自分が馬鹿みたいだ。
聞いても答えないことはわかっている。次期ワルワド伯爵として、王家より直々にそれ相応扱いの地位にいるクライドの立場は側から見ると複雑で不明瞭だ。宮廷魔術師である僕の言葉をはぐらかすくらいなので、相応の後ろ盾がいると思っていい。何も知らないまま、下手に問い詰めることができない。
何も言わずに工房を出るのに、気にした様子もなくついてくる。目指す場所さえもわかっているようで、転移陣の間から王城へ、さらにそこから中央神殿へ赴いた。
中央神殿の転移陣の間は人が多い。各地から巡礼のため、多額の棄捨をして転移陣を利用する貴族や富裕層の平民。仕事で訪れる文官や騎士。各地に送り出される神官たち。多種多様な人の出入りが絶えない。
参道が雪に閉ざされる直前の現在は、平民が増える時期で他の季節よりも人が多いらしかった。
冬季には宿泊施設を利用した長期滞在者や、転移陣を利用して訪れるものは変わらず、人は絶えない。神官でない人間も多く、中央神殿はほとんど小さな町だった。
「勝手に歩き回っていいんですか?」
「宮廷魔術師としてきているから。目的の資料のために、目的の書庫を訪れる許可を取ってる」
クライドの軽口に憮然とした口調で返しながら、ローズがいたはずの書庫を目指す。
鍵は開いていたので、クライドと二人で中に入る。黒髪の少女が消沈した様子で佇んでいた。
「……リリカ様?」
「セファ先生」
呼びかければ、パッと顔をあげ駆け寄ってきた。けれど、僕の背後にいる人影にたたらをふみ、不審そうに眉をひそめる。
「あなた」
「初めまして、クライド・フェロウと申します。以後お見知り置きを」
人好きのする笑みを浮かべて、貴族の礼をとるクライドを、何故だかリリカは胡散臭そうに眺めていた。その視線が、僕の方へと向けられる。
「セファ先生は、どうしてここに?」
「ロゼを探しに」
言葉少なに答えて、本棚の間の通路を抜けていく。不審な点はない。特別変な魔力も感じられない。仕掛けがしてある様子もない。神殿には特別な結界が張られているから、転移陣の間以外での転移術式は機能しないはずだ。赤の魔法使いが、そのように術式を組んだ。扱える人間が限られているとしても、そういった保険をかけるべきだと譲らなかったと聞く。
書庫を一巡りして、入り口近くの机が並ぶあたりへと戻る。クライドがリリカへと話しかけている様子は聞こえていたが、リリカは頑なだ。人当たりのいい娘だと思っていたけれど、クライドへは警戒を解かない。クライドの笑顔の奥に戸惑いが見える気がするので、きっと自分でも知らないうちに失言したのだろう。女性関係の噂の絶えない男にしては、珍しい失態だ。
「……ロゼはどこに行ったのかな」
ぽつりと、リリカがつぶやく。黒い瞳がこちらに向けられているのを感じながら、僕はううん、と唸った。
「書庫の中に妙な痕跡はなかったよ。奥の方でぱったりと足跡が途絶えていて」
奇妙なのだ。たどった足跡は奥まった場所に向かっていた。ちょうどどこからも影になった先へ向いたまま、ぷっつりと途絶えていた。
「……誰かに外へ連れ出された可能性は?」
「訪れた人間がいたようにも、ロゼが出ていった様子もないから」
問いかけを、上の空で否定する。考えうる可能性を上げては線で消す作業の真っ只中だった。
「セファ先生たち、移動陣からまっすぐこの書庫まで来たの?」
「そりゃ、まあ」
はたと答える口が止まる。失言した予感にリリカの方を振り向いた。
黒い瞳が、じーっと疑わしげな眼差しを注いでくる。しまった、と気づいた時にはもう何もかもが遅い。
「……ロゼは、セファ先生の弟子だよね」
「……そうだね」
「神殿でロゼに何かあれば、連絡が行くのはセファ先生だよね」
「まぁ、そうだけど」
何か非常に物言いにくそうに、リリカは視線を彷徨わせる。よし、と小さく囁いて、僕を見上げた。
「あの、セファ先生。じつは、ロゼの居場所を常に把握してる、なんてこと、ある? もしくはあった? 突然居場所がわからなくなったから、慌てて中央神殿にまできた。なんてこと、ある?」
漆黒の瞳にまっすぐ見据えられて、僕は唇に弧を描く。向けられる眼差しに応えるようにして、真正面から受けた。
「まさか」
短い返事にリリカはしばし身じろぎしなかった。やがてはゆっくり頷いて、へらりと笑う。
「だよねぇ」
うふふえへへと、誤魔化すように笑うリリカと見つめあっていると、彼女は盛大なため息と共に顔を覆って天を仰いだ。
「あやしすぎるぅ……。えぇ、ロゼ大丈夫? このセファ先生すごーく怪しいんだけど。師弟関係にかこつけて、プライバシーとかそういう倫理的に不味そうなあれこれ侵害されてない? ねぇほんとにGPS的なものつけてない?」
何を言っているかわからないので黙殺する。だから、そんなことができるのなら今ここでこんなふうに探しにきてなどいないというのに。
「じゃーなんでこの書庫で消えたって知ってるのー! 神殿は白銀の魔術師セファの弟子が行方知れずって秘密にして早期解決を図ってるところなのにー! わたしが知らない間に方針が変わって神官が案内してきた風でもないし!!!! あやしい! 怪しいよセファ先生!」
そういわれても。誤魔化しようもなく戸惑いを見せる理由もなく、無表情でどう返事をするべきか考える。正直、相手をするのが少し面倒になってきていた。異世界からの来訪者リリカとは、文字通り異世界で生きてきた少女だ。僕やローズが考えたこともない価値観を持つ救世の巫女。
良くも悪くも素直なローズが、変な影響を受けないといいけれど、と思いながら視線をクライドへと投げかけた。クライドは苦笑しながら肩をすくめて、「リリカ様」と跪く。
「白銀の魔術師セファへは私が伝えました」
はた、とリリカの表情が固まる。
くらいどふぇろう、と口の中で何度か呟いて、ハッと表情を変えた。きゅっと表情を引き締めて、問いただすように厳しい口調になる。
「ワルワド伯爵、フェロウ家の……? 王妃様の飼い猫であるあなたが、どうしてここに。何を企んでるの」
クライドを見つめる。彼は笑ったままだった。僕の視線を受けても、動じることはない。僕はため息とともに肩から力抜く。聞かなくてはならないことが山ほどあった。でもそれは、リリカの前でするべきことではなかったし、今は何よりもローズの行方を見つけることが優先だ。
「あなたがロゼを探しているというなら、そっか。やっぱり、そうなんだ」
リリカは静かに囁いて、書庫の奥へと身を翻した。




