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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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43.世界を救ったなら

いつも応援ありがとうございます。少しだけ連日更新しております。未読分がありましたら先にそちらをご覧ください。引き続きよろしくお願いします。



 世界でも、救ったなら。


 セファの問いかけに、どんな顔をしていいかわからなくて、いつものように笑っていられますように。と、祈りながら答えた。


「そうね。そんなことを、言ったこともあったわね」


 懐かしい。ずいぶん前のことのようだった。荒地に飛ばされて、セファに迎えに来てもらって、三日目だったかしら。私のあり方に、おかしいと告げたセファ。

 あの時も、さっきみたいに抱きしめてくれたわね。


「今朝からずーっとセファの弟子のロゼとして振る舞ってみたけど、結局、自分がどう生きたいかなのよね。私、『ローズ』であることを隠して生きてなんていけない。その生き方を、私自身が望めない。学院にいる間はロゼとして振る舞うけど、でも、いずれローズに戻るわ。やらなくてはいけない望まれた役目のために。世界を、救うためにね」


 君らしいね、とセファがうなずく。私の言葉の本当の意味を、セファは知らなくていい。できることなら、ずっと知らないままでいてほしいと思う。世界を救って、王家に求められて、そのまま表舞台から姿を消すなんて、よくある話じゃないかしら。

 でもきっと、魔法使いになったセファに何気なく問われて、隠し事のできる国なんてないわね。


「結婚についてもね、貴族に生まれついて育った者としての義務だと思っていたことが、じつはそうじゃないと知ったの。私、必ずしも、誰かと結婚する必要があるわけじゃないのよ」


 本当は、世界を救うために育てられた。だからきっと、そもそも将来の伴侶なんて必要ない。アンセルムとの婚約も、私を聖剣の前に差し出したい人々にとっては余計なことだった。フェルバートとの口約束じみた婚約だって、何も知らない他家にから守るために、ハミルトン侯爵家が名乗りを上げただけだろうし、私が誰かと結婚して血を残すことなんて、誰も必要だと思っていなかったに違いない。

 私だけが、ただ、そうしなければと思い込んでいた。


「……じゃぁ、君、フェルバートとの婚約がなくなったから、すぐ次の婚約者が現れる。ってわけじゃないのかい?」


 セファの目がまん丸になる。何をそんなに意外に思うことがあるのかしら。

 ……王都に戻り次第婚約するだろうから、望みがあれば叶えてあげるわよ、なんて言ったのは私自身だ。それを踏まえれば、真反対に翻した意見を不思議に思うのも当然か。

 自分の発言を振り返って、苦笑する。自分の事情を知らなかったとはいえ、簡単に意見を覆すようで情けない。ばつが悪くて、肩をすくめながら軽く答えた。


「多分ね。世界を救った後、ひょっとしたらなんらかの利害関係に巻き込まれることはあるかもしれないけど。それこそ救った事実を盾にして、自分で望む相手を選べるよう交渉することは可能だと思うわ」


 世界を救う方法が、聖剣に貫かれる、以外であればそんな未来があっただろうなと思う。

 茶器を持ち替えながら、水面を見下ろす。セファが入れてくれた薬草茶は美味しくて、少量加えられた糖蜜とは違う、薬草本来の甘みが感じられる気がした。


「……自分で選ぶなら、君は誰を? アンセルム殿下や、フェルバートとか……」


 耳に飛び込んで来た問いかけに、瞬きながら顔を上げる。セファも手元に視線を落としていて、私の方を見ていなかった。なんだか、ものすごいことを聞かれているような気がするけれど、なんて返事したらいいかしら、と宙を見る。


「アンセルム殿下やフェルバート様を、こんなたとえ話で上げるのも失礼だけれど、そうねぇ。フェルバート様も、アンセルム殿下も、きっと私、幸せにしてあげることはできないわ。そうと決まれば、二人とも私を幸せにしようと心を砕いてくれるだろうけれど。真面目で、自分の事は後回しにするような人たちだもの」

「……待ってくれる? それ、君が夫を幸せにする話なの……?」

「わざわざ選んで結婚するのだから、私が幸せにしてあげなくちゃ。当たり前でしょう? 私と結婚しても、幸せになってくれる人がいいわよね」

「君こそ、自分が幸せになることを考えてないだろう」


 セファがなんとも言えない顔をしている。たとえ話よ、と私は繰り返した。


「貴族や力のある魔術師なんかも候補になるとは思うけれど、よく知らない人を幸せにできるかどうか」


 うん、だから。と続ける。話しながら思いつくのは、一人だけだ。


「私が選ぶなら、クライドお兄様かしらね。歳は離れているけれど、気心は知れているし。あの人、私に遠慮しないものね」


 王太子妃教育を受けていた頃を思い出す。両親、第一王子や教師たち、私の周囲にいた人たちから向けられていた、穏やかな笑み、優しい口調。出される課題への不足を指摘され、こなした分だけ新たな課題を提示される生活の中で、それでも私を叱る人はいなかった。

 久しぶりに現れたクライドだけが、開口一番私のことを罵った。


 思い出しても笑ってしまう。その時、とても安堵した私を、さらに気味が悪そう見たあの顔といったら。


「私が幸せにできなくても、クライドお兄様ならきっと、好きに、勝手に自分の幸せを探して生きてくれるわ」

「だから、君が幸せになることは考えていないだろう、それ」


 自分の臆病さをひた隠しにして、セファに微笑んで見せる。

 セファが好きだと、後先考えずに気持ちを伝えるのは簡単だ。思い残すことなく世界を救って、勝手にいなくなればいい。なんて、最初に会った時のあの顔を知っているから、そんなことはできないと強く思うのだ。

 異界渡の巫女みたいな、同じような消え方なんて絶対にしたくない。これって、意地と言うやつしら。


「まったく。君は」


 ため息を吐くセファに、見惚れてしまう。不機嫌な顔も、無表情も、時折見せる意地悪な顔や微笑みも、もう全部だ。私、その全部で私だけを、


「……見ていてほしいのだもの」


 つぶやいてすぐに口元を手で抑える。浅ましい願望が溢れたことを恥じた。

 目の前の友人には届かなかった様子だけれど、何か言った? と言うように見てくるから、何も。と、首を振った。そろそろ戻りましょう、と立ち上がる。

 向かい側に座っていたセファの横に立って、ほら早く。と急かせば、セファは私の手を取って見上げてきた。私がセファを見下ろすだなんて、なかなか珍しい立ち位置だ。ちっとも立ち上がらないセファに、どうかしたのかしらと瞬く。


「セファ?」

「……抱きしめたいんだけど」

「は」


 下から見上げてくるセファの口から思いもよらない言葉が聞こえて、変な声が出た。

 手を取られたままの指先が熱い。


「……って、言ったら、怒るかい?」


 撤回するつもりはないらしく、問いを重ねられた。


 ……聞かなかったことにして、逃げてもいいのかしら。


 あのね、さっきの衝撃からやっと立ち直ったばかりのところに、なんでそんなこと言い出すのかしら。

 どう言うわけで? と聞くべきか、聞かないまま工房を出るべきか、はたまた再び思考停止をして抱きしめてもらうべきか、何が正解なの。ええと、ええと。何を聞かれたのだったかしら。聞かれたことに答えればいいのよ、そう。怒る? って聞かれたんだから。


「怒らない、けど、でも」

「……でも?」


 さっきは不意打ちだったけれど、こんな風に真正面から聞かれたら、見上げられたら、逃げようがないじゃない。

 こんなの。こんなの……。


「っーーー! セファのバカ!!!」


 気がつけば怒らないと言ったばかりのその口で怒っていた。力一杯叫んで、肩で息をする。セファが驚いたように瞬いていた。当たり前だけれど、私だって止まらない。


「わ、私、これでも貴族令嬢として育てられてきたのよ!」

「う、うん。そうだね」

「そんな私が、そんな風に聞かれて、あっさり、だ、だ、だ、抱きしめてもいいわよ。だなんて、言うと思って?!」


 セファは少しの間沈黙して、小さく笑った。

 その何とも言えない顔を見ながら、もう! と私は怒る。軽率なセファと、流されそうな自分にだ。


「だいたい、セファとの距離感なんて最初からずっと狂いっぱなしなのよ。いくら友人でも、師弟でも、男女の適切な距離感というものがあって」

「男女の」

「そうよ! たとえ、最初は寂しくて泣きそうで心細そうな年下の男の子が、必死に虚勢を張ろうと頑張ってる姿に胸を打たれて、自分に重ねて、力になってあげたいと思ってつい手を重ねてしまったけれど!」

「……ローズ様? 待ってくれる。それって誰の話だい」

「その後だって、不可抗力だったわ。荒地にいる私をセファが心配して触れたのだって、裂け目から地上に出るのに抱き上げられたことだって、森についてからふ、ふ、服を……!」

「ローズ様、それについてはおたがい忘れることにしたから、僕は覚えてない。まずは落ち着いて。泣かなくていいから」

「泣いてないわよ!!」


 カッとなって吠える。セファが両手を上げた。


「も、森を抜ける間中手を繋いでいたのだって、本当なら魔術師と貴族令嬢のあるべき姿ではないし」

「そもそも森の道なき道を進むこと自体がないよね」

「宿だって、同じ部屋で寝ているし!」

「……寝てない。夜通し看病してたよ。もちろん」


 すん、と勢いが萎む。寝ずの看病をしてもらっていたなんて初耳だった。


「……そうなの?」

「そうだよ」


 真顔で頷くセファの顔を見ながら、あの時のことを思い返す。椅子に座って、外套にくるまって、伏せたまつ毛の影が頬に落ちてーーー。


「私の部屋で寝ていたでしょう!? 誤魔化そうとしないで!!」

「ちょっとうたた寝をしてただけだよ、同じ部屋で寝ていただなんて、言葉だけ聞くと語弊がありすぎる。これも君、忘れた方がいいんじゃないのか。僕も忘れる。だから、ね? ロゼ」


 短く呼ばれて、ぐっと言葉を飲み込んだ。こほんと咳払いをして、視線を鋭く向けることで不満を訴えた。


「と、とにかく、そんな風にしてから友人になって、何が普通の距離感なのかわからないわ。手だって当たり前につなぐし。そういうのだって、本来ならお茶会だとか、夜会だとかで付き添ってくれる婚約者や父兄、護衛の仕事で、宮廷魔術師と貴族令嬢の振る舞いではないのよ!」

「……でも、君は僕の弟子だよ」

「なんで弟子が師匠に常に付き添ってもらうことがあるのよ!」


 吠える私を、セファがなんだか楽しそうに眺めている。きちんと身につけた振る舞いの通り、取り澄まして受け答えをしたいのに、本当に本当にセファの前だとうまくいかない。もどかしいし、腹立たしい。なにより、それをセファが楽しそうに見てくるのがなおのこと苛だたしかった。


「でも君、しっかり捕まえていないと消えてしまうだろう」


 しれっと言ってのける同い年の男の子に、私はなんと返したものか途方にくれた。セファは何もかも説明しないまま、次から次へ問いただしたいことを積み重ねていく。ひとまず、一番聞かなくてはいけないことを問うことにした。


「……あのね、セファ?」







次回「軽率な弟子と魔術師の忠告」

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