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【五章開始】あの人がいなくなった世界で  作者: 真城 朱音
三章.天機に触れた、宮廷魔術師
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42.白銀の魔法使いの役割

いつも応援ありがとうございます。少しだけ、連日更新します。未読分がありましたらそちらからご覧ください。

 

 心臓の音が聞こえる。


 セファの音だろうか、それとも私自身の音か。セファの体はひょろ長いけれど、こうして抱きしめてみると想像以上にしっかりしていた。セファがギクシャクと身をよじるけれど、私を無理に引き剥がそうとはしない。

 力づくで引き離さない、と言うことは、嫌がられてはいない、と言うことよね?日頃から当たり前のように手を取ってくれる様子を思い浮かべても、そこは問題ないはずだ。

 それに、抱きつくくらいなら、メアリだっていつもしていることだ。私がやるのだって同じことのはず。メアリだって、あの小柄な身体を目一杯広げてセファに飛びついているのだもの。

 同じこと。そう、おんなじ。貴族令嬢のローズがやれば問題なことも、学生のメアリがやることを弟子のロゼががるだけのことだから、大丈夫。大丈夫。


「君は、僕が、どんなに」


 呻くようなセファの声がしたかと思えば、再び抱きしめられた。


 普段、工房の中はとても静かで、外の音なんてものは一切聞こえない。それは、セファが設置している結界装置によって作り出される静寂だった。

 露台に続く硝子戸が開け放たれている今、聞こえてくるのは寂しい秋の風景だ。相変わらず空は今にも降り出しそうな鈍色で、風は冷たいし、鳥の声も聞こえない。時折、風が吹くごとに王城敷地内の森が、ざあっと鳴くけれど、それもやがては静寂に飲み込まれる。世界に二人だけみたいなんて発想、先日読んだ戯曲の影響かしら。


 そんな寂しい景色を背に、セファの腕の中にいる。

 頭にセファの頰がすり寄せられ、肩口に吐息を感じる。何もかもセファに閉じ込められている状況に、頭が瞬時に熱暴走を起こしそうだった。これ以上こんな風にしていては、何を口走るかわからない。なんだか危険な気がして焦るけれど、でも、全く正反対の願望も頭をよぎって、その浅ましさに慌てて振り払った。

 こんな風になるくらいなら、私、さっきセファが身をよじった時点でさっさと離れればよかったのよ!

 自分がやってしまった現状に、引っ込みがつかなくなってセファの胸元に顔を埋めるように押し付けた。あぁもう、一体どうしたら。と、外套の背中側ををひっぱる。引っ張りながらも、一つの疑問が頭をかすめた。


 ……メアリのことを、こんなふうに抱き締め返したりしていたかしら。


 とりとめもない単語が浮かんでは消えを繰り返す。

 なにかしら、これ。どういう状況? どうして? なにかあったの。なにがあったの。セファはさっきまで何をしていたかしら。私、こんなことされて怒らなくていいのかしら。こんなことして怒られないかしら。セファを呼び出したのは黒の魔法使いで、黒の魔法使いはセファの師匠で、魔法使いで。

 そうして、脳裏から消えずに残った言葉を、よく考える間も無く口にしていた。


「……魔法使い、なりたくないの?」


 突拍子も無い問いかけになってしまった。でも、だって、セファがこんな風に変になるような大きな出来事、他に考えられない。

 問いかけそのままが正鵠を得ていなくても、何か近いものがあるのでは無いかしら。問いに対する返答は、想像よりも素早かった。


「そんなことは、ないよ」


 セファは私にくっついたままそう言って、やがてゆるゆると離れていく。突然抱きしめてきたことへの弁解は一切なく、何事もなかったかのように私の手を取った。


「白銀の魔術師は、いずれ白銀の魔法使いになる。もうずっと前からわかってたことだ。研究だって、そのつもりで始めたものが既にいくつかある」


 開け放たれたままだった露台へ出て、片隅にある硝子温室へと導かれる。

 三段になっている棚は、硝子戸で閉じられていた。一番下はさらになにか黒い厚布で覆われていて、これも中に植物を育てているのかしらと首を傾げる。


「高濃度の魔力環境下と、そうでないところで生育した植物は、同種であっても全く別の効能が確認されていてね。例えばこの霧香花は解毒薬として知られているけど、高濃度の魔力環境下で育ったものは、強い睡眠薬になる」

「全く別の薬になるの? 薬効が高まるとか、そういう変化だと思っていたけど」

「うん。そういうものもある。でも、どういうわけか高濃度の魔力に晒されたことで変質して、別の効果を得るものが多いんだ。それで、この下段は結界装置と黒曜樹の葉で作った装置。結界外の森の環境を再現できないかやってみてる」


 つらつらと語られる専門的な話に耳を傾けながら、先ほどの出来事はきっと、特に説明されることはなく、忘れるべきことなのだろうと理解する。いつかと同じだ。二人だけの秘密にして、忘れて、なかったことにする。きっと、セファはいつか本当に忘れてしまうから、私がその時まで覚えておくくらい、許されるかしら。


「それって、これがうまくいけば、高濃度の魔力環境下で育った薬草の安定供給が見込めるってこと?」

「……話が飛躍しすぎてるけど、最終的にはそういうこと。その前にそうするだけの価値があるかわかってからね。

 実際に結界外の森の奥で育った薬草を調べて役に立つ成分が見つかれば、同じ種類の薬草を結界内で探して環境を再現、栽培する。同じように変質した薬効をもつ薬草が育てば、この方法で再現できるってことだから新しい治療薬の一つとして研究が進んで、うまくすれば流通が見込める。

 全部を僕一人がやるわけじゃないけど。多くの人間を巻き込んで、継続して、それが、魔法使いとして主導できる立場になれば、神殿の治癒術師に頼らない治療法についての研究が、もっともっと変わってくるんだ」


 診療所で育ったセファは、癒しの力に頼らない治療法を、ずっと研究しているらしい。

 当然ながら、癒しの力を使う神官の数には限りがある。各国の主要都市に神殿があり、そこから各地の治療院へ派遣されるけれど、完全に手が足りているとは言えない。


「魔狩り独自の治療薬の知恵、黒の王国『癒』を冠するの筆頭貴族の秘術、青や緑の魔法使いの記憶に残る、古くから受け継がれている術式。それらを重ね合わせることができれば。癒し手の種類を増やして、衛生に関する教育を広げて、医療を司る魔法使いになる」


 確固とした意思だった。それが、セファのやりたいことなのだ。

 白銀の魔法使いとして、結界王国群の医療制度の指針になる。王太子妃だったなら、そんなセファが作る制度を率先して手助けできたのだろうか。青の王国の王族という立場で、この人の目指す景色を、わずかいっときでも支えられたかもしれない。

 いいえ、こんな浮ついた動機で王太子妃が魔法使いに肩入れするなんていけないわね。そんなの、王太子妃失格だもの。そもそも、その立場でセファをこんな風に好きになることだってなかったでしょうし。

 だからこれは、もしもの話なのだ。ただの、空想に過ぎない。


 魔法使いとして、やるべきことを見定めているセファは、そこを目指して今を生きている。とても素敵だと思った。握られていた左手はいつの間にか添えられているだけで、解くのは簡単だったけれど、むしろ右手を重ねて握る。


「セファが魔法使いになるところ、早く見せてね。楽しみにしてるから」


 そうやってにっこりすれば、セファも笑った。

 一緒に部屋に戻って、硝子戸を閉じる。セファが手慣れた動作でお湯を沸かし直して、お茶を入れてくれて、私はその間に食料庫から焼き菓子を持ってきた。

 お茶会室の小さな卓に、二人で向かい合って座る。

 ちょっとお茶をしてから研究室に戻ろうかしらねぇ、なんて考えていたところへ、セファがお茶を飲みながら問いかけてきた。


「それで、ローズ様は?」

「うん? なあに?」

「世界を救ったあと、君はどうするの? 世界でも救えば好きに生きられるかも。って、前に言ってたよね。もうしそうなったなら、どんな風に生きるんだい」



次回、「世界を救ったなら」

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