百歩譲って異世界トリップは分かった。だからってこれは何でですか!?
つくづく自分はニッチなジャンルが好きらしいです。
あ~……これはもしや異世界トリップというやつですか?
欧米風の顔立ちの人間に囲まれているというのに、わたしが思ったのはまずそれだった。海外ではなく異世界だと。
何でだろ? 全然記憶ないけど、ここに来る前に神様にでも会って説明されてたんだろうか。
欧米が全部ごちゃまぜって感じ。あの人はイギリス人っぽいし、あっちの人はドイツ人っぽい。
そんでもってここは教会、いや神殿かな? 日本にいたときはそんなとこ行ったことなんてないけど、漫画でよく見たよこんな感じの。
自分でも驚くぐらい冷静な頭で周りを眺めていると、隣で女子高生らしき女の子とめっさ豪華な服装をした薄塩顔の青年が見つめ合っていた。
「そなた……名は何という……?」
「わ、わたし……聖子です……」
「キヨコ……良い名だ……私はスチュアートという」
それな~。良い名ってのはわたしも賛成ですわぁ。子がつく名前ってわたしかなり好き。上品な感じがして。
てか、JKもいるとか、これもテンプレじゃないですかやだー。誤って二人召喚されちゃって、片っぽはお払い箱になっちゃうあれでしょ~。
……
…………
…………――そのポジション自分じゃね?
「そなたに相応しい美しい響きだな」
「そんな……」
えっ。やばいなこれ。やばいぞこれ。
だって見てみ。薄塩青年の頬が! 薔薇色に染まっているっ!!
うぉあああぁぁ。すでに落ちちゃってる! 一目惚れしちゃってますがな!
そんでもって相手のJKもまんざらでもない感じだね!?
「スチュアート殿下、巫女様をそのような冷たい床にいつまでも座らせておくものではありませんよ」
「……あぁ、そうだな。キヨコ、手を」
フードをかぶった神官らしき男性に言われて、青年はJKに見惚れたまま手を差し出した。
てゆーか、薄塩くん。アンタ王子だったんかい!?
いや、そのぉ、王子にしちゃあ、ブサ……ものっすごく薄味のお顔をしていらっしゃいますね……? 失礼全開でごめんなさい。でも王子って言ったらイケメンであって欲しいじゃないですか……
お互いを見つめ合って自分たちの世界に入り込んじゃってる薄塩王子とJKは、目の保養……にはならないな、残念ながら。うん。王子は薄塩だし、その……JKも薄味とまではいかなくても普通なんだもの。
あぁでも平凡オブ平凡のわたしと比べれば化粧映えしそうな顔ではある。わたしは偏差値きっかり五十の和を乱さないことにかけちゃ右を出ないってレベルに普通だからね。言ってて悲しいね。
「して、そこの」
薄塩王子とJKをぽけ~っと眺めてたら、薄塩王子の隣にいるおじさんが誰かに話しかけた。
お、おぉ、このおじさんも薄塩王子とは真逆の方向で、負けず劣らずの個性をお持ちですね。ブサ……ここまでの超絶濃厚ソース顔は初めて会った。く、唇どうなってんの? 本物のたらこ付いてる……?
体型も極端だ。薄塩王子はひょっろひょろのモヤシ体型で、おじさんはでっぷりたっぷりの肥満体型。ベルトにお肉ちゃんがこれでもかと載ってます。ハムをつくる機械とかに巻き込まれてそうなアレですね。
「おまえだ、おまえ!」
「え?」
わたしがくだらないことを考えていると、苛立ったおじさんがこっちを睨みつけている。
あっ、わたしです? 無視したとか思われちゃいました? だってこのまま放置プレイだと思ってたので話しかけられるなんて思ってなくて~。
……なんて言ってみるけど、本当は心臓が痛いくらいにうるさい。耳鳴りもする。
だって、わたしはどうされるの。おどけてないとにじり寄ってくる恐怖に飲まれそうなんだよ。
「こっちを見ろ!」
「うっ」
痛いんですけど!? 何すんのよいきなりっ!?
おじさんはツカツカどすどす革靴を鳴らして近づいて来て、わたしの顎を強引に持ち上げた。目までかかるわたしの長い前髪が流れて、顔面が全面的に晒される。
「こ、こここ、これ、は……」
おじさんはわたしの顔を見るなり目を大きく見開いて、わなわなと震え出した。
ひぇっ。わ、わたし何もしてないよね? もしやさっきの無視未遂がそんなに不興を買ったんですか!? やっぱり存在が邪魔とかいう最悪のオチのパターンですか!?
「なんだあれは……」
「信じられない……」
「こんなことが……」
周りが騒然としている。
えっ、タンマタンマ。なにこれどういう状況? 明らかにわたしの顔見て言ってるよね皆さん。全員が全員やたら顔が赤いんですけど。
「本当に人間なのか……?」
「はぁっ……もぉダメ……耐えられない」
「胸がっ、苦しい……!」
この世界じゃ見るに堪えないやべぇ顔ってこと!? それでこのおじさんも震えるほど怒ってんの!? あのJKとどっこいどっこいだと思うんだけど自惚れでしたかすみません!?
「気をしっかりなさい! でも、気持ちは痛いほど分かるわっ」
「わたくしも……っ。はああんっ」
「あんな瞳で見つめられたら、どうしたらいいの……」
って、うわぁぁ! 倒れたっ!?
王妃らしき女性を筆頭に、王女らしき女の子達もバタバタ赤い顔して倒れてるよ……って男性も次々に倒れてるね!?
あっ、分かったぞ。夏場に校長先生の長話聞かされて生徒が熱中症の餌食になる図と似てる。ってそれならなおさら危ないやないかーい! 誰か救護班を呼んで来い!
わたしが困惑のしすぎで脳内絶叫してしているうちに、倒れた人達は騎士に運ばれていった。というか、騎士も結構な人数が倒れて仲間に運ばれていった。
苦しそうな顔はしてないっていうか、むしろ幸せそうな顔で運ばれていったので命に別状はないんだろうと思いたい。でも突然怖かったー……お大事にね。
「――……て、手荒な真似を致しました。どうかお許しください」
おっと、存在を忘れてたよ。おじさん。って、
「へ?」
えーーー! ちょ、なんで!? なんか跪いてるよこのおじさん!? めっちゃ頭深く下げてるけどいいんかねこれ。お偉いさんじゃないのかこの人?
「い、いえ。大したことはないです。顔を上げてください」
まぁわりと痛かったけど、こんな態度で謝られて許さないほど狭量じゃないよ。
「あぁ……なんと慈悲深い……」
な、涙ぐんでる……なんだこれ大袈裟だな……
「うちの宰相が失礼をしたな」
薄塩王子も謝罪してくるけど、宰相ってやっぱお偉いさんじゃんかこのおじさん! こんなに簡単に膝ついて良かったの? 後からなんやかんや権力でこじつけてわたしが罰せられたりしないよね? ね?
「……いえ、大丈夫です」
「ふっ、器も大きいと来たか」
この程度で器がでかいとか、この世界のひとは短気なのかな。怖いな。
「あの、わたしはそんな大したものでは」
「嫉妬するのもおこがましいほどの差、か」
……? ちょっと何言ってるか分かんないっすね。
「しかし、ここに最愛を見つけた以上、貴殿に及ばないなどと諦めはしない」
何やらカッコつけた言葉が続くね王子サマ。一人芝居でも始まったの? 開演のベルは聞こえませんでしたけども。そんでもって強い意志の籠った目でこちらを鋭く見て来るのは何故ですか? そして何かよく分からない台詞をわたしに向かって言ってくるのは何故ですか? ……あっ、一人芝居ではなかった? わたしにアドリブを要求していらっしゃいます?
「キヨコ……こんな私を選んでもらえるよう、努力を怠らないと誓う」
あ。違うのね。こっちには何も求めていないのね。
って、あ~。薄塩王子が我が物顔でJKの腰に手ぇ回してるよ。JKも相変わらずまんざらでも――って、あの子こっち凝視してるな。目力パネェ。
薄塩王子はそんな彼女の様子に気づくと、ちょっとだけ眉を寄せた。
「キヨコ。この者はそなたの何だ? ……まさか、恋人、では……」
「ちちちち、違います! 違います!」
JKがヘドバンかよってほどに首を振り、薄塩王子の言葉を全力否定する。わたしもついでに頷いておいた。彼女とは初対面なんで恋人とかありえませんよ。それにわたしは異性愛者ですしね~。
「そうか……良かった」
薄塩王子が安堵で顔を緩め、愛おしそうにJKの頬を指で撫でる。JKはくすぐったそうに目を細めてるけど、な、なんか未だに視線がこっちに向いてますね。薄塩王子を盗られるとか思ってます……? 安心してね、毛ほどもタイプじゃないよその薄塩王子様。どうぞどうぞ。
「その……貴殿の名を教えていただけないだろうか……」
宰相さんが恥じらう乙女みたいに控えめに訊いてくる。強引な顎クイをよっぽど反省してくれたらしいね。でもあの、いい歳したでっぷりおじさんの頬染め顔はキツイっす。
あっちに立ってる渋めのイケオジ騎士様にやられたら吐血レベルでときめいたけどな……って、あ。目が合った。イケオジとは言ったけど、欧米風だし意外とまだ若いかも。
はぁ~。騎士服の上からでも分かる鍛え上げられた筋肉と、滴る色気が反則級っっ。じかに見たい……胸筋も腹筋も背筋も見たい……
そのままガン見していると、イケオジ騎士様は一瞬身動ぎし、眉間に皺を寄せて目線を逸らした。顔には出さないように怒りを我慢しているのか、耳だけ少し赤い。ふぁーお、自分の感情をコントロールできる騎士様そんけー!
ってポジティブになりたかったけど……マジかぁ。ここの人達にとってそんなに無理か、わたしの顔は。見るに耐えないって倒れた人が言ってたの聞き違いじゃなかったんだ……
少なくないショックを受けて、ふらついた身体はそのまま床にぶっ倒れそうだったけど、宰相さんが期待に満ちた目で待っているので、ちょっと落ち着いた。いや、その顔もちょっと気持ち悪いとか思ってないよ。
「カズサ、と申します」
さっきのJKを見習って、名前だけを名乗ってみる。よくあるじゃない? 真名を知られると悪用され放題なファンタジー設定。相手の意のままに操られちゃう恐ろしい展開はごめんですよ。勉強はできないけど、こーゆー二次元知識はバッチリ予習済みだよ!
宰相さんは「まるで天籟のごとき美しい名でございますな」とか言ってきたんだけど、テンライって何? スマホがなくて調べられないけど、美しいとも聞こえたから、名前の方はどうやら受け入れられたっぽいよね。良かった~……のか?
そういや、わたしだけ地べたに座ったままだった。大理石だからおしりが痛くなってきて初めて思い出した。
立ち上がろうと片膝を立てると、「ど、どうぞ、お手を」と言ってフードをかぶった神官の人が手を差し出してくれた。ピアニストのような長くて白い指、それでいて適度に節くれ立った男性らしい手。手首の尺骨もエロいです。こ、これ握っていいの? めっちゃツボに刺さる手なんですけど。大好物なんですけど。
わたしが変態じみたことを考えて躊躇っていると、神官の人は「差し出がましい真似を致しました」と声色を陰らせて手を引っ込めようとする。わぁ、待って待って!!
「違うんです。わたしにも手を差し出してくださる方がいるのが嬉しくて。……助かります」
降ってきたチャンスを棒に振ってちゃいけないよね! ってことで、引っ込められる前に慌てて神官の人の手をぎゅっと握った。その瞬間に彼が息を飲む気配がしたと思ったら、フードの下から覗く顎下から首にかけて、一気に赤くなるのを目撃してしまった。
……あ、嘘でしょ。この人も社交辞令で言ってただけだった? なのに調子に乗って掴むどころか嬉々として握り締めちゃったわたしって……最悪なのでは?
わたしは印象の悪化を防ぐために、泣きそうになりながら必死に手を外そうと試みたんだけど、彼の手の力が思いのほか強い。もうちょい強めに動かしたら、やっと放してくれた。放し際に手の甲を撫でられたんだけど、呪術を掛けられたとかじゃないよね……?
うぅ、この人もさっきの宰相さんみたいに震えてる。そんなに嫌なら最初から手ぇ出さないでよ。わたしの心は繊細なんだぞ!? ガラスのハートなんだぞ!? イケメン神官(手と声とフードからちらっと見えた顔の輪郭から推定)にこんなあからさまな態度されたらもう、もう、泣くぞ!?
「……ごほんっ。巫女様、カズサ殿、よくぞ我々の召喚に応じてくださった」
全然応じてないけど。気づいたらいたけど。しかも完全にJK巫女様のおまけっぽい感じで。
ぐすっ。ツッコミ入れたら涙引っ込んできた。
「手厚くもてなそう。貴殿らを喚んだ理由はのちほど話す。まずは身体をゆるりと休めていただきたい」
ほぉほぉ。このちょいぽちゃおじさんは薄塩王子のお父さん――もとい国王とお見受けするけど、なかなか見所がありますね。超絶上から目線なのは分かってるけど、ラノベだと大概「召喚できたぜイェェェェィ! 魔王倒して!」って一方的に押しつけてくるのがテンプレだから、つい。
こっちの身体を慮ってるところ、ポイント高いですよ!
「スチュアートは、そのまま巫女様を部屋へ案内して差し上げろ」
「ええ。さぁ、キヨコ。こちらへ」
薄塩王子は優雅な手つきでJKをエスコートして出て行った。
薄塩は薄塩でも王子なんだなぁ。所作がすごく綺麗だったよ。
「カズサ殿……にも、至急部屋を用意するが、暫し応接室で待っていただきたい。こちらの都合で申し訳ないのだが、貴殿の召喚はこちらも想定していなかったのだ……」
わぁお。ほんとに国王様の好感度が急上昇だよ。めちゃくちゃまともな対応で感激……!
……まぁ、ラノベの読み過ぎだけどね。普通はそうだよね、勝手に喚んだんだからね。そしてやっぱりわたしはおまけだったのか。予想を裏切らないなぁ自分。
「カズサ殿のことは、ミカエル、フェリシエンヌ。おまえ達が案内しなさい」
「「えっ!?」」
ふぅぉぉぉぉ!! なんだあの生き物!? 天使か!? 天国に連れて行ってくれるあの!? ここが天国だったか!! 何でスマホがねぇんだよぉぉ。納めたいぃぃっ。あの尊さを余すところなく納めたいぃぃっ!!
わたしの案内役に指定されたのは、芸能人としてもお目に掛かれなそうな美少年と美少女。よく似ているので兄妹だろう。
「……は、しかし。ぼくは……」
美少年は十五歳くらいかなぁ。めちゃくちゃ困り顔をして渋っている。
その表情で一気に頭が冷えた。
――わたしって単純な生き物だよね。アメーバの方がもっと複雑かも。
わたしの顔が受け入れられないって何度も突きつけられてるのに、綺麗で可愛いもの見たら馬鹿みたいにテンション上がっちゃって、……落とされて。
このあと案内役が決まらなくてたらい回しにされるのかしら……しんどい……
しくしく痛む胸を片手で押さえながら、ふっと視線を下に向けると、美少女と目が合った。
あ、やば。不敬? 王族と許可なしに目を合わせちゃいけないってラノベで読んだけど。
わたしのそんな心配とは裏腹に、彼女の顔がぶわわっと赤く染まった。
……え? あれ? この反応は……照れてる……よね?
近所に住んでる恥ずかしがり屋のちびっ子と同じ反応してるもんね。どうやら嫌われてないっぽいよね!? やったぁぁぁ!!
あっ美少年兄の後ろに隠れちゃった。人見知りかぁそうかぁ。それでも気になってお兄ちゃんの服を握りながらちょっとだけこっち見てんのが……可愛い過ぎるでしょおっっ!! なんだあの生き物!? 天使か!?(二回目)
「無礼な態度を取るでない!」
「しかし陛下っ。ぼく達があのような方のそばに寄ることこそ許されないでしょう!?」
「はぁ、またそのようなことを。客人をもてなすのに、王族のおまえ達がこの場では適任であろう?」
「っ、でも……」
あぁ、兄の方は駄目みたいだね……ち、近寄るのも駄目なレベルとは……あ、やばい本格的に泣く。
わたしは涙を堪えようと俯いた。端から見ればさぞかし情けない顔をしてるだろう。堂々と拭うのも憚られて、表面張力ぎりぎりで踏ん張ってたけど、もう無理――とその時。
「わっ、わたくしが、ご案内いたしますっ」
鈴の音のような澄んだ声。
持ち主は、目の前の美少女だった。
顔の赤さは引いていなくて、身体も仔猫のようにぷるぷると震えているのに、兄の後ろから飛び出して来てくれた。
「わたくしはっ、だ、第一王女のフェリシエンヌです。あの、あの、かっ、カズサさま。わたくしで、よろしければっ、お部屋まで、案内させてください……!」
王族としては落第点を取られても仕方がない吃りようだった。けどわたしは、恥ずかしがり屋美少女の健闘に感動しまくっていて何も気にならなかった。むしろ萌えた。禿げ萌えた。
わたしはたまらず美少女の前に片膝をついてしゃがむ。
「(あぁぁ天使すぎる)姫様。(こんな残念平凡女のために頑張ってくれた健気すぎる)お心遣いとても嬉しく思います。是非、お願い致します(むしろこちらが土下座してでもお願いしたいくらいですありがとうございまぁぁ!!)」
括弧の中の魂の叫びを必死に抑えながら、自分ができうる限りの最良な敬語と態度で答えた。近所の子だったら奇声を上げながら撫でくり回してるけど、それはいくらなんでもまずいので、鋼の精神力を駆使して自重する。
嬉しさのあまり表情筋がゆっるゆるになっているのは分かってるけど、これはその、大目に見てくれ。
「……きゅう」
「!?」
美少女は可愛らしい動物の鳴き声みたいなのを上げたかと思うと、ぼふん! と赤い顔を更に赤くして倒れてしまった。わたしは慌てて抱き締めて、床に衝突するのを何とか阻止する。
「姫様、大丈夫ですか!? って、あっ!」
間に合わないっ。
美少年も妹と同じくらい顔を真っ赤にしたかと思うと、がくんっと崩れるように倒れ――る前に誰かに支えられる。風のごとく駆けてきたイケオジ騎士様が受けとめたのだ。
麗しい美少年王子と色気滴る美形騎士のツーショットは、知らず知らずのうちに生唾を飲み込んでしまうほど絵になる。
ぐっ、何これやばい腐った扉が開……かないぞ! 開いてたまるかこんな非常時にっ。阿呆がっ。
新たに開花しそうだった性癖を遠くに蹴飛ばす。
「怪我をせずに済んで良かった……ミ、……殿下」
美少年が無事なことが大事だ。うっかり名前を口にしかけたけども、ギリギリ殿下に変えられた。危なかったー。物理的に首が飛ぶのはご勘弁だよ。まだ死にたくない。
「ミカ、エルと……」
「え?」
美少年がイケオジ騎士様の腕に抱えられながら、何かを呟く。上気した頬が少年のくせに色っぽくて、何かいけないものを見てるみたいだ。
うぐぅぅぅっ。免疫が無さすぎて鼻血噴き出しそう。頑張れ持ち堪えろ鼻の粘膜っ!!
「ミカエルと……いえ、ミカと、呼んでくださいませんか?」
「へ? あ、でも、」
この子王子だよね? わたし、JK巫女様にくっついてきた得体の知れない異世界人ですよ? 異世界人じゃなくてもただの庶民だし。身分が違い過ぎる。打算的なことを言うと、こんな美少年を図々しく名前どころか愛称呼びして妬まれ疎まれ呪われとかいう未来は嫌だ。遠慮させて欲しい。
「駄目……でしょうか?」
「ミカ」
はい無理でしたーーー!! 美少年の涙目パワー恐ろしいですねーーー!? 秒で意思を曲げられましたーーー!!
いやだってこんなん無理じゃん。美少年の涙目とか。抗えるわけないじゃん。無理無理無理。
わたしがミカエルに望まれた通りに呼び掛けると、彼は満足そうに微笑んで目を閉じた。そして身体の力がかくりと抜ける。
「……っえ。ミカ? ミカっ!?」
気を失ったの!? 何で!?
「カズサ様、殿下は大丈夫です。じきに目を覚ますでしょう」
思わず揺さぶりそうになったわたしを止めたのは、イケオジ騎士様だった。ハッと顔を上げたわたしと彼の視線がぶつかる。
その途端、彼はガチリと固まった。どうしたんだろう?
「……? 騎士様?」
イケオジ騎士様はとても背が高い。わたしは下から覗き込むような形で彼に問いかけた。
「……ッ!!」
彼は弾かれたように顔を逸らすと、先程の美少年並みに顔を赤面させた。
な、なんで? わたし何かしちゃった?
「くくくっ。カズサ殿……もう少し、手加減してやってくだされ」
王様は困った顔をしながらも、面白いものを見たという声色でわたしにそう言ってきた。
「……て、手加減?」
待ってください。これわたしのせいなの? ど、どういうことだってばよ?
全く状況を飲み込めなくて途方に暮れていると、宰相さんが微妙に視線を逸らしながらもにこやかに笑った。あ、三重あご。
「美の権化としか言い様のないカズサ様が、先程のような魅惑的な笑顔をなさるから、女性だけでなく男までも骨抜きにされてしまったのですよ」
「……………は?」
おっといけない。ラブコメのお約束、突発性難聴を患ってしまったみたいだぞ。生まれてこの方家族愛以外のラブが生まれたことのないわたしにもあるんですね! こんなに近くにいるのに、全然耳に情報が入らなかったYO!
「宰相様。申し訳ございません。聞き逃してしまいました。もう一度おっしゃってくださいますか?」
次は聞き逃すまいと、真剣な眼差しで宰相さんの言葉を待つ。
宰相さんは「くっ……こんな至近距離でっ……いくら私とて意識が飛びそうだっ」とか何とか言って胸を押さえてます。だから、どういうことだってばよ……
「カズサ殿、まさか貴殿はご自身の魅力をお分かりでない!?」
それかっ! と、王様が何か重大な発見をしたときのテンションで聞いてくる。
おうおう。何だ喧嘩を売っているのかい?
頭も顔もスタイルもど平均、髪は黒で、瞳は焦げ茶。棒にも箸にも掛からない日本人ど真ん中とはわたしのこってィ! ある意味どこに出しても恥ずかしくないわたしに向かって、何を聞いているのか理解に苦しむぜ王様よう!
「どうやら本当に無自覚のようだな……」
わたしが白い目をしてるのを見て、王様はそう判断したらしい。
無自覚も何も、さすがに過分なお世辞は素直に受け取りづらいよ。意図せず喚んじゃったから、ワッショイして機嫌取りがしたいのかな?
「ふぅ。しかし騎士達も鍛え方が足りないようだ。のぅ? イザークよ」
王様が問いかけた相手は、例のイケオジ騎士様だった。イザークさんって言うんだ。……嫌われてても一方的に覚える分には良いよね。イザークさんね、イザークさん。……はぁ、かっこいい。
「はっ。申し訳ありません。扱き直します」
「くくっ。おまえもな?」
「……申し開きもございません」
わたしにはよく分からないやり取りをしている。
それより姫様どうしたらいい? 美少女を抱っこできるのは大変な役得だけど、お医者さんに見せなくていいのかな。誰も何も言わないし、ミカエルと同じ症状だから問題ないのかしら。
「カズサ殿、お待たせして申し訳ない。部屋の準備が整ったようだ。直接部屋に案内できるので、あやつについて行ってくだされ。あぁ、フェリシエンヌはそこの騎士に」
「分かりました」
わたしは王様が指名した騎士に姫様を渡そうと、後ろを振り返った。
「うわっ! ……これは?」
鏡だった。まるで門のように立派な額縁に、大人が二、三人横並びできそうな大きな鏡が嵌まっている。そこに映っているのは、姫様と、わたしが抱えているはずの姫様を抱える妙に既視感のある男性。
なにこれ? めちゃくちゃ似てるけど姫様じゃないのかな? 双子?
「それは召喚門ですよ、カズサ殿」
「門?」
てことは、鏡じゃない?? じゃあ映ってるのは、まっ、まぼろし~?
「ルキーノ殿、仕組みについて説明して差し上げたらいかがかな?」
王様が、わたしのそばにずっといた神官さんに提案した。神官さんはこくりと頷くと、フードをぐっと深く被り直してわたしの方へ向いた。うん、その、そんなにわたしの顔見たくないのね。……傷つくわぁ。
「この召喚門は、王族と神官の魔力のみを原動力とし、一定の条件を満たした日時のみに使用可能となります。か、カズサ様と巫女様はこちらからいらしたのですよ」
「へぇ」
あー、だから何か王族らしき人達が勢揃いしてたのか。ギャラリー多いなって思ってたんだよね。今はほとんどの人がぶっ倒れたからいないけど。
「発動条件が厳しいため頻繁に使えるものではなく、不使用時はただの鏡で何の力もありません」
ん? てことは?
「……じゃあこれは、今はただの鏡ということですか?」
「は、はい」
わたしは神官さんの顔があわよくば見たいな~と、懲りずにちょっとそばに寄って尋ねると、ピクッと肩を跳ねさせて一歩下がられた。……傷つくぅ。……ま、まぁ、とりあえず回答がもらえただけ良しとしよう。でも解せない。
じゃあ姫様そっくりの女の子を抱えて映っている、この男の人は誰だ?
わたしが首をかしげたり、ぱちぱちと瞬きしたり、手を振ったりすると、全部同じタイミングで真似てくるよ?
「カズサ様は何をしていらっしゃるのだろうか?」
「起動出来るか試しているのでは?」
「あぁ、なるほどな」
「す、すごく興味がおありのようですね」
「……うむ。その。なんだ。非常に可愛いな」
「まったくです。陛下と王太子殿下以外の王族が軒並み落とされるほどですからな」
「……仕方のないことかと。顔だけでなく、心根も美しいとくれば」
「イザーク……そうだな。スチュアートと双璧を成す美丈夫と呼び声高い宰相と、おまえに対する態度を一切変えていなかったものなぁ」
「わたし達の顔を見て嫌悪するどころか、目を合わせようとしてくださっていました。わたしは自分の顔を晒すのが心苦しくて思わず避けてしまいましたが……あぁカズサ様はお貴族様なのでしょうか。にっ、握った手がとても柔らかかった。……そして良い匂いがしました。はぁ」
「ルキーノ殿、そこまでにしておいた方が。そ、その、かなり、危ない絵面ですので(ルキーノ殿には長いつき合いでだいぶ慣れたと思っていたが、……うぐっ、醜男の頬染め顔はさすがに、厳しい……意識が飛びそうだ)」
「……羨ましい。わたしなどせっかく視線が交わったのに、カズサ様が余りにも美しくて目を逸らしてしまった。わたしの目に映すと汚してしまいそうで……しかし、あのまま(視線を)繋げていられなかったことが口惜しいというのが本音だ。また、(視線で)繋がりたい……」
「おい。おい止めろイザーク。言い方がいかがわしい。止めておけ。カズサ殿に嫌われたいか?(こいつ、恵まれない容姿のせいで童貞こじらせてるからなぁ。普段真面目な奴ほど暴走したときどうなるか……ちゃんと見ておかないと……)」
なんて四人が話しているのは、わたしの耳には聞こえていなかった。
目の前の男性が何者なのかが気になってしょうがない。
わたしと全く同じ色彩。
日本人っぽいからとかじゃなく、わたしに激似の顔立ち。
そう、まるでわたしが男に生まれてきたらこんな――……あ、れ?
……あ、えと、あの、まさか、まさかね?
……え?
え?
わたしっ、
「おっ、男ぉぉぉぉぉぉおお!!!?」
カズサこと平野和沙。
JK巫女様のおまけで異世界トリップしたところ、自分の性別が逆転しました。
何言ってるか分からないって?
わたしも分からないんだよ……
誰か助けて……
このあと、この世界の美醜感覚が、平凡顔中肉中背>>>>>超えられない壁>>>>>モヤシ薄塩顔orデブ濃厚ソース>>>>>超えられない壁>>>>>(わたし基準)スタイル抜群美形であることを知ったり、つまりはわたし基準で超絶美形である美少年王子、美少女姫、イケオジ騎士、イケメン神官がここでは超絶ブサイク扱いだということが分かったり、美形ごちそうさまですとばかりに四人と仲良くしてたら性格も好きになったり、こんな自分達をきちんと見てくれるのはあなただけだ同性でも異性でも構わないと彼らに結婚を迫られたり、JK巫女様もといJK腐女子様がわたしをオカズにして色々やりやがったり、薄塩王子にライバル視されてしょっちゅう決闘を申し込まれたり、なかなかに色々な事が起こるんだけど…………その話は、またいつか。