真実と嘘
大和には、やり残した事がある。それは戦果を上げることだ。
就役以来、連合艦隊の旗艦として存在し続けてきた大和ではあったが、前線に出ても肝心の46㎝主砲は全く役立たずで、当たる事はほぼなかった。
大和が最も期待された、大戦果を上げることであったにも関わらず、その期待に充分に応えていたとは言えない。だから、大和にとって大戦果を挙げるというのは、宿命であり逃れられない運命にあった。
戦況も、ミッドウェー海戦での敗北を境にして、悪化の一途を辿った。国民は大本営から流される嘘の戦果を鵜呑みにし、マスコミはそれを煽るていたらく。
誰一人として、日本が戦争に負ける事を予測する者はいなかった。もちろん、薄々気付いていた人間も少なくはない。
だがそれを口にすると、「非国民」扱いされるのが嫌で、口には出来なかった。アメリカと日本の国力の差が、埋めがたい大きな溝を作っていたのは、帝国陸海軍の将兵ならばすぐに分かる事であったし、実戦でアメリカの強さを目の当たりにしている彼らにとっては、火を見るよりも明らかな事であったと言えた。
それでも、余計な口外は軍法会議ものであった上に、憲兵のチェックも厳しかった。
これでは、誰の為の戦争なのか分かったものではない。最早、敗北は目の前に迫って来ていて、敗北する可能性か高い・避けられないという状況にも関わらず、この時の日本が、もし冷静に戦況判断を出来ていたならば、それを国民に嘘偽りなく話していれば、日本の戦後は違ったものになっていたに違いない。
だが、それだけ成熟した民主主義を持つ国になるのには、わずか80年という明治から積み重ねた歴史ては短過ぎた日々だったのかもしれない。いや、短かったのだ。




