絵空事
実戦デビューとなった大和ではあったが、自慢の46㎝主砲が、ガンガン敵艦隊に当たるという事にはならなかった。
期待されたような劇的な効果がなかった事は歴史が、証明している。
大和はもちろんの事、実戦で活用される事を主目的とした日本海軍の切り札的存在であった。
だが、時代は最早大艦巨砲至上主義の時代を通り越し、空母+艦載機のユニットによる航空機全盛の時代を向かえていた。
アメリカもイギリスも、大和の様な巨大戦艦を日本が造ってきた事については、素直に驚いていただろう。
しかし、アメリカとイギリスは大和を恐れるような事はなかった。大和がいかに最新鋭兵器の塊であろうと、所詮は戦艦でしかない。
それに大和がやられるという事は、連合艦隊が被るダメージは想像以上である。その為、大和の周囲には多くの戦力が集中するはずだから、大和の周囲を攻めるか、大和のいない部隊を集中的に攻略するのか、そういう戦略をとることも簡単に考えられた。
実際に大和の周囲には、多くの艦船が集中し、連合艦隊は大和がやられる事を恐れた。
何度も言うようだが、大和の実戦における活躍は、はっきり言って0に等しい。だが、フリート・イン・ビーイングの言葉が示すように大和は、存在しているだけで充分であった。
本来の活用方法とは異なるかもしれないが、それでも大和の存在は、大きなプレッシャーを米英に与えた。艦隊の旗艦として存在しているだけで、充分だったのかもしれない。もちろん、大本営はそれ以上の働きを大和に求めていたはずであり、46㎝主砲によるアウトレンジ戦法で、敵の攻撃が当たる事はなく敵艦隊を沈められる。
そんな絵空事を描いていたに違いない。残念ながらそうなる事はなかったが、大和に対する期待値は相当なものがあったに違いない。そう予測するのは、そんなに難しい事ではないだろう。




