日米の戦争感覚的違い
当然の事ながら、戦争となれば多くの兵隊が負傷し、死亡する事も日常茶飯事だ。もちろんその辺りの配慮も、日本軍は怠っていなかった。
戦地での傷病は、一種症とされ一番手厚く看護された。公務での傷病はニ種症、性病なら三種症とされた。
この時代にあって性病は、今よりもポピュラーな病気だったのかもしれない。なにしろ避妊具すらろくになかったのであるから。
こういう区分けをきちんとしておく事で、戦争であるかないかに関わらず、重要な事である。
戦争にいかにして勝つかというロジスティクスばかりを、突き詰めて行くと結局それは、攻撃は最大の防御なり、でしかなく、攻めている時は良いかも知れないが、守勢に回った時にボロが出る。
補給のイロハや戦略的観点が、日本海軍には欠けていたと言われるが、本当に大切な事は如何にして勝つかというよりも、如何にして犠牲者を出さずに、あるいは最小限にして効率良く敵を追い詰めた上で、勝利をもぎとる事にある。
アメリカと日本の差は、当時にして日本の国力の20倍とも言われていたが、そういった事を確実にやって兵隊をよく守ったのが、アメリカであり、日本はその対になる存在となってしまった。
その結果として表れたのが特攻であり、玉砕であった。いつの間にか、死ねば花という文化が出来上がってしまった。その理由は、もちろん軍上層部だけにあるわけではない。
日本人全体が攻撃する事ばかりを論じて、守備や回復を怠った事は歴史が明らかにしている。
戦争に勝ったアメリカは、基本的な事を手広くやりつつ、確実に実行していった事が勝因だった。日本が負けたのは、とどのつまりがそういった点において、至らなかったからに他ならない。
兵隊を大切にしない軍隊は早かれ遅かれ消滅する。




