稼ぎ頭筆頭の職工
船を造るのに、鉄板と鉄板をリベットで打ち付けていくという作業がある。
クレーンの上の方にリベットを打ち込む係がいて、下の方では鉄を真っ赤に熱する係りがいて、焼けた鉄をやってこ挟んで上にポーンと放り投げる。
すると上では片手に缶を持っていて、それで鉄をパッと受け取っては、ジジジシと打ち込んで行く。相当な高さまで投げ上げなくてはならないため、これだけでもなかなかな事で、出来る人は少ないらしい。まさに名人芸と言える。
鉄打ちの職工は、大変な高給取りで給料日ともなると、大きな弁当箱にいっぱいの札束を詰めて帰った。というエピソードも残っている。
ちなみにトップの工廠長よりも、鉄打ちの親方の方が稼ぎがよかったと言われている。
こういった職人の力がなければ、大和が完成することはなく、図面上の砂上の楼閣になっていた事は既に述べた通りである。
図面上でいくらスペックの高い艦船を設計出来たとしても、それを現実に造り上げる為には、別のエネルギーとそれを支える現場力が必要になって来る。
それがなければ、結局優秀な図面も、絵に書いた餅でしかなくなってしまう。
大和級戦艦の場合、過去の経験からして、誰もが造れないと思った事だろう。こんな巨大な艦船を造るくらいなら、航空機や航空母艦を造る為に力を費やすべきだろうと。
そんな意見が出るのも無理はない。だが、日本海軍はあえて大和を建造した。まるで自らの技術水準が高い事を誇示するかのように。
大和はすり合わせの代名詞的な存在になったが、その裏に隠されていたのは、こうした現場力があったのである。
現場の力を日本海軍が計算に入れていたのかどうかは、分からないがある程度の目算はあったものと考えられる。日本の技術力がなければ、大和は生まれていなかったと言える。




