3つの少尉
大日本帝国海軍の少尉という階級は、少し特別である。というのも、大きく分けて3種類の少尉が、いるからだ。
まずは、海軍兵学校を出たばかりの新米少尉。
2つ目が、下士官兵から少尉になった特務少尉。
3つ目が学徒動員で入隊してきた優秀な大学生の、予備士官。序列をつけると、優位なのは、海軍兵学校出の新米少尉である。予備士官と特務少尉は、ほぼ同じである。
スペア(予備士官)は、大戦末期にしか居なかった為、あまり重要ではないのだが、特務少尉(特務士官)の序列が低いのはいささか問題だった。
下士官・兵を経てせっかく少尉まで、昇進したにも関わらず海軍兵学校出のエリート新米少尉よりも、1段低く見られていた。
少尉とは言え所詮叩き上げ。下士官や兵から見れば、少尉になれただけでも大出世も良いところである。平社員が社長になる。そのくらい確立の低いものであった。
別に個人の能力面で区別していた訳ではない。むしろベテランの特務少尉の方が新品少尉よりも、経験値が高く有能であったと言える。
にもかかわらず、叩き上げの兵隊がよく思われなかったのは、日本海軍において兵科重視という考え方があったからである。
兵科重視というのは、海軍校を出た人間こそが、最も優れているというワングラス的な考え方があった。
日本海軍の幹部のほとんどが、海軍兵学校出身であった。その上の将官クラスになると、海軍大学校を出たものが大半を占める。
全ては入り口で決まってしまうという習性があった。日本海軍においては、この海軍兵学校至上主義が、まかり通っており特務少尉が1段低く見られていた背景には、このような考え方が存在していた。
もちろん戦いで活躍したのは、特務少尉である。特務中尉という人間もいて、海軍の階級は更なる混迷を見せた。そもそも、海軍兵学校を出た人間が権限を持つのは、ある程度理解出来る。
だが、経験値の高い下士官からの叩き上げである特務少尉と、エリート教育の施された海軍少尉とを比べた時に、むしろ逆で、特務少尉に権限をもたせてあげた方が良かったのかもしれない。現場の事を知り尽くした下士官の存在を、余りにも軽く見すぎていたのかもしれないと言わざるを得ない。




