赤紙徴兵と志願兵という名の職業軍人
昭和15年11月の物価は、例えば以下のようなもので表す事が出来る。
葉書一枚2銭、銭湯8銭、警察の巡査の初任給が45円の時代である。現代人にとっての一円と当時の一円の価値は全く異なる。物価水準が異なるため、なんとも言えないが、それでも日本人は決して昔から裕福だったという訳ではなさそうだ。
日本海軍の入隊理由の1つにお金を稼ぐ、良い飯を食べるというようなものがあった。
昭和の戦前の頃までは、農家の次男、三男というのは、長男が家の畑仕事を継いでしまうため、自分で商売人になるか、会社勤めをする以外に食い扶持を確保する方法がない。そんな時に大日本帝国陸海軍は出来た。陸軍はいざ知らず、海軍の待遇の良さは、直ぐに国民の知る所となる。もちろん、それなりに苦労はある。
鉄拳制裁だのバッタだのやきを入れるだの、労苦もある。それでも死ぬ事があるのは戦争くらいのもので、死んでしまったら仕方ないと、割り切って海軍に入隊する者は多かった。
もちろん、徴兵として入隊してくる御時世だが、海軍の俸給つまり給与は良かったし、待遇も良かった。
軍事費がGNPの1%以内に抑えられている現在の自衛隊とは違い、軍事費が国家予算に占める割合が今より格段に多かった事が、給与や待遇の良さに繋がる訳である。
いずれにしても、就職先としての帝国海軍は、貧しい農家の次男や三男にとっては、魅力的な職場だったのかもしれない。
仕事の内容がきついという事を加味しても、やはり当時の物価水準を考えると、海軍の待遇は良好だったと言える。
今でこそ志願兵制度をとる自衛隊だが、その民主主義的な考えが根付く前の日本においては、志願兵とて格別の優遇事項はなく、徴兵軍人と同じく階級によるピラミッドに押し込められた。
むしろ志願兵は、徴兵で来た人間とは違うのだから、率先して危険な仕事をするべきであると考えられていた。自分の意志で入隊したという事は、早い話が職業軍人である。
職業軍人が徴兵赤紙できた人間の模範になれというのは、当時の特殊な考え方だったのかもしれない。今でこそ、そのような考え方は有り得ないが。




