キングストン弁
キングストン弁とは、本来艦底に溜まったビルジ(汚水)を船外に排出する為の掃除弁であり、注水の為の弁ではない。
キングストン弁の事を自沈弁と称する戦記本を目にする事があるが、それは間違いである。
帝国海軍艦艇には、自ら沈没するための海水取り入れ弁など存在しない。それは世界最大の戦艦大和も、同じである。
艦艇を沈まないように工夫する事はあっても、自らを沈ませるような装置は、あるわけがないのである。少し考えてみれば当然の事である。
元来船乗りとは、陸上から離れた海上で仕事をする。戦闘や任務中に艦艇が航行不能になったとしても、水上に浮いてさえいれば助けを待つ事は出来る。
自らを沈ませる、沈没を早くさせる事で得られるメリットは一つもない。沈没を早めるその行為は、自殺行為以外の何ものでもない。
弾薬を沢山積んでいて引火する恐れがあるから艦艇を早く沈ませたいとしても、まずは消火や弾薬の破棄を最優先に行うべきであって、艦艇を沈ませるのは、万策尽きた時にとる最期の手段である。
日本海軍には、艦艇が沈む時にはその最高司令官である艦長が、一緒に艦艇と運命を共にすべしといった、訓示が出されていたが、これでは指揮官を無駄にいなくなさせてしまうため、海軍省も後に出来る限り脱出するように、という通達を出している。
日本海軍の精神としては正しいのかもしれないが、規則では艦長は最期に艦艇を離れる、と書いてあるだけで、艦艇と共に死ねとは、全く記載されていない。命が惜しいのか?という議論になるため、日本海軍では防御を要求する事が出来ない、
とヤマハで陸軍の97式戦闘機のプロペラを設計し、大戦中はドイツのユンカース社にもいた佐貫赤男も言っている。
命を惜しむ卑怯者、というけれど兵器の劣勢や作戦のお粗末さを精神主義で誤魔化す、上層部の方が遥かに卑怯者であった事は確かだろう。




