テイマー、転生
俺は女が嫌いだ。
その原因は家庭にある。
母親は娘だけが欲しかったらしく、父親がいなかったから俺はこの世に生まれていなかっただろう。
でも、物心ついた頃から母親は俺の事をいないように扱い、姉だけを可愛がって、後に産まれる妹も存分に甘やかしていた。
唯一父親はしっかりと愛情をくれたのが救いだった。
だが、抑止力であった父親が事故で亡くなってから家内で俺に対する虐めが増した。
母親は姉と妹だけを可愛がり、俺の存在は空気だった。目すら合わせない。
姉は俺を奴隷のように扱い。
妹は悪事を必ず俺に押し付ける。
家庭だけでも俺は女に対して悪意すら覚えている。正直何度ぶっ殺してやろうかと思った。
だが、女という生物は外面だけはいいように気を配っている。
自分は誰にでも優しく、丁寧で気遣いができる人物と周囲に刷り込ませて、男である俺は悪事ばかり働く不良のように言いふらしている。
何かあればそれが俺でなくても俺のせいにされる。
何かしてもそれ以上で返される。だから俺はこの家を出ていくことに決めた。
姉や妹と違って部活には入れなかったが、その分勉強に精を出した。
虐めに耐えられるように身体も鍛えた。
バイトが許された高校に入学して、勉強も頑張りつつバイトで金を稼いで国立大学に進学した。
キャンパスライフを満喫したかったけど、一秒でも早く家を出ていくためには金が要る。
その為に少しでもいい会社に就職できるように勉強をしなくてはならなかったし、就職後、すぐに家を出るつもりだからやはり、金が必要になる。
勉強とバイト。そして資格取得。家から出たいという想いで俺は頑張った。自分でも凄く努力していると思う。
そして、その努力が実った。
大手の会社に入社することができた。
それを知った俺はようやくあのクソみたいな家から解放されると喜んだ。
新しく生活する場所を決めて、バイトして貯めておいた貯金を使って家具を買い、家から解放されるまであと数日の所で俺は自室で荷物を纏めていた時、姉が扉を蹴って入ってきた。
包丁を手にして。
もうすぐ家を出ることに喜び、浮かれていたせいか、突然のことで理解が追いつけなかった俺は身体が硬直し、包丁が俺の胸部を貫いた。
俺を押し倒して何度も包丁を刺し続ける姉はこう言っていた。
―――どうしてあんただけ、と。
それを聞いて俺は思い出した。
姉は高校卒業と同時に就職しようとしたが、全て落ちて、やけ酒に走り、たまたま酒場で出会った男と結婚した。だが、その男からDVを受け続ける毎日を送り、それに耐え切れなくなって実家の自分の部屋で引き籠もっていた。
そんな姉をどうにかしろと、こんな時だけ俺を頼る母親に怒りさえ覚えた。妹は高校入学と同時に遊びを覚えて滅多に家に帰ってこない為に家にいる俺に言って来たのだろうが、そんなことをする義理もなければする気もない。今まで俺にしていたことを忘れたのか、と怒鳴りたくなった。
だが、俺が就職に成功したことを知った姉は俺に憤りを覚えてその憤りを俺にぶつけた。
それに気付いた俺は最後に渾身の力を込めて姉に一撃、拳をぶつけてやった。
耐え続ける日々だった俺の人生で初めての反抗期だったと思う。いや、それぐらいしないと俺自身が許せなかった。
こっちは地獄のような日々を耐え、勉強もバイトも必死に頑張った。
やりたかったことも、遊びたかったことも全て捨てて努力し続けた。それを運が良かった程度に決めつけて殺されるなんてあまりにも理不尽だった。
それに比べて姉や妹は違う。やりたいことができて、遊びだってできた。
バイトもせず、母親から好きなだけ小遣いをもらい、勉強だって碌に手をつけなかった。
ふざけるな。
俺は頑張ったんだぞ。
辛い気持ちを押し殺して努力してきたんだぞ。
それなのに、あと少しなのに、こんな結末があっていいのかよ。
怒りでどうかしてしまいそうだった。いや、どうかしているのだと思う。
体中穴だらけで血もどんどん流れているのにちっとも痛くもなかった。ただ、眼前にいる姉が許せなかった。
姉は何か叫んでいた。
だが、どうでもよかった。
俺は姉を殴った。姉の上に跨ってその憎たらしい顔を殴り続けた。
死ぬのならせめてこの怒りをぶつけたかった。
俺は死ぬまで姉を殴り続けた。
死んだはずの俺は目を覚ますと、青白い空が広がる下で目を覚ました。
天国か? 本気でそう思った。
だが、起き上がって周囲を見れば木や草だからけの森の中。
つい今しがたまで家の中にいたのに、なにがあったらこんな森の中で目を覚ますのかわけがわからなくなった。
不意に腰に何かあることに気づいた俺は視線を下げると、どういうわけか鞭が装備されていた。
なんで鞭なんか持っているんだ? と疑問と困惑が尽きないなか、不意に視界の端にアイコンのようなものがあった。
なんとなく、俺はそれに触れた。
すると―――
名前:フォーティ・ラーブル。
種族:人間。
職業:テイマー。
Lv.1
体力:9
攻撃力:4
防御力:12
敏捷性:7
魔力:4
《魔法》
治癒魔法2/10
《能力》
苦痛耐性8/10 物理耐性7/10 鑑定1/10 調教1/10
何か出ていた。ゲームのステイタスのようなものが出てきた。
しかし、妙だ。俺の名前はフォーティ・ラーブルなんて名前じゃない。俺の名前は………………名前……………は………………………あれ? 思い出せない?
自分の名前が思い出せない。どんなに思い出そうとしても思い出すことが出来ない。
ちゃんと死ぬ間際までの記憶はあるのに名前だけが思い出せない。
自分の名前を思い出すなかで俺は不意にまさかと思われることが今の現状に当てはまる。
死んだと思っていた俺自身が別の場所で生きている。
ゲームのステイタスのようなものがある。
そして、未知の場所。
「………………………………異世界転生?」
俺は姉に殺されてどういうわけか異世界に転生した。