ショコラ戦争
Enjoy!!
屋根からたれ下がる、紫色のフジがつくる小さな影が灼熱から逃れるためのシェルターのように思えた。街じゅうの白い壁が空からの光を受けてまぶしく輝いていた。その白い壁はカフェのテーブルクロスのオレンジや、何気なく置かれた植木の緑をより鮮やかに見せていた。
ようやく見つけた路地裏のカフェは、観光シーズンであるにもかかわらず暇そうだった。ここのウェイターと思しき人物はバーカウンターを挟んで、客との会話を楽しんでいた。それはこの島の言葉のように聞こえた。大声で話す彼の水色のポロシャツにはまだらに汗がにじみ、海軍の迷彩のようになっていた。
私はテーブルに置かれたグラスを揺らし、中の氷をなんとか溶かそうとしていた。一口飲むたびに、そのコーヒーの冷えた液状の炭のような苦さは私をたたき起こし、同時にぐったりとさせた。飛び込み用の深いプールで溺れているところを救出され、乱暴に蘇生措置を施される。そして、またすぐにプールに放り込まれる――。私はそれを繰り返されているような気分になった。
フジの花を見上げながら私がうなだれていると、甘い香りが路地を駆け抜けていった。最初、この街の花はなんと豊かな香りなのだろう思った。それは郵便ポストのように黄色い、空想上の花を思い起こさせた。次に、その香りはナッツのような香ばしいものになり、次の瞬間には砂糖を煮詰めたときのカラメルの風になっていた。気がつくたびに路地を抜ける風は表情を変えた。そして、最後にはショコラの香りに落ち着いた。最初は誰かが頼んだショコラだと思っていた。しかし、それでは説明がつかないほどにその香りは濃厚で、気がつくと私は、赤道直下のジャングルに住む、獰猛な獣に流れる血について考えていた。
観光客の多い大通りがざわめいていた。この店のウェイターはその香りにうっとりしているようだった。しかし、取り乱す様子は見せず、客との話を続けていた。しばらくの間、私は突然のショコラの爆風に混乱していた。しかし、徐々にその香りにも慣れていった。通りを埋め尽くした甘い香りが消えてゆく頃、ウェイターは客との話をやめ、こちらに近づいてきた。彼は気分はどうかと私に訪ねた。どうやら心配してくれているようだった。私は大丈夫だと答えた。しかし、やはりあの香りの正体について気なっていた。
「あの香りは何ですか?」と私は訪ねた。
「ショコラ戦争だよ、マドモワゼル」と彼は笑顔で答えた。