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ピン芸人石岡祐太と腹顔族の復活  作者: 瀬賀 王詞
7/13

7 石岡派と反石岡派

 翌日、太陽はかなり高くなっていた。テレビは、田原総一郎との対談の模様が流され、和田誠也の自殺未遂が報道されていた。

「悪夢は、終わってへんな。これ、そんなにすごい事件なんかね。お腹に張り付いたららかは見られてないし、和田誠也かて生きとるいうのに。自分が渦中の人やなんて信じられんわ。」

「わたしは、事務所に戻って、いろいろやってみます。」

「頼むわ、社長。記者会見やってもええで。」

「いや、裕太さんはほとぼりが覚めるまで、どこかひなびた温泉にでも行ってください。落ち着いたら連絡ください。わたしと藤堂で、マスコミはなんとかしますから。」

「おおきに。やっぱ頼りになる、ええ人やわ。」

「わたしは、お腹に女を囲うことはできなくても、腹顔族の端くれです。裕太さんとお嬢様には、わたしがついていることを忘れんでください。」

 裕太は、社長を抱きしめた。

「新見社長。ヘアスタイル乱れてるで。直してから行かんと、テレビに映るで。」

 三十分後、裕太のマンションを出る新見社長がテレビに映し出された。マスコミに押し込まれるようにタクシーに乗る。一方、裕太とららかも旅支度を調えた。マンションの屋上に飛んできたヘリコプターは、裕太がチャーターしたものだ。

「逃避行の資金は捨てるほどあるさかいな。」

「裕太さん、温泉は、どこに行くの?」

「どこがええ?、ららか。どこでもええで。ハワイに行こか?」

 裕太が茶色、ららかが赤のボストンバッグを肩にかけ、エレベーターに乗る。裕太がオークリー、ららかはジルスチュアートのサングラスをかけた。裕太の穴あきTシャツは、ふたりのトレードマークになりつつある。

 エレベーターが最上階近くで止まり、男がひとり乗る。帽子を深く被り、ボタンを押そうとしたが、突然動きを止めると振り向きざまに裕太に飛びかかった。裕太は予期していたように、頭を思い切り突き出して頭突きをした。男は倒れ、頭を押さえた。エレベーターを止めて、男を外に放り出す。

「大丈夫! 裕太さん!」ららかが叫んだ。

「なんとなく、くると思ったわい。部活は剣道やっとったさかい、殺気を感じるのは得意やねん。でも、俺の得意技、頭突きやねん。試合でもよう使ったわ。審判によう注意された。」

「でも、今の人、なんで・・・。」

「ネットで見たんやろ。【石岡を探せ】。賞金が出てるって話は聞いてへんで。おそらく、マンションの住人やろう。よっしゃ、屋上や。ヘリが着とる。雲の上まで上って雲隠れや。」

 東京エアタクシーにチャーターしたヘリコプターは、羽根を回転させて待機している。風速二十メートルの風に裕太は足を踏ん張り、ららかの本体を背中でかばう。操縦士が笑みを浮かべて手招きをする。後部座席にやっとの思いで乗り込むと、扉が閉まり、ヘリは上昇した。後部座席は四人掛けのシート。ふたりには十分な広さだ。操縦士がヘッドホンをつけるようにジェスチャーをする。裕太はマイク付きのヘッドホンを装着した。

「東京エアタクシーです。本日のご搭乗誠にありがとうございます。」

 ヘリの騒音に紛れて、操縦士のはきはきした口調が聞こえた。

「石岡や。よろしゅう頼むで。社長に言うたけど、ちょっと遠出してくれんか。」

「どこまでご希望ですか?」

「九州まで飛べるか? 湯布院や。大分の湯布院。」

「大阪で、一回給油しないといけませんが。」

「かまへん。そんかわり、急いでや。」

 大阪に着くまでに、裕太もららかも何度か吐いた。大阪ヘリポートでは、点検と給油のため一時間待機した。待合室のテレビでは、相変わらず裕太関連の報道が続いた。

「新見社長からメールや。和田誠也は回復に向かってる、いうことや。意識もしっかりしてるらしい。よかったな、ららか。」

「よかった・・・。でも、確か八階建てのビルから飛び降りたんですよね。助かってよかったあ。」

「奇跡やな。運のええやっちゃ。死なんですんだのはええけど、生きてたらそれはそれでやっかいやで。自分らを見てる唯一の目撃者やさかい。自分が正しいて、世間に言い張りたいやろうし。」

 待合室の椅子で時間をつぶしていた裕太だったが、大阪ヘリポートの社長室に呼ばれた。

「石岡はん、わし、あんたのファンですねん。」と社長は言った。

 社長室のソファに座ると、裕太の前には五十枚ほどの色紙が置かれた。

「ちょっと、サインお願いできまへんか。」

「社長さん、俺の今の状況、わかってます? こんなことしてる場合とちゃいまっせ。」

「ファンを裏切るんでっか。ファンあっての芸人やないですか。大阪芸人なら、そのくらいのこと、わかってはるでしょ?」

「俺、岐阜出身やねん。ファンなら、それくらいのこと知っとかな。おっ、もう一時間たつやんか。給油も終わっとるんちゃうか。社長、急ぐさかい。サインはまた今度。」

「ヘリなら、出まへんで、石岡はん。」

 社長は、磨き上げたツルピカ頭を蛍光灯の光に反射させ、社長机から席を立った。

「あのヘリ、故障しましたんや。」

 窓から見えるヘリコプターを見ながら言った。

「嘘やろ、そんな。故障したんなら、別なヘリ、用意してんか。」

「あっちの三つは、予約ありましてな、これからフライトですねん。」

「ほんまか、それ。なんか、意地悪に聞こえるな。俺らが予約したヘリ、修理どれくらい時間かかるねん。」

「今日は無理でっしゃろ。明日・・・明後日かもわからん。」

「社長さん、俺に恨みでもありまんのか? 俺のファンちゃうやろ。」

 社長は、アイパッドを手渡した。

「なんや、これ? 【石岡派と反石岡派。あなたはどっち?】。」

「ネットの広告、そればっかりでっせ。石岡はん、あんたのお腹に、仁科ららかの顔が張り付いておるんか、確かめようしてる連中がいるそうでっせ。仲間をネットで集めようしてまんのや。つまり、反石岡派。同時に、人権擁護団体が、そんなんは人権侵害やいうて、石岡はんを擁護しようとしてま。それが石岡派だそうですわ。一種のゲームみたいなノリでんがな。ほら、ここに、どっち派の数が出てますで。」

 残念なことに、反石岡派が九割を占めている。

「社長さん、あんたまさか・・・。」

「お察しのとおり、反石岡派でんがな。石岡はん、あんたのお腹、シャツに小さな穴が空いてまんな。」

 社長は機敏な動きを見せた。裕太の隣に座っているららかの本体に頭から突っ込んだ。それ以上に素早かったのは、ららかだった。本体の右足が、社長のアゴにヒットした。

「なに? ごめんなさい!」

 慌てたのはららかだった。

「大丈夫でっか? 社長さん。俺はこっちやで。なんでららかのお腹に飛びついたんや。なに? なんやて?」

「・・・まちごうた。」

「スケベ根性がこんなとこで災いするんやなあ。」

 意識を失った社長をソファに寝かせ、裕太は社長室を出た。女性秘書を呼んで社長に介護を頼んだ。

「言うとくけど、俺のせいやないで。」

 飛行場のヘリコプターがトンボのように見える。

「参ったで。あれ全部チャーターしてるってほんまかいな。うそやないか?」

「ヘリジャック、します?」

「過激やな、ららか、顔に似合わず。さっき社長のアゴに蹴りいれて、なんか目覚めるものでもあったんか?」

「さっきは、条件反射で。わたしも合気道四段ですから。」

「それ、知ってるわ。CMでもちょっとやっとったやろ。セキュリティのCM。あれ、道着やのうて水着なのがセクシーやったわ。と、呑気なこと言うてる場合ちゃうな。どないしよ。」

「ヘリジャックでしょ。」

「わかったがな。やるがな。」

 裕太は自販機でコーヒー缶を二つ買う。

「ヘリジャックなんかしたら、よけい悪名が上がるさかい、これあげて言うこと聞いてもらうわ。」

 東京から大阪までヘリを操縦したパイロットは、東京に戻る準備をしていた。

「帰っていいと言われましたが・・・。」

「これ、あげるさかい、大分まで行ってくれへんか。あんたのボスは東京やろ。」

「コーヒーが、微糖でしたら、オッケイでしたけどね。まあ、いいでしょう。石岡裕太さんのお願いとあれば。どうぞ、乗ってください。」

「ほんまに、ええんか?」

「管制室から、石岡さんに聞きたいことがあるって言ってますね。どうします?」

 パイロットはヘッドホンを指さして言った。管制室からの指示がヘッドホンから聞こえるらしい。まもなく、管制室から人が数名出てきた。

「パイロットはん、行きまひょか。頼みまっさ。」

「どうぞ。」

 パイロットが返事をする前に、裕太はららか本体をヘリの後部へ押し上げた。ヘリの羽根が回転する。あとは離陸するだけだ。東京ヘリポートの社員が、ヘリを見つめている。上昇するとき、社長の姿が見えた。

「すまんなあ、社長さん。」と裕太は別れのあいさつをした。

 後部座席のヘッドホンをつけて、裕太はパイロットに言った。

「助かるわあ、あんたはんは、恩人や。きっとでっかい礼をするさかい。名前、なんていうん?」

「尾藤です。」

「尾藤? ほんでコーヒーが微糖って、それ、シャレかいな。俺を大分に送って面倒なことになったら、ここに連絡くれたらええ。」

「大丈夫ですよ。面倒にはなりません。料金さえ払ってくだされば。これはビジネスですから。」

「金は、ちゃんと払うし、色も出すがな。」

「それと、もうひとつ、あるんです。」

「わしのファンか、仁科ららかのファンなんやろ。」

「はい、わたし、石岡派です。」

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