6 石岡を探せ
裕太が売れないころからマネージャーを務めていた藤堂は、群がるマスコミを押しのけながら、裕太をリムジンに案内した。
「裕太さん、名誉毀損でフジテレビを訴えますか。」とある記者が質問した。
「そんなことはせえへん。みなさんも、あんまりもう騒がんといて。」
リムジンの中で、裕太はお腹をもう一度見てみた。
「あれ? ららかちゃん。」
消えたららかの顔は、再び裕太のお腹に張り付いていた。
「なんで消えたん? びっくりしたわあ。首もとからお腹見たら、ららかちゃん、おらへんがな。」
「ふうう。」とららかは、ため息をついた。「よかった。ピンチを脱したんですね。」
「危機一髪でしたね。」と藤堂が運転席から声をかけた。
「なんで? ららかちゃん。自分で消えたん?」
「いいえ。目を開けたら、マンションの本体に戻ってました。久しぶりに、あの位置から世の中を見ました。」
「なんでやろ。富樫陰陽師がなんかしてくれたんかな。それしか考えられんわ。それと、ひとつ気になることがあんのや。」
「わたし、マンションでテレビ、見てました。誠也さんのことですね。それで、すぐ電話してみたんです。」
「出た? あいつ。」
ららかは首を横に振った。
「さっき、田原はん、並々ならぬ覚悟で書いたファックスって、いうてはった。だから、馬鹿馬鹿しいことやけど取り上げた、みたいな。まさか、あいつ・・・。」
「裕太さん、テレビ、見てください。」と藤堂が大きな声で遮った。
【俳優の、和田誠也さんが、飛び降り自殺を図りました。】
「なんでやねん!」と裕太は右足を振り上げた。
ららかは、声を絞り出すように言った。
「・・・そんな。うそ・・・。」
「すごいことになりましたね。」藤堂は落ち着いた声で言った。「どうします? 事務所に戻りますか。マンションに帰りますか?」
「マンションの方が気が休まるわ。藤堂はん、後で社長迎えに行って。」
「亡くなっては、いませんね。誠也さん・・・。」とららかが涙声で言う。
テレビの映像では、搬送先の病院はわからなかった。
「ららかちゃん。つらいだろうけど、こっちも余裕ないで。しかし、なんであいつ、こんなことしたんや。テレビで俺らの秘密を暴露しようなんて、いくらなんぼでも、極端やで。ららかちゃん、あいつ、そんなやつやったん?」
「いいえ。いつも優しくて、さわやかな人でした・・・。」
「まあ、人間ちゅうのは、わからんとこ、あるさかいな。」
新見社長が裕太のマンションに来たのは、もう夜中を過ぎていた。
「えらいことになりましたな。」
開口一番、社長は言った。
「さっきのニュースで、命に別状はない、言うてたで。ちょっと、ホッとしたところや。」
「それもですが、もうひとつ大変なことになってますよ。」
「なんのことや?」
「パソコン、見てください。」
裕太はパソコンを起動し、ブログを見てみる。番組を見た視聴者から書き込みがある。
「炎上すんのも時間の問題やな。身の潔白を証明したのに、なんや、この書き込み。『ららかちゃんを腹から解放しろ!』やて。」
「ヤフーを見てください。変な広告が出てるんですよ。」
【裕太のお腹にららかだって。みんな、石岡を探せ!】
【裕太の腹話術はららかがしゃべってる】
「なんや、これ?これも、あいつが? 誠也が?」
「もう少しで消えるはずです。この文字が出始めたのは十時頃で、わたしがヤフーに調べてもらいました。広告料を受け取っているからすぐには消せないが、誹謗中傷にあたるなら明け方までには消すそうです。広告の依頼をしたのは代理店で、会社名までは教えてくれなかった。」
「夜中いうても、けっこうな市民がこれ見てるで・・・。」
「和田誠也が飛び降り自殺をしたことで、同情が一気に和田誠也に集まる。裕太さんが誠也を自殺に追い込んだと、そう思い込む人もいるかもしれませんね。」
「そんなアホなあ。わしがなにした、いうねん。」
「それが群衆心理の怖さだね。和田誠也に、腹顔人の姿を見せたのはまずかったかもしれんなあ。」
「こんなやつや、思わんかったもん。ららかちゃんとお別れして、ほなさよなら、それですむはずやった。」
「ごめんなさい・・・。きちんとお別れしたいなんて、思わなければ・・・。」
「ほら、社長。ららかちゃん、泣かしてからに。」
「そういうつもりで、言ったんじゃありませんよ。すみません、お嬢様。」
窓からマンションの下を見ると、マスコミの姿が見えた。
「社長、ドンペリでも飲みまひょか。最後の晩餐になりそうでっせ。」
「【みんな、石岡を探せ】なんて、煽るような表現が気になるなあ。これにのっかるバカな連中がいるから。」
「そんな、大丈夫やろ。いざとなったら北海道に帰るがな。」
「せっかく、富と名声を手に入れたのに。まだまだ稼げたのになあ。」
新見社長はソファに崩れ落ちた。
裕太は三つのグラスにシャンパンを注いだ。裕太のケータイが鳴る。富樫陰陽師からだった。裕太は五分ほど話し、ケータイを切った。
「やっぱり、富樫陰陽師のおかげやった。テレビを見て、御祈祷をしたそうや。」
「富樫さんの御祈祷で、わたしの顔が消えたということですか?」
ららかが言った。
「かなり苦しい荒行で、今まで気絶しとったそうや。」
「そう頻繁にはできないことなんですね。」
「新見社長、北海道に行けば安心やな。社長は、行ったこと、あんの?」
「まだなんですよ。だから、今度の復活祭が楽しみ。大丈夫ですよ、腹顔族の里まで行けば。仲間がいるんですから。」
「それを聞いて安心や。なあ、ららかちゃん。」
「裕太さん、だんだん、大きくなっていきますね。」
「そうか? おおきに。ららかちゃんがお腹におんのや。ぜったいに守らな。安心してや。ららかちゃん。」
「その、ちゃん付けはやめまてください、裕太さん。」
「ほな、ららかって、呼び捨てでええの?」
ららかは、顔を赤らめてうなずいた。
「社長、ほら、飲まんかい。俺、キャバクラ行けんから、ドンペリなら仰山買うてあるでえ。ららかあ、悪いけど、冷蔵庫からキャビアとクラッカー、取ってきてくれへん?」
ららかの本体が動き出し、キッチンへ向かった。三人は、酔うことで現実を忘れ、せめて夢の中で窮地を脱することにした。