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ピン芸人石岡祐太と腹顔族の復活  作者: 瀬賀 王詞
12/13

12 腹顔族復活祭

 十一時五十分。

 部屋の窓からは、ホテルの明かりに映し出された雪景色が見えた。裕太はソファに寝転んで、遺跡のことを考えていた。富樫町長は「復活祭の後でお話しします。」と言ったが、そのときの表情がやけに気になっていた。ノックをする音が響き、扉を開くと、ボーイが「始まります。」と言った。

「大ホールやったな。」と裕太が訊くと、

「そうでございます。」とボーイは答えた。

「なあ、ボーイの兄ちゃん、俺のこの姿見て、どない思う?」

「特に、感想・・・はございません。」と声を震わせる。

「声が震えとるがな。なんちゅうバケモンや、思うてんのやろ。」

「いえ、そんなことは・・・。」

「ええのやで、思うたこと、言うて。」

「お願いですから、殺さないでください。」

「なに言うとんねん、殺すわけないやろ。なに、意味不明なこと言うてんねん。」

「先ほど、お客様が一人、病院で亡くなったとか。噂では、毒をもられたと・・・。」

「死んだ? 誰が? 俺、聞いてへんで。」

「お願いです。僕、腹顔族への忠誠を誓いましたが、怖くなりました。命だけは、助けてください。」

「大丈夫や、俺が、約束する。腹顔族がそんなことするかい。なにかの間違いや。」

「亡くなったって、誰でしょう。」とららかが言う。

「富樫町長に聞いてみるわ。」

 裕太はららか本体をエスコートして大ホールに入った。裕太に大きな拍手が送られた。すでに和田誠也と綾乃、新見社長と佐田のカップルも席について、会釈を返す。円卓に腹顔人数十組が座り、後方に腹顔族サポーターが椅子に座る。右サイドに陰陽師が十五名、左サイドには富良野の名士を来賓に迎えている。夕食会で遺跡の話をしていた北海道大学准教授の姿が見えない。

 富樫町長は来賓席に座しているため、そのことを訊く間はなかった。腹顔族復活祭という記念すべきイベントを前にしては、気にしなくてもいい些事と考えたが、ボーイの「毒殺された」というひとことが気になった。

「裕太さん、元気にしとったね。」と寺脇陰陽師が話しかけた。

「寺脇さん、なんか、懐かしいわあ。しかし、新見社長と佐田が腹顔人になるやなんて、びっくりしたわあ、もう。」

「ああせんと、生き返らんかったとばい。まさか佐田が女とは、知らんかったけんね。」

 そう言って大笑いした。

 開式が近づいた。司会者が全員に着席を促した。静かな音楽が流れ出す。全員が前方の時計を見つめた。午前零時になると、全員が息を殺した。司会者は、満を持して開会を宣言した。ホール後方から吹奏楽のファンファーレが鳴り響き、続いて軽快なマーチに乗せて、開会宣言を富樫町長が述べた。

「千年の時を隔てて、この度、腹顔族復活祭がかくも盛大に開催される運びとなりました。ここにいたるまで、ここにご臨席の皆様には多大なるご尽力を賜りましたこと、心から御礼申し上げます。復活した腹顔人八十五組、腹顔族の末裔一三一人、陰陽師十四人、さらに、富良野町を代表するご来賓の皆様にご臨席を賜りましたこと、重ねて御礼申し上げます。腹顔族の聖地、この富良野におきまして、腹顔族が再び一同に会することと相成りましたこと、誠に感無量でございます。ただいま、吹奏楽が演奏しております行進曲は、腹顔族に古くから伝わる歌をアレンジした曲でございます。腹顔族の新たな第一歩を祝福し、行進曲に乗せて、開会宣言をいたしました。本日十二月二十七日は、腹顔歴の元日に当たります。午前零時から新年の祭りを開催していた習わしから、この時間の開会となりました。明日から、腹顔族復活に向けて、様々な会議が三日間にわたって開催されますが、それぞれが役割をきちんと果たし、腹顔族の社会的地位向上のため、最大限の努力をしてほしいと思います。腹顔人八十五組は、臆することなく社会に出て行き、社会認識を変えていただきたい。さらに、子孫を増やすという、大切な役目がございますので、双方ともに、精力的に励んでほしいと思います。最後になりますが、腹顔族腹王への忠誠を誓い、より強固な絆を結び合うことを、皆さんに望みます。」

 マーチがより大きくなり、会場からは手拍子が鳴り響いた。演奏が終わると、司会者は裕太を紹介した。

「お待たせしました。皆様、腹顔族腹王の再来、石岡裕太さんをご紹介いたします。」

 拍手のなか、裕太は壇上に上がった。あいさつをと言われていたが、原稿などは用意していない。自分自身は簡単に済ませて、ららかに任せようと考えていた。

「どうも。石岡裕太でございます。腹顔族復活という、記念すべき日を、無事に迎えることができました。これもひとえに、ここまで準備をしてくれました、陰陽師のみなさん、そして、腹顔族に理解を示してくださる、人間の皆さんのおかげでございます。本当に、ありがとうございます。あとは、ららかがあいさつをします。」

 裕太は、マイクの高さをららかに合わせる。

「みなさん、明けましておめでとうございます。腹顔族の再出発に際しまして、この場でご挨拶をさせていただきますこと、心から光栄に存じます。思えば、富樫町長とお会いしてから半年、裕太さんのお腹に張り付いたときから、腹顔族としてのアイデンティティが芽生え、それまで人間として過ごしていた日々が、本来の自分ではないことに気づかされました。女優としての夢は断たれましたが、腹王と腹顔人となりました、その喜びの方が、日に日に強くなっていきました。この日までいろんな出来事がありましたが、腹王とともに乗り越えて、絆を深めました。みなさんにも、多くのご苦労があったと思いますが、腹顔族は世界を救う民であるという、言い伝えもございますので、誇りをもって、腹顔族再興のためにお力添えいただきたいと思います。」

 ららかの本体が深々と頭を下げた。拍手の渦の中、裕太とららか本体は自席に戻った。

 シャンパンがそれぞれのグラスに注がれ、乾杯に入る。乾杯の音頭は、来賓の芝原石油の社長が執った。

「富良野が腹顔族の聖地であったとお聞きし、わたくしは、大変感銘を受けたのでございます。実を申しますと、前町長がご逝去されたあと、わたくし自身が、町長にと考えていたところでございましたが、富樫陰陽師から腹顔族のことをお聞きし、それならば、腹顔族の再興にご尽力された富樫陰陽師に、腹顔族の再興と富良野の未来を託しまして、町長として推薦いたしました次第でございました。実際に、腹顔人の皆様を拝見いたしまして、わたくしは、畏敬の念さえ感じました。女性ののっぺらぼうが、八十五人もわたくしの方を向いています。また、男性の皆様の、お腹に張り付いた女性のお顔のお美しいこと。このような景観は、一生見ることができなかったでしょう。ようこそ、富良野へ、と申し上げたいところですが、元々は、この地は皆様のものでございます。腹顔族再興のため、ご存分にご活躍ください。富良野町民も、皆様に忠誠を誓い、ご協力したいと存じます。聞いたところによりますと、この復活祭を聞きつけたマスコミが、富良野に侵入しようとしましたが、町民の警備によって、これを防ぐことができました。日本全国では、まだまだ腹顔族への風当たりが強うございますが、富良野町民が盾となって、皆様をお守りいたします。この富良野が、また新たな歴史を刻み、皆様とともに隆盛を極めますことを祈念し、乾杯いたします。ご唱和、声高く、お願いいたします。乾杯!」

「乾杯!」

 ホールにシャンパングラスの音が響いた。裕太がシャンパンを一口飲むと、綾乃の本体が来て腕を引く。本体はのっぺらぼうだからものは言えないし、表情もわからない。綾乃の顔が張り付いた、誠也の姿がホールに見えない。

「どないしたんや。おいおい、どこへ行くんや。」

 綾乃の本体はホールから裕太を連れ出した。ららか本体も後を付いてくる。

「どこかに連れて行きたいんですね。あら? 綾乃さんのドレス、破れてるわ。」

「なんやて?」

 裕太はららかの視線を辿る。薄青色のドレスは、腰回りが裂けている。

「誰かと争うそうたな。誰やいうたら、あいつしかおらんがな。」

 廊下の突き当たりに、そいつはいた。和田誠也と綾乃の声が聞こえた。激しく罵り合う声。

「裏切り者!」という綾乃の声。

 裕太は、にやりと笑って言った。

「誠也はん、もう浮気でもしはったん? 夫婦げんかとは、早いのう。」

 誠也は険しい目を裕太に向けた。

「違うんです、腹王様。」と綾乃は叫ぶように言った。

「黙れ!」と誠也は綾乃の口を塞ぐ。

 綾乃の本体は、誠也に飛びかかった。誠也は、綾乃のパンチをよけながら後ずさる。綾乃に反撃しようとパンチを繰り出すと、お腹の綾乃が叫んだ。

「逃げて! 腹王様!」

 誠也がまた綾乃の口を塞ぐ。

「そないな激しいケンカ、せんでも。」と裕太は呆れ顔で言った。

「夫婦ゲンカにしては、様子が変だわ。」とららかが言う。

「・・・が、来ます!」と綾乃は言った。

「なんやて? なにが、来るて?」

 誠也が綾乃本体の攻撃をかわしながら言った。

「誠也様、僕の両親、なんです。すみません、見苦しいところ、お見せ、して。」

「なんや、親かい。綾乃さん、ええがな、親が来るんは当たり前や。」

 誠也の手に口を塞がれ、綾乃は顔を歪める。

「もうやめんね、かわいそうや。」

 綾乃の本体は、誠也への攻撃をやめ、裕太の手を取ると、いきなり走り出した。

「なんやなんや、どしたんや?」

 裕太も走る。ららか本体は少し遅れた。

「逃げてえ!」

 背後から、綾乃の声とは思えない叫び声が響いた。

「裕太さん、綾乃さんの言うとおりにした方がいいわ。」

 ららかが言った。

「逃げて、いうても、復活祭の真っ最中やで。そんなこと、でけるかいな。」

 大ホールの前まで来ると、富樫町長が出てきた。

「やっと話ができるがな。富樫町長、大学教授、毒もられて死んだいうのは、ほんまな?」

 綾乃の本体は、立ち止まった裕太を引っ張る。

「そのことは、また後で・・・。こっちに来てください。」

 今度は富樫町長も走り出す。

「早く!」

「どしたんや? 町長まで。」

「とにかく、行きましょう!」

「どうするんや、復活祭。」

 ららかと綾乃の本体に引っ張られ、押されて、裕太は拉致されたも同然だった。

 富樫町長は地下に誘導し、リムジンに裕太を乗せると急発進した。裕太には、富樫町長の行動がまったくわからなかった。

「やはり、用心しておいてよかった。」と富樫町長は言った。

「どういうことや? 富樫町長。いいかげん、説明してえな。」

「裏切りです。」

 綾乃と同じこと言う。

「誰が、誰をや?」

「腹顔族が、腹顔族を、です。和田誠也、やっぱり、ユウチーゾウカ家の血筋、歴史どおりにやってくれてる。」

「皮肉言うてんのかいな。要するに千年前腹顔族が滅亡したときも、あいつの一族が裏切ったんやな?」

「城に火を放ちました。敵の矢を使って。」

「えげつなー。」

「念のため、彼と面談したんです。昨日の午後。そのときは、大丈夫だと思いました。完全に、腹顔族になりきったと。彼の部屋にもカメラを仕掛けてね。」

「隠しカメラ? 富樫町長、それはあかんで。」

「そこまで用心したんです。それなのに・・・。そもそも、彼を腹顔族に復活させたのが間違いだったんです。寺脇さんは、いつも、余計なことをするから。」

「富樫町長、どしたんや、今日は、らしくないで。」

「裕太様、復活祭がダメになったんですよ。悔しいじゃありませんか!」

「そりゃ、そうや。でも、どこに向かっとんの?」

「遺跡です。腹顔族が千年前、居住していた。」

「わかったわ。」とららかが言った。

「なにがや?」

「あの准教授に、遺跡のこと、知られたのね?」

「さすがにお嬢様。あの教授は、場所だけでなく、入り口まで発見したんです。」

「入り口? 遺跡て、ふつう、土ん中にあるんちゃうの?」

「わかりやすく言えば、鍾乳洞のなかにあるんです。とてつもなく、大きな。」

「その入り口に、向かってるわけね。」

「さすが、お嬢様。」

「富樫町長、そうなんども嫌みったらしく言わんといて。それで、あのじいさんを殺すいうのも・・・。」

「裕太様、いえ、腹王様。悲願達成のためには、いくらかの犠牲もございます。腹王に穢れが取り憑かないように、腹王様に代わってわたしが実行しているわけです。」

「それやったら、先に俺に言うてえな。」

「降りましょう。ここから先は、歩きます。」

 午前一時を過ぎていた。山の六合目付近から、沢を登り、尾根をいくつか越える。雪は止み、四人の足音が残る。

「足跡が・・・。でも、また降るでしょう。」と富樫町長は言った。

「また山登りかいな。由布岳を思いだすわ。」

 裕太とららかは山頂を見上げた。

「この山、なんていう山な?」

「名前は、ありません。地図の上では。この山は、腹顔族にしか見えない山で、腹顔族は『腹山』と呼んでいます。」

「まさかと思たとおりのネーミングやな。」

「着きました。」と富樫町長が言った。

「意外と早いな。でも、山が一般人に見えへんのやったら、あの准教授に場所を知られても、大丈夫やったんやないか?」

「それもそうですね。でも、何事も、念には念です。ここです、ここが入り口。」

「なんにも見えへんで。岩と雪の崖やがな。」

「岩の横です。わたしが先に行きますから、後をついてきてください。」

 そう言うと、富樫町長は、雪の壁に消えた。裕太が手を伸ばすと、雪の壁は綿のように沈んだ。

「行くで。」

 裕太はららかと綾乃の本体の手を引き、飛び込んだ。

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