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第7話 真一郎と聖母


-----逃げ切った!


そう確信した真一郎は、段々と走るスピードを緩めていく。

暫くすると、先程よりも小さな部屋のような空間に差し掛かった。


-----この狭さだ。流石に今度はドラゴンがいたりしないだろうな?


分析眼を全力で稼働させつつ、おっかなびっくり部屋を覗き込む。

目の前には家一軒程度が収まりそうな空間。案の定そこには誰もいなかった。


「あいつが最終関門だったのかね。逃げ切れたのが奇跡だったしな!」


ビビっている自分を鼓舞するためか、ワザと大きめに声出しつつ独り言ちる。

そのまま部屋を通り抜けるために歩を進める真一郎。


すると、・・・リーン!

どこからか綺麗な鈴の音が聞こえた。


「ん?なんだ?」


周囲を見回す真一郎。


次の瞬間、真一郎を中心に空間が歪み始める。

分析眼がその現象がなんであるかを即座に教えてくる。


「く、空間転移だと!一体どこに!?」


何者かが起こした転移現象が真一郎を飲み込んでいく。

そのまま歪みに完全に飲み込まれた真一郎は、光の中に居た。



暗闇からいきなり光の中へ。

人間の身体なら目がくらんだであろうが、ゴーレムの目はその光の中でもすぐに目の前に立つ存在を認識させる。


(あら、お帰りなさい。ゴキブリ野郎ちゃん)


そこには、先ほどのエメラルドグリーンのドラゴンがニヤニヤと笑っていた。

空間転移によって、さっきまでいた光の広間に戻されたのだ。


-----えげつねえ。えげつな過ぎるだろ、このトラップ。


侵入者を生かして帰すつもりが全くない意地の悪いトラップに、怒りを通り越して呆れてくる。


溜め息をつく真一郎。

その心は既に諦念に支配されていた。


別に転移トラップが真一郎の心を折ったわけではない。

目の前のドラゴンだって、もう一度やれば逃げ出せるかもしれない。

しかし、状況は既に詰んでいた。


何故なら、先程はいなかった存在が広間に増えていたのだ。



―もう一匹のドラゴン。


目の前のドラゴンの左後方。

そこに一回りは大きい金色に輝くドラゴンが佇んでいたのだ。


その圧倒的存在感は目の前のドラゴンの比ではない。

逃げ出すことなど絶対に不可能であることを本能が教えてくれていた。


(あらあら、随分としおらしい感じになっちゃったじゃない?もう抵抗しないのかしら?)


勝利を確信しているのであろう。

エメラルドグリーンのドラゴンが余裕を見せつけて真一郎を言葉で嬲ってくる。


-----こりゃ、駄目だな。・・・でもな、ただで死んでやるものかよ。せめて一矢報いてやる!!


真一郎が全身に力を入れ、ドラゴンに向かって駆けだそうとしたその時、頭の中に声が響く。


(お待ちください)


美しい成熟した女性の声。

先程までの少女の声ではない。

その落ち着いていながらも圧倒的な力を内包した声の響きは、一瞬で真一郎の悲壮な決意を霧散させた。


-----誰だ?・・・って、答えは一つか。


前方にいる金色のドラゴンに顔を向ける真一郎。


(はい。今は私が話しております。どうか矛を収めて、お話を聞いてください、異世界からの旅人よ)


異世界からの旅人。金色のドラゴンはそう言った。


「・・・お前は事情を知ってそうだな」


金色のドラゴンを見つめながら、真一郎が言葉に出す。


(はい。まずは謝罪を。そしてどうか我々の事情をご説明させてください、旅人よ)


金色のドラゴンが真一郎に向かって頭を下げる仕草をする。


(ちょっと、お母様!なんで!?こいつ、研究所のゴーレムを盗もうとしているんでしょ?さっさとぶっ飛ばさないと!)


(お黙りなさい!)


(うっ、お、お母様・・・)


金色のドラゴンに睨み付けられつつ一喝されて、一瞬で大人しくなるエメラルドのドラゴン。


-----お母様?親子なのか?


二匹の大小のドラゴンの姿は、確かに親と叱られている子供に見えなくも無かった。


(私が貴方に命じたのは、ゴーレムの保護です。捕獲や、ましてや破壊ではありませんよ!)


(で、でも、こいつ、あたしのことトカゲって・・・)


(それは貴方が先に攻撃を仕掛けたからでしょう!その反撃が言葉であったことを逆に感謝なさい!)


(べ、別にこんな奴に反撃されたって、痛くも痒くもな・・・)


エメラルドのドラゴンが尚も言い募ろうとした時、カッッッ!と閃光が走り、その顔がのけ反る様に弾け飛ぶ。


(くはっ!!!)


ズゥン!地響きを立てながら、そのままエメラルドのドラゴンは地面に倒れ伏した。


-----今のは金色のドラゴンのブレスなのか?もうレーザーどころの騒ぎじゃない。タイムラグが完全にゼロだったぞ。光の速度を超えてるって不可能じゃなかったのかよ、アインシュタイン先生!


真一郎の分析眼が、その速度とエネルギー共に測定不能との分析結果を出している。

ただ、ゴーレムボディに直撃した場合は確実に粉みじんになるとの注意書きが添えられていた。


真一郎が倒れたドラゴンを見ると、頬のあたりからブスブスと煙を出しつつ痙攣している。

気絶しているが、命には別状なさそうだ。


-----ドラゴンって頑丈だな、やっぱり。


自分が粉みじんになる攻撃を顔面に食らっても気絶で済んでいるドラゴンを見て、改めて最強モンスターの恐ろしさを思い知る真一郎だった。


(お見苦しいところをお見せして申し訳ありません、旅人よ)


金色のドラゴンが真一郎の方を向き、改めて頭を下げる。


「い、いや、まあ子供のしつけって大変だからな・・・気にしないでくれ」


(そう言って頂けると助かります。・・・申し遅れました、私はこの山脈一帯を管理しております竜、リディルマーサと申します)


「俺はシンイチロ・・・いや、シンだ。異世界からついさっき来た」


二度目の人生故に、心機一転で名前を変えてみる真一郎。

タレイアに呼ばれたように、真一郎改め、シン。

・・・ただ短くしただけではあったが。


(シン様ですね。私のことはリディルとお呼びください)


「ああ、わかった。リディル」


そう答えつつも、相手が自分に様付けして、こっちか呼び捨てなのに少し引っかかるシン。


-----相手が良いって言ってるんだから、気にしなくていいのかね?


(はい、お気になさらずに)


リディルから即座に返事が返ってくる。


「うっ、そうか、思考がダダ漏れなんだっけ?」


(はい、表層意識の部分だけではございますが、念話がフルオープンになっていますね。そのままでは会話が大変でしょう。宜しければ、私が念話を調整しますが?)


「そんなこと出来るのか?そうだな・・・頼めるか?」


とりあえずリディルには害意は無さそうだ。

と言うか、あったとしてもシンではどうしようもない。

力量が違いすぎる。素直にリディルに身を任せることにした。


リディルの巨体がゆっくりと近づいてくる。

そして、戦車でも軽く握りつぶせそうなその大きな手をシンの頭上に掲げると、人の声では発音出来そうもない言語らしきものを呟く。


-----竜独自の言語か?


真一郎がそんなことを考えていると、制御コアの中でいくつかの機能が稼働するのがわかった。


(もう大丈夫ですよ。これで思考が漏れることはありません)


「早いな。ありがとう」


念のため制御コアの機能を確認する。

確かに念話が正常に使える様になっていた。


-----えーと、聞こえてるかな?


試しに念話を使わない状態でリディルに呼びかけてみるシン。

リディルはこちらを見つめているが、なんの反応も返さない。

次に念話オン状態で考えてみる。


-----あー、聞こえるかー?


(はい、聞こえておりますよ)


今度はすぐにリディルから返答が帰ってきた。


「大丈夫そうだ。助かったよ、リディル」


(いえ、大したことではありません。本来、制御コアの調整は研究所の管理者がやっておくべきことなのですが・・・お会いになりませんでしたか?)


「管理者って、あの光の?」


(はい、お会いになったのですね。もう、あの子ったら。肝心なことがいつも抜けてるのだから)


まるで娘のことを話すようにリディルが愚痴る。

あの光、タレイアとリディルに面識があることが驚きだったが、考えてみれば片や研究所の管理者に、片やその研究所を守っている山の管理者。

面識があるのも当然だった。


「ま、確かにあいつはどっか抜けてる感じだったな。というか、何か感情的な部分を持て余して、それを隠そうとしている感じがしたよ」


シンがタレイアを思い出しつつ言うと、リディルが笑顔になって答えた。


(ふふふ、あの子の感情の部分に気付かれましたか。シン様は鋭い方なのですね)


まるで娘を褒められたかの様に声が弾んでいる。それなりに親密な関係なのだろう。


「そうかね?どっちかっていうと鈍い方だと思うけど」


姉や妹からは鈍い鈍いと良く怒られたものだ。

シンがリディルの笑顔を見つめながら答える。

ドラゴンの顔なのに、その笑顔が心からのものであることが良くわかった。


-----ドラゴンの笑顔か。娘の方と違って、優し気な笑顔だな。ドラゴンの顔で優し気ってのも変だけど。きっと人間だったら相当な美人なんだろうな。


声だけでも包み込むような優しさが感じられる。

娘とは大違いだった。


(どうかされましたか、シン様?)


顔を見つめてぼーっとしているシンにリディルが声を掛けてくる。


「あ、ああ、何でもない。・・・で、どうする?事情の説明だが、ここでするか?」


(いえ、こちらの方にちょうど良いスペースがございます。そちらで致しましょう)


リディルが広間の奥にある壁を指し示す。

先程は気付かなかったが、扉になっている様だった。奥に部屋があるのだろう。


しかし、ひとつ問題がある。

・・・明らかにドラゴンが通るには小さすぎた。


「あそこか?でも、リディルは通れないだろ?」


(え?・・・ああ!まだこの姿でしたね。申し訳ございません、少々お待ちください)


リディルが顔を上に向け、先程の竜の言語らしき言葉を小さく叫ぶ。

次の瞬間、リディルが金色の光の渦に包まれる。


-----うっ、何だ!?


光の奔流が収まると、そこからリディルの巨体が消えていた。

その代りに、背の高い細身の女性が立っている。


「お待たせいたしました、シン様。では、参りましょう」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。・・・リディルなのか?」


「はい?そうですが?」


いまシンの目の前に立っているのは、淡い金色の髪の20代半ばほどの女性だった。

身長は170センチほどあるだろうか。

細身ではあるが、着ているローブの上からでもわかるほど出るところは出ている魅力的な体形だ。


しかし、何よりシンの目を引き付けて止まないのは、その顔だった。

絶世の美女。そんな言葉が陳腐に感じられるほどの美しい女性。

優しく微笑むその顔は、優しげな声と相まって、聖母と呼ぶにふさわしい雰囲気を作り出している。


「ドラゴンって人間の姿になれるんだな・・・」


「ああ!そうでした。私としたことが・・・シン様は異世界の方ですから知らなくて当然ですね。説明不足で申し訳ありません。これじゃあ、あの子のことを言えませんね」


ワタワタと手を動かし、少し恥ずかし気な表情で頬を染めるリディル。

その可愛い仕草にシンの目が釘付けになる。


「私たち真竜種と呼ばれる種族は、姿を変化させることが可能なんです」


質量保存の法則等、いろいろ気になることもあったが、ファンタジーの魔法に言っても仕方ないことと諦めるシン。


「そうなのか。なんというか、凄いとしか言えないな。娘の方もなれるのか?」


「はい。・・・申し訳りません。また少々お時間を頂いても良いですか?」


「ん?ああ、いいけど?」


リディルが倒れているエメラルドのドラゴンに近づくと、先程と同じ小さな叫びをあげる。

その瞬間、同じようにドラゴンの身体が光に包まれ、光が消え去った後には少女が地面に横たわっていた。


エメラルドグリーンの髪の15歳前後の少女。

頬に大きな痣が出来てはいるが、こちらも相当な美少女だった。


どこから取り出したのか、絆創膏のようなものをペタンと痣に貼り付けるリディル。

そしてリディルが再度呪文のようなものを唱えると、少女が目を覚ました。


「う、うーん、お母さ・・・ま?」


「気付きましたか。今からシン様に我々の事情をご説明します。あなたも一緒についてきなさい」


「は、はーい・・・」


ブレスが堪えたのか、素直に応じる少女。

ゆっくりと立ち上がる。

しかし、リディルの後ろにいるシンと目が合うとキッと睨み付けてきた。

中々に鋭い視線だったが、可愛らしい少女の外見な上、頬に大きな絆創膏が貼ってあるその顔だ。

まったく迫力がない。


-----折角目も覚める様な美少女なのに、いろいろ台無しだな、あれは。


シンが呆れと共に見つめ返していると、リディルの叱責が飛ぶ。


「クーネイーシア!シン様になんて態度ですか!次は手加減しませんよ!」


「ひっ!ごめんなさい、お母様!」


叱られて身体を丸める元エメラルドグリーンのドラゴンこと、クーネイーシア。


-----あれで手加減してたのか。まあ、娘を撃つんだから当たり前ではあるが・・・。本気で撃ったら、俺の身体なんか一瞬で蒸発しそうだな。


二人のやり取りを見つめるシン。

二人で並んで立っていると、よく似ているのがわかる。さすが親子だ。


はっきりとした差異は、髪の毛の色と身長、あとは年齢くらいだろうか。

クーネイーシアの方が10センチほど背が低い。

とは言え、外見年齢も10歳程は下だ。まだ成長期ということなのかもしれない。


-----ドラゴンの年齢なんてわからないけど、見た目通りの年齢ではないんだろうな。


ゴーレムの分析眼で年齢の推測も出来そうだが、相手は女性なのでやめておいた。


ふと気付くと、リディルがクーネイーシアを連れてシンの前に立っていた。


「シン様、この子はクーネイーシア。私の不肖の娘です」


「お母様、酷い・・・」


その紹介に不満げな様子を隠そうともしないクーネイーシア。

しかしリディルは取り合わない。


「この子のことはクーネとお呼びください」


「ああ、よろしくな、クーネ」


「ぐっ、よ、よろしく」


先程まで舌戦を繰り広げた相手だ。

愛称で呼ばれるのにはまだ抵抗があるのだろう。

悔し気ではあるが、睨み付けては来ない程度の微妙な表情で、クーネがシンを見つめる。


-----嫌われたもんだな。美少女から嫌われて残念に思うべきなんだろうが、別に旅の仲間になるわけでもないし、それでも問題はないか?


シンがクーネを見つめ返しながらも、自覚無くフラグを立てるようなことを考える。


「大変お手間を取らせてしまいました。では、あちらの部屋に移動しましょう」


二人の挨拶を微笑まし気に見ていたリディルがシンを促し、3人は小部屋へと入っていった。


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