第4話 真一郎と旅準備(前編)
その後、妙に素直になったタレイアにより、最低限の世界の常識とゴーレムボディについての知識と使い方を教えて貰った真一郎は、目覚めた部屋から別の部屋に移動していた。
「こちらが日用品を保管していた倉庫になります」
先に部屋に入ったタレイアが真一郎に説明する。
貿易港にありそうな倉庫以上の広さがある広大な空間。
そこにはずらっと沢山の棚が並び、良くわからない器具やら書類やらと共に、衣類等も置かれていた。
「私が旅関係の道具を見繕いますので、シン様はご自分に合った衣類を揃えてください」
言われて今更ながら自分が素っ裸の状態であることに思い至る真一郎。
ゴーレムの身体なので隠すような部分はないが、元人間の身としては流石に少し恥ずかしさを覚えてしまう。
「とりあえず、何か着るか」
傍にあったシャツらしきものを手に取る。
埃も被っておらず、新品と言っても通用しそうだ。
「凄いもんだな。随分年月が経っているはずなのに、経年劣化の様子が見られない」
「この研究所全体に劣化防止の術式が掛けられております。時間経過の影響は二千分の一以下に抑えることが出来ています」
「研究所が時間庫になってるってことか・・・名作SFっぽいな。しかし、二千分の一ってことは、この身体が作られたのが約1800年前だからまだ実質1年弱しか経ってないってことだろ。流石に食料関係は無理そうだけど、衣類や旅道具は大丈夫そうだな。・・・ま、そもそもこの身体に食料は不要だけど」
真一郎は自分の黒光りする身体を見下ろしながら言う。
―食事。
経口によるエネルギーの補給。人間なら誰しもが行わないと生きていけない行為だ。
しかし、ゴーレムとなった今の真一郎の身体にエネルギーを送っているのは、体内にある魔素融合炉である。
そのエネルギーの流れは身体の中の制御コアが真一郎に教えてくれていた。
魔素融合炉とは大気中に存在する魔素を取り込み魔力へと変換しエネルギーを生み出す半永久機関。
一度に膨大な魔力を使用するようなことでもない限りエネルギーが枯渇することはない。
つまり空腹も感じない。
しかしながら、真一郎のボディは飲食を必要としていない一方で、何故か飲食行為は可能に出来ていた。
そもそもこの身体には五感が全て存在していた。味覚もちゃんと存在するのだ。
「確かに食料は不要です。が、可能であれば、食事はされた方が良いかと思います」
「ああ、言いたいことはわかるよ」
タレイアの忠告に答える真一郎。
今はゴーレムの身体だが、元人間の身としては、いくらお腹が減らないとしても食べることに対する欲求が心のどこかに存在する。
「精神衛生上、食べた方が良いって言うんだろ?」
確か、前世で見たSF作品にそんな内容のものがあった気がすると真一郎は思い返す。
食べたり、眠らなくて良い身体。それを手に入れた人間は精神を徐々に擦り減らして、いずれ死に至ると。
「はい。過去にも身体をゴーレム化した人間がいましたが、その多くが精神を病みました。当時は原因不明の病とされていましたが、その後の研究で、人として本来可能だったことが出来なくなることへの不安や不満が影響していると結論付けられました」
-----三大欲求は生命としての根幹に関わるからな。・・・でも、睡眠はともかく、性欲はどうすれば良いんだ?
タレイアはプログラム人格とは言え女性だ。性的なことは聞きづらい。
真一郎はとりあえずそのことは後回しにすることにして、別の質問をぶつける。
「何かを食べるにしてもだ、食べたものは最終的にどうなるんだ?」
このゴーレムボディに排泄器官は無い。まさか口から出すんじゃないだろうなと恐ろしい考えが頭をよぎる。
「食べたものは体内の魔素融合炉で全てエネルギー変換されます。欠片も残りません。しかし、食事から得られるエネルギーは微々たるものです。魔素を直接吸収したほうが遥かに効率はいいです」
なるほどと納得する真一郎。
融合炉とはいっても元の世界とは違う物理法則が存在するのであろうこの世界だ。
ファンタジー世界とは言え、流石に核融合で膨大な原子エネルギーを抽出するようなことはしていないのだろう。
機能としては有り難いが、あくまで食事はおまけとして考えるべきだな、と真一郎は結論付けた。
タレイアと会話しながら衣類を物色しつつ、真一郎は部屋の隅にあった姿見の前に立つ。
鏡に映るのは紛れも無くゴーレムとなった自分自身だ。
-----確かに健康な身体を願ったが、この結果は想定外だったな。斜め上過ぎるだろ。
病気はしないだろう、罹りようがない。
頑丈そうだし怪我の心配も無さそうだ。
病気も怪我もしない完璧な身体。全力疾走も問題ございません。
それが今ならなんと無料であなたのお手元に!といった感じだった。
-----しかし同時に神だ何だと面倒そうな事情がもれなく付いてくるってことだろ?結局タダより高いものは無いってことか、・・・昔の人は良く言ったもんだよ。
確かに真一郎が生前願ってやまなかった身体ではあるが、いろいろとやっかいな運命が待ってそうな予感がひしひしとする。
-----やっぱり神とやらには嫌われているのかもな。
そう思わずにはいられない真一郎だった。
改めて自分の姿を観察する。
全身は黒い金属製、堅牢で有名なファンダジーマテリアル、ミスリルを対魔導処理したものだ。
装甲の継ぎ目には赤いラインが入り、仄かに光っている。
全体としては、細身のボディに、ヘルメットと双眼のフェイスガードを装着した様な外観となっていた。
身長は180センチ半ばといったところで、真一郎の生前の身体より10センチほど高そうだ。
-----宇宙刑事というよりは、ハリウッドの鉄の男に近い感じだよな。
結構かっこいいと思う真一郎。
当然人間としてではなく、ゴーレムとしてだが。
黒光りする金属で構成されたシャープでエッジのきいたデザイン。
これが元の世界のヒーローものだったなら、フィギュアの売り上げがかなり期待できそうだ。
-----でもな・・・父親がロボット工学者だからって、息子の俺がロボットになる必要なんて無いだろうに。この後はサーカスに売られる運命が待ってるのか?
真一郎の父親はロボット工学の第一人者だ。
作品ももちろん見せてもらったことがある。
災害救助のため瓦礫を撤去するレスキューロボット、簡単な診察が可能な介護用ロボット、スプリンター顔負けのアスリートロボット。
どれも発表当初は絶賛され、流石は玖珂博士と父親の名声を不動のものにした作品ばかりだ。
しかし、どのロボットもこのゴーレムの身体に比べると、出来は足元にも及ばない。
あの沈着冷静な父親もこの身体を見れば狂喜乱舞するだろうな、と真一郎は少し意地の悪い想像をする自分に苦笑した。
このゴーレムボディの基本機能については、制御コアのデータと併せて、既にタレイアから簡単な説明を受けている。
視覚に違和感があった理由も理解した。
見た映像から抽出できる全ての情報を並列処理する力が、このゴーレムボディ、正確にはこのゴーレムの制御コアにはあるのだ。
視界に映る対象物で制御コアにデータがあるものはすぐにその情報が真一郎に流れ込んでくる。
-----タレイアは分析眼って言ってたな。・・・VRヘッドディスプレイの究極形みたいな感じか。
聴覚についても、既に違和感は無くなっている。
今タレイアと真一郎が話しているのはミリシア語。
ミリシア大陸の共通言語だ。この大陸のほとんどの国で第一言語となっている。
しかし先程までは、真一郎にはミリシア語と日本語の二重音声で聞こえていた。
真一郎の魂がゴーレムの制御コアへの融合過程だったため、歪な同時通訳になっていたのだ。
今はすでにミリシア語のデータが真一郎に転写され、問題なく理解できている。
もともとカナダ人の母の影響で、前世でも一応はバイリンガルな真一郎ではあったが、一瞬で異国の言語を理解した自分に、もう人間でないのだという自覚を新たにするのだった。
真一郎は鏡に映る身体を観察しつつ、少し動かしてみた。
頭、手、足。ゆっくりと全身の動きを確認する。
問題ない。思い通りに動かすことができる。
ぎこちなさは全くない。作り物とはいえ相当な精度があるようだ。
軽くジャンプ。そしてサイドステップ。
この状況では、まだ全力で身体を動かすことはできないが、筋力も反応速度も生前の身体と比べて桁違いに上がっていることを制御コアのデータが教えてくれる。
これがゴーレムの身体。
自分の希望とはだいぶ違う結果となったが、思い通りに動く新たな肉体に少しワクワクを感じている自分を自覚する真一郎だった。
と、そんな一人納得している真一郎に、タレイアが話しかけてくる。
「シン様、まだ身体に違和感がございますか?」
「いや、もう大丈夫だ。自分がゴーレム、俺の元いた世界ではロボットって言うんだが、それになったことを改めて実感していたんだよ」
-----いや、ロボットというより元人間の俺はサイボーグか?でも肉体が一片も残ってないからやはりロボット、せめてアンドロイドと呼ぶべきなのか?
思考が逸れて、一人で妙なスパイラルに陥る真一郎。
「シン様?」
タレイアが心配そうに声を掛けてくる。
「ん?ああ、すまない。さて、衣類の方はこっちで揃えた。旅道具の準備はどんな感じだ?」
「はい。こちらと、こちらの袋。あとこのバッグを持って行ってください」
タレイアが棚の上を移動し光りながら目的のものを教える。
手に取ってみると、いわゆる防災セットの様に旅道具や武具、地図や本が詰まった袋が2つと、何の変哲もない肩掛けのボディバッグが1つだった。
「道具の入った袋はいいとして、このバッグは?」
「それはストレージバッグです。魔法で容量を増やしてありますので、見た目以上に沢山のものを入れることが出来ます。しかも軽量化の魔法が掛かっているので、何を入れても重さは変化しません」
「・・・出たな、定番アイテム。まあ、このゴーレムボディなら多少の重さは平気だろうけど、何を入れても軽いってのは便利だな」
「はい。そのバッグも各種旅道具も当時としてはそう珍しくない魔道具ですが、今の世界ではわかりません。気を付けてご使用ください」
タレイアが取り扱いの注意を促す。
確かに1800年前のアイテムなら何らかの骨董的価値が付いていても不思議ではない。
「ああ、そうとは気づかれないようにするよ。で、このバッグはどれくらい入るんだ?」
「そうですね、小さな城程度なら収容できるかと思います」
「し、城?お城が入るのか?どうやって?」
その異常な容量にも驚くが、鞄の口の大きさは普通だ。
そもそも城などどうやって入れるというのか。
某青い狸型もとい猫型ロボットのポケットのように、出し入れの際にはアイテムが変形して小さくなったりするのだろうか?
「鞄の形をしているのはあくまでカモフラージュなので、実際の出し入れには鞄の口を開ける必要すらありません。念じるだけで出し入れは可能です。入れたいものを頭の中で指示すれば勝手に入りますし、収納しているものを出したい時も意識すればアイテムリストが頭に浮かびますので、そこから指定して出してください。ただし、あまり距離が離れているものは収納出来ませんし、逆に遠く離れた場所に収納アイテムを出すことも同じく不可能です」
試しに旅道具の収納を念じてみる真一郎。
すると二つの袋が目の前から消える。
それと同時に頭の片隅にストレージバッグの収納アイテムリストが表示される。
「これは凄いな。・・・タレイアの言う通り、念のため当面は普通の鞄っぽく使うべきだな」
このストレージバッグがとんでもない価値を持っていた場合、トラブルの種になりかねない。
わざと鞄の口に手を入れて中のものを取り出しながら真一郎は呟く。
「使用者権限はシン様のみに指定してあります。万一の際も他の人が使うことは出来ませんので、その点はご安心ください」
中のものを盗まれる心配がないのは良いが、鞄そのものを盗まれないように気を付けなければいけない。
この世界の治安はどの程度なのかと、少し不安に感じる真一郎だった。