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第40話 真一郎と初エルフ


「今日はあたしたちの家を探すわよ!」



朝の騒動の後、突然宣言したクーネ。

確かにバンフェン到着当初から家を買うとは言っていたが、そのいきなりの宣言にシンも驚いた。


おそらくクーネにはディディを牽制する意図もあったのだろう。

事実それを聞いたディディは悔しそうにクーネを睨み付けていた。


それで、朝食後にルーファとアスナも加えて話し合うことになったのだが、結局クーネのごり押しでシンたちは家を購入することに決まった。


お金を出すのはクーネ、というか実際はリディルなのだが、なので特に文句も言えない。


昼前に宿へ顔を出すと言っていた非番のカリーアを待って、商業組合へと行くことになったシンたち一行。


ちなみに、ピーデックたちは早速次の依頼を受けるらしく(特にピーデックが強くそう主張した様だ)、朝食後に冒険者組合へと出かけて行った。


そして今、シンたち4人とカリーアは、大きな倉庫のような建物の前に立っている。




「各種商会のギルド、商業組合か。ここで家を紹介してもらえるのか?」


「ああ、不動産取引も含め一手に扱っているのが商業組合だ。中にはここを通さない取引もあるだろうが、あまりお勧めできないね」


シンの言葉にカリーアが返す。


商業組合の建物は街の正門からほど近いが、街の東側にある冒険者組合の建物とは線対称になる形で、西側に建っている。


「実は冒険者組合と仲が悪いとか、無いよな?」


「商業組合が?んなわけないだろ。冒険者が集めて来た魔核や素材をどこが買い取ってると思ってるんだい。持ちつ持たれつ、切っても切れない関係さ」


「なら、近くにあればいいのに。面倒くさいわね」


クーネがいつもの物臭発言をする。

しかし、確かに近くにあった方が利便性は高いだろう。


「仕方ないんだよ。街の西側が商業地区だからね。それを纏める商業組合は、こっちに無いと不味いのさ」




このバンフェンの街は三つのブロックに分かれている。


まず、南正門から見て東にある一般居住区。

冒険者組合があり、宿屋、食堂なども多く存在する地区だ。


次に西の商業地区。

沢山の商店や工房が建ち並び、商業組合がそれを纏めている。


そして最後に北の貴族地区。

領主の館もここにあるが、バンフェンでは各地区の行き来の自由が許されているため、一般人でも貴族地区に入ることが出来る。

もちろん不審な行動をしていたら、警備兵に即逮捕されるだろうが。


行き来の自由は、種族や地位の垣根をなるべく取り払いたいという領主の意向によるもので、バンフェンの街の治安が良い証拠だとカリーアは誇らしげに笑っていた。




「それじゃあ中に入ろうよー、シンお兄ちゃん、クーネお姉ちゃん」


いつまでも中に入ろうとしない大人たちに痺れを切らしたのか、アスナが急かす。


「ああ、そうだな。とりあえず、入るか」


アスナに手を引かれる様に、シンは商業組合の建物へと入っていった。



「いらっしゃいませー、今日はどのようなご用件ですか・・・って、ルーファさん!」


受付で出迎えてくれた女性が驚いたように言う。


銀行業もしているのか鉄の格子で厳重に囲まれたカウンター。


女性はその中に居るので抱き着いては来れないが、冒険者組合のビルギットのように今にも飛び出してきそうな勢いだ。


「ターシャ。久しぶりですね」


ターシャと呼ばれた女性は泣き笑いのような表情でルーファを見つめる。


ルーファに会えたことが余程嬉しいのか、シンにはその長く尖った耳が小刻みにピクピクと動いているのがわかった。


―長く尖った耳。

そう、この女性はエルフだった。


金糸のように輝く美しい髪の両端から、笹の葉のような長い耳が飛び出している。


華奢な体形をしているが、身長はクーネよりも少し高い。

そしてその顔は、各パーツが全体的に小ぢんまりとしており少し幼い印象を与えるが、間違いなく美人であった。


-----おお、エルフ!街中でも見かけてはいたけど、こんなに近くで見るのは初めてだ。やっぱりエルフと言えば笹耳。前世じゃ間違って広まった考え方だったけど、この世界じゃ正解みたいだな。


前世の名作ファンタジーを思い出しながら、ターシャをじっと見つめるシン。

その横では、クーネにアスナ、カリーアの表情が険しくなっていることに気付かない。


「ルーファさん!本当によくご無事で!」


「ありがとう、ターシャ。ミーシャには一週間ほど前に会って挨拶したのですが、その時ターシャは出張で他の街に行っているということだったので」


「そうなんですか!そうか、ミーシャも入れ違いで出張に出ちゃったから・・・もう、ミーシャったら風の精霊に伝言を頼んでくれればいいのにっ!あの子気が利かないんだから!・・・そうだ!ルーファさん、あの馬鹿の権化のステルベニア聖王国がとんでもないことを!いつか絶対に私たちが滅ぼしてやりますよ!経済の力で!」


ターシャが拳を握りながら強く宣言する。

それを聞いていたのか、周りの職員もうんうんと頷いていた。


「ありがとう、ターシャ。頼りにしています。・・・実は今日は依頼がありまして」


「そうそう、仕事の話だよ。ターシャ」


カリーアが隣から口を挟む。

しかし、それに対するターシャの反応は素っ気ないものだった。


「あれ?カリーアさん、居たんですか」


「・・・随分な物言いじゃないか。さっきから居たよ!」


余りに温度差のある対応にカリーアがイラついたように声を荒げる。

しかしターシャは全く気にした様子がない。


「カリーアさんは警備兵になってから3日に一回は来てるじゃないですか。今更珍しくないですよ」


「ったく、可愛くないね」


「カリーアさんも可愛くなくなりましたね。子供の頃はあんなに可愛かったのに・・・。私がオシメを変えてあげたの覚えてますか?よく途中でオシッコを引っ掛けられましたよ」


「お、覚えてるわけないだろ!そんなこと!」


目の前の女性の年齢は20歳前後。

しかし話から察するに、やはり見かけ通りの年齢ではない様だ。


「ルーファさんは今でもこんなに可愛いのに・・・って、そこの子!ルーファさんの子供の頃にそっくり!娘さんですか!?」


「ええ、娘のアスナです」


「えへへ、アスナですっ!」


アスナが定番の元気いっぱいの挨拶をすると、途端に顔を綻ばせるターシャ。


「ああ、なんて可愛い。・・・あとでナデナデさせてくださいね、アスナちゃん」


ターシャは女性でありながら可愛い人が好きなエルフの様だ。

長寿なだけあって趣味も普通とはちょっと違うらしかった。


「ターシャ。それで依頼の話なんですが」


「あっすみません、ご依頼があるんでしたね。何でもお申し付けください!ルーファさんのためなら、このバンフェン商業組合の総力を挙げて、ご期待に沿えるお取引をご用意しますよ!」


ターシャが商売人らしい物言いで力強く宣言する。


ルーファはそんなターシャに微笑みつつ、今回の用向きを伝えた。





「物件ですか?勿論ルーファさんからの紹介ならいくつでもご用意致しますが、・・・ご希望の条件は?」


ルーファから紹介されたクーネに向かってターシャが言う。


今シンたちがいるのは商業組合の建物の中の一室。

ターシャを前に全員座っている。


ターシャは長寿のエルフだけにクーネの本質に何となく気付いているのか、クーネに対しては可愛い可愛いとは言ってはこない。

冷静な対応だ。


「そうね。ベッドルームは最低4つ。お風呂付き。キッチンと食堂は大きめがいいわ。それと、地下室も欲しいわね。あと、アスナが冒険者学校に通うから、出来るだけその近くが良いわ」


クーネがいくつか条件を上げる。


「ふむふむ、お風呂付ですか・・・その条件だと、こちらとこちら、あとこれも合致しそうですね」


ターシャが物件の詳細が記載された紙を出してくる。

全部で3件。

どれもなかなかの豪邸だ。


シンがそれを眺めながら言う。


「デカ過ぎやしないか?俺たち4人だけだぞ、住むの」


どれも部屋が10室以上ある大きなお屋敷だ。

いくらお金があるとはいえ、庶民のシンとしては無駄なことにお金は掛けたくない。


「良いじゃない。変に狭いよりこっちの方が良いわ。それぞれ値段は?」


「はい。この東の壁に近い二件が共に白金貨7と大金貨5枚、こちらの街の中心部に近い物件が、白金貨10枚、つまり魔導金貨1枚分ですね。まあ魔導金貨なんて、国家間の取引じゃないと見かけませんが・・・って、ええっ!!!」


チャリンッと無造作に目の前に投げ出された金貨を見て、ターシャが叫ぶ。


「街の中心に近いのを買うわ。これ1枚で良いのよね?」


クーネが出したのは、正門詰所でも揉めた魔導金貨だ。

今回は相手の指定通りなので、これで問題ないでしょとでも言いたげにクーネは胸を張っている。


しかし、そんな自信満々のクーネに早速シンの突っ込みが入る。


「待て待て待て。クーネ、物件を買う時は下見をするのが基本だ。カタログスペックだけ見て買ってどうする」


「3件とも見に行くの?・・・面倒ね」


「面倒って、お前な・・・」


どこまでも物臭なクーネに脱力するシン。


家を買うという、元の世界なら人生で一度あるか無いかの大イベントにも一切気負った様子がない。

自分で地道に稼いだことがないことの弊害か、クーネの金銭感覚はやはりおかしかった。


「かははは、豪快だねぇ、クーネは。一体どこのお嬢様なんだい?」


「クーネ様。ここはシン様の言う通り、一度見に行くべきかと」


「そうだよー、見に行ってみようよー」


カリーアとルーファ、アスナの言葉を受けて、一瞬不満げな表情を見せるクーネ。

しかし、皆が言っているなら仕方ないと諦めたのか、徐に立ち上がる。


「じゃあ、見に行きましょう。ターシャと言ったわね、案内してくれる?」


魔導金貨を前に言葉を無くすターシャは、その言葉にただ静かに頷いた。





一旦出した魔導金貨を再びクーネの収納魔法に戻し、一行はまず一番遠い場所にある物件へと向かった。


「魔導金貨とは・・・200年以上生きてますが、久しぶりに驚きましたよ」


驚き過ぎたのかターシャが疲れたように言う。


「高価だとは聞いていたが、そんなに珍しいものなのか?」


警備兵のカリーアはともかく、商業組合で仕事をしているターシャがそこまで驚くとはシンも予想していなかった。


「シン様、一般庶民の生活ではまず金貨そのものが珍しいです。高額になる討伐依頼を除けば、依頼料や給料等も使いやすい大銀貨以下の貨幣で払うことが一般的ですね。それに、商業組合における大きな取引でも、基本は金貨や大金貨、白金貨で済んでしまいます。魔導金貨が白金貨10枚と交換できるということは有名な話ですが、実際に流通はしていません。ほとんどの魔導金貨は国家が所有していると思われます」


シンの質問にターシャに代わってルーファが答える。


「なるほどな、一種の信用証券みたいな扱いか」


シンがストレージバッグから銀貨を一枚取り出しながら言う。

リディルから貰った路銀の一部だ。


そもそもこの世界では、国家間で多少の形式の違いは有れど、貨幣経済が成り立っている。


貨幣は下から、銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨、魔導金貨の順で存在し、それぞれ下の10枚が上の1枚と同価値となる。シンの感覚では銅貨が10円で魔導金貨が一億円だ。


-----もちろん、それぞれの商品の値段は需要と供給で決まるから、全く経済システムの異なるこの世界で元の世界の価値と単純なイコールで考えるわけにもいかないんだろうけど。日本の都市部みたいに土地が異様に高いわけでもなさそうだしな。


手の中で銀貨を弄びながらこの世界の経済に思いを馳せていたシンは、横を歩いているターシャに質問する。


「つまり魔導金貨はもう新しく鋳造されてはいないということか?」


「はい。古代魔導帝国も滅び、既にその技術は喪失してますからね。新たな魔導金貨の作成は不可能です」


技術の喪失。ターシャはそう言った。


「じゃあ、贋の魔導金貨と疑う余地もないということか?」


魔導金貨はその名の通り、金貨の中にある種の魔法が内包されている金貨だ。

基本的に生きとし生けるものが全て魔法的素養を持っているこの世界では、紙幣の透かし以上に分かり易い贋金防止策となっている。


「ええ、作成が不可能ということは、複製するのも技術的に不可能ということですから」


ターシャの答えに、クーネが魔導金貨を出しても贋金と騒がれなかった理由が分かり納得する。


しかし、シンには新たな懸念が生まれていた。


-----これは・・・不味いな。そんな希少で高価な金貨じゃおいそれと使えない。一気に1000枚以上の魔導金貨を市場に流したら、贋金と疑われないにしても、貨幣量が増えずぎて市場金利に影響を与えたりしかねないしな。それがこの国やこの世界にどの程度の影響を及ぼすかはわからないが、どう見ても市場規模は元の世界より小さいだろうし・・・。今回は仕方ないとしても、今後は気を付けて使わないと。


リディルが宝物庫に大量の魔導金貨を保管していた理由を今更ながら理解する。

只の光り物好きではなかったようだ。


(クーネ、魔導金貨の使用は今後一切禁止な)


(えっ!なんでよ!?)


シンが念話で禁止を告げると、すぐにクーネの不満そうな声が返ってくる。


(ターシャたちの様子を見たろ!魔導金貨はやっぱり普通じゃないんだよ!使い続けたら、遅かれ早かれ悪意を持った誰かに、場合によっては国家に知られる。その時ルーファやアスナを絶対に守り切れると言えるのか、お前は?)


クーネには経済云々よりこちらの理由の方が理解し易いだろう。

それに二人の身の安全の懸念があるのも事実だ。


(ぐぅっ、・・・分かったわよ。でも、今回は良いんでしょ?)


(ああ、もうターシャにも見せてしまってるしな。その魔導金貨が俺たちの持つ最後の一枚ということにしよう)


(むう・・・、折角いろいろ食べたりしようと思ってたのに)


(おい、心の声が漏れてるぞ)


食い気が暴走し始めているクーネに呆れながらも、取り敢えず納得してもらえた様で安心するシンだった。


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