幕間3 ゼドルの戦い
※ご注意
残酷なシーンがあります
20170107
「クーネの決意」を幕間2とした都合上、
こちらは幕間3に変更しました。
ストーリー上のつながりはないので、
どちらを先に読んで頂いても問題ございません。
僕の名前はゼドルという。虎人族出身だ。
でもこう自己紹介すると、最初は驚かれることが多い。
何故なら僕は、虎人にしては大分小さいから。
僕の身長は170センチ半ば。
平均2メートルの虎人の中ではかなりのチビと言える。
得意武器も虎人が好む大剣や斧じゃなくて、弓だし。
子供の頃はよくそれを理由に揶揄われた。お前は猫人かってね。
でも、別にそう言われたって気にはしない。
というか、馬鹿にする例に出すなんて、逆に猫人の人たちに失礼だよね。
彼らの敏捷性は虎人以上なんだから。
しかし、そんなチビな僕でも成人後は頑張って冒険者になった。
僕の生まれた村はあまり裕福ではなかったから、他に選択肢はなかったというのもあるんだけど。
でも、自慢じゃないけど狩りだけは得意だったんだ。弓が使えるから。
で、それを自信に冒険者になったんだけど、やっぱり大変だった。
何がって?パーティ探しさ。
だって僕ははっきり言って強くない。仲間にしようって奇特な人は少なかった。
それでも僕なりに努力はしたんだ。
細かい依頼をこなして、何とか細々とやってはいけてた。
でも、薬草採取系の依頼を受ける時なんかは、お前は虎人の面汚しだって、よく他の虎人に罵られたっけ。
あれはちょっと・・・悲しかったな。
でも、そんな僕にも憧れの冒険者たちがいた。
それは女性だけで構成されたパーティ“戦女神の刃”の人たちだ。
人間と亜人の女性で構成されたそのパーティは、リーダーのカリーアさんを含めランクDが4人もいるベテランパーティだ。
本当はランクCの実力もあるのに、女性だからと下に見られてランクアップが遅れているという噂もある。
本当なら馬鹿らしいことだ。冒険者の世界に性別も何もないと僕は思うけど。
実際彼女たちは、僕なんかより遥かに強い。
この男中心の冒険者という社会で、他者を寄せ付けない活躍をしているのだ。
だから、僕はそんな彼女たちに憧れる。
・・・あと、正直に言うと、彼女たちに憧れている理由はもう一つある。
それは、メンバーの中の一人。たった3年でランクDになった獣人の女性、ルーファさんだ。
僕より年齢は1つ下なのに、ランクは僕の3つ上。僕はGだからね。
美しく強い狼人族の女性。
初めて冒険者組合の建物で彼女を見かけた時、僕の胸に電撃が走ったんだ。
―それが恋だと気付いたのは、しばらく経ってからだったと思う。
ルーファさんはリーダーのカリーアさんと違い、スピード重視のタイプらしい。
話によれば、純粋な剣術ならカリーアさんよりも上とのことだ。
剣はからっきしな僕には想像もできない世界だ。
体格も僕とそう変わらないのにそんなに強いなんて。
しかも綺麗で、その上性格も優しいらしい。
僕にとってはとんでもなく高嶺の花。
だって、獣人族の女性は強い男に惹かれる傾向がある。
つまり、彼女より遥かに弱い僕なんて歯牙にもかけて貰えないってことだ。
でも、それでもいいんだ。だって、憧れるのは自由だろ?
自分でもちょっと情けないけど、冒険者組合のロビーで彼女を見かけるだけで僕は幸せな気分になってたんだ。
でも、なんの運命のいたずらか、ある日僕はルーファさんたちと同じ依頼を受けることになった。
僕が臨時で入っていたランクDパーティ“荒野の稲妻”(後衛の一人が突然抜けたとのことで、弓使いの僕が入れて貰えたんだ)がロックドラゴン討伐のために他のパーティとクランを組んだんだけど、そこに戦乙女の刃がいたんだ。
ちなみに、クランっていうのはパーティ単独で遂行するのが難しい依頼の際に、パーティ同士が一時的に協力して依頼にあたるシステムのことなんだ。
ロックドラゴンはドラゴンの中じゃ弱い方だけど、それでもランクDパーティじゃ単独での討伐は無理だからね。
僕はその思いもしなかった偶然に、正直舞い上がっちゃったよ。
勿論、僕が彼女の目に留まることなんてないってことは分かっている。
だけど憧れの人の前で、無様な真似だけは出来ない。
でも、やっぱり浮かれてたのかな。
・・・僕は失敗を犯したんだ。
それは、僕たちのクランがロックドラゴンのいる洞窟までやって来て、いざ戦いとなった時のことだ。
僕はついルーファさんばかりに気を取られてしまい、後衛として全体の戦況を見るってことを失念していたんだ。
それがランクGで戦闘力の低い僕に任された唯一の仕事だったのにね。
だから、ロックドラゴンの眷属、ロックリザードが突然現れたことにも気付かないままだった。
ロックドラゴンを前に剣を振るう、荒野の稲妻や他のパーティの前衛とカリーアさん、そしてルーファさん。
ドラゴンと戦う彼女たちに、横から突然ロックリザードの集団が襲い掛かった。
ロックリザードはそんなに強くないけど、数が多くてルーファさんたちはその対処に追われた。
ロックドラゴンはその隙を逃がさない。
ロックリザードに襲われている冒険者に向かって、ブレスの準備を始めるロックドラゴン。
僕は戦慄した。
だってロックドラゴンの視線の先には、ルーファさんがいたから。
弓を放り出して走り出す僕。
ロックドラゴンはその大きな口を開け、ルーファさん目掛けて高熱のブレスを吐いた。
あれを食らったら、獣人だろうが何だろうが消し炭になるだけだ。
僕は無我夢中でルーファさんに飛びついた。
そして情けないことに、そのまま意識を失ってしまったんだ。
次に僕が目覚めたのは、洞窟からの帰りの馬車の中。
横にはルーファさんが座っていて、僕の顔を拭いてくれていた。
目を開けたら憧れの人の顔がすぐ前にあって、飛び上がるほど驚いたね。
いや、実際は飛び上がれなかったんだけど。
だってその時、・・・僕には膝から下が無かったから。
あの時、ブレスから間一髪ルーファさんを助けることが出来た僕は、足にブレスを食らったらしい。
ドラゴンのブレスだ。僕の貧弱な脚なんて一瞬だ。
その後は、ブレスから逃れたルーファさんがロックドラゴンの心臓を突き刺し、無事倒すことが出来たらしい。
足を失ってしまった僕、でも不思議とショックではなかった。
逆に誇らしくすらあったよ。
だって、憧れの人を守ることが出来たんだから。
・・・まあ、そもそもが後衛の僕が周りを見てなかったせいで起こったことなんだけどさ。
そして、僕は冒険者を引退した。
元々弱かった僕が足を失ったんだ、冒険者としてやっていけるわけはなかった。
引退後、暫くスレイプニル神殿の治療院に入院していた僕。
ルーファさんはそんな僕のことを気にかけて頻繁にお見舞いに来てくれた。
足を失ったのは僕自身の責任なのだからあまり気に病んで欲しくはなかったんだけど、憧れの人が会いに来てくれるのは素直に嬉しかったよ。
彼女は僕のために街の魔道具屋で義足を作ってくれすらしたんだ。
僕の稼ぎじゃ絶対に買えない代物だよ。
だから断ろうと思ったけど、ルーファさんに是非にと言われて結局受け取った。
初めて義足を付けた日、久し振りに2本足で歩くのはやっぱり嬉しかったね。
それからルーファさんは僕のリハビリにも付き合ってくれた。
街の中から街の外まで、いろんなところに付き添ってくれたよ。
え?・・・デートかって?
うん、そうだね。
少なくとも僕にとってはリハビリじゃなくてデートだった。
いろんなことを話したよ。
お互いの子供の頃の話とか、好きな食べ物の話。
ルーファさんが冒険者を目指すきっかけとなったご両親の事件のこととかも。
そして、僕は思い切ってプロポーズしてみたんだ。
うん、分かってる、いろいろ順番がおかしいことはね。
でも僕も必死だったんだ。
そして、一旦は返事を保留されたんだけど、最終的に彼女は僕の求婚に笑顔で頷いてくれたんだ。
人生で最高の瞬間の一つ。
それにしても、こんな僕のどこに惚れてくれたんだろうね?永遠の謎だよ。
結婚を承諾してもらった後、僕たちは直ぐにスレイプニル様の神殿で簡単な結婚式を挙げたんだ。
参列していたカリーアさんが涙を流して祝福してくれたのを覚えてる。
良く利用してた食堂のパニアおばさんやティーゴおじさんもルーファの親代わりとして来てくれた。
ティーゴおじさんには、ルーファを幸せにしないとぶっ殺すって凄まれたっけ。
あの人、ルーファのことを本当に実の娘同然に思ってるからさ。
そして結婚後、僕たちは僕の故郷であるボーニス共和国に移住した。
僕の生まれた村にはまだ両親が住んでたし、義足のお蔭で普段の生活に支障はないとは言っても、足の不自由な僕に出来る仕事はバンフェンには無かったから。
それで故郷に戻ったんだけど、大騒ぎだった。
あのちんちくりんのゼドルが美人の嫁さんを連れて帰って来たー!ってね。
子供の頃の友人に頻りに羨ましがられたよ。
中には僕をいじめてた奴もいたから、ちょっと気分が良かったね。
両親も当然喜んでくれたよ。
両足を失った僕を見て絶句してたけど、温かく迎え入れてくれた。
村では畑を耕しながら、狩りをして生計を立てた。
義足で狩りは無理だと思われるかもしれないけど、ルーファからスレイプニル様の獣化魔法の手ほどきを受けていた僕は、多少は身体能力を向上させることが出来ていたんだ。
この僕が、あの獣人憧れの獣化魔法を使える様になるなんてね。
本当にびっくりしたよ。
勿論、ルーファには遠く及ばないんだけど。
一方で、ルーファは結婚後に冒険者を引退したんだけど、僕の仕事を手伝いながら、偶に近隣の村々の害獣討伐依頼なんかもこなしていた。
だから、生活には余裕があるくらいだったね。
そしてそんな幸せの絶頂にいる僕に更なる幸せが舞い込んできた。
―娘のアスナが生まれたんだ。
人生で最高の瞬間パート2だ。
親って皆そうなのかもしれないけど、生まれたアスナを見て僕も思ったね。
地上に天使が舞い降りた!って。
ルーファはアスナを強い子に育てようと厳しくしてたけど、僕はとことんアスナを甘やかしてたから、よくルーファには怒られたよ。
でも、しょうがないだろ?こんなに可愛いんだからさ。
僕はアスナが走れるようになると、良く狩りに連れて行ったんだ。
僕からアスナに教えてあげられることなんて、弓の使い方ぐらいしかなかったからね。
でも、そこは流石あのルーファの血を引くアスナだった。
父親としての威厳とか別に気にしたことは無かったけど、自分の身体の何倍もあるイノシシを簡単に仕留めるアスナを見て、ああこれはすぐに追い抜かれるなって思ったよ。
それに、狩りの腕前だけじゃない。
アスナはルーファに似て綺麗な子だし、性格も優しい。
ルーファに厳しく躾けられてるから礼儀正しいし、すぐに村のアイドルになったよ。
村長のカムジや雑貨屋のベルが、アスナにしょっちゅうお菓子をあげてたっけ。
お菓子は高価だから有り難いんだけど、虫歯も心配だったね。
そんな、ルーファとアスナを中心にした、僕の最高に幸せな生活。
・・・でも、それも突然終わりを告げることになった。
それは、近くの街から来た伝令が始まりだった。
内容はこうだ。
ステルベニア聖王国軍、ボーニス共和国の首都を制圧。
その知らせに、村は大騒ぎになった。
当然だ。
隣国のステルベニア聖王国がどんな国かは皆知っている。
僕たち獣人を含む亜人全体を蔑視する人間至上主義の国。
そんな国が僕たちの国に攻め入っているんだ。
この後、僕たちがどんな目に遭うか容易に想像できる。
僕の村も約半数が亜人だったし、人間の村人もステルベニアの支配なんて真っ平御免だっていう人たちだった。
すぐに防衛の準備を進める村人。
国から村に派遣されている警備兵と村の有志による自警団で、ステルベニアの軍を迎え撃つつもりだった。
首都が制圧されたとはいえ、ボーニス共和国には亜人で構成された強力な部隊が各都市に常駐している。すぐに首都奪還作戦がとられるものと思っていたんだ。
・・・でも、僕たちの予想は甘かった。
各都市に常駐している部隊は各個撃破され、街や村々もステルベニア軍に次々に蹂躙されていった。
そしてとうとうそれは僕たちの村にもやって来た。
近くにある街を襲ったステルベニア軍の大隊が近付いて来ているという情報を受けて、村に立てこもる僕たち。
でも、そんな僕たちの貧弱な抵抗をあざ笑うかの如く、ステルベニア軍は一気に村に雪崩れ込んできた。
首をはねられる男たち、犯される女たち、火炙りにされる老人たち。
僕たちを、アスナを逃がす為に、僕の両親も、親しい友人も、皆犠牲となった。
ルーファは両親や友人を置いて逃げることを良しとせず、自分も戦うと主張したけど、両親に諭されて諦めた。
アスナを無事に逃がしなさいと。
いくら凄腕の冒険者だったルーファでも軍隊には勝てない。
多勢に無勢だ。
僕は狩りで培った土地勘を活かし、ルーファとアスナを連れて必死で逃げた。
それが僕の精一杯だったんだ。
逃げ込んだ先の森の中で僕はルーファに言う。
「ここからは一旦アスナと二人で逃げるんだ。・・・僕は村に戻る」
「そんなっ!私も戦います。あなた一人じゃ無理です!」
ルーファは何を言っているのかと僕に反論してくる。
当然だ。僕は弱いからね。
「大丈夫。ルーファとアスナが逃げ切れるように、ちょっとあいつらを攪乱してやるだけさ。すぐに合流するよ」
「お父さん、一緒に逃げないの?」
アスナが僕を見上げながら心配そうに手を握ってくる。
「大丈夫さ、アスナ。お父さんの忍び足のスキルが高いの知ってるだろ?お父さんは強くはないけど、あんな鈍間な連中に見つかったりしないさ」
「ホント?約束だよ?」
「ああ、約束だ」
アスナの小さな手を強く握り返す僕。
ごめんよ、アスナ。お父さんは嘘をついた。
アスナにつく、最初で最後の嘘。どうかお父さんを許してほしい。
ルーファには僕の覚悟が分かっているんだろう、涙を流しながら抱きしめてくる。
そして熱い口づけ。
僕もルーファを強く抱きしめる。
僕の最愛の妻。
しゃがんでアスナも強く抱きしめる。
僕の一番の宝物。
―妻と娘を守るためなら、僕は何だってしよう。
そして、僕はステルベニア軍の大隊の前に、一人で立っていた。
「なんだぁ?猫人か?・・・けっ、女なら楽しめたのに、男じゃねか」
「あの足は義足か?じゃあ、奴隷としても売れねえな、殺しちまおうぜ」
「ちぇっ、この村には評判の美人がいるって噂だったんだがなぁ、逃げたのか?おい、お前、美人に心当たりねえかぁ?」
それ多分僕の妻のことですね。
完全に僕を侮っているステルベニア軍の兵士たち。
当然だろう。
目の前に立つのはひょろっとした猫人にしか見えない虎人で、しかもその足は義足だ。
千人はいる兵隊の前に僕一人。
彼らに僕を恐れる理由など何一つない。
でもね、僕はもう何だってするって決めたんだよ。妻と娘を守るためにね。
だから・・・。
「だから、神様お願いです。どうか、僕に力を与えてください。この弱くちっぽけな僕に妻と娘を守る力を。僕の命の全てを捧げます!この魂の一欠けらまで全て!だからどうかお願いです、スレイプニル様!どうか、僕に力をっ・・・!」
獣化魔法を発動させる僕。
限界まで使ったって、精々人並みに走る程度しか身体強化できない僕の獣化魔法。
でも、この時は違った。
「・・・その願い聞き届けよう、ゼドルよ・・・」
僕の中に声が響く。
強大で恐ろしく、それでありながら同時に全てを包み込む優しさも感じさせる厳かなその声。
同時に僕の身体が変化する。
細かった腕や足がどんどん太くなり、胴体もミチミチと音を立てながら着ていた革鎧を圧力で弾き飛ばす。
身長も2メートル、3メートルとどんどん大きくなっていく。
いつの間にか失ったはずの膝下も再生されていた。
目の前の兵士たちの顔が驚愕に彩られるのが分かる。
そして暫くすると、僕は兵士たちをだいぶ下に見下ろしていることに気付いた。
そこに立つのは全高6メートルを超える二足歩行の虎の怪物となった僕。
兵士たちは声も出せず、馬鹿みたいに口を開けている。
「ゴオオオオオオァァァァァァァ!!!!」
僕の口から出る、聞いたこともないような咆哮。
慈悲など与えない。
お前らは僕の家族と友人を殺した。
そして、僕の妻と娘を傷つけることなど、絶対に許しはしない。
恐怖に固まる兵士たちに、僕はその腕を振り下ろした。
―その日、聖王国王都に衝撃の報告が届くことになる。
地方都市を襲撃するついでに近隣の村に立ち寄っていた軍の一個大隊が壊滅したというのだ。
それも、たった一人の虎人の男によって・・・。
千人からいた大隊はその虎人を倒した際には数十人を残すのみになっていたという。
その影響で近隣の村々の抵抗が激しさを増しており、報告書には本国からの増援を要請する嘆願書も同封されていた。
また、その報告書には記載されていなかったが、軍に命じられその虎人の遺体検分を行った地元の神官の報告もここに付記しておく。
―“当該虎人の肉体にはその小ささ以外に特筆すべき特徴無し。ただし、その死に顔は・・・とても安らぎに満ちている。”
ゼドルの戦い 完
ルーファ、アスナ。
幸せになってね。
僕は天国からいつまでも君たちを見守っているから。
・・・って、あれ、ルーファ、一瞬こっちに来なかった?
ス、スレイプニル様ぁー!妻がー!・・・え?カグヤ様が追い返した?
・・・ふぅ、びっくりした。
ゼドルの戦い 完・・・?