第30話 真一郎と初めての討伐依頼
「俺はピーデックだ。このパーティのリーダーをしている。戦士 兼 盾職だ。」
シンの目の前には3人の男女。
中でも飛びぬけて体格の大きい男が自己紹介しながら右手を差し出してきた。
ギルドマスターからの話があった次の日。
シンたちは待ち合わせ場所であるバンフェンの街の南正門に来ていた。
シンたちが最初に入って来た正門であり、今日は警備兵として仕事中のカリーアもいる。
「シンだ。こっちはクーネ」
基本的に挨拶ということが出来ないクーネの代わりにシンが返答する。
クーネはフードを目深にかぶり、大男の自己紹介を聞いても一切の反応を示さない。
それを横目に、シンが大男ピーデックの両端にいる人物に目を向ける。
それに気付いたように、右隣に立っていた少年が挨拶をしてきた。
「僕はポーリスです。見ての通り魔法使いですね、よろしくおねがいします」
背は成人男性にしては少し低いくらい。
ローブ姿の人間の少年だ。
魔法用のロッドらしきものを持っている。
握手のために差し出して来た華奢な手を握り返しながら、なるほどいかにも魔法使いっぽいなと妙な納得をするシン。
「アタシはディディ。アタッカーの魔法剣士よ。見てわかると思うけど、豹人族。よろしくね」
左隣の少女も続けて自己紹介してくる。
美人だが精悍な顔つきで、成長したら男前になりそうだなと失礼なことを考えるシン。
少女はルーファたちと違って尻尾を服の外に出しており、細く形のいい尻尾が喋るたびのリズムよく揺れている。
豹人には握手の文化はないのか、手は差し出してこない。
「ああ、よろしく。ちなみに俺たちは二人とも魔法剣士だ。役割分担は・・・特に決まってないな」
「ふーん、そう。・・・ねえ、あんた、挨拶するならフードくらいとったらどうなのさ?」
ディディと名乗った少女がクーネに向かって不機嫌そうに言う。
挨拶をしているのに反応を返さず、フードすら脱がないクーネが気に障った様だ。
「クーネ」
「・・・はあ、面倒ね・・・」
シンの呼びかけに、文句を言いながらも言われた通りにフードを脱ぐクーネ。
その瞬間、目の前に立っていた三人の時間が止まる。
-----なんと言うか定番になりつつあるな、この光景も。確かにクーネは美少女とは思うが、ここまで衝撃を受けるもんかね?俺が美人に慣れているだけか?
このシンの推測は当たっている。
前世でも美人の家族に囲まれていたシンは、美人というものに対しては耐性が出来ており、リディルやクーネと言った絶世の美人に見つめられても必要以上にドギマギする様なことは無かった。
「シンが言った通り、私はクーネよ。で、他に何か?」
「い、いや・・・よろしく」
ディディが辛うじてそう答えたが、大男と少年は顔を赤くしたまま口を開けて固まっている。
それに気付いたディディが後ろ側から二人の背中を殴りつける。
「痛っ!・・・あ、その、お二人は魔法剣士なんですよね。確かにその剣は一流のものとお見受けしますが、鎧は何故着てらっしゃらないんですか・・・?」
ディディの一撃で現実へと戻って来たらしい魔法使いのポーリス少年が、シンに聞いてくる。
今回の討伐依頼に当たって、シンとクーネは腰に剣を差して来ていた。
いつもと違って、シンはリディルから貰った予備の普通の剣を用意した。
クーネにも同じ型のものを渡してある。
これらは以前ルーファに渡した一振りとほぼ同じ作りのもので、魔法は付与されていないが相当の業物であることは確かだ。
魔導師セオドア作の魔導剣については今回はストレージバッグに仕舞ってある。
余りに高価すぎる装備のためトラブルのもとになりかねないとルーファに忠告を受けたのだ。
シンとしても剣術がからっきしの自分が使うのもどうかと思っていたので、これをきっかけとしてある程度剣術を覚えるまでは封印するつもりだった。
実際のところ、予備の剣でも十分に高級品ではあるのだが。
そんな、普段3人が見かけることが無い様な上等な剣を腰に差しているシンとクーネ。
しかし、その身体に鎧は一切身に着けていない。
冒険者からすれば奇妙な光景だ。
だが、これはシンとクーネからしたら当然のことだった。
二人は人間に見えるが、ゴーレムとドラゴンなのだ。
二人を傷つけられる攻撃など中々存在しないだろうし、もし二人の皮膚を切り裂く攻撃があったとするなら、そもそも普通の鎧など付けていても無意味だ。
-----まあ、着るのが面倒ってのが一番の理由なんだが。そんなことを言ったら、怒られそうだな。
三人の装備を観察するシン。
大男ピーデックはプレートメイル姿で、背中にはフルフェイスの兜とクーネの身体が全部隠れそうなほど大きい盾を背負っている。
盾職と言っていたから、その名の通りパーティの盾役なのだろう。
腰にはグレートソード。
普通なら両手持ちの代物だが、ピーデックは片手でも扱えそうだ。
魔法剣士の少女ディディはブレストプレートを着て、腰にはエストックを差している。
豹人のしなやかさを活かした戦いをするためにあえて軽装なのだろう。
そして最後。
ポーリス少年であるが、魔法使いの彼でさえもしっかりと革鎧を着ていた。
その上からローブを着ている形だ。
-----なるほど。魔法使いでも鎧を付ける世界か。考えてみれば当たり前だな。大して防御力があるわけもないローブしか装備できないゲームの中の魔法使いの方がおかしいんだ。
そんな風に三人の観察をしていたシンの横から、クーネがどうでも良さ気に言ってくる。
「鎧なんて要らないわよ。面倒くさい」
シンが言うのを躊躇った理由をあっさりと三人に告げるクーネ。
「はあ?な、何を言ってるのさ!あんた、それは自信過剰ってものよ!あんたがやられて迷惑するのはこっちなんだよ!?」
その言葉にディディが噛み付く。
しかし、その返答はクーネからではなくディディの後ろから返って来た。
「その二人は良いんだよ」
突然後ろから声を掛けられて振り返る三人。
そこに立っていたのは、昨日クーネと戦ったベテラン冒険者、グラウベールだった。
「グラウ兄ぃ!」
「グラウ兄さん!」
三人の声が重なる。
シンは当然近付いてくるグラウベールに気付いていたが、三人も知り合いだった様だ。
「よお、グラウベール。調子はどうだ?」
シンが気軽に声を掛けると、グラウベールは笑顔を返す。
「はは、ありがとう。昨日は流石にショックだったが、上には上がいるということを知ることが出来た。俺にとっても大きな収穫だったよ」
爽やかな笑顔で前向きなことを言うグラウベール。
-----無理をしている風ではないな。新人に一蹴されても腐らないとは。なるほど、こいつは本当に出来た人間みたいだな。
シンは密かに感心する。
「グラウ兄さん、この二人と知り合いなの?」
思わぬ形でグラウベールから声を掛けられたディディが訝し気に聞いてくる。
「うん?そうか、お前たちは昨日の夕方にバンフェンへ帰って来たんだったな。・・・その二人は大丈夫だ。俺が保証する。だからディディも矛を収めてくれ」
「え・・・、は、はい」
兄さんと呼んでいるだけあって尊敬しているのか、グラウベールの言葉ににディディは渋々ながらも納得する。
それを見ていたポーリスは、一体どういう関係なのかと聞くようにシンに目を向けてくる。
ちょっとした知り合いだとシンは軽く返した。
-----知らないんならわざわざグラウベールがクーネに負けたことをここで教える必要も無いか。グラウベールを慕ってるみたいだし。まあ、その内耳には入るだろうが。
「お前たちもグラウベールと知り合いだったんだな」
シンは話題を変える様に質問をする。
「グラウ兄さんは、同じ村の出身なんです。僕たち三人は同じ村で育ったんですが、小さいころには三人ともよく遊んでもらいました」
ポーリスが答える。
「グラウ兄さんはうちの村でも、ピーデックのお父さんに次ぐ出世頭よね。なんてったってランクDだもの!」
ポーリスがシンの質問に答えると、誇らしげにディディが続けた。
それを受けてシンがグラウベールに目を向けると、グラウベールは恥ずかし気に苦笑する。
「俺たちは辺境の村の出身でね。街に出ただけでも、出世扱いなのさ」
「わっはっはっは、何言ってんだよ、グラウ兄!ランクDだぜ?ランクCだったうちの親父まで、あと一つじゃねえか!」
グラウベールの態度が、謙遜だと思ったのだろう。
ピーデックが豪快に笑いながら言う。
「その一つの壁が大きいことを実感している今日この頃なのさ・・・。まあ、それは良い。分かっていると思うが、今日俺は判定員としてここに来た。とは言え、お前たちの合格はもう決まっている。冒険者カードも既に発行されているしな。だから、俺のことは判定員と思わず、パーティの仲間と思ってくれ。そもそも志願者の知り合いが判定員になる時点で、今回の実施試験は有名無実のものだ。お前たちはただこの依頼を無理せず、無事に遂行してくれ」
シンとクーネを含めた5人、特に同じ村出身の3人に言うようにグラウベールが告げる。
そこに女性の声が補足するように言う。
「そうですね。皆さんにとっては初の依頼で、しかも討伐依頼です。皆さんの戦闘能力を疑ってはいませんが、慢心が思わぬ事故につながります。決して無理はしないようお願いしますね」
ルーファだ。
シンが頼んでいた馬車の準備が終わったらしく、こちらに歩いてくる。
「シン様、馬車の準備完了致しました。今は組合職員が食料を積み込んでいます」
「ああ、ありがとう、ルーファ」
そんなシンの傍に立つルーファを見ながら、グラウベールが嬉しそうに声を掛けてくる。
「ルーファさん!今回の依頼、ルーファさんとご一緒出来て光栄です!」
笑顔が元々似合う男ではあるが、その笑顔が一層輝いている。
-----憧れの存在と会って、恋心に変わったか?年もそう変わらないんだろうし。でも、ルーファは当分そんなことは考えられないだろうな。ま、適度に頑張れよ、グラウベール。
心の中で力の入っていないエールを送るシン。
「ええ、こちらこそよろしくお願いします」
一方で、そんなグラウベールの思いなど知らないルーファは形式的に返答するにとどめた。
今日のルーファは昨日までのローブ姿ではなく、鮮やかに輝く銀のブレストプレートに身を包んでいる。
ミスリル製の鎧だ。
昨日の実技試験後、クーネの要望通りに食堂巡りをした一行は、その合間に鍛冶屋に寄っていた。
ルーファに鎧を買うためだ。
ギルドマスターから言われた討伐依頼を受けるにあたり、自分たちはともかくルーファには装備が必要とシンが考えたのだ。
代金は盗賊から奪ったお金と旅の途中で狩った魔物の魔核や素材で賄った。
特にキマイラの素材は高く売れたので、どうせだからと高級な鎧を買うことにしたシン。
ルーファはそれを受け取る資格など助けてもらった自分にはないと主張したが、シンが半ば命令する形で受け取らせた。
またアスナを悲しませるのか?そう言われたルーファは頭を下げながら素直に受け取った。
腰にはシンが貸しているリディルから貰った剣。よく手入れされている様で、細部まで綺麗に磨かれている。
-----俺としてはあげたつもりなんだが、ルーファはただ借り受けているだけとか考えてそうだな。殿様と家臣じゃないんだから。侍か、あいつは。
ちなみに、その鍛冶屋ではシンの魔導剣を巡ってひと騒動あった。
その剣を見た鍛冶師が、並んでる商品を全てタダにするから是非譲って欲しいと言ってきたのだ。
やはり見る人が見ればその異常なほどの性能が分かるのだろう。
シンは、恩人からの預かりものだと言ってきっぱりと断ったのだが、鍛冶師は未練たらたらの様子だった。
「さあ、そろそろ出発しよう!皆、馬車に乗り込んでくれ。御者は志願者全員で交代に担当してもらう。ルーファさんは馬車へ、俺は警戒も兼ねて馬で馬車に追随する」
組合職員から食料積み込み完了の知らせを受けたグラウベールが皆に声を掛ける。
ルーファの前だからか、妙に張り切っている様だ。
颯爽と馬(こちらもシンが用意したものだ)へと飛び乗る。
「クーネ様、シン様。お二人の御者担当分は私が代わりに・・・」
シンたちの後ろに立つルーファが言ってくる。
「いや、それは駄目だ。形だけとはいえ試験、俺たちもちゃんと御者をやるよ。クーネ、いいな?俺が教えるから御者担当するぞ」
「面倒ね・・・、分かったわよ」
妙な依怙贔屓は後に禍根を残しかねない。
他の志願者もいる手前、出来ることは全て自分でやるつもりだった。
「気を付けて行ってきな。シンやクーネなら心配ないと思うがね。ルーファもブランクがあるんだから突っ込み過ぎるなよ」
「お母さん、シンお兄ちゃん、クーネお姉ちゃん、怪我したりしないでね?」
見送りのためにシンたちを遠巻きに眺めていたカリーアとアスナが声を掛けてくる。
討伐依頼期間中、アスナはパニアの宿に預けていく予定だ。
昨日の夜その話を聞いたアスナは、少し寂し気な表情を見せながらも宿の手伝いをすると随分と張り切っていた。
「ああ、気を付けるよ」
「大丈夫よ、安心しなさいアスナ。すぐに片付けて帰って来るわ」
「アスナ、パニアおばさんをちゃんと手伝うんですよ。カリーア、あとのことはよろしくお願いします」
三者三様に答えるシンたち。
そして冒険者志願者たちを乗せた馬と馬車はゆっくりと西の街道へ向けて出発した。