第2話 真一郎と黒光り
「・・・なんだよ、これ」
繰り返し、吐き出すように同じことを口にする真一郎。
真一郎は再び混乱の中にいた。
自分という意識の消失。それを覚悟して光に飛び込んだというのにまだ意識がある。
それどころか、先程までは無かったはずの肉体の存在すら感じられる。
自分は死んだはずだ。何もかも消えてしまうはずではなかったのか。
この無機質で真っ白な病室っぽい部屋が一体どこなのか皆目見当がつかない。
そして、極めつけは目の前に浮かんでいる光だ。
さっきからこの光が言っている(?)ことが全く理解できない。
いや言葉自体は理解できている。意図している内容がさっぱりなのだ。
-----ミスリル?魔力フィールド?リアクター?・・・なんだよそれ。
先程から女性の声は専門用語らしきものを羅列している。
日常生活では決して耳にしないような言葉ばかりだったが、真一郎にはその言葉の意味は何となく分かった。
生前、心臓病の影響から部屋で過ごすことが多かった真一郎は、よく小説を読んでいた。
ロボット工学者である父の影響でSF小説を読むことも多かったし、ファンタジー小説等も好んで読んだ。
人並み以上にゲームや漫画にも触れている。
だからもちろん知っている。
ミスリル、フィールドやリアクター、そして魔力という言葉が何を指すか。
そして更に常識として知っている、・・・ミスリルや魔力なんてものは現実には存在しないということを。
だが目の前の光ははっきりと言った。・・・ミスリルと。魔力と。
-----いや、何を言ってるとかはこの際どうでもいい。それ以前にこの喋る光は一体何なんだよ。
台の上の文様は魔法陣か何かだろうか?そこから浮かび上がってきた光は、真一郎の目の前を点滅しながらフワフワと漂っている。
-----明らかにさっきからこいつが喋っていたよな?光が喋るってどんなファンタジーだよ。でも・・・これを拡張型現実か何かの一種と捉えるにしては、感覚がリアル過ぎるしな。
光が話しているように見せることも技術的には可能だろう。
実際、真一郎が生前に行ったアミューズメントパークでそんなアトラクションがあったのを記憶している。
しかし、目の前の光がそういったものとは思えない。
さっきから真一郎の中の何かが、これは間違いなく現実であると強く訴えてくる。
これは作り物などではないと。
-----本当に光が喋ってるとしてだ・・・こいつの目的は何だ?さっきから俺の目の前でピカピカ光っている割に、俺に話しかけてきているわけじゃなさそうだし。
真一郎が光の目的について思考を巡らせたその時、光が点滅しつつ再び話し始めた。
「歓迎します、異世界からの訪問者よ」
「なっ!」
今度は明らかに真一郎に向かって話しかけている。
-----異世界、そして訪問者・・・だと?。
光が発した短い挨拶。
しかしそこには真一郎を混乱させるに十分な情報が含まれていた。
-----まさか・・・まさか、そういうことなのか?
今はもっと情報が必要だ。驚いていても何も解決しない。真一郎は光と会話を試みることにした。
「あー、異世界からのって言ったな?それはつまり、ここは俺にとって別の世界ってことか?」
「肯定します」
光から発せられる短い答え。
「・・・くそっ、死んで異世界へ転生って、テンプレにもほどがあるだろ。・・・お前は俺の事情を知っているのか?」
「部分的に肯定します」
「俺について知っていることを教えてくれ」
「個体名、シンイチロウ・クガ。神機起動に当たり、ワールドコード1792404011の異世界からその魂を召喚」
「やっぱりお前が俺を呼び寄せた張本人なのか」
「肯定します」
悪びれもせずはっきりと断言する光に真一郎は呆れる。
「なんでわざわざ異世界から・・・」
「確認されている全ての異世界を含め、その中で神機適合体を見つける確率は、約5800那由他分の1です。同一世界上での発見は不可能と判断しました」
「那由他って・・・そんな単位を会話で使うやつ初めて見たよ。・・・で、そのとんでもない確率を乗り越えて、俺が今ここにいると、そういうわけか?いっそ不可思議や無量大数じゃなかったことを幸運に思うべきか?」
「質問の意図が不明です」
真一郎の揶揄するような問いかけに気分を害した様子もなく光が答える。
「いやいい、気にするな。で、そのジンキ?とやらに俺が必要だから呼び寄せたと?」
「肯定します」
「・・・なんでこっちの都合を考えずに呼んじゃうかね」
この光は勝手に人を呼びつけて、しかも何かしらの仕事をさせようとしているわけだ。
呼ばれる方の迷惑は考慮外なのだろうか。
あまりに勝手な考え方に真一郎は呆れてしまう。
「その世界で生を終える魂の中から選別しました。二度目の生を与えることで不満や不都合は解消されると判断します」
「なるほどね。確かに、大抵はセカンドチャンスってことで喜ぶとは思うけどな。だけど、人によってはいろいろ事情があるだろ。必ずしも感謝されるとは言えないんじゃないか?」
人生に疲れきっていた人とかだったら、どうする気だったんだよと思ってしまう。
「可能性の高い手段を選択しました」
「つまり低い確率の事象は無視かよ」
機械的な口調で答える光、おそらくは女性だろう存在に突っ込みをいれる真一郎。
しかし、光はそれを取り合う気は無い様だった。
諦めた真一郎は話を先に進めることにする。
「・・・で、そのジンキって何だ?どこにあるんだよ?」
「既に神機と魂の融合は完了。起動を確認済みです」
「へっ?」
きっと目の前に鏡があったらかなり馬鹿っぽい顔を拝めたに違いない。
そう確信させるほど、真一郎は呆けた声を上げる。
「って、まさかっ!」
急いで自分の身体を確認する真一郎。
―先ずは手だ。・・・黒光りしている。
―次にお腹。・・・同じく黒光りしている。
―そして最後に足は。・・・やはり黒光りしている。
「か、身体が黒光りしてるー!」
真一郎の見下ろすその先、そこには鈍く光る金属製の身体が存在していた。