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第21話 真一郎と獣人の宿屋


「パニアおばさんっ!」


「ルーファ・・・ルーファじゃないか!あ、あんたぁ!ルーファが帰って来たよぉ!」


ルーファに案内された宿に入るなり、ルーファと宿にいた太った年配の女性が声を上げる。

この宿の女将だろう。


そのまま二人は駆け寄り、抱きしめ合う。


「よく、よく無事で。・・・ボーニス共和国があんなことになったろう?冒険者として優秀だったルーファでも、もう駄目なんじゃないかと・・・、ううぅぅ」


女性が涙を流しながらルーファを抱きしめる。

ルーファより頭一つ以上背が低いが、横幅はある恰幅の良い女性だ。


「何とか戻って来ることが出来ました、パニアおばさん。・・・アスナ!」


ルーファに呼ばれたアスナが二人に近付いていく。


「えへへ、初めまして。アスナですっ!」


女性に元気よく挨拶するアスナ。


「あら、可愛いねぇ。ルーファの小さいころにそっくりだ!あんたの娘だね!アスナか、良い名前じゃないか」


そう言いながら、アスナも抱きしめる女性。

その感触を確かめる様に暫くアスナの頭を撫でた後、ルーファに顔を向けて聞く。


「ゼドルの坊やは・・・・・・そうかい、残念だよ」


ルーファの表情から察したのだろう。

アスナをぎゅっと抱きしめながら、女性が涙を流す。


-----ルーファの旦那、ゼドルと言うのか。この街で出会ったようなことを言ってたから、この女将とも知り合いだったんだろうな。


シンがその光景を見つつ、そんなことを考えていると、宿の奥から男性がどたどたと飛び出してくる。


「ルーファ?ルーファだって!?ど、どこだ!?」


その場に飛び込んできたのは初老の男性。

しかしその体格は年齢を感じさせないほど大きく且つ引き締まっている。

頭頂部についている耳から判断して獣人・・・おそらく虎人だろう。


女性は人間だから、獣人と人間の夫婦の様だ。


「ティーゴおじさん!」


ルーファが虎人の男性に抱き着く。

男性も娘を抱きしめる様に愛おしそうにルーファを抱きしめ返した。


「おおー!ルーファぁぁぁ!よく無事でぇー!うををををを!」


豪快に泣き始める男性。

宿中にびりびりと響くほどの泣き声だ。


「ったく、男がぴーぴー泣くんじゃないよ、情けない!」


女性が自分自身も涙を流しつつも、男性を叱りつける。

まだアスナを抱きしめたままだ。


「だってだなぁ、ルーファだぞ!?ルーファが無事戻って来たんだぞぉ!?」


男性もルーファを抱きしめつつ女性に言い返す。


「うふふ、ありがとう、ティーゴおじさん。私も二人にまた会えて嬉しいです」


ルーファの言葉にさらに涙を流す男性。

ふと女性の抱きしめるアスナに気付いたのか、今度はそちらを抱きしめながら更に泣き始めた。


「もう!デカいなりして、昔っから泣き虫なのは変わらないんだからね、この人は!」


女性が呆れた様に言った。



虎人の男性が落ち着いた後、ルーファは二人をクーネとシンに紹介してくれた。


男性は虎人のティーゴ、女性はその妻で人間のパニア。

ルーファが子供の頃から、二人で宿屋を経営しているとのことだった。


二人の宿屋は木造二階建ての綺麗な建物だ。

亜人の利用が前提なのか天井は高く造られており、奥行きもあって部屋数もかなり有りそうな建物だ。


一階にはロビー以外にも食堂が併設されており、宿泊客以外にも開放されている。

当時まだバンフェンに実家があったルーファは宿に泊まることは無かったが、良く家族でこの食堂を利用しており、真面目な性格のルーファは二人に実の娘のように可愛がられたらしい。


「そうか、ゼドルの奴は・・・。あいつは俺と同じ虎人族の割に小さい体格だったが、勇気は人一倍だったからな。お前たちを守るために勇敢に戦ったんだな」


ゼドルのことを思い出しているのであろう。

虎人のティーゴが遠い目をして言う。

その目からは再び涙が流れ落ちていた。


「はい。夫は、ゼドルは聖王国軍の部隊を一人で引き付けて・・・。そのお蔭でアスナと私は何とか逃げ出すことに成功しました」


「ゼドルの坊や・・・、自分の妻と娘を守るために頑張ったんだね。あの小さかった子が・・・。あたしがあの世に逝った際にはいっぱい褒めてやらないとね!」


人間の女性、パニアが微妙に縁起の悪いことを言う。


「それで、その後何とかバルノッテ王国に逃げ込むことが出来たんですが、その際に盗賊に襲われて。その時に助けて下さったのが、このお二人、クーネ様とシン様です。お二人ともこのバンフェンが目的地と言うことで、ここまで同行させて頂くことになりました」


「シンだ。こっちのフードはクーネ」


シンが二人に自己紹介する。


一方、宿に入ってもフードを取ろうとしないクーネは無言のままだ。

何か事情があるのだろうと考えているのか、ティーゴとパニアはそれを見ても何も言わない。


-----ただ生来の人見知りっぷりを発揮してるだけなんだろうな。まあ、いいけどさ。


シンがクーネを目の端に捉えつつそんなことを考える。


「おおっ!ルーファとアスナの命の恩人か!それは俺たちにとっても恩人ってことだ!ありがとう!ありがとう!!」


ティーゴがシンに近寄って来て抱きしめながら礼を言う。

少し暑苦しい。


「うちの旦那がごめんなさいね。こういう暑苦しいことしか出来ない性質なのよ。でも、あたしたちにとっても恩人ってのは本当よ。ありがとうね」


パニアがシンとクーネの手を握る。

クーネが困ったような表情をしていることがフード越しに察せられた。


「いや。気にしないでくれ、成り行きだ。・・・で、すまないが、今晩宿を取りたいんだが。ルーファたちも入れて4人。空いてるか?」


外に馬車も停めてある。早めに手続きを済ませたいシンだった。


「もちろん!他の客を追い出してでも空けてやるさ!」


-----いや、それは商売として駄目だろ。


パニアの豪快な物言いに、シンが心の中で突っ込んだ。



★★★★★★



「獣人と人間の夫婦か。このバンフェンでは異種族間の結婚は珍しくないのか?」


宿の部屋に入るなり、シンがルーファに聞く。


部屋はシン、クーネ、ルーファとアスナで、合計3部屋とった。


この世界では仲間なら男女同じ部屋に泊まるのが普通の様で、ルーファが不思議がったが、現代日本で育ったシンとしては恋人でもない女性と同じ部屋で休む気にはなれない。


クーネがルーファたちと一緒ではなく一人で一部屋なのは、シンの真似をしただけの様だ。

お金はあるし、パニアがタダ同然にディスカウントしてくれているので特に問題は無かったが。


今は今後のことの相談をするために、4人がルーファとアスナの部屋に集まっている。


アスナのローブを脱がしつつ、ルーファがシンの質問に答えた。


「はい。一般的とまでは言えませんが、珍しいことでもないと思います。バンフェンに住む亜人種は多いですが、その中でも特に獣人の数は飛び抜けてますから」


ルーファの話を聞き、南門からこの宿屋に来るまでのことを思い返す。

バンフェンの街は賑わっており、道を歩いていると様々な人とすれ違った。


革の鎧を着た冒険者風の男や鮮やかな色のローブを着た女性、揃いの鎧を着た警備兵たち、お使いなのか大事そうに荷物を抱える子供。


そしてその中には当然亜人もいた。

草色を基調にした服を着たエルフの女性や昼間から酒を飲んでいるのか赤ら顔のドワーフの男。


しかし、一番多く見かけた亜人は獣人だった。

細かく種族を分ければ犬人、猫人、狼人、虎人、熊人・・・と様々ではあったが、ルーファの言うように全体数はかなり多かったとシンも思う。


「なるほどな。・・・少し聞きにくいことなんだが、ルーファの夫、ゼドルと言ったか、虎人族なんだよな?・・・でもアスナにはその特徴があまりないよな?」


「えっ?特徴ですか?」


ルーファがシンの言葉に不思議そうに返す。


「お、俺、また変なこと聞いたみたいだな。すまん。・・・なんでアスナは虎人族っぽくないのかと思ってな」


アスナは明らかに狼人族だ。

ティーゴの様な虎人族の特徴は無い。


「い、いえっ!そういうことですか。・・・シン様、異種族間の結婚の場合、基本的に子供は母親の種族の特徴を引き継ぎます。絶対とは言えませんが、多くの場合でそうなります」


「へえ、そうなのか。ハーフで種族としての特徴が混ざるっていうことは無いんだな」


「はい。ですが、顔の作り等の種族以外の身体的特徴は引き継ぎますので、親子であることは分かります」


「そこら辺は普通の親子と同じか」


シンはアスナを見る。

顔はルーファと似ているが、所々ルーファに無い特徴もある。

父親に似たのだろう。


シンにじっと見つめられたアスナは恥ずかしそうに、何?と首を傾げた。

何も言わずその頭を撫でるシン。


「すまん、話が逸れたな。さて、これからどうするかと言うことなんだが」


「まず、夕食でしょ?」


クーネが当たり前のように言う。


宿屋入り口でのやり取りもあって、もう外はすっかり暗くなっている。

冒険者ギルドに行くのは明日になるだろう。


「いや、そういうことじゃ無くてだな」


ホーンラビットを食べて以降、妙に食い気の先走るクーネに呆れるシン。

しかし、クーネの言葉を受けて、ルーファが答えた。


「夕食はパニアおばさんが腕に寄りを掛けて作ると言ってました。クーネ様、パニアおばさんの料理は私など足元にも及ばないほど美味です、是非楽しみにされていてください」


「いや、だから、料理の話は後でだな・・・」


逸れたままの話を戻そうと口を挟むシンを無視して、ルーファの言葉を聞いたクーネが明るい声を上げる。


「ルーファよりも・・・それは楽しみね!お腹を空かせておかないと!」


「お前・・・食べる気満々だな。というか、お前にお腹を空かせる必要はないだろ。・・・って、そうじゃなくて、その前に今後のことをだな・・・」


諦めず話を戻そうとするシンだったが、アスナがその横で飛び上がって喜ぶ。


「わーいっ!美味しい料理っ!」


「・・・俺か?俺が間違っているのか?」


今後のことを真剣に話し合うつもりのシンだったが、一切自分の話を聞いてくれない3人のやり取りを見て、がっくりと肩を落とした。



★★★★★★



「さあさ、食べておくれ!うちの自慢の料理だよ!あ、馬たちにもちゃんと餌はやっているからね、安心おし」


夕食が出来たと呼ばれ、一階の食堂へと来た4人。


4人が座ると、パニアが大量の料理をテーブルに並べつつ言った。


シンたちの馬と馬車は宿屋の厩舎に入れてある。

別料金にはなるが、その世話も任せてあった。


「むむむ、これは美味しいわね」


置かれた料理を早速食べ始めたクーネが唸る。

食事時であるからか、流石にフードは脱いでいた。


夕食時と言うこともあり、周りには多くの客がいたが、男性客の熱を帯びた視線がクーネに注がれているのがわかる。

クーネの隣に座るルーファも美人だが、クーネには超が付く。

仕方のないことではあった。


「クーネ・・・せめて、いただきますはしようぜ」


しかし、そんな視線など全く気にせず黙々と食べ続けるクーネに、シンが呆れた様に言った。


初めてルーファの料理を食べた日以降、クーネは毎日三食を欠かさず食べている。

旅の途中ということもあり食材は基本狩りに頼っていたため、大量の肉と少量の野草で構成された食事ではあったが、ドラゴンのクーネには特に不満な様子もない様だった。


-----というか、ドラゴンだし基本肉食なんだろうな。健康に悪・・・いや、悪くはないのか。消化じゃなくて、体内ですべて分解されてエネルギーになるだけだし。


ある種単純ともいえるドラゴンの身体の仕組みを思い浮かべるシン。

しかし、その単純な身体の仕組みを模倣したのが自分のゴーレムの身体だ。

それに気付いて少し鬱になる。


「あはははー、クーネお姉ちゃんたらー。私もっ、いただきまーす!」


アスナが元気よくいただきますをした後、食べ始める。


その横ではルーファも小さな声でお祈りを捧げてから、目の前の肉料理をナイフで切り始めた。


この世界では食前には神への祈りを捧げることが一般的の様だったが、シンは元日本人としていただきますを貫いていた。

それに感化されてか、アスナもいただきますの挨拶を気に入って使うようになっている。


「じゃあ俺も。いただきますっと。・・・うおっ、こいつは美味しいな」


前世の母親の料理を思い出させる優しい味付けだ。

シンの箸、もといフォークが進む。


パニアの料理には多くの野菜と穀物が使われている。

ルーファの肉料理も美味しかったが、元日本人のシンとしては穀物を中心とした料理に安心感を覚えてしまう。


-----お、これは!


テーブルの真ん中にあったチーズをふんだんに使った料理を食べたシンは、心の中で喜びの声を上げた。


「ドリア・・・なのか?米が使ってあるな」


ホワイトソースの下にあったのは間違いなく食べ慣れたお米だった。


「おや、シンさんはそれがお気に入りかい?その穀物はね、東の端っこにある国から来ているものでラースというのさ。あまりここらじゃ一般的じゃないんだけど、あたしは新しもの好きでね。この国の料理と合わせてみたのさ」


少し誇らしげに言うパニア。

この国の主要な穀物は麦-ここではウィルトと呼ばれていたが-だ。

おそらく元々はラザニアのような料理があって、その材料のパスタをお米に変えてみたのだろう。


-----これは美味いな。・・・が、やはり日本人としては炊いただけの米も食べたいな。


シンはいわゆる白米を思い浮かべる。

この世界に来てまだそれ程経ってはいないが、白米が恋しくなるのは日本人としての性なのか。


しかし、米が手に入ることが分かった以上、それはいつでも可能だろう。

今はとりあえず、とドリアを黙々と食べ続けるシン。


「ちょっと!シン!それ、あたしにも残しておいてよね!」


「知るか!クーネも他のを大量に食ってるだろうが!」


「お、お二人とも、料理は追加で注文できますので」


食べ物のことで喧嘩を始める二人をルーファがおろおろと宥める。


「あはははは。気に入ってくれたようで何よりだ!どんどん食べな!じゃんじゃん作るからね!」


パニアの豪快な笑い声が夜の食堂に響いた。


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