第20話 真一郎と警備隊長
「いやー、参ったよ。8年ぶりの再会を喜び合ったと思ったら、クーネ様とシン様の手続きを早くしなさい!の一点張りだからな。勇者様を後回しにしろって。こっちは共和国のことでルーファを死ぬほど心配してたっていうのによ。かはは、参っちまうよ」
大柄な女性が肩を揺らしながら笑う。
勇者が街に入って落ち着きを取り戻した壁の外には、また街に入るための列が作られていた。
しかし、シンたち一行は既に入り口で手続きに入っている。
勇者騒動で列が無くなった結果だ。
シンたちは他の人々が勇者にかまけている間に、悠々と列の一番先頭に陣取り、手続き再開と共に受付に向かったのだ。
「ああ、なんかすまないな。ルーファは俺たちに気を利かせてくれただけなんだ」
「かははは、分かってるよ。こいつは昔っから真っ直ぐ過ぎるくらい真っ直ぐで、冒険者時代にパーティを組んでた時も良く口論したもんさ。懐かしいね」
女性がシンの後ろに立っているルーファを見つつ笑う。
心から嬉しそうな笑みだ。再会できたことを本当に喜んでいるのだろう。
それを見てか、ルーファはばつの悪そうな表情を浮かべて言う。
「私もカリーアと再会できて嬉しいです・・・本当に」
今シンと話している女性はこの街の正門の警備隊長で、ルーファの幼馴染でもある人物だ。
名前はカリーアと言う。
女性の身でありながら正門の警備隊長とは凄いと感心するシンだが、目の前の人物を見ていると、それは当然のことのようにも感じられる。
何故なら、目の前の女性はゆうに2メートルを超える体格をしていた。
腕も足も筋肉で引き締まってり、その体格がただの見せかけでないことを教えてくる。
しかし、アンバランスな点が一つ。
-----なんでこの男顔負けの引き締まった体格で、すっげー美人なんだよ。
そう、シンの心のつぶやきにもある通り、このカリーアという女性はその逞しい体格にもかかわらず、かなりの美形であった。
少し丸みを帯びた顔に、はっきりとした目鼻立ち。
太めの眉が意志の強さを感じさせる。
髪型は動きやすいようにかベリーショートとなっていたが、女性の美しさを損なうものではなかった。
そしてそのベリーショートの髪の毛の上、そこには丸みを帯びた耳が二つ。
-----熊の獣人か。
種族は違うようだが、女性はルーファと同じ獣人だった。
「それで、カリーア。取り敢えず手続きを進めて貰えますか?」
思い出話でも始めそうな雰囲気のカリーアをルーファが急かす。
「へいへい、8年ぶりに再会した親友にもその態度、実にお前らしいよ。かははは。・・・っと、手続きで残っているのは、この書類に記入してもらうことだけだ。シンとクーネには身分証がないんだよな?じゃあ、早々にギルドで作ってあとで持って来てくれ。どのギルドでもいいから。・・・本当は身分証がない人物が入るためにはもっと複雑な手続きが必要なんだが、他でもないルーファの知り合いだからな。しかもあのルーファが、様付けで呼んでやがる。驚いたぜ」
自分がシンとクーネを呼び捨てにした時のルーファの表情の動きを読み取ったのだろう。
カリーアが揶揄うように言う。
「わかった。・・・よし、書いたぞ。これでとりあえず書類は終わりだな。身分証は後で作るとして、入街税はいくらだ?」
「銀貨5枚さ。ルーファはこの町で生まれたから不要だが、娘のアスナと、あんたたち二人は必要だよ。締めて15枚ってことだな。この町のギルドで身分証を作れば、次回からは不要だ。でも、他の街に入る時は必要だから、勘違いすんなよ?」
「銀貨15枚か、ええと」
ストレージバッグから銀貨を出そうとするシン。
しかしその横に立っていたクーネが前に進み出て、懐から(実際は収納魔法から)お金を差し出した。
「これでいい?」
クーネがカリーアの前の机に置いたもの。それは金色に輝く硬貨だった。
-----お、金貨か。お釣りも出るだろうし、それでもいいか。この世界も基本は10進法だし、銀貨100枚で金貨1枚くらいか?
ストレージバッグの中を探りつつ、横目で金貨を見たシンはそう考えたが、目の前のカリーアの様子がおかしいことに気付く。
先程から絶やさなかった豪快な笑顔が完全に引きつっていた。
「あ、あんた、こんな金貨一体どこで・・・。というか、無理。無理だよ!これに出せるお釣りなんかここにあるわけないだろ!」
カリーアの剣幕に、首をかしげるクーネ。
そんなクーネにおずおずと後ろからルーファが話しかける。
「ク、クーネ様。この金貨はこの場には即さないかと思います・・・。この場は私が出しますので・・・」
しかしクーネは納得がいかない表情だ。
「何でよ?これ金貨でしょ?使えないの?」
「あんた・・・。これは金貨でも、古代帝国で使われていた魔導金貨じゃないか!普通の金貨の千倍は価値のある代物だよ。警備兵として国の取引に同行した時に一回だけ見たことあるけど、これ一枚でデカい屋敷だって買えるんだ。こんなの税金払うのに出されても、困るに決まってんだろ!」
カリーアが呆れたような、怒ったような、そんな複雑な表情で噛み付くようにクーネに向かって言った。
シンもその金貨をまじまじと見ながらクーネに問いかける。
少し聞かれては不味いので、念話を使った。
(クーネ、この金貨どっから持ってきた?リディルが俺たちにくれた路銀には無かったろ?)
クーネもシンも同じだけしか貰っていないはずだ。
リディルから貰ったお金に、あのような金貨は確かになかった。
(お母様の宝物庫から・・・黙って持ち出して来たのよ)
(お、お前・・・)
衝撃の告白に言葉が続かないシン。
(だって!お母様ったらシンにばっかり剣とかいろいろあげてるから、ズルいと思って・・・)
(ズルいって・・・ホント子供だな、お前は。ま、これでリディルのブレスをまた食らうのは確定だな)
(ちょっ・・・だ、黙っててよ、ね?シン・・・)
珍しく懇願するような表情で自分を見上げるクーネに、シンは深く溜め息をついた。
★★★★★★
バンフェンの街並みは外の壁からも予想していたが中世ヨーロッパ風であった。
道は石畳で出来ており、入り口広場の真ん中では大きな噴水が規則的に大量の水を噴き出している。
その周りでは多くの人が座って談笑したり、ご飯を食べたりと思い思いの時間を過ごしている様だ。
また、そういった休憩する人たち目当てなのか、屋台もずらっと並んでいる。
「でだ、街に入れたわけだが。さて、どうする?ルーファは故郷に戻って来てどうするつもりだったんだっけ?」
結局シンの持っていた銀貨で入街税を払った後、シンたちは街の入り口から直ぐにある噴水広場に馬車を停めて立っていた。
「ここは私の生まれ故郷ですが、既に両親は亡く、実家も存在しません。一旦、街で宿を取りつつ、冒険者としての活動を再開しようかと考えておりました」
「でもそれじゃあ、アスナはどうするんだ?学校とかさ」
「学校・・・でございますか?」
ルーファが不思議そうな顔をして聞いてくる。
-----また変なことを聞いたのか、俺は?
ルーファの顔を見て不安になるシンに、クーネが答える。
「シン、ここじゃ子供を学校にやるなんて、貴族か金持ちくらいよ。例外は冒険者学校か、魔法学院くらいだけど。・・・この街にはどっちかあったかしら、ルーファ?」
「は、はい。冒険者学校はあったはずです、少なくとも8年前までは。私は行かずに15歳で試験を受けて冒険者になりましたが」
15歳とはこの世界で一般的に成人として扱われ始める年齢だ。
成人するまでは冒険者にはなれないのであろう。
「学校?アスナ、学校に行けるの?」
育った村には学校などなかったのだろう。
学校と言う単語を聞き、アスナが期待のこもった声を上げる。
しかし、ルーファは困ったような表情でそれを見つめる。
「い、いえ、アスナ。貴方は学校には・・・」
これから一から生活を立ち上げるのだ。
アスナを学校にやる余裕など、当面は無い。
娘の喜ぶ顔に罪悪感を抱きつつルーファが答えようとすると、それを遮る様にクーネが言う。
「そうね、アスナは学校に行きなさい。私とシン、ルーファは当面冒険者としての活動ね」
クーネが突然の宣言。
またこいつ意味の分からないことを言い出したよ、といった表情でシンがクーネを見る。
「いや、冒険者として活動って、クーネ。俺たちはこの街に永住する訳じゃないんだぞ?」
「でも、ここに拠点があっても問題ないでしょ?急ぐ旅でもないんだし。ユーレリア山は逃げないわよ」
長寿のドラゴンらしいのんびりとした考え方を披露するクーネ。
「拠点ってなぁ、お前は家でも買う気か?」
「ええ。ずっと宿屋に泊まるなんて真っ平だわ。4人で住める家を買いましょう」
「そんなお金がどこに・・・って、あったな」
小さく呟くシン。話が話だけに、念話に切り替える。
(クーネ、正直に言え。さっきの金貨、何枚持ってきた?)
(え?え、えーとね、・・・1000枚以上は・・・)
(1000枚って!何考えてんだ、お前は!街でも買いに来たのか!)
一枚で豪邸が買える金貨が1000枚以上。
元の世界の価値なら、1000億円以上と言ったところか。
(それでも極一部よ!お母様の宝物庫にはもっともっと沢山あったんだから!)
流石は原初の竜種、とんでもない財産を持っている様だった。
リディルの朗らかな笑顔を思い出しつつ、呆れかえるシン。
しかし、それを気軽に持って来てしまうその娘も大概だった。
(ったく、竜が光り物好きってのは本当なんだな。・・・クーネ、このことは絶対に口外するなよ?俺たちは良いが、ルーファとアスナが狙われかねない)
(分かってるわよ!さっきは、そんなに価値がある物だとは思ってなかっただけで!)
先程街の入り口で迂闊に出してしまったことを一応は後悔しているのだろう。
見られたのがルーファの親友のカリーアだけだったのが、不幸中の幸いだ。
「まあ、家を買うかどうかは後で考えよう。今日のところはとりあえず、宿屋を探して、時間があれば冒険者ギルドまで身分証を作りに行くか」
「クーネ様、シン様。大変嬉しいのですが、私たちのためにそのようなことまでして頂くわけには・・・」
二人の様子を黙ってみていたルーファが、家を買うという言葉を受けて申し訳なさそうに言ってくる。
しかし、そんなルーファにクーネは胸を反らしながら答えた。
「良いのよ。家は私が欲しいんだし。貴方たちが住めるくらい大きいのを買っても、同じでしょ。そこからアスナは学校に通えばいいわ。気にしないで」
「・・・買うのは親の金で、なんだけどな。偉そうに言うなよ」
リディルの宝物庫から金貨を持ってきたことを全く反省していない様子のクーネに、静かに突っ込むシンだった。