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第19話 真一郎とバンフェン正門


「とうちゃ―く!」


アスナの可愛らしい声が響く。


洞窟を出発してから8日、馬車に乗ってから5日。

四人はバンフェンの街に到着していた。


いや、正確にはまだバンフェンの街には入ってはいない。

今シンたちの馬車は街に入るための手続きの列に並んでいる。


シンたちがやってきたのはバンフェンから見て北の街道だが、バンフェンの正門は南らしく、ぐるっと街の外を半周して南門の列に並んでいる。

初めての訪問者は正門でしか受付して貰えないからだ。


考えてみれば、バンフェンの北は神域で人の近付かないグラウコム山脈である。

確かにそちらを正門にする意味は無さそうだと納得するシン。


既に時間は午後に入ったところ。

シンたちの前に並ぶ人々の列は長く、もう少し待つ必要がありそうだった。


ふと顔を上げたシンの目の前にそびえ立つのはバンフェンの街を囲む壁。

高さは10メートルほどもあるだろうか。


「高いけど・・・この壁じゃ巨人は防げそうもないな」


前世の漫画を思い出し、そんなことを呟くシン。


「巨人?巨人ギガンテス族のこと?こんなところには来ないわよ。そもそも理知的な巨人族が自分から人間を襲う訳がないじゃない」


クーネがシンの呟きに律儀に答えてくる。


「ん?そうなのか、巨人って理知的なのか」


今更この世界に巨人がいると知っても驚きはしないシンだったが、巨人が賢いということには少々驚きを覚える。


「ええ。真竜種と同じく太古からいる種族だしね。真竜種に劣らない理知的な種族よ。人間からは竜と同じく魔物扱いされてるけど・・・実際に戦ったら人間なんて一蹴よ」


巨人に仲間意識があるのか、どこか誇らしげに答えるクーネ。


「そうか・・・でも、真竜種が理知的って部分でいろいろ引っかかる部分もあるんだが、な?」


シンがクーネを振り返りながら答える。

初対面でいきなり攻撃してきたのは誰だったか。


「なによ?文句でもあるわけ?」


「・・・まあ、いいさ」


クーネの言葉を流しつつ、周囲に目を向けるシン。


バンフェンの街の壁。その外側には広大な畑が広がっている。

今はお昼休憩なのか、食事をとったり、横になる農作業従事者の姿がチラホラと見える。


「この人たちも街の中に住んでいるのか?」


「ううん、シンお兄ちゃん。たぶんこの人たちは町の外に住んでるよ。農家の人はね、牧畜もやってたりするから、ああいった街の外の家に住んでるんだよ」


アスナが説明しながら遠くを指差す。

指の先には確かに大きな厩舎のような建物のほかに、家らしきものも存在する。


「でも、街の中に居ないと危険じゃないのか?魔物とか、害獣とか」


「お母さんの話だと、バンフェンの周りは比較的安全らしいよ。もちろん警備のために、夜でも街の兵隊さんが壁の外を見回りしてるって言ってたけど」


農業や畜産業は食料の供給を支える基本だ。

周りに海がないこの地域では、特に重要だろう。

それを守るために骨身を惜しむわけにもいかない。


しかし、広大な農地や牧場を丸ごと囲えるような壁を作るのは現実問題として難しい。

それで、その代りに街から兵隊を派遣して、その安全を守るという手段をとっているのだろう。


どうやらこの街の領主はしっかりとした人物らしいとシンは判断する。


「なるほどな。とりあえず、安全と言うことはいいことだ。・・・それにしても、待たせるな。ルーファは大丈夫か?」


ルーファは馬車が列に並んだあと、兵の詰め所に知り合いがいたらクーネとシンのために便宜を図ってもらえるかもしれないと、一人馬を走らせて入口へと向かった。


それから30分ほども待っただろうか。

ルーファは戻ってこず、列が短くなる気配もない。


「ルーファの気配は詰所のところね。何か言い合いしてるみたいだけど」


クーネがシンの疑問に答える。

詰所からは100メートル以上は離れているのに、相変わらず鋭敏な感覚だ。


「言い合い?どうしたんだろうな・・・ん?あれが、巡回している兵隊かな?」


詰所を見ていると、そこから5人ほどの同じ形の鎧に身を包んだ兵隊が駆けて行くのが見える。

慌ただしい様子だ。


「ん?何かあったのか?」


シンが言葉を発すると同時に、周りから叫び声が上がった。


「ド、ドラゴンだー!」


ドラゴン?振り返ってクーネを見るシン。

そこにはクーネがちゃんと座っており、なによ?といった表情で見返してくる。


「クーネはここにいるな・・・じゃあ、ドラゴンって?」


「シンお兄ちゃんっ!あれっ!」


アスナが空の一点を指差す。

そこには体長が10メートルを超える翼を持ったトカゲが跳んでいた。


「ああ・・・確かにドラゴンだな」


今更ドラゴンを見ても特に何の感慨も無いのか、つまらなそうに言うシン。

先程から何かが空を飛んできている気配は感じていたが、脅威を感じなかったのでドラゴンとは思っていなかった。


「何言ってるのよ!あんなのがドラゴンな訳ないでしょ!あれは翼を持ったトカゲ、ワイバーンよ!」


御者台の後ろから顔を出していたクーネが気分を害したように言ってくる。

シンの頭に両手を乗せて乗り出してきており、少し重い。


-----翼を持ったトカゲって・・・同じじゃん。


心の中で返すシンだったが、間違いなくクーネを怒らせるだろうことを見越して、口には出さない。


そして、再度その空飛ぶトカゲ、ワイバーンの方へと目を向ける。

確かに背中に翼があるドラゴンとは違い、手の部分に皮膜があり翼となっている。

いわゆる翼竜の形態だ。


「お、お兄ちゃん!逃げないと。ワイバーンって凄く強い魔物なんだよ!」


アスナが震えながらシンの腕を掴む。


「うん、でもなぁ。なんか違うんだよな。雰囲気が」


シンがだいぶ近づいてきているワイバーンを見ながら言う。

シンからは何故かあのワイバーンが街を襲撃に来たようには見えなかった。


「クーネ様!シン様!アスナ!」


そこに詰所に行っていたはずのルーファが馬で駆けてくる。


「お母さん!ワイバーンが!」


「安心しなさい、アスナ。あれは、勇者様の乗騎です」


「勇者様・・・あれは勇者様なの?」


アスナが呆けたように返す。


シンが周りを見ると、ルーファ以外にも詰所から出てきた兵隊が、恐慌状態に陥った人々を必死になって宥めている。


「あれは勇者様です!安心してください!危険はありません!あれは勇者様です!」


「勇者様?えっ、勇者様なの?竜に乗った勇者様?」


それを聞いた若い女性が頬を染めながらワイバーンを見つめる。


「ゆ、勇者様だって!?おお、勇者様!!」


その隣では中年の男が感極まったように祈りを捧げるポーズをとる。


「ばんざーい!ドラゴンライダーの勇者様、ばんざーい!」


少年が飛び跳ねながら、ワイバーンに乗っているのであろう勇者に手を振っていた。


「勇者・・・ねぇ」


周りの人々の反応を見て、白けた様に呟くシン。


その頃にはワイバーンに乗っている人物が人々の肉眼でも見える距離まで来ていた。


シンはだいぶ前から見えていたが、その姿は煌びやかな白金のプレートメイルに、豪奢な装飾を施された両手剣を腰に刺した金髪のイケメンだった。

人々の声に応える様に爽やかな笑顔を見せて手を振っている。


いつの間にか列に並んでいた人々がワイバーンの周りに集まり、口々に勇者の名を叫んでいる。


「申し訳ありません。クーネ様、シン様。この正門の警備隊長が偶然知り合いだったまでは良かったのですが、これから勇者様が来ることを理由に、先に手続きは出来ないとの一点張りでして。勇者様など後回しにするように言ったのですが・・・」


「いや、勇者を後回しって・・・」


ルーファの中でのクーネやシンの序列は一体どれほど高いところにあると言うのか。

詰所で言い合いをしていた理由に納得のいくシン。


再度勇者に目を戻すと、着陸したワイバーンから勇者が降りてくるところだった。


「まあ、勇者でも何でもいいけど、あいつが自分勝手な目立ちたがり屋だってことだけは分かったよ」


わざわざ手続き待ちで混んでいる時間帯にワイバーンで登場。

しかも、街の正門に。

人の迷惑を考えるなら、絶対にしない行為だ。


「本当ね。鬱陶しいわ。ワイバーンごと消し飛ばそうかしら」


クーネがシンの頭に体重をかけつつ、忌々し気に言う。

ワイバーンを竜と勘違いされたことも影響しているのだろう。


「クーネお姉ちゃん・・・、勇者様を消したら、魔王が・・・」


それを聞いたアスナが困った様にクーネに言う。


「魔王?やっぱり、勇者ってそういう存在なのか?」


半ば確信的に予想していたが、やはりこの世界のこの時代にも魔王はしっかり存在しているようだ。


「うん。勇者様はね、魔王を倒すために戦っているの。あの人は多分ドラゴンライダーとして有名な勇者様の一人、レオナルド・ウィテカー様だよ」


「あれはドラゴンじゃないって言ってるでしょ、アスナ?」


勇者のことはどうでもいいのだろう。

ドラゴンライダーの部分に反応するクーネ。


「あっ、ご、ごめんなさい。ワイバーンライダー?の勇者様なの」


「勇者って何人もいるのか?まあ効率の点ではそうあるべきだよな」


前世で遊んだRPGを思い浮かべながら言うシン。


勇者が一人だけだと、万が一死んでしまったら、それで世界が終わりかねない。

RPGと違って、現実世界ではセーブ&ロードは出来ないのだ。


「うん!何人いるのかは知らないけど、他にも剣の勇者様や魔法の勇者様、私たちみたいな獣人の勇者様もいるんだよ!」


同じ獣人に勇者がいることが誇らしいのだろう。

嬉しそうに話すアスナ。


「そうか、獣人の勇者とは、きっと凄い人物なんだろうな」


アスナの嬉しそうな表情に水を差すわけにもいかない。

シンはアスナを撫でつつピンポイントで獣人の勇者を褒める。


「うん!」


「・・・まあ、なんにしろ、あのはた迷惑な勇者にはさっさと街に入って貰いたいな。そうしないと、こっちの手続きが進まない」


アスナの頭を撫でながら、シンは勇者を眺める。


降りてきた勇者は、歓迎する人々に握手をせがまれつつ、警備兵に周りを囲まれて街へと入っていく。


残されたワイバーンは担当らしき人物に連れられて、近くにある兵舎の方へと向かって行った。

専用の厩舎でもあるのだろう。


-----勇者か。魔王と戦っているとのことだけど、あんな空飛ぶトカゲに乗って調子に乗っている様じゃ、大したこと無さそうだな。俺はともかく、クーネあたりには瞬殺されるだろうし。


「そんなんで、この世界は本当に大丈夫なのかね?」


魔王と戦っている割には頼りなさげな勇者を見て、世界の未来に不安を感じるシンだった。


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