第12話 真一郎と蘇生の儀式
クーネの話では、蘇生に必要な条件は4つ。
一つ。蘇生の儀式を行える人物がいること。これは当たり前ではあるが。
二つ。遺体の状態。死後1日以内であることと遺体の損壊が激しくないこと。
三つ。蘇生に当たって命の一部を提供できる血の繋がった家族がいること。血縁は近ければ近い程、蘇生の成功率を上げるらしい。
四つ。蘇生の儀式では膨大な魔力を消費するため、使用する魔力を供給できる魔道具があること。
「偶然にも、ここにはそのすべての条件が揃っているわ」
地面に敷いた予備のローブの上に女性を寝かせるシンに、クーネが説明を続ける。
盗賊と戦った場所から少しだけ離れた場所、木々に囲まれてはいるが、ちょっとした公園程度のスペースはあった。
「私はお母様から竜魔法による蘇生の儀式の手ほどきを受けている。この女性が殺されたのはほんの数刻前で、傷は胸の刺し傷だけ。命の提供を申し出てる女性の家族もここにいる。そして・・・」
「俺が魔力供給の魔道具ってことか」
横たえた女性の横に不安げに座る少女を見ながら、シンが答える。
「そういうこと。お母様だったら魔力供給無しでも儀式を行えるんだろうけど、私にはまだ無理よ。だからシンの魔力を使わせてもらうわ」
「まあ、それでこの人が生き返るって言うなら、いくらでも使ってくれて構わないが。・・・俺の魔力で大丈夫なのか?」
「シンの魔素融合炉は特別製みたいだからね。かなりの魔力を使用することになるけど、たぶん大丈夫よ」
「たぶんって・・・、まあいいけど。それにしても、他人に魔力を分け与えるなんて出来るもんなのか?」
魔力とは言ってみれば体内を循環する魔法的な血のようなものだ。
実際の輸血でもいろいろ条件があるのに、魔力をそう簡単に譲渡できるとは思えなかった。
「普通は無理よ。これはシンがゴーレムだから出来ることなの。ゴーレムの魔力は魔素融合炉から直接抽出されているから、純度が高くて波長が一定なのよ。普通の生き物だとそうはいかないわ。波長がバラバラな他人の魔力を利用するなんて、基本的には不可能よ」
その発言を聞いてか少女がこちらに目を向けるのを感じるシン。
ここまで関わったのだから、今更ゴーレムとばれたところで問題は無いとシンは思う。
きっと少女は人間にしか見えないシンを見て何を言ってるのかと不思議に思っているのだろう。
「了解。蘇生の儀式中、俺はどこにいればいい?」
「あたしの後ろにいて・・・後ろから、あたしをだ・・・抱きしめて」
「だ、抱きしめるのか!?」
「変な反応しないでよ!あくまで蘇生の儀式!変なところ触ったら、あとで殺すわよ!?」
儀式中に殺さない程度の分別はあるんだなと思いつつ、シンはクーネの後ろに回る。
そして後ろからクーネのお腹を抱える様に腕を回す。
「こんな感じか?」
「ええ、動いたりしないでよね。・・・で、アスナ、名前はアスナよね?貴方はどちらでもいいからお母さんの手を握っていなさい。儀式中凄く苦しくなるけど、絶対に手を放しちゃ駄目よ?いいわね?」
「わ、わかった!絶対に手を放さないっ!!」
少女、アスナは母親の右手を握りしめると、ぎゅっと力を籠める。
「・・・始めましょう」
それを見届けると、クーネが蘇生の儀式の開始を宣言する。
「$%’()’&%$#”””#$%&’」
クーネの口から言葉が紡がれる。人間の口では絶対に発音できないはずの音。
リディルも使っていた竜言語だ。
クーネの美しく歌うような声が周囲に響き渡ると、森の草木がざわめきだす。
それは真竜種という絶対強者に対する畏怖なのか畏敬なのか。大地も震えている。
「$$%&&’’’%(()(‘)’)&&%」
暫くするとクーネの声に変化が生まれる。
歌う様だったその声は何かを命令するような低いトーンへと変化する。
そして、クーネの声のトーンが変わった次の瞬間、横になっている女性を中心に4人を囲むように地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
輝きながら回転を始める魔法陣。
「ぐおっ!こ、こいつは凄いな」
それと同時に、シンがうめき声をあげる。
身体の中から魔力が急速に吸い上げられていくのがわかる。
魔素融合炉をフル回転させてはいるが、とんでもないスピードで体内の魔力が減っていくのが感じられた。
-----だ、大丈夫か?俺の魔力で足りるのか?
自分の魔力不足で蘇生が失敗したら少女に何と言えばいいのか。
シンは限界以上に稼働することを制御コア経由で魔素融合炉に命じる。
ふと前を見ると、クーネの横顔が斜め後ろから見える。
クーネも相当の魔力を消費しているのであろう。
歯を食いしばり、その頬には大量の汗が流れ落ちていた。
「うあぁぁぁぁ、お、お母さんー!!」
アスナが叫び声をあげながら母親の身体の上に倒れ込む。
激痛がアスナを襲っているのだろう。
しかし、その手は放していない。
意地でも放さないと、母親の手をお腹で抱え込む様にしている。
「その調子よ、アスナ!絶対に放さないで!!」
「放すもんかぁっ!放すもんかぁぁぁっ!!」
二人の叫び声を合図にしたかのように、更に魔法陣の光が増す。
魔法陣は地面から宙に浮き、4人の周りを高速で回転している。
やがて魔法陣はいくつもの回転に別れ、4人を中心とした円から球体へと変化していく。
「ぐっ、まだか!魔力がそろそろヤバそうだっ!」
シンも叫ぶ。
融合炉が限界以上に稼働している状態なのに、自分の身体の中の魔力が枯渇しかけているのがわかる。
「あと少し!あと少しよ!みんな耐えて!!」
クーネが必死に二人に声を掛ける。
しかし、そのクーネも真っ青な顔をしている。
既に自力では立てず、シンが後ろから支えている状態だ。
-----も、もう、クーネも流石に限界・・・か?
シンがそう思った瞬間。
高速回転して光の球と化していた魔法陣が強烈な光を放ち、弾け飛ぶ。
「ぐおわっ!」
「きゃあぁ!」
「うぅわぁぁぁ!」
三人の身体に最後の負荷がかかり、三人が同時に倒れ込む。
魔法陣の消滅と共に森を支配していた光とざわめきが消え、再び森は静寂に包まれた。
「ど、どうだ・・・。成功したのか?」
倒れたクーネを抱きしめながらシンが問いかける。
「ぎ、儀式自体は成功したわ・・・。あとは神様の采配を待つだけよ・・・」
クーネはそれに身を任せながらも呟く。
アスナは気を失っている様だった。
この小さな身体にかかった負荷を思えば当然のことだろう。
しかし母を思う娘の力故か、すぐに意識を取り戻し、母に縋り付く。
「お・・・お母さん!お母さん!!」
アスナが母親の顔を覗き込むと、その顔には少し血の気が戻り始めていた。
胸もかすかに上下し、呼吸をしているのが確認できる。
アスナが恐る恐るその頬を触る。
「あったかい。お母さんがあったかいよぉ・・・」
顔をくしゃくしゃにしながら、母親の顔に頬ずりするアスナ。
「成功したみたいだな・・・」
「その様ね・・・」
まだ倒れ込みながら、シンとクーネはその光景を眺める。
二人の顔にはやり遂げた満足げな表情があった。
「ところで、シン」
「ん?なんだ?」
「・・・さっきからどこを握っているわけ?」
「え?」
シンが自分の手に目をやる。
倒れた拍子にずれたのか、今シンの手はクーネの発展途上な双丘の上にあった。
身体を支える様に手が強く押し付けられている。
「あ・・・こ、これはだな」
「変なところ触ったら殺すって・・・あたしちゃんと忠告したわよね?」
「ま、待て!不可抗力だ!俺は倒れるお前を支えただけで!そもそも、握れるほどないだろ!」
「こ、殺す!!!」
―ドゥガァァァァンッ!!!
「ブグゥォハッ!」
クーネの言葉と同時に衝撃がシンを襲う。
どこにそんな魔力が残っていたのか、背中越しに発動したクーネの魔術を全身で受けて吹き飛びつつ、シンは思った。
-----見た目以上に・・・あったな・・・。