第11話 真一郎と獣人少女
シンがクーネの傍まで来た時、クーネは少女を横たえて竜魔法による癒しをかけ終わったところだった。
盗賊たちが死んでいなくなったからか、フードを脱いで顔を出している。
「様子はどうだ?」
シンがクーネに尋ねる。
「そうね、命に別状はないわ。きっとあいつら、本当は二人とも生きて捕まえて奴隷として売るつもりだったんでしょうね、この子は浅い傷はつけられているけど、致命的なものはなかったわ」
奴隷という単語が気にはなるが、取り敢えず命の危険はない様で安心するシン。
少女の横には女性の遺体。
クーネがやったのだろう、顔の血や泥は拭われている。
死んで顔から血の気は引いているが、綺麗な女性だった。
ふとそのまま女性の頭に目を向ける。と、そこでシンは固まった。
「み、耳が・・・」
女性の頭部には驚くべきことに・・・耳が付いていた。
三角形で犬のようなフサフサとした耳だ。
「何よ?・・・ああ、この母娘は狼人族みたいね」
そう言われてシンは少女の方も見る。
確かに同じような耳をしていた。
「・・・つまり、二人は獣人ってことか?」
いるかもしれないとは想像していたが、やはりこの世界には獣人がいるようだ。
見たところ、耳以外は特に人間と変わらない。
仰向けなので尻尾があるかどうかの判断が出来ないが、少なくともこの世界の獣人は完全な獣顔タイプではない様だ。
二人とも本来なら耳がある場所は髪の毛で覆われており、特に違和感は無かった。
「ええ、そうよ。シンの世界にはいなかったの?」
「ああ、俺の世界には俺みたいなのだけだよ」
「人間族だけの世界か。・・・聖王国とやらが喜びそうね」
「聖王国?」
初めて聞く単語に、聞き返すシン。
「お母様の山から国一個挟んで離れたところにステルベニア聖王国っていうのがあるんだけどね、その国の宗教では・・・人間以外はすべて下等な生物ってことになってるのよ」
「人間以外って・・・獣人は下等扱いってことか?」
「獣人というか、人間以外の種族全てね。亜人も、あたしたち竜もね」
「人間至上主義か・・・そんな無茶苦茶な教義を作る神もいるんだな」
元の世界でも人種やら血筋やらで優劣を語る馬鹿がいたのをシンは思い出す。
神の身で同じようなことをするとは、呆れてものも言えない。
しかし、そんなことを考えていたシンを逆に呆れた様にクーネが見つめていた。
「いるわけないでしょ、そんな神様」
「えっ?でも、宗教なんだろ?この世界の神の」
神が実在するこの世界で、神がいない宗教なんて成立するのか?とシンは疑問に思う。
「この世界には確認されているだけで100柱以上の神様がいらっしゃるけど、聖王国の国教は偽の神を崇拝しているのよ」
「偽の神?」
「ええ。本当の神様の下で清く正しい生活をするよりも、自分たちで勝手な神様を作り上げて勝手な教えを広めた方が都合が良い・・・って考える人種がいるのよ」
「救えない奴らだな。でもそうすると、そいつらは神の加護がないから魔法を使えないってことだろ?」
クーネが出発の時に話してくれた魔法と魔術の違いについて思い出す。
この世界には神の加護を受け奇跡を代行する魔法、神聖魔法が存在するはずだ。
しかし、実在しない神を崇めているなら、魔法など使えないだろう。布教活動に支障がありそうだが。
「魔道具を使って誤魔化してるんでしょ。聖王国は魔道具の製造でも有名だから」
「どの世界にもそういうことだけに知恵が回るクズがいるんだな」
シンは元の世界に思いを巡らす。
あの世界でも宗教を利用した詐欺は一向に無くならなかった。
何を利用してでも他人を騙して利益を得たい、そういう人間はいつの世にもいるのだろう。
そんなことを考えていたシンは、更にあることを思い出す。
「元の世界と言えば・・・、さっきはありがとうな、クーネ」
「えっ?・・・と、突然何よ!?」
シンからの突然の感謝の言葉に戸惑うクーネ。
感謝され慣れていないのか、顔が真っ赤だ。
「俺が盗賊を切った時の話だよ。お前、俺に人殺しの経験がないと分かって、代わろうととしてくれたろ?・・・嬉しかったよ」
最初の二人を切った時、殺すことを躊躇してしまった。
当然ではある。
シンに人殺しの経験などないのだ。
人の命を奪うという重さ。クーネはそんなシンの葛藤を感じ取ったのだろう。
「あ、あれは別にそういう訳じゃ・・・べ、別にあんたを心配した訳じゃないんだからね・・・ごにょごにょ」
面と向かって礼を言われるのが相当に恥ずかしいのか、顔を背けながら言葉を濁すクーネ。
ツンデレの素質たっぷりの反応に、シンも苦笑する。
そんなクーネの可愛らしい抵抗を気にせず、シンは言葉を続ける。
「クーネの予想通り、俺に人を殺した経験は無かった。俺のいた世界、というか俺の育った国では生きていく上でそんな経験をする必要性が無かったからな。というか、最も忌避されるべき行為だったよ」
「ふーん・・・ここでは他者を殺すことはそう珍しくないわよ?襲われたりしたら、相手を殺してでも自分や家族を守るってのが普通だから。相手が魔物でも人でもね。もちろん意味のない殺し自体が忌避されるっていう点は、この世界でも同じだけど」
顔を赤くしつつも、クーネがシンの告白に答えるように言った。
そして少し意地の悪い笑顔で続ける。
「でも、初めてにしては上手くやれてたんじゃない?太刀筋はお世辞にも良いとは言えなかったけど」
「うっ、やっぱりバレてたか。剣を扱った経験も一切ないんだよな、俺は」
そもそも前世では病気のせいで身体を動かすアクティビティはほとんど経験がない。
当然、剣道も剣術もかじったことすらなかった。
時代劇で見た殺陣が唯一の知識だ。
そんなド素人状態のシンでもあれだけの動きが出来たのは、偏にゴーレムボディの性能のおかげと言うしかない。
「あたしはこれでもお母様から剣術をみっちり仕込まれたからね。剣だけもあたしに敵はいないわよ」
胸を張る様にクーネが言う。
ローブの上から発育途中の胸が強調されて、つい目を逸らしてしまうシン。
しかし今の発言にひとつ気になったことがあった。
「剣術を仕込まれた?・・・その割にお前の旅道具に剣が一本もないのはどういうことだ?」
「だって、剣より魔法の方が楽だもの。剣なんか持ってても無駄でしょ」
全く悪びれずにあっけらかんと言うクーネ。
「母親から仕込まれた折角の技術を全否定か、お前」
頑張って剣術を娘に伝えようとしたリディルを思うと同情の念を禁じ得ない。
とことん楽な方に流れるクーネの怠惰っぷりにただ呆れるシンだった。
しかし、そんなクーネでもシンを気遣ってくたのは確かだ。
「いや、今はそのことはいいか。とりあえず、ありがとうって言いたいだけだよ。・・・それにしても、クーネ。お前って想像してたほどアホな子ではなかったんだな」
「ちょ、ちょっと、それどういう意味よ!」
感謝の言葉の後にいきなりの侮辱。
その落差に驚きながらも、クーネは怒りの言葉を返す。
「いや、お前は千年の間引きこもりだったんだろ?世間のこととか一切知らないお馬鹿ちゃんなのかと思ってたよ」
「ば、馬鹿って!別にずっと洞窟にいたわけじゃないわ!何度かお母様に言われて世界を旅したわよ!・・・最終的に帰って来たというだけで」
自分でもほとんどの期間を引きこもっていた自覚はあるのだろう。
クーネが歯切れの悪い反論をする。
と、その声に反応するようにクーネの足元に横たわっていた少女が小さく声を上げた。
「う、うーん、お、おかぁさ・・・」
「おっ、気付いたか?」
シンが少女の顔を覗き込む。薄く目を開けた少女と目が合った。
「お、おかぁ、お母さん・・・??・・・に、人間っ!!!」
つい先ほどまで怪我をして気絶していたことを感じさせないスピードで、少女が跳び上がって離れる。
見たところ身体の方はもう問題なさそうだ。
「うおっ、凄い身体能力だな」
少女はひと跳びで一気に5メートル近くの間合いを取った。
シンがその動きに驚く。
「獣人なんだから当然でしょ」
クーネが呆れながら答える。
それに気付いた少女は驚きの表情でクーネを見つめた。
「お、女の人?さっきはいなかったのに・・・。と、盗賊の仲間?そうだっ!お母さんは!!!」
少女が周りを見回し、クーネの後ろに倒れている女性に気付く。
一瞬安堵の表情を見せた少女が、クーネを睨み付けながら言う。
「お、お母さんを返せ!人間めっ!!」
少女は肉食獣が跳びかかるかの如く身体を丸めてクーネを威嚇する。
唸り声をあげ、本物の狼にも劣らない迫力がある。
そんな少女を見つめつつクーネが穏やかに話しかけた。
「落ち着きなさい。・・・残念だけど、あなたのお母さんはもう亡くなってるわ。盗賊に殺されたのよ」
クーネが少女から見える様にすっと身体を横にずらす。
女性の血の気の引いた顔が少女からも見えた。
少女の目が大きく見開かれる。
「そっ!そんな!お・・・お母さんは盗賊なんかに負けたりしないっ!お、お母さんは元冒険者なんだからっ!盗賊なんて・・・、盗賊になんて、負けるわけがないっ!」
少女は横たわる女性を見ながら涙を流して必死に呼びかける。
「お、お母さん!起きて、起きてよ!お母さん!!」
しかし、女性は少女の声にも何の反応も返さない。
亡くなっているのだ。
その女性が少女の呼びかけに答えることは、もう永遠にないだろう。
「残念だが、事実だ。あと、盗賊は俺たちが全員始末した。もう一人も生きてはいない」
シンが少女を納得させるように語り掛ける。
「盗賊を殺した・・・?お、お母さんは・・・」
「俺たちが来た時には、君のお母さんは既に殺されていた。・・・本当に残念だよ」
「そ、そんな・・・」
少女がゆっくりと近付いてくる。
シンやクーネへの警戒が解けたというよりも、もう眼中にないのだろう。
少女は女性のもとまでたどり着くと、恐る恐るその顔を触る。
そして次の瞬間、声を上げて泣き始めた。
「冷たい・・・お母さんの身体が冷たいよう・・・。あったかいお母さんの身体が・・・。う、ううぅ、うわーぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁ」
女性の身体に顔を押し付けて泣く少女。
シンはそれを見ながら居た堪らない気持ちになる。
-----家族の死か。うちじゃ最初に死んだのは俺だったな。俺が死んだあと、皆もこんな感じだったんだろうか。
前世に置いてきてしまった家族を思い、心が苦しくなる。
彼らとはもう二度と会えないのだ。この少女と母親のように。
ふとクーネを見る。
泣き続ける少女を悲し気に見つめている。
しかしシンにはその表情に何か決意のようなものが生まれていることが感じ取れた。
そしてクーネが徐に少女に語り掛ける。
「泣くのはお止めなさい。貴方は誇り高い狼人族なんでしょう?貴方のお母さんは、そんなぴーぴー泣くような情けない教育をしたの?」
「クーネ、それはちょっと厳し過ぎるだろ」
クーネが突然少女にかけた厳しい言葉。
シンは驚いて取り成すように言う。
少女はどう見ても7、8歳くらいだ。
親の死を耐えられるほどの年齢には見えない。
クーネの言葉は適切と思えなかった。
「シンは黙ってて。・・・で、どうなの?狼人族って情けない種族だったのかしら?」
「な、情けなくなんてないっ!お、お母さんはっ!誇り高い狼人族だっ!アスナも誇り高い狼人族なんだっ!」
少女が顔を上げて、泣き腫らした目でクーネを睨み付ける。
「人間なんかっ!人間になんかっ!お母さんを馬鹿にしたら許さないぞっ!」
「そう、良かったわ。・・・誇り高い貴方のお母さんは、貴方を助けるために命を懸けた。貴方はどうなの?お母さんのために命を懸けられる?」
クーネが真っ直ぐ少女の目を見返す。
何を言われているのか分からなかったのだろう。
一瞬少女が戸惑いの表情を見せるが、すぐに噛み付くように答える。
「懸けられるっ!アスナだってお母さんのために命を懸けられるっ!!」
「わかったわ、なら命を懸けなさい。・・・今からお母さんの蘇生処置に入るわよ」
「そ、蘇生!?出来るのか!?」
シンがクーネの突然の言葉に驚きながら質問する。
一度死んだ身としては、いくらファンタジーの世界でも、そこまで便利な魔法が存在するとも思えなかった。
「奇跡的に条件が揃っているからね、蘇生処置自体は可能よ。結果の保証は出来ないけど」
「お、お母さん生き返るの?生き返らすことが出来るの!?」
クーネとシンの会話を聞いていた少女が立ち上がる。
「今言ったように絶対の保証は出来ないわ。私が出来るのは、蘇生の儀式を行うことだけよ。実際に蘇生するかどうかは、・・・神様だけが知ってるわ」
「お願いしますっ!お母さんを助けてっ!何でも、何でもするからっ!」
少女がクーネの下に駆け寄って縋り付く。
クーネはその頭にそっと手を乗せながら言う。
「貴方にはお母さんを蘇生させるためにその命を分けて貰うわ。別にそれで貴方の寿命が縮むわけじゃないけど、・・・死ぬほど苦しいわよ?出来る?」
「やりますっ!やりますからっ、お母さんを助けてぇ・・・」
クーネの足に頭を擦り付けながら少女が懇願する。
「わかったわ。じゃあ、準備に掛かりましょう。シン、手伝って」
クーネが今までにない真剣な目でシンを見つめた。