一刀両断
ゴーン ゴーン ゴーン・・・
授業の終わりを告げる鐘が学校中に響き渡る。
「おーい成政、剣道科の中央広場の方に最近新しくケーキ屋ができたらしいぜ。今から行ってみようぜ」
「蘭子は今日いないのか?」
「あいつなら、さっき新聞の号外を配るって大騒ぎしながらダッシュで出ていったぞ」
「男と二人でケーキ屋とか・・・」
「まあまあいいじゃん、行こうぜ」
俺と快人、蘭子は鬼定高等学校普通科、部活動は報道部に所属している。とは言っても、その報道部というのは人数の関係で部活として認められておらず、3人で勝手に名乗っているだけだ。さらに、報道に関する活動をしているのは蘭子ただ1人である。いってしまえば、放課後仲良し3人で教室に残ってだべっているだけである。
鬼定高校は自然豊かで広大な敷地があり、普通科と剣道科が存在する。さらに学生寮もあり、敷地内にカフェやレストランなんかもある。学校内のお店でアルバイトをしている生徒も少なくないし、学校内にお店を開く外部の人も多くいる。学校が一つの町みたいなところだ。剣道科には世界中から剣の道を志す者が集まり、学校からも世界各地に名のある選手を輩出している、いわゆる剣道名門校だ。俺は剣道をやるわけじゃないが、ある剣道に関する運命を信じてこの学校に入学した。
普通科として入学したはいいが学校はあまりにも大きく、運命に近づくことはできなかった。剣道科の情報やニュースなんてほとんど聴くことはなかった。別学科というだけで、もはや他校というような規模だったのだ。平凡な日々を繰り返し、もう2年生になっていた。
「おっ、ここだここだ」
店先には、野外で一息つけるようなテラス、そして焦げ茶色と茶色の鮮やかなよこしま模様の木製の建物。看板にはかわいらしいひらがなで『さやれすと』と書いてある。
「これが新しくできたケーキ屋か」
「よし、入ろうぜ」
チリーン・・・
少し季節外れの風鈴の音が鳴る。それと同時に
「いらっしゃいませー」
と声がかかる。
「お客様、お好きなお席へドゾ!」
そう声をかけてきたのは、金髪の女の子。外国の人だろうか。この店の制服であろう、ミニスカのメイド服を身にまとい、ポニーテールで髪をまとめている。
「胸、けっこうあるな」
隣で快人が呟く。
「もう、そういうこと言うなよ!!!」
2人が席についたあと、ニコニコとオーダーをとる女の子。美少女という言葉が相応しい。俺たちが注文をし終えると、ペコッと頭を下げて厨房の方へ戻っていった。
「おい、成政、きてよかったろ?剣道科の子かな、剣道科は海外からもたくさん入学するからな、あんな美少女ばっかりなんだろうなあ。でもお前は運命の子を追いかけてるんだったな」
「そうさ、まだ諦めてないよ」
「じゃあ他の子のおっぱいなんて見てる場合じゃないな」
「お前いっつもエロいことばっか考えてんな」
そんな話をしているうちに、
「お待たせしましター」
と元気な声がする。
さっきの美少女だ。右手にドリンク、左手にケーキ皿。彼女が近づいてきた時だった。
「キャッ」
彼女がこけた。このままだと、ドリンクもケーキも、美少女も、全てこっちに倒れてくる。
「「やばい」」
時間が止まっているように思えた。次の瞬間、俺は彼女をしっかり支えていた。一滴のドリンクも零れなかった。彼女は少し顔を赤らめながら俺の顔を見つめていた。小さな声で
「ありがと」
と呟いているのが聴こえた。周りからは拍手が起こっている。
「おまえ、すげーな」
快人がぽつりと言った。
ドリンクとケーキをテーブルに置くと、彼女は
「ごめんなさいごめんなさい!」
と何度も謝りながら、下がっていった。
おいしいケーキを食べ終え、ふぅっとドリンクを飲みほした。俺は、10000円札を持っていたので、とりあえず今、全額払うことになった。快人は先に外に出て待っている。お会計をしてくれたのは、さっきの金髪の美少女だった。普通にお会計をしたあと、彼女はニコっとしながら何かをさりげなく渡してきた。ちいさなメモだった。俺は心臓が破裂しそうなくらいドキドキしてしまい、少しうつむきながら無言でそれを受け取った。
そのやり取りに気がついている一人の影がいた。その影はゆっくりとココアをかき混ぜていた・・・
チリーン
店を後にする。
「ありがとうございまシター」
彼女の声が響く・・・。
「おい成政、なんか中央広場の方が騒がしいぞ。たくさん人が集まってる」
「なんだろう、行ってみるか」
中央広場は普通科の校舎と剣道科の校舎のちょうど真ん中らへんにある広場だ。よく待ち合わせに使われる巨大な時計塔もここにある。遠い昔、ここである男が敵国の女性と禁断の恋をしたとかしてないとか、そういう話があったりする。俺は渡されたメモをスッとポケットに入れ、快人とともに広場へ走った。なんだか聞き覚えのある声が聴こえる。・・・我らが報道部の実質的部長、川北蘭子だ。
「号外!ごうがいでーす!!!」
広場の中心で、なんと蘭子が号外新聞を配っている。茶色のショートヘアがぴょんぴょん跳ねている。すごい人だかりだ。人込みをかき分け、蘭子の元にたどりつく。
「よお、蘭子なんのニュースだ?」
「あっ、成政に快人、ビッグニュースだよ!」
新聞を1枚手渡してくる。なになに・・・
「「森本会長、敗れる。朱雀院、天下へ」」
森本会長?森本会長って、3年の森本大樹だよな、剣道科で一番強い。会長っていうのがその称号だ。剣道科の生徒会長は実力で決まるっていうのは有名な話だ。敗れるって・・・森本会長が負けたのか!!!
「でもさあ、これ普通科の俺らにはなんの関係もない話だったな。」
たしかに快人のいうとおりだった。普通科である蘭子にも関係のない話だったが、報道部的にはおいしい。
そう思ったとき、いままでお祭り状態だった広場が、急に静寂に包まれた。
むこうから、誰かが歩いてくる。絶対王者というようなオーラを感じる。すべての視線がそこに集まっている。ガッチリと体格が良く、長身の男だ。男は広場の真ん中に立つとゆっくりと口を開いた。
「私は、剣道科2年、朱雀院紫苑。すでに知れ渡っているとは思うが、今朝、森本と正式な決闘を行い勝利した。よって、本日より、この朱雀院紫苑が剣道科全ての権限を得る。そしてそれをここに宣言する。」
朱雀院紫苑。普通科には関係ないといえ、目が離せなかった。ただの興味なのか、恐怖なのか、よくわからない気持ちが芽生え、俺の身体は震えていた。紫苑は言葉を続ける。
「私が会長となり、いくつか新規則を定めた」
「一つ、弱きものが剣をもつことを許さない。学校内の正式な決闘で敗北したものは、もう剣を振ってはいけないということだ」
つまり、森本前会長はもう、リベンジさえも許されないのか。普通科の俺でもすぐに理解できた。そのあとも紫苑はいろいろな規則を宣言していた。だが、その場に集まっていた俺、快人、蘭子の普通科3人組以外の人、すなわち、そこにいた剣道科の生徒は誰一人として反対したり逆らったりすることはなかった。
全ての宣言が終わった後、静寂はさらに静寂となり、乾いた風の音だけが残った。
そこへまた誰かが歩いてくる。剣道の防具をつけている。顔に面をつけていて、男性なのか女性なのかも判別できない。竹刀を左腰の横で握り、美しいフォルムを保ったままだんだんと近づいてくる。袴がゆらりゆらりと揺れている。その剣士は、紫苑の前で止まった。
「ゴクリ・・・」
誰もが唾を呑み込んだ。
剣士が言った。
「剣道は強さだけがすべてではないわ。私はあなたに抵抗する。今ここで決闘を申し込む!!!」
口調や声の高さからみて、女性だ。ここにいる剣士誰もがしようとしなかった、いや、できるはずもなかったことを口に出した。
「ほぅ、名も名乗らず決闘とは、なかなか無礼だな。まぁいいだろう、女。その決闘、今ここで受ける」
森本会長を圧倒した朱雀院紫苑に勝てるわけがない。誰もがそう思っていた。
学校公認の決闘は、剣道科に組織された、審判委員会がジャッジを行う。そして、もっとも重要なルールは、お互い了承した「なにか」を賭けて勝負することだ。
「女、お前は私が定めた、敗北したら校内の大会の資格を失う、でいいな」
「ええ。でも私があなたに勝ったらあなたには会長を降りて謝罪してもらうわ。私が負けたら資格を失うことと・・・この剣はあなたに捧げる!」
「ふん、それほどの覚悟とは、おもしろい」
自分の剣を捧げるということは、主人と犬のような関係になるということである。
審判委員会が広場についたとき、すでに両者は着装し、睨み合っていた。
「一本目・・・はじめぃ!!!」
主審が大きな声で叫ぶ。その瞬間殺気と殺気が激しくぶつかる。
「これが・・・剣道!?」
俺は小さいころから剣道の試合を観る機会があったが、それは小学生の剣道だ。高校生の剣道を見るのはこれが初めてだった。あまりの激しさに唖然として、ただ立ち尽くしていた。
目にも見えないようなはやさで竹刀が交錯する中、女剣士が振り上げようとしたその刹那だった。
「コテェェェェ!!!!」
バッ!
3人のジャッジの旗が一斉に上がる。紫苑の手首のスナップを効かせた見事な籠手が決まった。
「籠手有り!!!」
剣道は二本先取で勝負が決まる。つまり、女剣士にはもう後がない。二人の剣士が中央に戻って来る。二本目が始まる・・・
「二本目!!!」
バッ!!!
「胴有り!!!」
!?
一瞬で勝負が決まった。胴に打突したのは、女剣士の方だった。
「なるほどな、開始と同時に胴へ飛び込む、飛び込み胴・・・おもしろいぞ女」
これで、お互い一本取った。この時、もしかしたら、朱雀院を倒せるのではないかという期待が観ている者全てに芽生えていたと思う。俺も、関係ないはずなのに、この緊迫した空気の中で、剣道の、この戦いのことしか考えられなかった。
「三本目、勝負!!!」
・・・・・。
この三本目はよく思い出せない。だが、紫苑の鋭い「突き」が、女剣士の喉に入ったことだけが鮮明だった。口からは真紅の血が噴き出していた。女剣士の手から離れた竹刀は宙を舞い、やがて着地した。ゴホッゴホッと咳き込みながら彼女はその場に蹲り、しばらくもがいていた。
2対1、女剣士は敗北した。
紫苑は女剣士の竹刀を拾うと
「これは貰っていく」
と一声放った。
女剣士はその場に正座していた。そして、ゆっくりと面を外す。
面の下に被る手拭いをサッと外したとき、美しい黒髪がフワッと宙を舞った。
彼女は、彼女は、早苗だ。まぎれもなく、俺の幼馴染の切封早苗だった。
早苗・・・小さいころからずっと遊んでいた、幼馴染の早苗。小学校を卒業したあと、親の都合で突然遠くへ行ってしまった。彼女は剣道が強かった。応援に行った町内の剣道大会でも無類の強さを誇っていたし、いつも一生懸命に剣を振る彼女は輝いていた。俺はただ、彼女の背中を見ることしかできず、気持ちを伝えられずにいた。
後悔をしながら月日は経った。そんななか、鬼定高校の存在を知った。剣道科に入ることは難しいけど、普通科なら入れるかもしれない。少しでも剣道に近づいて人生を歩いていれば、いつかまた、早苗に逢えるかもしれない。
俺は急に怒りのようなものがこみ上げてくると、広場に設置されている貸出用の竹刀を掴み、雄たけびをあげながら、紫苑に向かっていった。なにやってんだろ・・・
「うおおおおおおおおおお」
奇襲だ。いくら朱雀院とはいえ、同じ人間だ。一発殴るだけでいい・・・
しかし振り下ろした一撃は、いとも簡単にかわされ空を切った。紫苑が反撃してくる。見覚えのある、鋭い突きが向かってくる。防具をつけていない、生身の身体に。
また、時が止まったようだった。偶然なのか、その突きをかわした。だが、紫苑はすでに二撃目の攻撃に移っていた。
バコッ
鈍い音とともに、わき腹が破壊されたように感じ、膝から崩れ落ちた。紫苑が何か言っている。
「防具を持たぬ者を打つのは良いことではないが、正当な防衛が成立する。」
そんなようなことを言っていた気がした。
紫苑は早苗の竹刀を持ちその場を去っていった。そのころには、広場に集まっていた剣道科の生徒も逃げるように散っていた。正座しピクリともしない早苗、立ち尽くす快人、蘭子、そしてフルボッコになり横になる俺が広場に取り残されていた。
中央広場は静まり返っていた。俺は痛みを堪えてムクット起き上がると、声を振り絞った。
「早苗・・・」
早苗は驚いた表情で俺に顔を向ける。
「なり・・・成政!?」
小学校卒業以来の幼馴染2人の再開だった。感動の再開は2人ともボロボロにやられたあとだった。
「今、朱雀院に立ち向かっていったの、成政だったのね。私、自分が敗けて何も考えられないでぼーっとしちゃってたみたい」
早苗は小さいころから面倒見も良く、自信家なところがあった。広場に集まっていた人々は、朱雀院紫苑に勝てるわけがないと思っていただろうけど、もしかしたら早苗はただ怒りに身を任せて決闘を挑んだのではなく、本気で勝てると思って挑んだのだろう。そういう奴だ。それが彼女の良いところであり、悪いところでもある。
「私、敗けちゃった。どうしよう。剣道の校内大会出られない。来年の最後の夏の大会もダメになっちゃった」
目には涙の滴が光っていた。朱雀院紫苑。ただの一生徒の権限で、試合に出られなくなってしまうのだろうか。ただ、本気で挑んだ早苗、本気で悔しがっている早苗を見ると、剣道科はそういう世界なのだとひしひしと伝わってきた。そんな中、俺の頭は一つの決心でいっぱいになった。
「俺が、俺が出るよ。早苗の代わりに俺が戦う!!!」
早苗はニコッと笑顔を見せると
「ありがとう、私、全力でサポートする!」
その時の笑顔は俺が大好きだった、いや、大好きな早苗の笑顔だった。こうして俺は、剣の道に進むことになった。
秋風がひゅーっと吹き抜ける。