第4-13話 対極の感情
第4-13話 対極の感情
現在は幼鳳7年である。桃九らの年齢は300歳近くとしか数えられていない。この時代の風潮として150歳を超えれば格者を志しているものとして”格志”の称号が与えられ、200歳を超すと格者であるとみなされる。そして、200歳以降の年齢は数えられなかった。
ユキは7歳、マモルは6歳、ショウは5歳であった。ユキは巫女修行に精を出し、ませたところはあったが、これといった変調は感じられなかった。ショウはアレキシサイミヤの1種と診断されたが、感情を認知する部分だけが足りないだけであった。それを知ったショウは自分なりに何かの努力をしているようである。大きな変調を持つと感じられたのはマモルであった。言葉をほとんど発しないため失語症ではないかと疑われたが、何かを問えば答えるのでその可能性はなかった。
東雲が桃九にマモルの変調の原因はこれではないかと説明していた。
「感情が遅れて、そして大きく圧し掛かってくるようなことを以前話していました」
「そうか。それはそれほどに酷い状態なのか?」
桃九もショウと同じように寂しいとか悲しいとかいう感情をほとんど持っていない。その他の感情は正常だと思われるのだが、この正常性を確かめる術はない。依って、感情の大きさについては実感が湧かなかったのである。
「はい。というかわたしにも経験がないため実感はありません。しかし、このようなことは考えられます。それは何かの感情を持つ度に、そのうねりが頭や心を駆け巡る。その度合いはわかりませんが、うねりが大きければ大きいほど地獄のような苦しみを持つと思われます。その対処として感情を押し殺すために寡黙というよりは他者との接触を避けているのではないでしょうか?」
「なるほどというしかない。わたしには経験がないからアドバイスもできない」
「しかし、なんとかせずばならないでしょう」
東雲は思い当たる人全てに相談していた。しかし、滅多な者に相談するわけにはいかないからその人数は限られていた。その中にサエがいた。サエは桃九の亡くなった長兄である精太郎の元妻である。
「もしかしたら関係があるのかしら」
その関係するかもしれないことを桃九に話すことになった。
「桃九さんが生まれて3ヶ月のころに母親が亡くなりました。そのお葬式のことでしたが、突然母屋の屋根が崩れたのです。桃九さんをお葬式に同席させるため呼びに行った侍女と乳母が、部屋から飛び出してきたそうです。ところが、桃九さんはまだ部屋の中だと聞いてわたしが連れに参りました。そのとき見たのです。桃九さんの形相は赤子でありながら、お仁王様より恐ろしかったのです。後に母屋の屋根が崩れたのは桃九さんの仕業だとか、和尚様が桃九さんの泣き声を聞いて悪鬼退散の経をあげたとかいう噂が流れました。何かマモルと関係あるのでしょうか?」
「そんなことがあったなんて知らなかった。なにしろ生まれて3ヶ月だったからな」
「そうそう、その3年後父親が亡くなりましたが、そのときの桃九さんは一粒の涙も流されませんでしたよ」
「そのときの記憶は薄っすらとある。確かに悲しくなかったと思う」
「こうは考えられませんかの。桃九さんも乳飲み子のときは、一部の感情がマモルと同じ状態だったのが、感情を爆発させることによってその感情を失ってしまった」
「つまり、マモルとショウは対極の感情を持っていると言いたいのか。それにわたしの失われた感情はどこに行ったのだ。いずれにしても何の対処にもならない。いやいや、これはサエさんに言っているのではありません。サエさんにはもっと多くのことを思い出してもらいたい」
感情を失ったショウと感情の激流が襲うマモルが対極の感情の持ち主であるとする主張は、確かではないが、二人とも他者と大きく異なる感情を持つことは確かのようである。ただ、マモルにそのことを確認することは避けるしかないようである。マモルに感情について何かを話すときは確かな対処方法が確立したときでなければならない。




