第4-7話 地球の者
第4-7話 地球の者
現在は西暦でいえば24世紀の末である。この時代になっても心の解明はできていなかった。チロら精神体の存在が確認されたことにより、肉体と精神を区分できることは明らかとなったが、心や精神の機序には触れることもできていなかった。依って精神医学などは21世紀に比べて大きく進歩したわけではなかった。
科学は、空学と名を変え、社会での優位性は21世紀に比べて遥かに落ちていた。「空学的に~」などと言えば、「何もわかっていないということですね」と返されるのがおちとなる。空学の空は、仏教の”色即是空”が語源であるが、これは無を意味すると同時に色即ち可能性という期待も込められていたのだが、いつのころからか空学者は先生と呼ばれなくなり、空者と呼ばれるようになった。もちろん、桃九も地球の主席であると同時に空者の呼称も持つ。学術論文は空学の主張文と呼ばれるようになっており、ここに桃九空者とサインを入れる。
現在は技術が優位性を持っており、技術者は実者とも呼ばれる。実用化されていない開発途中の技術でも世間から注目され、空者の主張文が実験段階に入ったと聞くと、空者は実者に格上げとなった。つまりはスポンサーがついたということであるから主張文に現実味が与えられたと世間は感じるようであった。この時代にはお金というものが存在しないから、スポンサーは実者か格者となる。
格者とは、以前人類代表と呼ばれていた不老と不死を兼ねそろえた者のことである。現在でも、不老不死を求めるものが後を絶たないが、会得するものは以前より格別に減っている。この者たちを修者と呼ぶ。東雲の居所にはこの修者が1千人を越して集ることがあった。さすがに自分の居所だけでは寝泊りさせることはできないから桃九に宿舎を作ってくれと頼んだ経緯もある。
地球では、この空者、実者、格者、修者という差別ではない身分が存在した。つまり者のつくものは、それだけで何を求めて生きているのかわかることになる。しかし、差別はないとはいっても実者が世間一般の人には人気が高かった。そして、地球には空者が多く、実者が少なかった。
その理由を「数学の地球。技術のトランティス」と言う言葉が最も現している。つまり、シルバなどは実験もしたいためトランティスに出向しているから、地球の実者は限られたものだけとなっていた。地球とトランティスは20万年もの歴史の差があるため、数学だけでもトランティスを凌駕しているのは驚異なのであるが、現在に慣れた世間一般の人にはそうは見えないようである。
その実者の一人に利助がいた。利助は、つい最近までトランティスに出向していたが、ようやくお役御免となったのである。利助の出向は感介者としての勤めがほとんどであり、研究などできる環境は与えなれなかった。トランティスには感介者が一人もいなかった。唯一、国王代理であるサンガが感介者もどきの能力を持っていたが、国王代理に通訳の仕事をする暇はなかった。なにしろ、トランティスにはチロ、セイト、ゴクウ、チョ、サゴの5人の精神体が存在する。利助は使いまわしの通訳者となっていたのであった。
そこへ、グリーンというブラックホールの研究者の精神体が舞い込んできて、アンドロメダに一人感介者がいるから所望してくれないかとサンガに頼んだのであった。アンドロメダには、あの事件以来精神体は存在しない。困ることはないから「どうぞ」ということになったのである。サンガは、「これで利助の負担が減る」と思っていたが、桃九と東雲から「帰してやってくれないか」という強い要望があった。ゴクウ、チョ、サゴはブラックホールの調査に出発することが決まっており、「まあ、よかろう」ということになり、ようやく利助は地球に帰ることができた。
利助は本来生物学者であった。たんぱく質の専門家であるから実者としてトランティスに残るという選択肢もあったが、利助は地球を選択した。
「わたしの研究には桃九さんの主張が必要不可欠なのです」




