第7章 セイタン帝国
第1話 疑惑のエネルギー
この部屋には桃九とサンガがいた。チロは桃九にのって、サンガと会話をしている。
「ねぇ、サンガはタンタ176号の推進エンジンについて詳しい?」
「それはエンジンの機構のことでしょうか?エネルギーのことでしょうか?」
「そうね、エネルギーについて知りたいわ」
「わたしが知っているのは、エネルギーの名前が超脈流収束波だということと、エネルギーの出力が操縦者の精神力によって変化するということくらいです」
(もっともらしい答えだけど、何かを隠しているのかしら?それとも嘘を教えられているのかしら?それに精神とエンジンに関係があるということはどういうこと?)
「ねぇ、サンガの知識と経験は豊富だけど、専門の技術は何なの?」
「あれ、言っていませんでしたか?わたしは皇族に生まれたので、教育は一般教育しか受けていません。なんとか上級教育課程を卒業はできましたが、その後は、いろんなところを視察したりとか社交界に出席したりとか、暇なときは宇宙旅行を一人でしていました」
「えっ!技術が専門じゃないのにあんなに知識を持っているの?」
チロは、地球と帝国との技術の差を思い知らされたような気がした。
「ねぇ、視察はどんなところに行ったの?その中に技術部署も含まれていたの?」
「はい。いろんな技術部署にも行きましたよ。でも、わたしの知識では説明されてもよく理解できませんでした」
「エネルギー関連の部署にも行った?」
「はい。数箇所に行きました。でも、1箇所だけは立ち入り禁止でセイトさんと何人かの人しか入れないのだそうです」
(そこだ!サンガが嘘をついていないとしたらそこしかない)
この頃にはチロのサンガへの疑惑はほとんどなくなっていたため、サンガへの疑いはただの可能性の1つに過ぎなかった。
「サンガ、その立ち入り禁止の技術部署のことを何か知らない」
「そうですね……。確かブラックホールのエネルギーを変換するとかセイトさんが言っていたような……」
(嘘だわ。セイトは嘘をついているわ)
「ところで、宇宙艇の性能は、操縦者によってどのくらい違いがあるの?」
「大体10倍以上の差がありますね。それに、飛ばせない操縦者もいます」
「飛ばない?宇宙艇が飛ばないの?」
「はい」
「その飛ばせなかった操縦者は何人くらいいるの?」
「さぁ、よくわかりません。飛ばせなかった操縦者に会ったことがないので」
「え?どういうこと?」
「操縦席に搭乗したところまではわかるのですが、機体が一瞬で遷移して見えなくなるので成功したのか失敗したのかは管制塔にしかわからないのです。ただセイトさんが、“あいつも飛ばせなかったか”と時々ぼやいていたので……」
「それで、その失敗した人にその後一度も会ったことがないの?」
「はい。友達だったランカも失敗したようなのですが、その後姿が見えないので心配しました」
第2話 ルシファー
(エネルギーが精神に影響を及ぼしているようね。エネルギーが極の対消滅から発生しているから、それが原因かしら?人の精神は桃の精から100世代以上精神分割しているはずだから、その性質がよくわからないわ。地球の人類だってこんなに多様だもの考えてもわからないわね。まさか、神の子の怒りに触れたということはないわよね……)
チロが知っているのは、タンタ176号の推進エンジンが空間線の極の対消滅によりエネルギーを得ていることだけである。そのエネルギーと精神の関係は全く予期していなかったのである。そして、極の対消滅を起こすことは桃の精たちの間で暗黙の禁忌だった。
(どうして、セイトは禁忌を侵したのかしら?何かが変わったのかもしれないわね)
「ねぇ、サンガ。セイタン帝国の歴史とセイトの関係を教えてくれない?」
「はい。まず、わたしは20万年ほど前に王位継承権3位の皇子として生まれました。わたしの父が初代の国王で、建国はわたしの誕生より3千年くらい前だそうです。父の名前はルシファーといって、現在も国王です」
「ち、ちょっと待って。誰か、モーセを呼んでちょうだい」
「お呼びで?」
「モーセはルシファーを覚えている?」
「ああ、あの2万年ちょっと前の?」
「そうそう。どんな姿だったか覚えている?」
「姿と言われても、いろんな姿で現れましたし、それに確か天空に浮かんだ像しか見ていないと思います」
「それでもいいわ。サンガにその像を見せてあげて」
「父です。この魅惑的で恐ろしい姿は父に間違いありません」
「確か、あの時は突然天空に現れて、何か言っていましたね」
「そう、我に従えと言っていたわ。でも、人類も超人類も相手にしなかったわね。というより、文明が未熟だったからどうすればいいのかわからなかったというところかしら」
「はい。わたしたちの神はチロさんだけでしたし、でも相手にするなとわたしたちに言ったのはチロさんですよ」
「あはは、あの時は“ちょっと進んだ文明があるのね”くらいにしか思っていなかったわ。本当は後を追いかけてその文明を作ったかもしれないわたしの仲間を見つけたかったのよ。でも突然ラーやあなたたちがバタバタを起こし始めたのよ」
「すいません。でも、どうしてルシファーは黙って帰っていったのですか?」
「多分、原始人を相手にしてもつまらないと思ったのかもね。それに自然現象に見せかけて強烈な脈流を宇宙船に流し込んでやったわ。ルシファーも慌てたでしょうね」
「ああ、それで。でも、わたしたちに本当の恐怖や人を騙すという感情が芽生え始めたのはあの時からですよ」
「それがわたしへの反逆に繋がったのね?」
「それはよくわかりませんが、抑えきれないほどの欲望が増幅されて、感情がかき乱されてきたのは確かですね」
「なるほどねぇ。でもセイタン帝国が地球の座標位置を持っていることははっきりしたわ。問題はいつ地球に興味を持つかね」
第3話 セイタン帝国の中枢
「ねぇ、あなたのお父さんの全てを教えてくれる?」
「はい。以前は国民によく慕われていました。温和で慈悲深くて、民の苦情を聞かない役人を厳罰に処したこともありました。それが、8万年くらい前に急に変貌したのです。それと関係があるのかわかりませんが、帝国が初めて恒星間航行を成功させて間もなくのことでした。民に重労働を課すようになって、まるで民が死んでいくのが嬉しくて堪らないという感じでした。製作したロボットは暇でロボットの操縦者がロボットの代わりをしていたのです。それを諫める重臣たちもいたのですが、全てが極刑に処されました」
「なるほどねぇ。サンガがお父さんのことを“魅惑的で恐ろしい姿”と言っていたけど、どんな感じなの?」
「そうですね。一言で言えば、“この人のためならいつ死んでも惜しくない“と思わせるような魅力ですか。父に一言”がんばって“と言われたら皆天空に昇らんばかりです。逆に”この人を怒らせたら生きていく場所がない“と思わせるような恐ろしさも持っています」
「モーセはどうだった?」
「確かにそんな気もしたかもしれませんが、わたしたちにはチロさんがいましたから」
「じゃあ、国王の今の側近はどういう人?」
「宰相はベルゼブブで、軍の最高司令官はアスタロトで、その配下にアガリアレプト、サタナキアなどがいます」
「その人たちはここの超人類みたいな超常的な能力を持っているの?」
「はい。失礼ですが、ここの超人類が遥かに及ばないほどの能力を持っています」
ここでモーセが口を挟んだ。
「何回かサタンという名前を聞いたけど、その人は何をやっているんですか?」
「ああ、サタンは父の母船の名前です。この宇宙戦艦は特別仕様なので、他の宇宙戦艦が10隻相手でも敵いません。父はこれに乗ってよく他の恒星系を荒らしまわっていました。おそらく、その中の1回のとき地球に立ち寄ったのでしょう」
「なるほどねぇ。迷惑な話だわ。ところでサタンなら地球までどのくらいの時間で航行できる?」
「おそらく半年か1年くらいじゃないでしょうか」
「速い!いつ襲われてもおかしくないってことね。ところでサンガの兄弟は何人いるの?」
「兄が二人で、わたしは末っ子です。わたしが生まれた後子供ができなくなったそうです。でも、“わしは不死の身体を手に入れたから子供は3人で十分じゃ”と言っていました」
(セイトから何かの強化施術を受けたようね)
「サンガ次第でいいけど、サンガの皮膚片を少しもらえるかしら。ここの人類と比べてみたいの」
第4話 ブラックホール
サンガの皮膚片は様々な分析器にかけられた。細胞などの構成や機序はほとんど地球の人類と同じであり、姿態も同様であることから、精神の宿る人型の知的生命体の誘導の機序は、自然界の中に秘密が隠させていることが推測できた。
DNAの機序もほぼ同じであり、20種類のアミノ酸が主として機能していた。個々のアミノ酸は若干の差異はあるものの大勢に影響を与えるとは思えなかった。
チロの作成した23番目と25番目のアミノ酸に似た物質も見つかり、これの意味するところはサンガが不老不死であるということであった。
「ねぇ、サンガ。恒星間航行に成功したころにお父さんが変貌したと言ったけど、何処に航行したの?」
「隣の恒星系です。その後、次々と別の恒星系に向かっています」
(変貌の原因は未知のウイルスかしら?それとも急激な環境変化かしら?)
「その時、セイトは何か対処した?」
「はい。最初のころは国王を諫めていたようですが、すぐに諦めたようです」
(セイトが諦めるなんておかしいわ。セイトも何かが変わったのだわ。するとウイルスではないようね。でも、環境?)
「近くの恒星に何かかわったことはなかった?」
「そうですねぇ……。特に変わったことはなかったですね。しいていえば、ブラックホールの方角には航行しなかったことくらいですかね。それでも、何隻かはブラックホールに呑み込まれています。未だにブラックホールの影響範囲がわからないのです」
銀河バルジにはところせましとブラックホールが林立しているようである。
(ブラックホールの影響かもしれないわね。でも、ここじゃ確かめようもないし、やはりいつかはセイトのところに行かなきゃならないのかしら)
「でも、どうしてサンガは変貌しなかったのかしら?あっ。サンガを何か疑っているわけじゃないのよ」
「わかっています。国王の変貌の原因を分析するためですよね。わたしは、オリオン腕が好きで、そこ以外にはほとんど行っていませんでしたから、ブラックホールとは反対の方角になります」
「国王は?」
「父は、あちこち行っていました」
「セイトは?」
「セイトさんも、時々銀河バルジの途中まで行っていたようですよ。“また。跳ね返された”とぼやいていたので“何に?”と聞いたら、“銀河バルジの中心に行きたいのだけど、いつも途中で跳ね返されるのだ”と言っていましたから」
「サンガから聞いた状況から推測すると変貌とブラックホール(銀河バルジ)が何か関係ありそうね」
第5話 進化の速度
「そうそう、わたしたちには当たり前になっていたので忘れていました。帝国に属する恒星系には惑星が少ないのですが、その少ない惑星の20%くらいに非精神生命体が生存しています。受感部も幹卵器官も持っていないのですが、知性に似たものを持っています。ロボットの操作などの単純な作業ができて、僅かですがロボットを超える判断力も持っています。以前はわたしたちと対等に共存していたのですが、今では奴隷以下の扱いを受けています」
「どうして、精神を持たないそんな高度な生命体が生まれたのかしら?」
「セイトさんは、シンクロニシティ現象ではないかと言っていましたが……」
「確かにその可能性はあるけど、進化のスピードが速すぎるわ。その現象以外に進化を増幅させた何かがあるはずよ」
「えっそうなのですか?わたしは逆にここの進化の速度の方が遅いような気がしていましたが……」
「えっ遅い?ちょっと待って」
(どういうことかしら?ここも帝国も物質界よね。何が進化の速度に影響を与えているのかしら?考えられるのは脈の干渉の度合いか脈の密度かしら。密度?まさかブラックホールのせい?変貌もそのせいかしら?)
「ねぇ、サンガ。ここと帝国の現象で違うことを教えて」
「それを話すと少し長くなるので短くします。わたしの生まれた恒星系は銀河バルジの外縁に存在する2連星です。主星をマーシー、伴星をマリーと呼んでいます。惑星はわたしが生まれたトランティス星しかありません。衛星が2つあって、スマルとリッタと呼んでいます。トランティスの質量は地球の1.2倍くらいです。問題は、マーシーが銀河バルジに加速度的に引き込まれているがわかったことです。マリーの移動は緩やかだったのでマーシーとマリーの距離は離れていく一方でした。マーシーが銀河バルジに飲み込まれるのが、2百年以内と計算されてから、恒星間航行の開発が急ピッチで進められました。以前から天変地異は多かったのですが、年を追うごとに増加していきました」
「なるほどねぇ。でも、セイトは気が付いていなかったのかしら?」
「いいえ、セイトさんがブラックホールの調査をしたり、銀河バルジの中心に向かおうとしたりしてたのはそれを食い止めるためだったようです」
「わかったわ。他にはあるかしら?」
「わたしが、ここにきて暫くしてから桃九さんに聞いたのですが、ここではワクチンの接種が異常に少ないですね。トランティスでは最低1ヶ月に1回はワクチンの接種を受けます。国王直轄機関にウイルス予測機構という研究機関が存在します。トランティスでは新型のウイルスが頻繁に発生します。人の免疫機能だけでは、それに対抗できないのです。そこで、“いつ、こんなウイルスが発生します”という予測研究機関が必要なのです。トランティスの歴史はウイルスとの闘いの歴史と言っても過言ではありません。建国当初は、人類の免疫力がウイルスを上回っていたのですが、やがて拮抗するようになり、何度もウイルスの大流行により多くの死者を出しています」
「セイトの苦悩がわかるような気もするわ」
第6話 銀河バルジ
チロは、地球上で知り得る帝国の情報が限られているため、帝国に行くことを決意した。その条件は地球とチロの関係が知られないことであった。チロはセイトと刺し違えることになっても極(脈)の対消滅を食い止めなければならないと覚悟を持ったのであった。できることなら、セイトを説得し、極の対消滅を止めさせたいのだが、そのための情報が少なすぎるのである。
「ねぇ、サンガ。地球とトランティスの相対座標を教えてくれない」
「やはりセイトさんに会いに行くのですね」
「仕方がないわ。ここにいても得られる情報は限られているからね」
「すいません。わたしがもっとセイトさんについていればよかったのかもしれません」
「違うと思うわ。原因はもっと深いところにあると思うの」
チロは、精神体であるから何万光年の距離でも僅かの時間で移動できる。脈流通信機Ⅱ型と比較しても遥かに速いのである。チロはトランティスから1光年ほど離れた位置に移動してトランティスを視界に捉えていた。
「先に銀河バルジを覗いてみようかしら」
チロは銀河バルジ(半径は約7,500光年)の中心に向かって100光年、200光年と進んで見た。
「なに、この脈の密度と脈流の唸りは?500光年でこのくらいだと中心部がどうなっているか想像もつかないわ。セイトは何処まで行ったのかしら?」
チロは1,000光年まで行って、
「これ以上は嫌だわ。どうにかなってしまいそう」
このあたりでは、物質を構成するサブユニットが歪んだり、変形したりしているのであった。
チロはセイトの変貌の原因はこれではないかと思った。チロは物質界を選んだときから銀河バルジから遠く離れた太陽系で過ごしてきたから、銀河バルジの実態を知らなかったのである。
「課題はいくつあるのかしら?5つかな?1つはセイトの変貌の原因を確定させること。1つは国王の変貌の原因を確定させること。1つは銀河バルジが何故、今頃マーシーを引っ張り込んでいるか調べること。1つは進化の速度が速い原因を調べること。1つはサブユニットが変形している根本原因を調べること。これでいいかしら?」
相談相手がいないものだからチロは自問自答で問題を洗い出すしか術がなかった。
「1つ目は、直接セイトに会ってから成りゆき次第というところかしら。2つ目はわたしだけじゃ無理だから帰ってからサンガに相談することにして、3つ目は調べる方法を思いつかないわ。セイトは何か知っているのかしら?4つ目は他の問題を解決してからね。一番やっかいそうなのが、5つ目ね」
銀河バルジを中心に向かって進むほど、物質を構成するサブユニットは歪んだり、変形したりしていた。このことによって、銀河バルジは物質と半物質(崩壊過程と思われる)、サブユニットから構成されていた。太陽系には半物質は存在せず、なんらかの理由で物質の形態を維持できなくなったとき、それはサブユニットに戻るだけであった。
この後、チロはこの僅かな情報を持ってセイトと面会することになる。
第7話 セイトの秘密
二人には、近親共鳴による心地よい振動が響き渡っていた。チロとセイトは1つの桃の精が2回精神分割した従姉弟の関係になる。
「チロか?チロだよな。久し振りだな」
「久し振りもないわよ。100億年近くになるのだから」
「それより、凄いぞ」
「何が?」
「分割した精神を元に戻せるかもしれない」
「そんなこと、できるはずないじゃない」
「それが、できそうなのだ」
「まさか、極を対消滅させていないわよね?」
「そ、それは……」
「やっているのね?」
「仕方なかったのだ……」
「それが暗黙とはいえ禁忌だということを知っているわよね?」
「だから、仕方なかったのだ……。それに、わたしたちの望みは神の世界に帰ることだ。そのためにはわたしたちの源の桃の精に戻るしかないじゃないか?」
「狂っているわ。禁忌を侵して神の世界に帰っても神の子の怒りをかったら元も子もないじゃない」
「そのときは、そのときだ」
「ところで、銀河バルジの何処まで行ったの?」
「4,000光年くらいまでかな?それ以上はどうしても行けなかった」
「そのせいで自分が変わってしまったと思わない?」
「変わった?わたしが?」
「そうよ」
「わたしは、マーシーの暴走を食い止めたかっただけだ。それが帝国を生き延びさせる唯一の手段だったのだ」
「で、何かわかったの?」
「脈だ。脈が知能を持っている。だから、わたしは先に進めなかったのだ」
「知能?脈に精神が宿ったの?」
「そんなことわかるはずもない」
セイトは、これ以上何もいうことはないという態度で沈黙した。チロは、何が起こったのか沈思しているときだった。
「チロ、助けてくれ。セイタンは狂っているのだ」
「……あなたもセイト?」
「そう、どうやら二重人格になったようだ。わたしは精神の片隅に追いやられて、たまにしか顔をだせない。しかし、セイタンのやっていることは全部知っている。これを食い止める方法がある」
第8話 拉致作戦
「どうすればいいの?」
「わたしが精神を支配しているとき、何処かに拉致してくれないか?」
「そんなことできるの?」
「多分、できると思う」
「失敗したら?」
「そのときは逃げろ」
「セイトはどうするの?」
「どうもしないさ。セイタンはわたしの存在を知らない」
「決行の合図は?」
「わたしが、チロの指定した座標に向かう。そこに”精神の檻”を用意してくれればいい」
「精神の檻?」
「銀河バルジで思いついたのさ。チロならできるはずだ。もう時間がないから簡単に説明するよ」
セイトは銀河バルジで何度も脈流の迷路を彷徨ったことがある。その度に出口を見つけて脱出したが、もし出口も封印されていれば、脱出は不可能であった。その中の最も単純な脈流の迷路で出口が明らかに1つしか存在しない迷路型の出口を封印して檻にしようというのである。こうして、チロは精神の檻を用意することになった。
「国王たちはどうする?」
「一緒に幽閉だな。ベルゼブブとアスタロト、アガリアレプトにサタナキアの他に100人くらいを幽閉してくれないか。幽閉といっても治療も兼ねてだな。もちろん、わたしも治してくれないか」
「その後帝国はどうなるの?」
「国王は長男のアラリがいいだろう。しかし、この子は大人しいのが取り柄だけの凡才だからただの象徴だね。次男は乱暴者だからこいつも幽閉してくれ。3男のサンガが適任なのだが、今行方不明だ」
「あらっ、サンガならわたしのところにいるわよ」
「えっ、こりゃ好都合だ。今、スマルを統治しているナザイギアは前の宰相だったのだが、国王の不興をかって左遷されたのだ。そして、妻は実質的なサンガの乳母なのだ。その縁でナザイギアも極刑になるところをサンガが頼み込んで左遷となったわけだ。サンガは桃の精の5世代目だから、国王とは格が違うよ。国王はサンガにうまく丸め込まれたようだね」
「ということは、わたしたちが拉致したタイミングでナザイギアがクーデターを起こすというシナリオね。そして、サンガがのりこんできてまとめをするというところかしら」
「そうだね。シナリオだけ決めて、後は臨機応変で行こう」
第9話 チロの覚悟
地球に戻ったチロは、サンガをよんでセイトの作戦を告げた。
「なるほど。それはいい作戦だと思いますが、わたしが国王の補佐などできるでしょうか?」
「セイトのお墨付きよ」
「いざとなったらナザイギアに全部任せることにしよう。チロさんは精神の檻の製作に専念してください。クーデターの方はわたしに任せてください。あ、その前にお願いがあります。アンドロメダに行ってゴクウを連れてきて貰えませんか?」
「わかったわ。トランティスの内情はサンガの方が詳しいでしょうからお願いね」
ほどなく、チロはゴクウを伴ってきた。それからチロは精神の檻の製作にとりかかった。候補地は太陽である。銀河バルジの脈の密度と太陽のそれを比較してみると、太陽の中心部が銀河バルジの外縁から400光年と同じくらいの密度であることがわかった。
「太陽の中心部が銀河バルジの外縁と同じくらいということから、銀河バルジの中心部の密度を予測できないかしら?」
と、1つ課題を見つけたが、今は急いでいるのであった。
「セイトから教えてもらった精神の檻の条件は、太陽の中心部で満足するけど、万が一の失敗のときの対応の覚悟も必要ね」
そもそもチロはセイトと会う決心をしたとき、覚悟は決めていた。チロとセイトは3世代目同士なので同格のはずである。精神体と精神体が接触しただけで、双方に相応の影響を与える。これが衝突となったとき、精神体の崩壊は間違いないだろうが、散った精神体の行く末は予測できていなかった。
(それでも物質界に影響はないはずだわ。セイトには悪いけどこの覚悟は内緒にしておくことにするわ)
一方、久しぶりの再開を喜ぶサンガとゴクウであった。ゴクウは精神体であるが、兄のサンガとの意思の疎通に問題はなかった。
「サンガにいちゃん、チロさんから大体のことは聞いたけど、ナザイギアはこのことを知っているの?」
「そのためにゴクウを連れてきてもらったのだ。何食わぬ顔をしてトランティスに戻ってナザイギアを説得してもらいたいのだ。媒介者はナザイギアの奥さんを使えばいい。彼女ならゴクウをよく知っているし、ナザイギアは奥さんに飛び切り弱い」
「それなら、リッタのルーラも巻き込もうか?」
「いや、事の初めは少人数の方がいい。事の半ばで巻き込もう」
「じゃあ、いってくるね」
「セイタンに挨拶してからね」
第10話 拉致決行
トランティスに帰ったゴクウは、セイタンと面会した。
「どうだ。アンドロメダは?」
「まあまあですね。でも退屈してきたからちょっとだけの帰省です。何箇所かぶらついたらまたアンドロメダに戻ります」
「そうか」
そのゴクウは本当に何箇所かぶらついてナザイギアのもとへと向かった。一方セイタンは、(あいつはいい加減なやつだからうるさくない。そのうちアンドロメダに戻るだろう)と全く警戒心を持っていなかった。
「なんだと!クーデター?」
「あなた、落ち着いてくださいな」
「し、しかし国王にも少しは恩義が残っているし、なによりセイトさんを裏切るわけにはいかん」
「あなた、ゴクウ様の話を聞いていなかったのですか?そのセイトさんが、クーデターの首謀者ですよ」
「し、しかし……」
「この話を信じないということは、ゴクウ様ばかりでなく、サンガ様も信じないということですからね」
「し、しかし……」
「あなたの脳みそと胴体がつながっているのが、誰のおかげか思い出して御覧なさい」
「わ、わかった。クーデターは起こす。いや、成功させる。但し、事の終わった後で納得できなければ、自分で自分の脳みそと胴体を切り離す。それでよいな、妻よ」
「はいはい。そのときはわたしも手伝ってさしあげますよ」
ゴクウはナザイギアが味方についたことをサンガに知らせ、セイトだけが知る場所に太陽の座標位置を記した。記したのは超人類を数字に見立てた符牒であった。超人類を知らないセイタンには解けない符牒である。後は、セイトがセイタンから精神の支配を奪い、太陽に飛んでからクーデターの開始となる。
やがて、そのときがやってきた。待ち構えていたチロはセイトを太陽の監獄に閉じ込めて封印をしてからトランティスに飛んだ。精神の支配を奪ったセイトは拉致予定者に国王の間に集るように命令を出していた。拉致予定者がいくら能力が高いとはいえチロの相手ではなかった。この拉致予定者の収監場所は冥王星であった。その収監場所は医療施設も完備されていて、常にチロの調合した酵素を投与されることになる。その酵素は強力な精神安定剤であった。
第11話 クーデター
ゴクウの合図でナザイギアがトランティスの王宮にのり込んだとき、そこでは混乱が渦を巻いていた。王宮に仕える人々は帝国の中枢をなす高官が拉致される現場を目撃していたのである。その噂は口から口へと伝わり、行政府や軍部全体にも混乱の連鎖が起ころうとしていた。かろうじて行政府や軍部が持ちこたえているのは、事実確認が済んでいないからというただ1点の淡い希望だけからであった。
そこへ、ナザイギアが王宮の中で宣言を行った。
「国王をはじめとした高官の全ては病の治療のため、他の恒星系に移ってもらった。この病は重度であり感染力も高いと推量される。そのため彼らが戻ってくる時期は全く不明である。そしてこれはセイトさんの意向である」
こうして噂は事実となり、トランティスは混乱によって崩壊するかに見えた。ナザイギアは、平和なとき高官だった自分の配下を各部署に送って事態の収拾にかかった。リッタからルーラも応援にかけつけている。武力により抵抗するものは、麻酔銃で眠らせ、拉致された高官に近しい者や混乱を炊きつける者は、捕らえられて軟禁状態となった。彼らには、混乱が収拾された後に裁判が待っている。最高の処罰は治療である。
帝国の支配下にあった38の恒星系はほとんど軍事力を持っていなかった。そのため、セイトの名によって通達を出すだけで大きな混乱はおきなかったのである。完全に混乱を収拾したのは3ヵ月後であったが、一人の死者も出していない。つまり、クーデターは無血によって完璧に行われたといってよい。
しかし、根本的な問題が解決したわけではない。マーシーは人の混乱をよそ目に銀河バルジに引きずり込まれようとしているのである。サンガとゴクウ、ナザイギアはトランティスに残り、欠員の出た部署への人員の補充や国民の生活の安全や安心を確保することに努めた。ルーラは全権大使として地球に向かっている。
桃九らは、帝国の人々への今後の対応を協議していた。結論は、ラランド21185恒星系に帝国の全てを移転させるというものであった。地球とラランド21185恒星系は約8.3光年離れており、交流は互いの国が取り決めた専用機だけとした。その方針で21185恒星系に存在する5つの惑星の突貫工事が地球からの派遣隊によって行われることになり、ルーラはその報を持ってトランティスに戻って行った。
地球の技術陣により全てのコロニーが地宙両用タイプとなっていた。多くの場合、地底を掘削し、その中にコロニーは納まる。物資の補充などで必要なときは、宇宙ステーションとなる仕組みであった。トランティスの人々の生活様式や、必需品がわからないため、とりあえずは器のハードだけが用意される予定である。また、非精神生命体にも同じようにコロニーが用意された。
この帝国の移転によりこの後文化や技術の交流が行われ、地球の繁栄は画期的に進歩することになる。また、帝国の実質的な指導者はサンガであり、実務はナザイギアが執ることになった。セイトや収監された100人以上の患者の完治の見込みはたっていない。彼らが完治したとき、全ての陣容が出揃うことになる。
( 第1部 完 )