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脈流(RW1)  作者: 智路
第1部 雛のはばたき
6/78

第6章 黎明の技術課題

第1話 精鋭国家

 黎明元年は2048年である。それから3年余りが経ち黎明4年(2051年)を迎えようとしていた。ムー5の組織改変は上手くいっているように見え、各部署ではいくつかの成果を挙げていた。帝国からの侵攻も接触すらなかったことにチロは安堵を覚えていた。

 ここで主な登場人物を紹介しておきたい。尚、不老率100%のものは自動的に25番目のアミノ酸の施術を受けている。また、超人類は全て不老率100%である。

・桃九…ムー5のトップ。数学、情報工学が専門。大量計算に精通している。不老率100%。

・チロ…桃九の後見役。精神体。桃の精の第3世代。

・サンガ…桃九の相談役。桃の精の第5世代であるが、肉体を持つ。

・東雲…論理感性融合局長。旧名円光。仏教に精通している。不老率100%。

・耶律楚材…行政局長。超人類。

・プラトン…教育局長。超人類。

・ソクラテス…技術開発本部長。盾構造部長を兼務。超人類。

・ガリレオ…技術開発副本部長。盾構造副部長を兼務。超人類。

・アイン…動力・エネルギー開発部長。不老率82%。

・リー…通信開発部長。不老率57%。

・利助…極座標配置調査部長。生物部長を兼務。不老率75%。

・シルバ…原子核・元素調査部長。不老率46%。

・アバ…防衛局司令官。士官学校校長を兼務。不老率78%。

・ラー…防衛局特殊部隊隊長。200余命の超人類を配下に持つ。超人類。

・勝智朗…精神体。利助とコンビを組む。

・サエ…論理感性融合局メンバー。精神体が見え、会話ができる。不老率71%。

 尚、論理感性融合局メンバーはチロ・桃九・アバ・サエ・利助に東雲を加えて6人で構成されている。

 不老率が30%を超える人類代表は上記以外に7人存在し、各部署の補佐役を務めている。不老率が20%を超える人類代表候補は、42人に達し、不老率が10%を超えるムーの教育機関の生徒は232人にのぼった。

 ケンタウルス座α星への恒星間航行を成功させた人類であったが、あれから太陽系の外には出ていない。帝国と接触の可能性があるからで、現在の太陽系は帝国の侵略を防衛するための技術開発や人材発掘に力を注いでいる。チロは技術や人材による精鋭国家を目指しているが、それにはまだほど遠いようである。

 チロが桃九とアインに与えたコンピュータに似た機器は、チロルとパルスと名付けられた。しかし、その機器は脈の基本構造を学ぶための教育機器で、その構造は今回の技術開発にはほとんど応用できない。それでも脈の基本は人類の発展に必須であり、人類代表とその候補にチロルとパルスの同型機器が配布された。ただ、学習能力の低い超人類には、ソクラテスとガリレオ以外に配布されていない。

 超人類は長寿命(事故等がなければほとんど不死)なため、経験量が豊富である。その経験量により2015年ころまでは、通常の人類を凌駕し、人類の支配権を持っていた。今では技術開発において超人類は人類に及ばなくなってきている。ソクラテスやガリレオは超人類の中でも特殊な部類であった。おそらく、23番目のアミノ酸の効果が脳に現れたためと思われる。


第2話 脈流顕微鏡

 人類は物質によって脈の極座標配置を決定する手法を3つ知っている。1つは核反応ウイルスから得た座標配置であり、1つは核処理ウイルスから得た座標配置である。これらはウイルスの持つDNA中の酵素と座標配列コドンにより決定される。3つ目は珍しくチロから教えられた核子(陽子、中性子)による座標配置である。これは脈流通信機Ι型として光速の数十億倍の速さの通信速度を持つことができている。

 元号黎明に入ってからの最初の大きな技術開発は脈流顕微鏡であった。これはいくつかの部署の協力によって実現した。きっかけはリーが脈流レーダーの開発を行っているときだった。現在知っている座標配置による通信波は指向性である。今宇宙艦に配備されているレーダーは、この通信波を応用している。依って、雑なレーダーなのである。これをある程度拡散性を持った通信波にできないかと、座標配置をいじっている時だった。物質の無い場所で実験中のレーダーが反応した。初めは実験の失敗、つまり誤作動かと思ったのだが、原因をいくら探しても見つからなかった。これをチロに見つかった。

「あっははは、それ脈の破片よ。物質になりそこねたのね。物質は、空間線の集合体のサブユニットから構成されているわ。もう少し座標配置を工夫すれば物質のサブユニットを識別できるわ」

 幾日かの工夫の結果、サブユニットを捉えることはできたが、識別はできなかった。そこで、利助に協力を求めたのである。極座標配置調査部では、新しい有効な座標配置を日々探している。3年経っても1つも見つけることはできないが、座標配置の実験のスピードは格段に進歩していた。つまり1回の座標配置の実験に要する時間が短いのである。やがて、いくつかのサブユニットを識別できるようになった。ところが、リーと利助では、そもそも物質の素がよくわからない。つまり、原子核の中身のことがよくわからないのである。シルバが参加し、原子核の中身と識別したサブユニットの照合が行われた。未だ、未解明な部分も多いが、一番喜んでいるのはシルバであった。

「これで仮説の裏づけがとれる」

 そして、一番悔しい思いをしているのがリーであった。

「こんなミクロの世界がレーダーに映っても邪魔なだけだ」

 しかし、リーは今まで使用していたレーダーのスケールがまるで当てにならないことを勉強した。つまり、レーダーは正常に機能していなくケンタウルス座α星で3個の惑星を発見したことは幸運以外のなにものでもないことを知った。

 利助はこれ以来、極座標配置の調査を止めた。調査部で行っていることは実験の精度を上げることと実験の時間を短縮することだけであった。利助は各部署をぶらつくことになる。つまり、新規の極座標配置は他の部署に鍵が埋まっていると考えたのである。この情報収集にうってつけなのが、勝智朗である。精神体であるから瞬時に移動でき、他の部署の邪魔にならないのが一番よかったようである。

 こうして、脈流顕微鏡が製造され、原子核・元素調査部で重宝されるようになる。


第3話 原子核の観察

 原子核・元素調査部が設置されたとき、不思議に思ったものも多かった。これからは脈が開発の主流になると思われるのに一世代前の物質技術を開発するのはよく意味がわからなかったのである。桃九から物質と脈の接点となる原子核や素粒子の研究は重要だと言われても納得感を持てない者も多かった。しかし、チロの思惑が桃九に伝えられていたのである。チロは原子核や素粒子の研究はついででよかったのである。

 元素の性質は元素番号で決まる。元素番号は原子核中の陽子の数で決まる。そして、元素番号が1つ違うだけで、元素の性質の差が大きく異なる。この理由を陽子1個や電子1個に求めても答えは出ない。チロは、そこに創発現象が起こっているのではないかと考えているのである。すなわち、原子核・元素調査部の設置の本当の理由は創発現象の研究にあったのである。

 原子核は陽子と中性子で構成される。そして、

・陽子=素核子+e+

・中性子=素核子+e++e-

となる(e+は陽電子、e-は電子)。尚、核子とは陽子か中性子のことであり、素核子は核子の大部分の質量を持つ本体である。

 シルバは原子核モデルの仮説をたてていた。原子核の中心は、1個の核子が占める。1個の核子は最大5個の核子と核力で結合することができる(但し1個は内側の核子と結合する)。すると、多数の核子で構成される元素の核子は二重、三重、四重...に重なり合うことになる。つまり一重目には最大4個の核子、二重目には最大4×4=16個の核子、三重目には最大16×4=64個の核子、四重目には最大64×4=256個の核子が存在できることになる。これを多重仮説と呼んでいたが、シルバは仮説を確かめる術を持っていなかった。ところが、脈流顕微鏡であれば観察可能かもしれないのであった。

 原子核・元素調査部に脈流顕微鏡が導入されていよいよ観察となった。観察は順調に行われていた。最初の手順はリーの実験室で観察した結果の再確認であった。電子と陽電子は似てはいたが、それぞれ異なる1つのサブユニットで構成されていた。これは電子と陽電子は最小素粒子であることを意味していた。つまり物質的に電子と陽電子を分解することは不可能であることがわかったのである。サブユニットは分解するどころか、その構造も明らかではない。

脈流顕微鏡に映るサブユニットは凸多面体をしていた。そして、多面体の内部に幾何模様を持っていた。サブユニットの識別は、多面体の面数と幾何模様によって行われた。

複数のサブユニットで1つの種類の物質を構成している場合、サブユニットは僅かに離れて見えた。これはサブユニットが準独立系を構成しているためと考えられた。サブユニットの結合部は現在の分解能では観測できなかった。

ところが、素核子単体は複数のサブユニットで構成されているため識別が困難であった。確かに陽子には陽電子サブユニットが存在し、中性子には陽電子サブユニットと電子サブユニットが存在することまではわかったが、素核子単体を観測している途中で素核子を構成するサブユニットが、増えたり減ったりするのであった。このことから素核子の本体を確定することが困難であることが判明したのである。ましてや多重仮説の立証など不可能であった。

「結局、役に立たないじゃないか」

シルバの苛立ちも分かるような気もするが、これは脈流顕微鏡の責任ではなかった。

 陽子と中性子の電子交換の様子が観察できた。中性子側に2つのサブユニットが出現した。1つは電子のサブユニットであることがわかったが、1つは未知のサブユニットであった。未知のサブユニットが電子のサブユニットを中性子から分離させると、電子のサブユニットは陽子の陽電子のサブユニットに引っ張られていった。後を追うように未知のサブユニットも移動している。この未知のサブユニットを弱い相互作用サブユニットと呼ぶことにした。そして、このサブユニットをウィークボソンと名付けることにした。


第4話 2つの創発

 シルバが多重仮説の立証のための観察をした翌日、桃九がシルバの研究室を訪れた。桃九はチロの思惑を抱いて、シルバの研究内容を異なる方向へと導くつもりだったのである。

「やぁ、仮説が上手く立証できなかったと聞いたけど」

「はい。全くの失敗でした」

「そこで、相談があるのだけど。形状性質論のことは知っているよね」

「もちろんです」

 形状性質論とは、桃九が提唱している理論のことである。極座標配置と関連があると思われているが、現段階でそれを証明することができない。形状性質論は2つの主張を持っている。1つは形状(多角形の内外の頂点の配置のことである。ここが極座標配置と関連があると思われている部分である)だけで情報を持つことができ、プログラムも可能であるという主張である。1つは対象図形を完全グラフとしたとき、凸図形(外周)を構成する頂点を頂点集合から分離させ別な集合とし、残った内側の頂点だけの集合を作る。そのとき、内側の頂点は入れ子次数を持ち、次数が高いほどその図形は複雑性が大きいという主張である。

「元素が原子核内の陽子1個の違いで、性質が大きく異なることは知っているよね」

「もちろんですとも。この部の看板ですから。しかし、わたしは化学についてほとんど理解していないのです」

「それは問題ない。利助さんのところから化学者を一人転属させることにしたよ。やって欲しいことは核子の構成と元素の性質の関連性の調査だ」

 転属してくるのはアサリという、つい最近人類代表に昇格した化学者であった。アサリは幼いころから「これは何でできているの?」というのが常套句で周囲の大人を困らせていた。例えば、コップを見て「これは何でできているの?」と聞くと「ガラスだよ」という返事が返ってくる。すると「ガラスは何でできているの?」ととめどなく聞いてくる子供であった。このアサリは高校の化学の授業を契機に「この世界を知るためには化学しかない」と思うようになり化学者となったのである。

 桃九がチロから言い含められてきたことは、シルバを創発現象の研究にむかわせることだった。創発現象は2つの部分から構成されていると思っていた。1つは、因子の組み合わせの数が膨大であることが原因で現象を把握できない部分である。つまり、人類の未熟さによる現象の不理解を思い違いした創発現象である。これを『不知の創発』と呼ぶことにした。そして、この不知の創発を除いて残ったものが本物の創発現象であると考えている。これを『本質の創発』と呼ぶことにした。


第5話 元素の族

 シルバとアサリによって核子の構成と元素の性質の関連性の調査が始まった。しかし、この調査は、困難というより不可能であるように見えた。あまりにもわからないことが多すぎるのである。今日我々はこの元素はこういう性質を持っているという経験則から物質を扱っている。何故、この元素はこういう性質を持っているのだろうと考える人は少ない。依って、シルバとアサリは仮説をたてて実験や観測を繰り返し、仮説が途中で頓挫したりおもわぬ結果を生み出したりすることになる。

 最初は、多重仮説と元素の相の関連性を確かめて見ることにした。相は基本的に、気相(気体)、液相(液体)、固相(固体)の3つであり、温度と気圧の環境により互いに相は転移を起こす。通常状態の物質は、気相⇔液相⇔固相と順番に相転移をするが、昇華と呼ばれる気相⇔固相の相転移現象も存在する。また、物質は臨界点を持ち、それ以上の温度・圧力環境において超臨界流体の相を持つようである。超臨界流体とは、気体の拡散性と液体の溶解性を併せ持つ気体でも液体でもない相である。シルバとアサリは基本となる3つの相だけに焦点を絞った。

 元素の族が出発点となった。元素は18の族に分類される。同じ族の元素は似たような性質を持つことがわかっている。中には例外的な元素も存在するが、彼らは例外を考慮していると大局がつかめなくなる可能性があるため無視することにした。

 第1族(アルカリ金属)の考察から始めた。アルカリ金属は、元素番号3,11,19,37,55,87番の元素が属する。尚、元素番号1番の水素は例外とされアルカリ金属には属さない。この族の共通点は最外殻電子を1つ持っていることである。この族の核子の構成モデルは容易く考えられた。というよりどのような核子の構成モデルであっても矛盾なくアルカリ金属を説明できるのであった。唯一、問題点(注意点)として挙げられたのが、核子の構成と電子の配置の間に関連性はあるのかということだった(これが本題である)。そして、比較できる族がなければ核子の構成モデルは自由であるから、次の族の調査に入った。

 第2族(アルカリ土類金属)は、元素番号4,12,20,38,56,88番の元素が属する。4ベリリウムと12マグネシウムは例外として扱われることがある。この族の共通点は最外殻電子を2つ持っていることである。しかし、これでも核子の構成モデルは自由であった。

 第3族(希土類)は、元素番号21,39,57-71,89-103番の元素が属する。この族の共通点は3価の陽イオンになりやすいことである(シルバはここがよくわからなかった)。

 第4族(チタン族)は、元素番号22,40,72,104番の元素が属する。この族の共通点は最外殻電子を2つ持っていることである(これもよくわからなかった)。

 第5族(土酸金属)は、元素番号23,41,73,105番の元素が属する。この族の共通点は電子配置が周期性を持っていることである(同上)。

 第6族(クロム族)は、元素番号24,42,74,106番の元素が属する。この族の共通点は電子配置が周期性を持っていることである(同上)。

 第7族(マンガン族)は、元素番号25,43,75,107番の元素が属する。この族の共通点は原子価を最大7個持っていることである。原子価とは他の原子との結合可能数である。

 第8族は、元素番号26,44,76,108番の元素が属する。この族の共通点は電子配置が周期性を持っていることである(同上)。

 第9族は、元素番号27,45,77,109番の元素が属する。この族の共通点は電子配置が周期性を持っていることである(同上)。

 第10族は、元素番号28,46,78,110番の元素が属する。この族の共通点は電子配置が周期性を持っていることである(同上)。

ここで8~10族に属する元素は化学的性質により別の2つに分類されることもある。

鉄族元素…元素番号26,27,28番の元素が属する。

白金族元素…元素番号44,45,46,76,77,78番の元素が属する。

 第11族(銅族、貨幣金属)は、元素番号29,47,79,111番の元素が属する。この族の共通点は最外殻電子を1つ持っていることである。

 第12族(亜鉛族)は、元素番号30,48,80,112番の元素が属する。この族の共通点は最外殻電子を2つ持っていることである。

 第13族(土類金属)は、元素番号5,13,31,49,81,113番の元素が属する。5番(ホウ素)は例外として扱われることがある。この族の共通点は最外殻電子を3つ持っていることである。

 第14族(炭素族)は、元素番号6,14,32,50,82,114番の元素が属する。この族の共通点は最外殻電子を4つ持っていることである。

 第15族(窒素族)は、元素番号7,15,33,51,83,115番の元素が属する。この族の共通点は最外殻電子を5つ持っていることである。

 第16族(酸素族)は、元素番号8,16,34,52,84,116番の元素が属する。この族の共通点は2価の陰イオンになりやすいことである。

 第17ハロゲンは、元素番号9,17,35,53,85,117番の元素が属する。この族の共通点は1価の陰イオンになることである。

 第18族(希ガス)は、元素番号2,10,18,36,54,86,118番の元素が属する。この族の共通点は最外殻電子が閉殻となっているため、化学的に不活性なことである。

と、ここまで全てを考察してみたが(実はシルバとアサリは途中で飽きてきていたのだが)、核子の構成モデルと直結するような発見はなかった。気になる点(突破口になることを期待)はいくつかあったが、明日以降に新理論の構築に取り組もうと思っていた。


第6話 族からの課題

 シルバとアサリが元素の族と元素番号から気付いたことがいくつかあった。

 1つは族の番号が奇数であれあれば属する元素の番号も奇数になり偶数ならば偶数となることであった。例外として第3族(希土類)には元素番号が奇数のものと偶数のもの両方が属している。これは、ランタノイド(元素番号57~71)とアクチノイド(元素番号89~103)と呼ばれる元素ブロックを含むためである。ここで課題がいくつかできた。

①偶数族は原子核の中に陽子対のような構造を持つのか?

②同様に奇数族は、原子核の中に陽子対を持つとすれば孤立陽子を1つ持つのか?

③ランタノイドの電子軌道は核子の構成と関係あるのか?

尚、アクチノイドは元素ブロックとしての調査は行わないこととした。理由は、自然界に存在する最大の元素番号は94番のプルトニウムであり、他の元素は人工的に作られたものであるから実験に要する時間が大幅に増加することと元素としての寿命が短いものが多いためである。また、アクチノイドはランタノイドの性質を受け継ぐと考えている。

④ 人工的に作られた95番以降の元素番号を族から外して見ると、第5族と第11族に属する元素番号は全て素数である。これに何か意味はあるのか?

⑤族によって常温などでの相は同一であり、融点や沸点も狭い範囲で似通っているが、これにも何か意味はあるのか?

⑥水素は特別な元素であるが、その特別性は核子の構成と関係あるのか?

と、6つの課題が提起された。

シルバ:「①と②は脈流顕微鏡の改良を待ちたいがどうだろう?」

アサリ:「そうですね」

シルバ:「④の素数の専門家を知っているかい?」

アサリ:「いいえ」

シルバ:「それでは④も保留だな」

アサリ:「はい」

シルバ:「⑥はどうだろう?そもそも水素は中性子の特殊型なのだけど(中性子は素核子と陽電子、電子で構成されている。単体中性子から電子が飛び出すとき、クーロン力によって電子を捕まえると水素になると考えている)……」

アサリ:「化学反応において、水素は様々な形態をとります。但し、軽水素(陽子1個と電子1個)の場合だけですが。重水素や三重水素は核力が必要になってきますから、単純に化学反応だけでその性質を表現することは出来ません。化学の分野では陽イオン化した水素をヒドロン(プロトン)、陰イオン化した水素をヒドリドと呼びます。つまり、誰とでも化学反応(共有結合)を起こせるのです。しかも、孤立電子対を持つ分子には水素結合で結びつきます。水素結合は引力によるものですが、このクーロン力を無視したような引力がどこからくるのかわかりません」

シルバ:「なるほど水素結合は面白いな。水素か中性子を使って核子の結合実験をしてみよう。しかし、これも脈流顕微鏡の改良が必要だな」

 結局、調査課題は③と⑤に絞られた。尚、脈流顕微鏡の改良は利助の極座標配置調査部で行われている。


第7話 ランタノイド

 ランタノイドとは元素の第3族(希土類)に属する元素ブロックで元素番号57~71番が含まれる。通常、原子核内の陽子が1つ増えれば、元素番号が1つ増え、同時に属する元素の族番号も1つ増える。しかし、ランタノイド元素ブロックに含まれる元素は、元素番号は1つ増えるものの族番号は同じ第3族となる。また、2つの共通する性質を持つ。

 1つは、ランタノイド収縮であり、これは原子半径の性質である。一般的な元素の原子半径は族番号が大きくなるにつれ減少し、同族の場合原子番号が大きいほど原子半径は増加する。ランタノイド収縮が特異なのは、周囲の元素番号の原子半径に影響を与えることである。つまり、ランタノイド元素ブロックは原子半径において特異部分となるのである。

 原子核を中心として電子の軌道は複数存在する。軌道半径の小さいもの(正確にはエネルギー準位の低い方)からklmno…殻(軌道)と呼び、k殻を第1軌道として軌道番号が決められる。そして、各殻によって収容できる電子のMAX数が決められている。k殻(第1軌道)から2個、8個、18個、32個、50個...がMAXとなる。通常、多電子原子では、軌道番号の小さい順から電子は埋められていくはずである。ところが、元素番号19(カリウム)からこのルールは破られていく。つまり、これは電子殻のルールの齟齬か筆者の理解不足のどちらかである。どういうことかというと、カリウムの場合、第1軌道2個、第2軌道8個、第3軌道8個を埋めた後、第3軌道に空きがあるにもかかわらず第4軌道に1個の電子を持つのである。そして、元素番号21(スカンジウム)では第4軌道に電子を持ちながら、第3軌道を埋め始めるのである。

 元素番号19(カリウム)と20(カルシウム)は、第4軌道に電子を1個と2個持つ。そして、元素番号21(スカンジウム)から第4軌道に電子を2個持ちながら第3軌道を埋め始める。これは、元素番号29(銅)が第3軌道を埋め尽くすまで続くが、第4軌道に電子を1個持つものもあり、規則性があるともないともいえる。そして、元素番号36(クリプトン)まで第4軌道に規則性を持ちながら電子を埋めていく。そしてまた元素番号37(ルビジウム)から第4軌道を埋めずに第5軌道に電子を持つ。このように電子殻の規則は破れているように感じられる。

 さて、各軌道は小軌道を持つ。spdfgの5つの軌道である。s軌道は2個、p軌道は6個、d軌道は10個、f軌道は14個、g軌道は18個の電子をMAXとして収納できる。ランタノイド元素は第5軌道と第6軌道に電子を持ったり持たなかったりして第4軌道のf軌道を埋めていき、原子価3価で安定(2価か4価で準安定する場合もある)する。これは不規則性を持つように見えるが、第4軌道~第6軌道の通り道は重なっていて、原子核から遠い軌道は曖昧なのかもしれない。ここで第6軌道のs軌道は『貫入』により第4軌道のf軌道と通り道が重なるようである。


第8話 必然の確率

 シュレーディンガー方程式によると原子核の正電荷が電子に影響を与えるとされている。しかしながら、シュレーディンガー方程式は量子力学の基礎方程式である。そして、筆者は量子力学を全く理解していない。

 20世紀初頭アインシュタイン博士は、不確定性原理への反論として「神は賽を投げない」と手紙を送ったそうである。アインシュタイン博士が確率論をどう捉えていたか知る由も無いが、筆者は『純粋な確率』と『必然の確率』の存在を主張したい。これは『不知の創発』と『本質の創発』に似ていて対象物を超ミクロの因子の段階まで分解できたとき(この物語では空間線にあたる)、『純粋な確率』は姿を現すと思っている。『必然の確率』とは、因子(確率対象要素)に不純物が混じっていたり不適当な因子を扱ったりするとき確率は偏りを持ち、その妥当性を疑う説明ができるならば、その確率は意味を失う可能性がある。例えば回帰分析を行うとき、最初から相関性ありきで因子を選択すると、意図したものが相関性ありと結果が出るのは当然なのである。筆者はこれらを総称して『必然の確率』と呼びたいと思っている。

 この世界は様々な要素が絡み合って実に複雑である。この物語では、その絡み合いを「組み合わせ」として捉えていきたいと思っている。組み合わせ数は、要素の種別数と要素が何個連なるかで概略の組み合わせ数が求められる。要素の種別数と連なる個数が決定されれば正確な組み合わせ数が求められるが、それらを決定することは現代の技術では不可能であるように思える。定義によって要素の種別数を決定することはできるが、定義が自然界の事象全てであることを証明することは不可能である。例えば、たんぱく質の一次構造を考えるとき、要素の種別数はアミノ酸20種類となる。しかし、これは「人体を構成するアミノ酸」という条件下の種別数である。

確率を考えるとき、条件が必ず存在する。このとき、確率の結果と条件が完全に独立していることが問題となるが、この世界には完全独立系は存在しない。即ち、確率は条件の影響を受けるのであり、『純粋な確率』を求めるためには無条件下という条件が必須となる。

と、思いつくまま述べてしまったが、上述の内容には齟齬や矛盾、手落ちが存在することは承知のことである。拠って『純粋な確率』『必然の確率』はこの物語の宿題の1つとなる。

 筆者は量子力学を確率の論理であると認識している。この物語では『純粋な確率』以外の確率は登場しない。その理由もあってシュレーディンガー方程式を興味はあるが扱わないのである。方程式とはいわゆる関数である。関数も組み合わせや集合の1要素として扱うかもしれないが、関数だけでは組み合わせや集合の表記(説明)は不可能であると思っている。

 尚、この物語では予測の精度を確率ではなく、可能性(率)として扱いたい。


第9話 原子核と電子の基準値

 シルバとアサリは原子核の構造により、電子殻のルールや電子の軌道の性質が決定されると考えている。特にシルバは自分が主張する多重仮説と電子殻の類似性に着目している。

 原子核内の核子はどのような構造であれ核力により、不規則な振る舞いを起こさないと考えているが、例えば、陽子-中性間の電子交換が不規則性あるいは複雑性を持つならば、それが電子に影響を与える可能性があるのかもしれない。

 そこで、単純な原子モデルを考え、原子の基準値を暫定的に決定しておくことにしたい。

①質量

・ 陽子…16726.219×10の-31乗kg

・中性子…16749.275×10の-31乗kg

・電子(陽電子)…9.109×10の-31乗kg

②大きさ

・陽子と中性子の半径…10の-15乗=0.00001Å

・電子の半径…0とする

・原子の半径…10の-10乗=1űar(arは不確定)

③距離

・原子核の中心と電子の距離…原子の半径±α(電子の各軌道により異なる)

・電子殻の軌道間の距離…as(但し、asは各軌道間で異なるため複数の値となる)として不確定であり、arと密接な関係を持つ。

ここで、質量の値の補足をしたいと思う。

 素核子をd、電子をe-、陽電子をe+とする。尚、下記の各項の単位は質量の値であり、単位を10の-31乗kgとする。

 陽子=d+e+ → d=陽子-e+ …(a)

 中性子=d+e++e- → d=中性子-e+-e- …(b)

(a)式と(b)式に①の値を代入すると、(a)式からd=16717.110、(b)式からd=16731.057となる。この差分の13.947の値は電子交換に必要とする質量エネルギーである。また、電子交換は周期性を持っているため陽子と中性子の質量は周期の角度によって変化する可能性がある(尚、周期が連続しているのか不明である)。

つまり、①の値に2つの基準値が加わることになる。素核子は16717.110×10の-31乗kg、電子変換質量エネルギーは13.947×10の-31乗kgとなる。

 さて、原子核内で働く力は、

Ⅰ クーロン力(電磁相互作用)…影響範囲は無限大

Ⅱ 質量による引力(重力相互作用)…影響範囲は無限大

Ⅲ 核力(強い相互作用)…影響範囲は0.00001~0.00002Å。

Ⅳ 電子交換を行う力(弱い相互作用)…影響範囲は不明(0.00000001Å~0.00002Åと予想される)

である。尚、以下の計算の単位は相対単位である。

(a)陽子(電荷+1.6C)と電子(電荷-1.6C)間に働くクーロン力は、引力(-)である。距離を1Åとすると、その力はクーロンの法則によりF=9×10の9乗(定数)×|1.6×-1.6|÷(1×1)=2.3×10の-2乗[N]となる。

(b)陽子と陽子間に働くクーロン力は、斥力(+)である。

 距離を0.00001~0.00002Åとすると、その力はF=5.76×10の7乗~2.30×10の8乗[N]となる。

(c) 質量による引力(万有引力)は、(a)と同じ条件のとき、F=1.02×10の-47乗[N]となり、(b)と同じ条件のとき、F=4.66×10の-35乗~1.87×10の-34乗となる。

(d) 核力は(b)の値より大きいことを条件に不明である。

(e) 電子交換を行う質量は、13.947×10の-31乗kgであるからエネルギーに換算すると1.00×10の-13乗[J]となる。1ジュール(J)は1ニュートンの力で物体を1m動かすエネルギーであるから0.00001Åの距離を動かす力は1.00×10の2乗[N]となる。

 (c)の質量による引力は桁外れに小さいため、暫くは考慮外としたい。


第10話 物性知覚仮説

 核子の構成がいかようであれ、核子が電子に及ぼす力は陽子-電子のクーロン力だけの

ようであることが、第9話からわかる。

シルバは多重仮説ほど強い主張ではないが、力の等価仮説も持っていた。それは、

{2個の物質(対物質)間に与えるエネルギーは、前話のⅠ~Ⅳの力の方程式の関係を満たすとき、飽和エネルギー状態となる。つまり、飽和エネルギー状態の対物質の持つエネルギーは、力と等価であるとして扱うことが出来る(飽和エネルギー状態の対物質のエネルギー値は1価である)。通常、対物質間は空間線から供給されるエネルギーによって飽和エネルギー状態を維持しているから発生したエネルギーは1個の物質に与える運動エネルギーとなることが多い。運動エネルギーを与えられた物質は移動するため、自分自身と対を組んでいる全ての対物質の状態が変化することになる。それでも対物質間の状態は空間線から供給されるエネルギーによって飽和エネルギー状態を維持する。しかし、運動エネルギーだけが飽和エネルギー状態(光速と等しく)になることが困難なためエネルギーと力を等価として扱えないことになる。そして、運動エネルギーは前話のⅡと密接な関係がある}

というものであった。

 さて、以前に物質が反応するためには、反応対象の情報を知る必要があると述べた。つまり、物質(a)が物質(b)に反応するとき、物質(a)は物質(b)が反応可能物質であることを知っている必要がある。そして、物質(a)と物質(b)の性質により反応の機序を決定する。また、物質(a)が物質(b)に対し一方的に反応を求めることもあれば、相互の情報交換により反応が行われることもある。これを物質の知覚力と呼び、空間線から構成される物質のサブユニット内では、情報の保存が行なうことができるため他の物質に対する知覚力は必要ない(原初では必要だったかもしれない)。尚、電子(陽電子)は1つのサブユニットで構成されているため知覚力が高いといえる。また陽子-中性子間の電子交換に使われる物質(変換質量であると推測されている。または単にサブユニットかもしれない)も1つのサブユニットで構成されていた。そして知覚力はエネルギーとは無関係であり、前話のⅠ~Ⅳの力とも無関係である。

 知覚力は桃九の仮説であり、物性知覚仮説と呼ばれる。物質の形状の全てを頂点に置き換えたときの座標配置により、物質は固有の情報(次元数値)を持つことが出来る。現在、桃九はその次元数値化に苦慮しているようであるが、その問題は知覚力の一部の問題であり、説明のための支障とはならない。尚、凸型を構成する外周の点集合とその内部の点集合は区別して扱われる。

 物質は空間線から構成される物質のサブユニットの集合体であることはわかっている(現在知られている単体のサブユニットから構成される物質は上述の3つだけであり、これを最小素粒子と呼ぶ)。現在知られている物質の最小単位は、上述の3つ以外に素核子だけである。最小素粒子と素核子の集合体は元素となり、元素の集合体は分子となる。このとき元素も分子も局所的に全体集合となり固有の数値(情報)を持つ。分子はさらに集合体を作って高分子化合物となるが、元素と分子や高分子化合物が互いに反応するためには知覚力を備えている必要があり、頂点数が増えるに連れて知覚速度も遅くなると推測している。知覚は反応の前段階であり知覚力による情報収集速度が遅いと反応速度も遅くなる。


第11話 力とエネルギーの換算

 シルバの力の等価仮説によれば、力をエネルギーに換算できることになる。換算に必要な前提条件は対物質に働く力がそれぞれの方程式を満たしたとき(飽和エネルギー状態)となる。

 通常、全ての力は、空間線から供給されるエネルギーで満たされている。重力相互作用は運動エネルギーによって変化しやすいが、力の等価仮説によれば、これを位置エネルギーに換算できるはずである。ところが、地球上を基準とすれば値を求めることはできるが、重力相互作用の飽和エネルギー状態の基準値がわからないため、値は局所的かつ相対的(地球上)にしか適用できない。つまり、その物質が宇宙に初めて存在したときの位置がわからなければ正確な値は計算できないことになる。

 電磁相互作用も重力相互作用と同じく、力に距離(位置)が関係する。しかし、電磁相互作用は、+-の極に働く力である。つまり、+-の極の基準距離を設定すれば、宇宙全体に適用できる式が成立する。1ジュール(J)は1ニュートンの力で物体を1m動かすエネルギーであるから、基準距離のクーロン力(N)がわかれば、エネルギー値(J)が求められる。

 強い相互作用(核力)のエネルギー値(J)は、現在不明である。このエネルギー値(J)を核分裂や核融合の実験で求めることは困難である。核分裂や核融合で得られるエネルギー値(J)は、質量の欠損に依るところが大きく、その質量の欠損から得られるエネルギー値(J)を精度よく測定することが困難であることが理由である。エネルギー値(J)を精度よく測定するためには欠損した質量を精度よく測定しなければならない。確実な実験の方法は核力で結合した対の陽子、中性子、素核子を引き剥がすことが有効と思われるが、現時点でその技術力を持っていない。また、核力の影響範囲が非常に短いため引き剥がした時点で霧散する可能性もある。

 弱い相互作用については、陽子-中性子間の電子交換の過程で残った質量をエネルギー値(J)に換算して、弱い力(N)を求めたが、この値の検証はまだ済んでいない。また、力の影響範囲が強い相互作用と同じかもっと短いと考えられていて、そもそも弱い相互作用は物質の存在する空間内で存在の不連続性も指摘されているのである。

 このようにシルバの力の等価仮説はいくつもの課題を抱えている。しかし、この仮説が立証されれば4つの力(電磁相互作用、重力相互作用、強い相互作用、弱い相互作用)を1つの力として扱うことができるかもしれない。

 仮に上述の課題をクリアできたとしても、エネルギーや力の質の問題が残る。4つの力はそれぞれが異なる質を持っていて、エネルギー値と力の単位(J、N)を統一しているのは、ただ4つの力の大きさの程度を知りたいだけだと思われる。一定の力の程度を知ることができたとき、例えば、電気の力を動力(運動エネルギー)に変換して技術に応用できる。

 見方を変えれば、技術がないから実験ができず課題が残ることになる。シルバは画期的な実験装置を構築できる技術者を欲しいと望んでいた。おそらく、利助たちも同じ思いを抱いているのであろう。


第12話 多重仮説

 シルバの多重仮説によれば、1個の核子は原子核の内側に1個と外側に最大4個の核子と核力により結合できる。これから原子核の中心に陽子か中性子を1個持ち、一重目には最大4個の核子、二重目には最大4×4=16個の核子、三重目には最大16×4=64個の核子、四重目には最大64×4=256個の核子、五重目には最大256×4=1,024個の核子が存在できることになる。

 原子核の中心に中性子1個だけの場合、次の2つのいずれかの振る舞いを起こす。1つは電子を放出し陽子となる。通常放出された電子は、陽子を原子核として、その軌道にのることになる。つまり水素と化すのである。1つは、放出された電子を陽子が捕獲できずに、電子は他の物質と結びつく。いずれにしても中性子1個のとき、不安定となり、陽子に姿を変える。このことから原子核は+の電荷を持つことにより安定すると考えられる。

 ここで原子核の中心を取り巻く核子の位置(何重目にその核子が配置されているか)を重数と呼ぶことにしたい。

 核子は、原子核の内側に1個と外側に最大4個の核子と結合できるが、外側に結合する核子が増えるに連れて、同じ重数に配置されようとする核子に斥力に似た阻害力を働かせると考えている。これは桃九のアイディアで、原子核は複雑性より安定性を重視すると考えたためである(桃九の持論により内側に物質が入り込むと複雑性が増すことになる)。同じ重数に何個の核子が存在するのかは、この阻害力と原子の形成のプロセスのタイミングが関係すると考えられている。すると、同じ陽子数の原子核でも内部構造の異なる元素が作られることになる。これが同素体と関係していると思われる。

 シルバの頭を一番悩ませているのが、陽子-中性子間の電子交換である。核子が2個だけのときは問題とならないが、核子が複数個となったとき、陽子-中性子の対が相当数できることになる。可能性だけを考えれば、中心の中性子の電子が重数の最も高い陽子に移動することもあり得る。また、電子交換は周期性を持っているため波動を作り出す可能性もある。これらの波動が干渉しあい力が増幅することも考えられる。尚、増幅とはエネルギー値は変わらないが、影響を与える力が増える現象である。このとき、力の等価仮説は適用できない。

また、電子交換(弱い相互作用)の力は核力(強い相互作用)の1/1,000,000と見積もられているが、電子交換の数が増え、波動が増幅すると核力にも少なくない影響を及ぼすと考えられる。

 いくつもの課題を抱えているが、さらに原子核内の働きが本当にクーロン力以外の力を電子に及ぼしていないか検証が必要である。また、原子核と電子群を1つの集合体として見た場合、創発現象を仮説によって予測することは不可能であるから、創発現象の有無も検証しなければならない。

 このように、原子核の構成と機序を決定するためには、いくつもの課題を残し、新型の脈流顕微鏡による実験や観察が待たれることになった。


第13話 極座標配置の掟

 極座標配置調査部の利助はいつも、何処かの部署に顔を覗かせていた。そして、何かを見つけ、何かを思いつくと自分の部署へと帰っていった。

「これを試して見ようじゃないか」

 その部署の人々は、このいつもの言葉に慣れていたが、それは軽侮の態度を見せるものはいなかった。むしろ尊敬に値する言葉で、その言葉が発端で新しい極座標配置をいくつか発見している。その極座標配置は全て観測系のものであり、操作系の極座標配置は新しく発見されていない。その理由は新しい極座標配置の実験のとき、得られるデータが観測に関するものだけだったからである。つまり、実験とは得たいデータしかみることは出来ず、例え何かが変化したとしても装置がそのデータを捉えることができなければ、気が付かないということである。これを極論すると実験とか観察は見たいものしか見えないということになる。

 利助の部署は、原子核内の核子を自由に座標配置できる装備を持っていたが、それはシルバの多重仮説に則った配置だけを実験対象にしていた。その理由は2つあって、1つは多重仮説だけでも配置の組み合わせ数は数千万通りあることと、1つは、多重仮説に反する配置をしようとすると、思惑通りの配置とならなかったためである。反する配置では、核子が何かに反発するように予期せぬ移動を行った(これはシルバの多重仮説の傍証となっている)また、チロから教えられた核子の配置も多重仮説の範囲に収まっていた。

極座標配置調査部のほとんどの人員が、脈流顕微鏡の改良に携わっていた。その全員が極座標配置と脈流顕微鏡の原理の知識を持っていた。極座標配置とは、原子核内の核子の座標配置のことをいい、これは同じ陽子数を持つ元素の同素体と関係があり、超同素体と呼ばれるようになった。しかし、超同素体が、自然界に存在することはなかった。自然界の物質は特定の極(空間線)の座標配置パターンにより構成されている。依って、座標配置パターンに影響を与える座標配置パターンは自然界では作られなかったのである。

このことから人為的な超同素体の生成は、自然界(物質界)の秩序を乱す可能性を持っていた。プロキシマ・ケンタウリへ行って戻ってきたグリーン号が搭載していたエネルギー消滅砲などはこの典型で、エネルギー(質量)保存の法則を局所的に破るものであった。桃九らは、このことを知ってはいたが、深く理解はしていなかったようである。やがて桃九らは事の重大さに気が付いて、人為的な超同素体の生成を自粛することになる(この頃には、技術が進んで超同素体は遺物となっているが)。

 エネルギー消滅砲は操作系の超同素体により設計されている。例えば、エネルギー消滅砲はエネルギーを空間線に分解する機能を持ち、直接的に自然界の掟を破ることになる。しかし、グリーン号はエネルギー消滅砲を搭載していたものの使用はしていない。依って、自然界の掟を直接的に破ったときの影響はわかっていないことになる。

 操作系に対し観測系の超同素体は、直接的に自然界の掟を破っていないようであるが、実態は局所的に自然界に影響を与えているのかもしれない。桃九と同じように利助も事の重大さに気が付いていない。そのため、新しい、超同素体は次々と発見されていくことになる。しかし、そのことにより人類の技術は大きく羽ばたくのであった。

 尚、極座標配置調査部は名称を超同素体部とかえた。そして、一人の光学出身の技術者のアイディアにより新型の脈流顕微鏡が開発されることになる。


第14話 光のサブユニット

 1Å=0.1nmナノメートル=100pmピコメートル=100,000fmフェムトメートル=10の-12mである。そして、核子の大きさは1fmである。

 超同素体部が所有する原子核内の核子を自由に座標配置できる装置は、パルスがシルバに与えた装置2台のうちの1台であった。このときの人類が持つ最大の分解能を持つ電子顕微鏡は8pmが限界であったため、核子を映すことはできない。核子を捉える方法として脈流顕微鏡を使うことは可能であったが、捉えた核子のデータは極の配置パターンから構成されるサブユニットだけである。そしてサブユニットは自然界(物質界)の座標系の範疇外にあり、スケールもわかっていない。そのサブニット(正確にはサブニット集合体)と核子の照合を行ったのはシルバであるが、その照合手段はパルスから得たものである。つまり、人類はサブニットや脈流顕微鏡をまだよく理解していない。そのため電子顕微鏡と脈流顕微鏡の間には、相当の分解能と性能の差が存在することになる。

 パルスからの知識によると、脈流顕微鏡の原理は光学系の顕微鏡に似ていて、1つの座標配置(超同素体)が凸レンズの役割を果たし、その超同素体に可視光線を照射することにより、サブユニットを認識できるというものである。一人の光学出身の技術者のアイディアは、照射する光線の放射エネルギーを上げてみてはどうかというものであった。光学顕微鏡では、放射エネルギーを上げると、明るさが増し分解能も上がる。つまり、脈流顕微鏡にも同じ効果が現れるのではないかと言っているのである。

 利助もなるほどと思い実験が開始された。しかし、いくら放射エネルギーを上げても脈流顕微鏡の映像は変化しなかった。ついに光の放射エネルギーの量はγ線に届くまでなった。通常の原子核に一定量のγ線を照射すると光崩壊を起こし、核分裂をしてしまう。これの意味するところは、凸レンズの役割を果たしている核子の座標配置が、壊される可能性が高いということである。それだけならば、実験を中止すれば済むが、破損によって装置そのものに影響を与えるかもしれない。つまり、2台しか所有していない装置の1台を失う可能性があった。

 光(γ線)の放射エネルギーの量は10TeV(10の13乗電子ボルト)を超えた。

「映像がぶれています」

「装置に異常はあるか?」

「いいえ」

「凸レンズに異常はあるか?」

「わかりませんが、破損はしていないようです」

「よし、続けてエネルギー量を上げろ」

「何も見えなくなりました。いえ、何かが映っています」

この時の光(γ線)の放射エネルギーの量は100TeV(10の14乗電子ボルト)を超えていた。

「よし、もっと上げろ」

「うわ~」

「あっ」

 実験室は眩い光で満たされていた。つまり、明るすぎて何も見えなくなったのである。この光は室外にも放出されて、この様子をみた人々は、超同素体部が事故を起こしたと思ったそうである。

「光のサブユニットに触れたみたいね。でも、あなたたちは運がいいわ。光のサブユニットが放射エネルギーを増幅させていたら皆灰になっていたわ。今回は放射エネルギーを分散光に換えたようね。次は、もっと弱いエネルギーで光速を超えた放射にしてみなさい。光速を超えた時点で別の世界を覗くことができるわ」

 このようにチロが、アドバイスをするのは、こんな事故を度々起こされては人類の滅亡に繋がると思っているからかもしれない。


第15話 超短パルスレーザー

 正弦波を、

Y(t)=Asin(ωt+α)

とすると、ωt+αを位相と呼ぶ。t=0のとき、αを初期位相、または単に位相と呼ぶ。Aは振幅、ωは角周波数である。tを仮に時間とする。また、位相は無次元量である。

ω=2π/T=2πf

である。ωは角周波数(ラジアン/s)、Tは周期(s)、fは周波数(Hz)である。sは秒である。

λ=v T= v/f

である。λは波長(m)、vは速度(m/s)である。

 真空中を進む電磁波(光)の場合、速度は光速cに等しいため、

λ= v/f → f=v/λ → f=c/λ

となる。

 複素数を用いた正弦波は、

Y(t)=Acos(ωt+α)+iAsin(ωt+α)

と表せる。iは虚数単位であり、複素数は実数部と虚数部からなる2元数と呼ばれる。

 非線形光学の分野では、従来の電場(方程式)に比例しない発見がいくつか報告されている。例えば、超短パルスレーザーなどは、1フェトム(10の-15乗)秒~1アト(10の-18乗)秒オーダーの電磁パルスを出力し、非線形光学の分野で研究されている。光は1フェトム秒に0.3μm(10の-6乗m)しか進むことが出来ない。そして、パルスを波形で表現することは、適当ではない。何故ならば、パルスが空間に対し連続性を持っているのか不明だからである。例えば、電子回路(CPUなど)の分野ではパルスを矩形波で表わす。これはCPUのONとOFFの信号に用いられる。これによってCPUは2進数を表現することができる。ここで、ONとOFFの間には何が存在するのかという命題を与えられても答えることはできない。また、超短パルスの超短スパンをこのONとOFFの切り替え速度として考えることができる。そして超短パルスレーザーの出力エネルギーは小さくて済む。それは短い時間に出力エネルギーが集中するため、レーザーを照射された物質は(みかけ上)高密度のエネルギーを受け取るからである。

 利助はチロの言う「もっと弱いエネルギーで光速を超えた放射」とは、このことかと思った。超短パルスは虚数部を持つため、物質界の光速度に捉われる必要は無い。虚数部が2の倍数で指数倍されたとき、虚数部は実数となり物質界に影響を与えることになる(実際には虚数は計算のためだけにトリックとして用いられている)。このことから、ONとOFFの間には何が存在するのかという命題の答えは虚数値であるのかもしれない。

 この超短パルスレーザーを凸レンズの役割を果たしている超同素体に照射したところ、光のサブユニットを捉えることができた。しかし、その光のサブユニットの構造は、他のサブユニットと同様に構造を知ることは出来なかった。

 利助は光のサブユニットを観測し続け、いくつかの性質を発見することになる。1つは特定の可視光を照射すると、約3.43アト秒に0.02アト秒の間だけ照射した可視光を増幅し、分光させてスペクトル化を行うことであった。この性質によって超パルス型光学顕微鏡を開発できるようになった。この顕微鏡の分解能は0.341fmである。


第16話 超鋭角とfコーディック

 平面の直交座標系に三角形が存在し、4点目の頂点をその三角形に投入するとき、4点目の頂点がその三角形の内側に投入されるか外側に投入されるかで、全く性質の異なる形状が形成される。外側に投入されるとき、4点目はその形状の外周を構成する頂点の一部となる。この形状は必ず凸図形である。内側に投入されるとき、外周は既存の三角形の3頂点を維持する。そして、その外周の3頂点から内側の4点目に線を描くと3つの領域ができる。

 5点目を投入するときも、4点目と同じで外周の内側か外側かが問題となる。外側のとき、5点目も外周を構成する頂点の一部となる。これは、何点目の投入でも同じである。

 形状を情報媒体として活用するとき、外周の頂点と内部の頂点によってどのような領域を形成するのかで情報容量が決定されていく。

 例えば、外周を構成する頂点による多角形を三斜法によって、複数の三角形に分割することが可能である。但し、分割される複数の三角形は一意に決定されず、多数の組み合わせ数を持つ。例えば、分割する三角形全ての面積を均一に近づけたいとすれば、最小二乗法を用いれば一意に決定することができる。このように分割する三角形の性質を決定すると分割される三角形はなんらかかの最適化手段によって一意に決定できる。これが意味するところは、同一の多角形をなんらかかの最適化手段によって分割するとき、複数の情報形態を持つことが出来るということであり、この多角形の分割方法の種別をfコーディックと呼ぶ。

 このとき、4点目の内側に存在する頂点は、分割された領域(三角形)のいずれかに属することになる。この領域に属する点を1次領域情報点と呼ぶ。属した点を領域の3頂点と結ぶと3つの領域ができる。次に投入した点はこの内側に存在する可能性を持ち、そこに属したときこれを2次領域情報点と呼ぶ。頂点数が増えるに従い次数も深くなっていく可能性を持っている。

 尚、分割する三角形の性質と最適化手段の組み合わせを決定できないため、fコーディックによる情報量を計算することは現在不可能である。

 さて、エバネッセント場やフォトニック結晶、超短パルスは急激な変化や微視的な世界を扱う分野である。これらに共通することは、角度に敏感だということである。例えば、超短パルスにおいて時間をOFFとONのときの値の差で割ると超鋭角となる。超短パルスは虚数値を含むため、局所的に時間が巻き戻っている可能性を否定できないし、局所的にパルスがぶれる可能性もある。もちろん、総体として波は先に進むことになる。

 この超鋭角を上述のfコーディックに当て嵌めてみると、2つの領域の境界線付近の内側の点も境界線の両端から結ばれた線と鋭角になる。つまり、なんらかの理由(上記では時間の巻き戻し、またはぶれを考えた)で僅かに角度がずれただけで、属する領域が異なることになる。つまり、その点の情報が書き換えられることになる。

 結論として、超鋭角あるいは角度に敏感な振る舞いは、それだけでデータを書き換える可能性があるということである。

 これらのことから、桃九はサブユニットがfコーディックと波動(脈)の干渉(脈流)により構成されていると考えるようになっていった。fコーディックが固定されたとしても、脈流は他の脈流の影響により絶えず変化しているため、データを書き換える可能性を持っているのである。また、脈は複素数以上の次元数を持っている可能性もある。


第17話 細胞分裂と誘導

 人体を生育させるとき、いくつかのプロセスを経て受精卵から成体へとなる。そのプロセスをいくつかに分類したい。

①受精卵→胚(胚葉の分化)

②胚→各器官の形成

③各器官の形成→成体

④成体→老化

 尚、この話で④は扱わない。

① 受精卵→胚(胚葉の分化)

(a)1個の受精卵は卵割(細胞分裂)を行い複数の細胞となる。

(b)原腸の形成を行う。この原腸は口と肛門になる。

(c)(b)により細胞群は内胚葉、外胚葉、中胚葉の3つの部分に分かれる。

(a)の時、細胞が細胞分裂を行うことを誰から命令されているのであろうか?…疑問の1

(b)を陥入と呼ぶ。この陥入は誰からの命令なのであろうか?…疑問の2

(b)(c)の時、仮に細胞核の位置を頂点におきかえると、三次元の凹図形が出来上がる。fコーディックは三次元に拡張可能なため、胚は情報を持つことができる。そして、情報を持つということはプログラミングが可能であるということである。現段階では、胚のfコーディックは不明である。また、胚を構成する細胞のほとんどが万能細胞である。

②胚→各器官の形成

 胚の細胞は各器官に対応して、万能細胞から分化した細胞となる。各細胞はfコーディックにより個々が固有のIDを持つことが出来る。胚はプログラミングが可能であるからIDから各器官の細胞に分化させることができる。しかし、プログラミングをしているのは誰なのであろうか?…疑問の3

③ 各器官の形成→成体

 このプロセスは、fコーディックでは説明し難い。何故なら、①と②は部分の拡張であるが、このプロセスは部分から全体を構成するものだからである。つまり、fコーディックは、全体の中でしか機能しない。部分を全体とみなすときは機能するが、部分を集めて全体を構築することはできないということである。依って、fコーディックとは異なるプログラミング手法が必要となる。このプログラミングをしているのは誰なのであろうか?…疑問の4

 疑問の1~3と4が同一の誰かによって為されているのか否か不明である。神経細胞の配線(特に脳内)を考えると疑問の1~3と4は異質のものと感じられる。

 この物語の最初のころに人体を生育させるために設計図と構築手順と大工さんが必要であると考えた。疑問の1~3の構築手順は、fコーディックを用いれば説明できる。しかし、疑問の4の構築手順(大工さん)が依然不明である。そして、これを誘導と呼んでいる。

 DNAは設計図であるが、DNAは部品の型だけを供給する。部品だけでは、配置を決定することはできない。fコーディックは配置を決定することができるが、器官という部分だけに適用できる。仮に、人体が人体と同じ大きさまで細胞分裂を繰り返し、そこから各器官に分化するのであれば、fコーディックで全てを説明できるが、それは現実と異なる。


第18話 脈流通信機Ⅱ型

 利助の部では、脈流顕微鏡によって脈流通信機Ⅱ型の開発が行われている。超パルス型光学顕微鏡が開発されたことで、物質とサブユニットの照合の精度が向上した。それによって調査を保留としていたサブユニットの正体も明らかになってきた。しかし、物質界とその上流界との座標変換は、スケールを無視したとしてもできなかった。それでも、サブユニットの正体を明らかにすることで通信機の性能は向上したのである。

 保留としていたサブユニットのほとんどが素核子の構成要素であった。素核子を構成するサブユニットの数は数百を数えていたが、同種のサブユニットが複数存在するので、構成する種類のリスト作成を目的として観測は始められた。

 ところが、依然として素核子を構成するサブユニットは増減するのであった。しかも、増減のときそのサブユニットは忽然と現れたり消えたりするため、その振る舞いを観測することは不可能であった。ここで考えられることが、2つ存在した。1つはサブユニットの相が変化し、それに脈流顕微鏡の性能が追いつかないことであった。1つはサブユニットの移動速度の問題であった。

 いずれにしてもこのサブユニットの行方を追いかけることは諦めるしかなかった。そして、このサブユニットの全部の個数を数えることも不可能であった。複数個であることは確認されていて最大10個が素核子に留まっていたときを観測している。つまり、最低10個は存在するはずである。また、それが2種類のサブユニットであることも観測されていて、その種類以外を観測したことはない。依って、種類は2種類としてリストに載せることにした。このサブユニットを遷移Aタイプ、遷移Bタイプと名付けている。

 200個以上の光サブユニットも素核子の構成要素であったが、役割は明らかではなく、個数にも差異があるようだった。

 この他に2つのサブユニットを特定している。推測によると、この2つが素核子の本体であり、質量を与える要素と考えられ、主核Aタイプ、主核Bタイプと名付けている。

 結果として、不明な点は多々あるが、素核子の構成サブユニットのリストができあがった。結果として、現在観測できるサブユニットの全てのリストができあがったことになる。

 ところが、利助は「物質密度が低い空間や真空にサブユニットは存在するのだろうか?」と疑問を持った。実験室で真空を作り出して観測してみたが、サブユニットは発見できなかった。利助も脈の基礎の学習により真空中にも空間線が存在することを知っている。というより真空そのものが空間線であるから、利助は真空中でサブユニットが発見できない理由は装置(脈流顕微鏡)の性能の問題であると一人納得するのであった。

 ここから少し飛躍した発想を利助は持つ。「では、脈流通信(実体は脈のパルスである)は、物質中と真空中ではどちらが早いのだろうか?」真空中であるという結論はでていたが、「では、どのくらいの速度差がでるのだろうか?」と考えた。結果は物質の密度により速度差は大きく異なった。しかし、1つの発見があった。物質の密度の高低にかかわらず、物質の外縁部を脈のパルスを経由させるとほぼ同じ高速度を維持できることであった。このことから物質外縁指向型パルスが開発された。このパルスは脈流通信機Ⅰ型の約40万倍の速度を持ち、理論上は天の川銀河の端から端まで約0.8μ秒で通信可能であった。こうして脈流通信機Ⅱ型は実用化されることになった。


第19話 粗末なレーダー

 通信開発部のリーは、発信波の開発を利助の部署に委託し、主として発信器と受信器アンテナの仕組みの開発を行っていた。そして、レーダーが捉える対象は、物質とサブユニットの両方であり、2種類のレーダーを開発することが求められていた。

 リーは利助が超パルス型光学顕微鏡を開発したことを知っていたが、この光の波をそのまま通信に使うことができないことも知っていた。何故ならば、その光の周波数は可視光にのみ限定されていたからである。依って、凸レンズの役割を果たしている超同素体にいくつもの周波数の電磁波を照射し、レーダーに適した出力波を探す必要があった。ところが、超パルス型光学顕微鏡のような微視的な世界では、物質界におけるc=v=fλの関係を超えた速度を瞬発的に出すことができたが、レーダーのように広く物質界の影響を受けた波は、光速度を越えることは出来なかった。このため、物質を捉えるレーダーは、近距離型となった。

 一方、脈流通信機Ⅱ型の応用でサブユニット・レーダーを開発しようとしたが、物質外縁指向型パルスの反射波を捉えることはできなかった。脈流通信機Ⅰ型の反射波を捉えることはできているが、物質とその上流界に存在するサブユニットの座標変換ができないため、距離と方向を確定することは不可能であった。つまり、何処かに何かが存在するということがわかるだけである。

 ここでリーは、「上流界が多元数で構成されている可能性がある」と誰かが言っていたことを思い出した。この誰かが桃九であったような気がして、相談してみた。

「桃九さん、サブユニットが存在する上流界が多元数で構成されている可能性があると言っていましたよね?」

「えっ?そんなことを言った記憶はないけど」

リーは(違う人だったかな?)と思ったが、既に手遅れであった。

「面白い!その可能性が高い!よし、複素平面に絞って考えて見よう」

 この後、桃九は暇さえあれば複素平面系と直交座標系の座標変換の理論を考えることになる。しかし、リーにはそんな余裕は無く、レーダー技術を早く開発したかった。そこで苦肉の策として送信する通信波の物質界の距離を固定することにした。つまり、反応があれば、固定した距離の内部に何かが存在すると考えたのである。その後、通信波の距離を縮めていけば、自分と対象物の距離だけはわかることになる。方向は自分が移動することで決定することにした。反応があった地点となくなった地点から角度が求められる。但し、対象物も移動している場合、この角度は意味を持たない。

 このようにして頼りないレーダーが開発された。物質やサブユニットの精密分析装置の開発もこの部の課題であったが、とうの昔に開発は諦められている。

 物質レーダーの最大有効半径は1光年であったが、精度が悪すぎ実用は0.1光年が限界であった。サブユニット・レーダーの最大有効半径は100光年であった。これの精度はそもそも無いに等しい。


第20話 感性と論理

 論理感性融合局は、局長を東雲としてメンバーはチロ・桃九・アバ・サエ・利助の6人で構成されている。

 この局を設立したのはチロで、他のメンバーもチロの意図することを理解、納得している。チロの意図することは、今存在するものからそれを超越した存在を導き出すことである。当面の研究課題は、創発現象であるが、チロはそれだけでは満足していないようである。

 似たような現象に非線形現象というものがあるが、研究分野ごとに定義が異なり、共通する点は「線形ではない現象」ということだけである。最終的には創発現象も非線形現象も意味が合流するのかもしれないが、その地点へのアプローチの方法が異なる。この物語で扱う創発現象は集合と形状を基盤としていて、非線形現象は関数を基盤としているようである。いずれにしても双方の入力と出力は比例関係とはならない。

 論理は積み重ね(線形)の思考方法である。その積み重ねを高くしていくと必ずトレードオフや二律背反問題に突き当たる。これらの問題は非線形的な問題である。例えば、トレードオフはa=xy(aは定数)で表現できる。xとyの数値の両方を高くしたいと思ってもaが固定されているためそれは不可能である。a=xy → x= a /yとなり反比例の式が導き出される。二兎追うものは、一兎を犠牲にしなければならないのである。そして、論理の展開は非線形問題に突き当たったとき、終結されるはずである。

ところが、最小二乗法などの最適化手段により、これを回避することができるため、論理の展開を先に進めることが出来る。しかし、問題はここで論理展開に誤差を内包することである。これが繰り返されれば、意図せぬパラドックスや矛盾にぶつかることになる。誤差の絡み合いが原因であるから、論理展開の中に原因を捜しても容易にみつけることはできない。現実的には原因の洗い出しはほとんど不可能となる。

 そこで、チロは論理以外の思考手段を望んでいたのである。白羽の矢が立ったのは東雲(旧名円光)であった。東雲は以前真言宗の高僧であった。チロは仏教の中にあらたな思考方法の素を見出していたのであった。仏教は経験則によるいくつかの法則を提示している。例えば、

・緒行無常…すべてはうつり変わるもの

・緒法無我…すべては繋がりの中で変化している

・因縁果…因(直接的原因)と縁(間接的原因)から果(結果)が生じる

・因果応報…一切が、自らの原因によって生じた結果や報いである

などであり、これらは論理的に証明されたものではなく、全てが経験則から導き出されたものである。

 東雲は、仏教と科学の照合と融合を研究していた。未だ結論は出ていないが、科学も経験則を土台としていることから、仏教も科学も相対的な思考方法であると思っている。つまり、人類は絶対的な基準を見つけていないのである。そのため、仏教と科学の融合は不可能ではないと考えている。どちらかがどちらかを一方的に否定することは不可能である。これは、物理学が因果律を認めていることから明らかである。

東雲ら6人の抱える課題は、仏教と科学の関係を素にして感性と論理の融合思考方法を確立することが最優先となっていく。


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