第3-8話 妥協のプロジェクト
第3-8話 妥協のプロジェクト
ガウスの話は長々と続いたが、つまりはこういうことであった。
物質界を構成しているように見える3次元は、それぞれが座標軸を持ち、原点は0で正の実数のみで座標値は決定される。但し、それぞれの座標軸が交差する位置が原点0であるか、座標軸が直交しているか、原点0を超えた負の実数界に何が存在するか明らかではない。
神の子が父から貰った無の領域に投じた源根子から空間線が生成され空間を形成したことは、多くの人々が知っている。それを前提としたガウスの主張は『次元は空間に依存していて、自然界が作った数体系である』というものである。次元はこの世界全体に必ずしも影響を与える必要はなく、局所的なものでも構わないとも主張している。
「次元が空間に依存するならば、存在は何に依存するのだ」
「む~。わたしは肉体を持っていない。お前は持っている。それでも二人の存在が交わるために同じ時間の共有は必要だということがわかっている。何に依存するのだ」
「わたしが聞いているのだ。それにお前の次元論は関数の臭いが強すぎる。今お前が『存在は次元に依存すると主張したならば、即刻会話を打ち切るつもりだった」
「では、わたしの次元論は胡散臭いとでもいうのか」
「とは言わないが、底が浅過ぎると言いたいのだ」
「どこまで賛同してくれるのだ」
「それを言うのは難しい。仕方がないから妥協点を見つけようではないか」
「妥協点か……」
「全ては優のためだ。1つ目の妥協点を決めよう。正数の存在を認めるならば、負数の存在も認めるのか?」
「決め事になるな。ないと思う。少なくとも物質世界では認められない。-1個のバナナなど存在しない」
「大昔の概念に戻ってしまったようだ」
「いや、これは概念ではなく、実現象だ」
「なるほど、わたしはこう考える。この世界全体を統一的に考えるならば概念は必須だが、実現象は局所で起こっているから、概念よりも局所の実現象を考えるほうが大切だと」
「確かに。そもそも、この世界全体を統一的に考えることなど現在の知識ではできない」
「技術を前に推し進めるためには、概念も必要だが、感覚も必要だ。観測とは感覚の延長に過ぎないのだから」
「2つ目の妥協点を何にしよう」
「複素次元も認めよう。そうでなければ、あのアークの手がかりがない。多くが仮説になるが、あの紋章の完全体の製作に着手すべきだ。優の安全を確保するために、あの紋章には絶対手を触れない」
こうして完全体紋章の製作プロジェクトが結成されることになった。しかし、多くの仮説だけが積み上げられ、あのアークの正体は依然として不明である。仮説と可能性を頼りにこのプロジェクトは進められることになる。次元とは何か?存在とは何か?おそらく、絡み合ってくる難問を克服しなければならないだろうが、桃九らは優を救い出すことにようやく着手することになった。




