第3-3話 得難い智友
第3-3話 得難い智友
ガウスは地球に残ることをほとんど決心していたが、それをまだ誰にも告げていない。そのため仮住まいとして桃九の邸宅に精神の暖床がつくられた。そのときを境に桃九は自分の日常の仕事をおろそかにすることが、多くなっていった。
「わたしは、この世界は多次元により構成されていると考えています。そして、1つの次元は1つの関数で表現できるのではないかと考えているのです。しかし、どうやら次元には相が存在すると思われ、そこが悩みどころです。例えば、物質などが波に姿を代えるとき、これを波相に相転移したと呼んでいます」
この会話のきっかけは、優を紋章から如何にして救い出すかという話題からであったが、ガウスにも紋章の完全体がいかなるものかわからないようである。依って、そこへのアプローチとして互いの考えをぶつけあってみようと考えたのである。
「わたしは、関数だけでこの世界を表現することは難しいと考えています」
「というのは」
「集合体を基本にして考えたいのです。関数も集合体の一部です。従来、集合は同種の要素の集まりとされていましたが、わたしは異種の要素の集合体を想定しています」
「素晴らしい。集合体を使えば相をいくつも表現できる。しかし、集合体同士の演算はどうするのですか?」
「そこが悩みどころです。この地球では集合体論の研究が活発に行われいますが、演算どころかその表記法も統一されていないのが、現状です」
「演算や表記ができないのであれば、使い物にならない」
ここら辺りから両者の口調は雑になっていく。
「関数だって、もはや遺跡並みの考え方だ」
「しかし、今はそれしかないのだ」
「だから、集合体を考えているのだ」
「集合体の完成度があがってからなら聞いてやろう」
「一緒に完成させようという気はないのか」
「ないね。わたしは次元を考えることだけでいっぱいだ」
そもそも、数学にも多くの分野がありそのどれかを専門に研究することが一般的である。桃九も集合論が専門分野ではない。桃九は、組み合わせ数などの大量な数を処理する分野が専門である。ガウスは次元論が専門分野である。依って、二人とも集合についての詳しい知識を持っているわけではなかった。
「よろしい、相に限っては集合体の概念を採用してやろう」
「なんだと、もとはといえばお前が優を紋章の中に閉じ込めたことが問題なのだぞ」
「い、いや。それを言われると辛い」
「ともかく、優を紋章の中から救い出すことが最優先だ。集合体論などどうでもよい」
「い、異論はない」
口調が変わっていることに二人とも気がついていなかった。ただ、自分の思考を思いのままぶつけられる相手が見つかって嬉しかっただけなのである。こんな感じで毎日二人の論議は続いた。ガウスも地球に残ろうとは思っていたが、今では切実に残りたいと思うようになっていた。しかし、それを言い出す機会もなく日々は過ぎていったが、結果としてはガウスが地球に残ることは当たり前だと誰もが思うようになる。




