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脈流(RW1)  作者: 智路
第1部 雛のはばたき
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第5章 銀河の旅人

第1話 人類代表

チロが呼び集めたのは、桃九、利助、円光、アイン、サエの5人であった。精太郎は昨年、急性の心臓疾患で亡くなっていた。これに精神体の勝智朗が加わり6人がチロの話を聞くことになった。

「皆さんには人類の代表として多くのことを学んでいって欲しいと思っています。人類の技術的あるいは精神的支柱となるよう励んでください。学ぶといってもわたしが教えることはそう多くはありません。自ら学びの道を切り開いて、できればわたしの知らないことを得ていって欲しいのです」

 チロはこの5人を不老化したかった。チロが施術すれば簡単にできるが、チロは複雑な構造や機構を持った人体にできれば施術したくないと思っていた。チロは創発現象を未だ解明していないので、複雑なものに意図を持って施術したとき、思わぬ弊害がでる可能性のあることを知っていた。つまり、人類に23番目のアミノ酸は用いないことに決めたのである。ただ、強力な自己修復機能を持つ25番目のアミノ酸を施術することは仕方がないと思っていた。25番目のアミノ酸を含むたんぱく質や酵素群は人を限りなく不死に近づける。この25番目のアミノ酸を施術するために、5人を呼び寄せたのがチロの本当の目的であった。しかし、その施術には、不老化という条件が必要である。不老化していなければ、自己修復機能の効力は極端に落ちるため施術は行わないとも決めていた。

 桃九は88%、利助は72%、円光は84%、アインは42%、サエは33%であった。この数値は不老化を100%としたときの達成率を表す。通常の人類は3~5%であるのに対して皆遥かに高い数値をしめしているが、まだ100%ではなかった。この不老化率を高めるためには受感部と幹卵器官の成長が必要となる。受感部は精神修行において幹卵器官は強い学びへの探究心が有効である。チロは一人々々に課題を与えていった。

 まず利助が呼ばれた。あなたにはこの小部屋に入って貰います。その小部屋には見たこともない材質の精密機械と思われる器具がおいてあった。

「この中にU-1型ウイルスを閉じ込めてあります。そして、これが観察器です。あなたにはU-1型ウイルスの構造や機構を調べて貰います。但し、一日に4時間だけは皆と一緒に精神修養に励んでください」

円光には、

「あなたの受感部はほとんど100%に発達しています。弱いのは幹卵器官になります。おそらくあなたの探究心は仏教を思う気持ちなのでしょう。しかし、これからはこの器械の前で仏教とこの器械から得られる情報を融合していってください。精神修養のときは皆の手助けをお願いします」

 アインには、

「この器械には脈の基本が記されています。あなたの目的は脈を観測できる装置を作成することです」

 サエには、

「貴女に精神体が見える理由がわたしにもわかりません。貴女はわたしか勝智朗さんと行動を共にしてわたしたちと人類の通訳ができるようになってください。おそらく見えるのですから会話もできるはずだと思っています」

 これらの会話は桃九を通訳として行われている。精神体であるチロと勝智朗は受感部の分枝を複数持つ桃九か、分枝を1つ持つ利助の分枝に入り込まないと人と会話が出来ない。通常、人は受感部によって己の精神体と肉体を繋いでいるので、受感部はその人の精神体で埋め尽くされているのである(桃九の受感部も桃九の精神体が占有している)。よって、分枝を持たない者にチロたちは入り込めないのである。サエにはこの方法ではなく、チロと会話できるようになって欲しいと思っているのであった。

 最後に桃九には、

「利助とアインの橋渡しを務めてください。あなたの場合、円光さんと逆で幹卵器官は100%に達しています。研究もしながらできるだけ円光さんと行動を共にするようにしてください」


第2話 対消滅炉

 太陽から4.22光年離れた恒星であるプロキシマ・ケンタウリは、ケンタウルス座に位置するα星の第2伴星である。赤色矮星であり太陽と同じ恒星であるからこの星に着陸することは現在の科学技術では不可能であるが、この恒星に木星の10倍ほどの大きさの惑星が存在すると人類はチロから教えられていた。あの事件から数年が経ち、太陽系からの脱出、つまり恒星間航行を人類は為そうとしていた。往復で2年以内が目標とされて、ムーではこの開発が進められていた。時は2040年を迎えようとしていた。

 遡ること2年ほど前に最初の成果を示したのは桃九と利助であった。当時の様子を振り返ると、

「利助さん、わたしは核融合と電子-陽電子の対消滅とエネルギーを食するウイルスの関係について調べたいと思っていますが、生物学についてはまるで疎いので、このウイルスの生物学的な調査をお願いできますか」

「わかりました。わたしは、このウイルスを人工的に生成できるくらいまで調べたいと思っています」

ということで、U-1型ウイルスの調査が始められたのだが、桃九の成果は数日するとあがってきた。

「機構は実に単純ですね。水素の核融合を起爆剤として電子-陽電子の対消滅を起こしているに過ぎません。やっかいだったのが陽電子を孤立させる部分でした。これはヘリウムなどの軽元素で起こっている陽子-中性子の電子交換のとき、電子と陽電子の配置転換も行っているのです。この結果陽子は反陽子となり、中性子も反陽子になってしまうのです(幸いだったのはこの陽子-反陽子の対消滅を起こす機構をウイルスが持っていなかったことである)。おそらく、ウイルスの持つ酵素が関係していると思われるので、利助さんに電子と陽電子の電子交換のときの配置転換のメカニズムの調査をお願いしたいのです」

「おお、これはいい情報を貰いました。酵素の機能がわかれば、そこから追っていけるので調査が楽になりますよ」

 利助は、酵素の調査にとりかかったが、どうしてもわからない部分があった。

「途中までは酵素の機構を解明したつもりですが、最後の電子交換に関与している部分がわからないのです。どう考えても物質的に行われているとは思えないのです」

 電子交換に関与する問題は保留とし、桃九と利助は陽子-反陽子の対消滅実験に着手した。利助はU-1型ウイルスの培養に成功していた。ウイルスに少しずつ水素を与えてやれば実におとなしいのである。与える水素の量を間違えると大惨事となるが、防御機構としてCaOと液体酸素の防壁が施されていた。問題なのは陽子-反陽子の対消滅は電子-反電子の対消滅の約5万倍のエネルギーを発生させるため、エネルギーを吸い取る対になっているウイルスが耐えられるかということであった。尚、桃九らは核融合や対消滅を起こすウイルスを核反応ウイルスと名付け、エネルギーを吸収する対のウイルスを核処理ウイルスと名付けている。

 厳重に管理された実験場に同じ数量の核反応ウイルスと核処理ウイルスを少量持ち込み、核反応ウイルスを利用して桃九が開発した電子-陽電子の対消滅を起爆剤とした陽子-反陽子の対消滅の実験を行った。結果として核処理ウイルスは出力されたエネルギーの0.02%ほどを吸収して反応を止めた。数日後、核処理ウイルスは産卵して核反応ウイルスと核処理ウイルスを増殖させた。再度、実験を行うと吸収するエネルギー量のパーセンテージは変化しなかった。このように核反応ウイルスと核処理ウイルスの数の割合を変えたり、連続実験の回数を変えたりしながら桃九らはデータを取得していった。

 その結果できたのが、核反応ウイルスを炉の中心部におき、核処理ウイルスを防壁部においた対消滅炉であった。核反応ウイルスによって生成されたエネルギーを機関に送り、残ったエネルギーの処理を核処理ウイルスに任せようという発想は成功した。炉の防壁に物質を用いると高熱などにより損壊する危険があるが、核処理ウイルスならばその心配はなかった。増殖した核反応ウイルスは炉の中心部に送られ、核処理ウイルスは防壁としてその場に残った。尚、燃料には液体水素とヘリウムなどの軽元素が用いられることになる。


第3話 初めての脈

 桃九は利助のところだけでなく、アインのところにも研究のため通っている。最初の頃は、新しいおもちゃを与えられた子供のようにはしゃいでいたアインも、暫くするとため息が多くなっていった。

「このパルスの言うことは理解できているつもりだけど、実験できないから確かめられないよ」

 アインは根っからの物理学者である。最大の興味は実験によって自分の思考を確かめることであった。桃九にとってパルスの言う言葉はチロルの言葉より理解が難しかった。もともと数学や情報工学を専門にしていた桃九とパルスの相性は悪いようであった。この器械にパルスと名付けたのはアインで、「チロから脈についての基本を学べ」と言われたとき、まっさきに連想した単語がパルスであった。

「どうやって、脈の存在を確かめろというの?」

 パルスには脈の起源から物質を構成するまでの簡単な過程が記されていた。

 この世界は神の世界に住む神の子が源根子の1種を無の領域に投入したことから始まる。1つの源根子は1つの空間線を生み出し、空間線の両端に+と-の極を持つようになる。さらに源根子を無の領域に投入していくと必ず空間線の極は別の空間線の極と結びつき新しい空間線を生み出していく。このとき、空間線は両端に異符号の極を持つとき引力(-)を発生し、同符号のとき斥力(+)を発生する。つまり、ノードに+-の属性を持ち、エッジを空間線(+-)とする完全グラフができあがることになる。また、現時点でも源根子の投入は行われているため空間線は増えていることになる。異符号の極の対が同一座標に存在するとき、対消滅を起こし極と繋がる空間線全てと共に神の世界に帰ることになる。同符号の極は反発しあい同一座標に存在できないから対消滅を起こさない。空間線同士が接近すると振動を起こし波動を発生させる。この波動は++、--、+-のときで異なり、この波動のことを『脈』という。

 空間線は集合体となることで、種々の性質を持った生成物となる。生成物(集合体)から見ると空間線は微小なため、連続した空間のように見える。この生成物は性質によっていくつかの世界を作っていった。物質も生成物の1種で1つの世界(つまりわれわれの存在する世界)に存在するようになる。

 神の子は源根子と一緒に桃の精もいくつか投入した。限りなく広がるように見える空間を調べるために桃の精は精神を分割し2つ、4つと増やすことにした。しかし、分割する度に記憶が薄れることに気が付き精神分割を止めたものもいる。その1つがチロである。気が付かず延々と精神分割するものもいて、その末端のものが人の精神となる。

 極(+-)の座標配置により生成物の性質が決定されていくが、そのパターンも生成物を構成する空間線(あるいは極)の数量も不明である。おそらく、最低でも1兆本くらい以上の空間線が見込まれるが確かな数値ではない。尚、空間線の集合要素が決定されれば、極の集合要素は一意に決定され、逆も同じである。その意味において空間線の集合と極の集合を同一として扱うことがある。但し、これは空間線と極が完全グラフであるという前提がある。

 このような知識を得たアインであったが、これをどうやって確かめろというのだとぼやいているのである。あるとき、そこへ利助が物質ではないようだと言っていた電子-陽電子の配置転換酵素を持って桃九がやってきた。アインの目はその反応過程を見ているうちに輝きだした。

「もしかしたら、これがそうかもしれない」


第4話 電子-陽電子の配置転換

 電子-陽電子の配置転換酵素の反応過程を観察しながら、アインは同時に思考を働かせていた。確かにある過程までくると、物質像の一部が陽炎のようにぼやけてくるのであった。何度も観察している中にアインは電子と陽電子だけに焦点を合わせるようになっていた。それまでは酵素の働きばかりに目がいって全体像を掴めなかったのである。この反応において重要なのは電子と陽電子の配置転換が起こり、陽電子が原子核の外に放り出されて、素核子と電子が結合して反陽子が生成されるという反応結果である。

 陽子は素核子(電荷0)と陽電子(電荷+1)が結合したもので、中性子は素核子(電荷0)と陽電子(電荷+1)、電子(電荷-1)が結合したものである。この陽子と中性子が核力で結合されるとき、電子の交換を周期的に行い陽子は中性子に、中性は陽子に変換されている。これを三角関数(仮にsinθ)に当てはめて見ると、周期が0かπのとき電子は中性子と陽子の中間に位置し、周期がπ/2か3π/4のとき、中性子と陽子のどちらかに位置することになる。正確にいうとπ/2か3π/4のとき電子を結合させているほうが中性子で、もう一方が陽子となる。しかし、これは概念であり、実際には電子の振る舞いはこれとは異なる。π/2か3π/4のときの結果は同じであるが、周期の途中では電子は相をエネルギーに変えている。

 酵素が電子を捕獲するのは、相を物質に変えた瞬間であった。と、同時に陽子に結合している反電子も捕獲しているようである。電子と陽電子はクーロン力(引力)によって引き付けあうが、酵素が働かない通常の電子交換では素核子の2極に分離されクーロン力が働くことはない(中性子の通常状態)。酵素が働くと電子と陽電子は極限まで接近するようである。そして、ここが捕らえきれない箇所なのだが、電子と陽電子はすり抜けるように自分の方向を変えずに進んでいく。問題はこの箇所なのだとアインは思った。

 現代科学の量子力学にトンネル効果という現象が存在する。これは微小な世界において例えば電子が障壁をすり抜ける現象のことをいうが、それとは異なるようであった。

物質は空間線の集合体であり、極(+-)の座標配置により生成物の性質が決定されていく。裏を返せば極(+-)の座標配置パターンが電子としての要件を満たさなくなれば、電子(陽電子)は物質としての性質を失う。(そして、物質としての性質を失ったもの同士は衝突しないが交差すれば互いに干渉しあうことになる。衝突には多大なエネルギーを必要とし、物質でなくとも異なるものが同一座標に存在することはできないからである。)

 まだ電子と陽電子であるとき、クーロン力によって極限まで接近した電子と陽電子は運動エネルギーを与えられたことになる。クーロン力は距離の2乗に反比例するからこの運動エネルギーはかなり高いと思われる(衝突させるほどではない)。極限接近状態の電子と陽電子は、次の式で表すことが出来る。

・電子(陽電子)のエネルギー=電子(陽電子)の質量変換によるエネルギー(物質相)+運動エネルギー(エネルギー相)

 この状態のとき、電子(陽電子)が非物質化すれば、

・非物質=非物質(非物質相)+運動エネルギー(エネルギー相)

つまり運動エネルギーを持った非物質になるのではないかとアインは考えた。非物質ならば、すり抜けることができて、すりぬけるための時間は運動エネルギーによって短時間で済むはずである。

 しかし、アインはこれを確かめる術をもっていなかった。


第5話 ジャンクDNA

 利助によって核反応ウイルスのDNA分析が終わった。それは核反応ウイルスのゲノム(遺伝情報)が明らかになったことを意味した。このウイルスは、地球上の生物のDNAとほとんど同じ構造を持っていて、擬似アミノ酸の種類17個から3つのアミノ酸を選択したコドンを持っていた。そのコドンの照合によって、たんぱく質や酵素などを生成するようであった。しかし、発現していないDNAや捨てられたDNAもゲノムに存在するため、目的とする電子-陽電子の配置転換酵素の特定に多くの時間を必要としたので、ムーの生物関係の科学者の多くが手分けして、発現しているDNAの特定に時間を費やしていた。

 もう1つのチームが存在し、そのチームはすでに明らかになっている電子-陽電子の配置転換酵素そのものから機序解明のアプローチを行っていた。最初の実験はヘリウム(He)の原子核にその酵素を投与することであった。しかし、反応の兆しすら見えなかった。考えられることは、その酵素が複合酵素群の一部に過ぎない可能性であった。複合酵素群は、複数の酵素あるいはたんぱく質の集合的作用によって、酵素としての機能を発揮する。人類は補酵素などでこれを見ている。

 その複合酵素群を核反応酵素セットと呼ぶことにした。問題になるのが何個の要素で1セットとなるかであった。このセットの構成要素数をNとしておきたい。次にセットの要素(酵素など)の特定である。この要素の種類数をMとする。すると、反応の機序には投与する酵素の順番が影響してくるからMのN乗通りの投与手順が存在することになる。例えばN=5、M=5のとき、3125通りの投与手順が存在することになるから全ての実験が終わる日時を予測できない(くらい長期間を要する)。ウイルスは、その中の正しい1つの投与手順を知っているから素早く反応を起こすことができることになる。しかし、運がよければ数回の実験で済むかもしれないし、N=M=4以下であれば、力ずくの時間で実験できるかもしれない(このように計算してみると現実的ではない手法が多々存在するが、現在の人類は運のよさか根気強さで現代の文明を築き上げてきた。しかし、これからの発展には大量かつ複雑なデータを処理する技術が必須と思われる)。

利助らが用いる手法は因子と思われる酵素を特定して、それを繋ぎ合せるという従来型のもので、運がよさか根気強さを必要とした。

 因子と思われる酵素の特定が終わり、特定された酵素は3つに過ぎず、実験はすぐ成功するかと思われていたが、電子-陽電子の配置転換の箇所にくると反応はとまってしまうのであった。3つの酵素の投与手順は3の3乗であるから27通りしか存在しない。これにウイルスの反応手順から得た条件を加えると可能性の高い手順は数通りしか残らなかった。その手順全ての実験を行ったが、上手くいかなかったため、27通り全ての実験を行うはめになった。それでも上手く反応は起こらなかった。考えられることは、構成要素数が3ではないことである。つまり同じ酵素を2度以上投与している可能性がある。このことから投与手順は3の4乗以上であることがわかる。1つのチームは根気強く、手順の可能性を消していった。

 DNAが発現しているか否かを特定するのは比較的簡単にできる。DNAがRNAに転写されるときDNAにはプロモータなどの上流(プロセス起動)部が存在する。この上流部が活性化されているか否かでDNAの発現の有無を調べることが出来るのである。

 利助は特定した3つの酵素の他に漏れがないか調べていた。思い当たることはなかったが、気になるDNAが1つ存在した。それはコドン表に照らし合わせると意味不明の配列を持ち、おそらく進化の過程で捨て去られたものだと思っていた(これをジャンクDNAと呼ぶ)。ところが、これのプロモータが活性化しているのである。利助はこの配列をやがて免疫機構によって駆除される運命にあるDNAだと思っていた。しかし、いくら調べてもこのDNA以外に反応に関与すると思われるDNAは見つからない。

 「ダメもと」という面持ちで利助は、そのDNAを3つの酵素と組み合わせて実験を開始した。すると、反応はスムーズに完了し、思わぬ結果となったのである。


第6話 光速を超えるもの

 核反応酵素セットの話を桃九から聞いたアインは、それを見たいと言い出した。そのため桃九は利助のところから核反応酵素セットを一式アインのところに持ってきた。ここでも実験は可能なのである。核反応酵素セットによる実験を観察していたアインは言った。

「もしかしたら、これがそうかもしれない」

 今回とU-1型ウイルスの反応の観察で代わり映えしたところはあまりない。しかし、前回はU-1型ウイルスが起こした反応で、今回は利助たちがウイルスから特定した酵素を人工的に繋ぎ合せて反応させたものである。アインの興味はゴミ同然だと思われていたジャンクDNAにひきつけられていった。

 『物質は空間線の極(+-)の座標配置のパターンで性質が決まる』

 アインはこの意味をよく掴めていなかった。自分の考えが正しいかどうか確かめる術もなくただ悶々とした日々を送っていた。それが、確かめる術が目の前にあるかもしれないのだ。ジャンクDNAが座標を示す情報であることにアインはすぐに気が付いた。酵素による化学反応は物質間だけのものである。電子-陽電子の配置転換のプロセスには、非物質が関与している可能性が極めて高い。物質が非物質に反応を与えるためには、何か未知の手法があるはずだとアインは思っていた。

 ジャンクDNAの開始コドンからいくつかのコドンはこのコドンのヘッダ部であるらしい。ヘッダ部の下部に存在するコドンが座標を示すのは明らかと思われた。いや、アインにとっては、そうでなくてはならないのだ。幾分願望の入り混じった実験が始まった。いくつ目のコドンから座標を示すのかわからないから実験は丸一日かかってしまった。アインはジャンクDNAのコドンのデータを少しずつ変えて実験をした。幾十目かの実験のとき、電子-陽電子の配置転換に異常がみられた。反応しないのではなく、反応した結果、電子と陽電子が物質のまま掠ったような観測データがモニターに映し出されていた。

「やった」

 アインはこの現象を、1つの座標データを書き換えたために起こった現象だと思った。つまり、コドンの座標値の部分に触れることができたということである。後は遡って座標データ部の開始位置を探すことが次の課題となった。やがて、アインはこのDNAのヘッダ部の一部とデータ部を書き換えることに成功する。しかし、書き換えたデータでは反応は上手く起こらなかった。

次の日、桃九がやってきたとき、

「見つけたようね」

とチロに話しかけられた。

「次のステップにいくわね。パルスの前に座って」

 アインがパルスを起動させると、昨日とは違う情報が入っていた。それによると、極小の世界では、物質であっても特定の極の座標配置を擬似的に作ることが出来て、脈を操作することが可能になるようである。この座標配置によって脈は増幅され、脈の干渉波や合成波ができる(つまり1つの新たな脈流の発見となる)。脈流の種類は数え切れないほどあり、物質も脈流の1種である。生成される干渉波(合成波を含む)の数や波形によって脈流は性質を変えていく。

「遠くの星に旅するためにこれが必要になるわ」

 パルスに映し出された内容は、コドンによる極の座標配置決定法ではなくメカ的な決定法であった。メカ的とは生物に比したもので実際は核子レベルでの決定法であった。その極の座標配置は、脈流による通信手段であった。これにより、光速の数十億倍の速さの通信手段を手に入れたことになる。


第7話 波

 極に直結する脈を操作することは、神の子への反逆に似たものを感じていて躊躇いがあったのである。おそらくその躊躇いは、これからも持ち続けていくのであろう。そのため、脈の操作は集合体となった脈流に対してだけ行われることになる。しかし、チロも全ての脈流の振る舞いを知っているわけではない。また、脈についての関与は控え、人類に全てを任せるべきなのだろうかとも思い悩むチロであった。

 アインは脈と脈流を自分の持つ知識の波の性質におきかえて思考を進めてみることにした。ここでは正弦波についての構成要素を記したいと思う。周波数・振幅・速度・波形(ここでは正弦波)が波の基本構成要素となる。波は原点を始点として波形を描いて原点に戻ったとき1回の波が発生したと数える。一回の波の発生に要した時間を周期T(s)としたとき、その逆数が周波数(f)となる。つまり、周波数は1秒間に発生する波の個数となり、単位Hzであらわす。振幅は波の大きさであり、波形中の最大値を表す。最大値は絶対値であり、正負は関係ない。速度は、1回の波が進む速度であり、これをv(m/s)とするとT(s)×v(m/s)が波長λ(m)となる。

 複数の波が混じるとき、互いの波が干渉しあい、合成波ができる。通常は、波の大きさの相殺か、合算になるが、時に予期せぬ振る舞いをすることもある。つまり、アインが脈を波に置き換えて考えてもさほど進展はなかったことになる。

脈流通信機Ι型の開発により光速の数十億倍の速さの通信手段を手に入れた。その簡単な原理は次の通りである。

 光は物質の制限を受けるため、一秒間に最大30万km進むことになり、それ以上の速度を出せない。全ての空間線の重みは1であり、物質の距離にとらわれない。即ちある点Aから点Bに移動するとき、物質界ではその間を距離で表し、非物質界(物質界を生み出した上流界)では辿る空間線の本数で表される。この関係は対数で表現され、距離が長いほど、空間線の本数の増加は少なくなる。依って、数光年の距離では、光速の数十億倍の速さを持ちうることが出来るのである(距離が縮むことにより速度が速くなる)。


第8話 核処理ウイルス

 核反応ウイルスと対になっているのが、核処理ウイルスである。このウイルスは核反応または対消滅により発生したエネルギーを吸収する能力を持っていて、そのエネルギーを使ってウイルスを産卵して増殖しているようにみえた。

 しかし、脈と脈流の知識を得たアインは別な見方をするようになった。核処理ウイルスも核反応ウイルスと同じようにコドンによる極の座標配置決定法を持っていて、それによりエネルギーを空間線に戻しているのではないかと考えた。すると、そのエネルギーであった空間線は物質界に影響を与えなくなる。依って、第4話でアインが想定した運動エネルギーも空間線に戻されている可能性が高い。アインは実験によって、これを確かめることにした。

 話は少し遡るが、アインに助手が一人つくことになった。彼はリーという名の中国人(漢民族)であり、不老率24%の人類代表候補であった。現在、人類代表に選ばれているのは、桃九、利助、円光、アイン、サエの5人であり、彼らの不老率は30%を超えている。チロは明確に人類代表とその候補の境を30%と決めているわけではなかったが、概ね30%が境界値といえるだろうと思われる。通常の人類は3~5%であるから10%を超えると不老率は高いといえる。そしてムー5島(今後ムー5と呼ぶ)で教育を受ける資格も不老率10%以上であった。20%を超えると研究する資格を得ることができる。尚、不老率は受感部の発達率と幹卵器官の発達率を足して2で割った値である。

 研究する資格を得て1つ以上の成果をあげるか、超人類による推薦をチロが認めるかで人類代表候補となることができる。リーは(超人類ではない)アインの推薦であった。多忙であった核反応ウイルスの実験のとき、助手が欲しくてたまらなかった。そこで以前一緒に仕事をしたことがあるリーを助手にして欲しいとチロにせがんだのである。

 リーという助手を得たアインの研究速度は格段にあがった。手分けして実験を行い、それを照らし合わせる日々が続いたが、予想より早く実験結果がでた。そして、搭載する装置まで開発してしまったのである。

 実験の結果わかったことは、核処理ウイルスが選択性を持っていることであった。エネルギーを空間線に変換するコドンの座標配置を持っているのは予想通りだったが、このウイルスは核反応ウイルスの影響により発生したエネルギーだけに働いていた。しかし、この選択性の条件がわからなかった。例えば、一定時間(1msなど)の経年変化の差分が条件かとも思われたが、未だにはっきりしたことはわかっていない。

 実験はさらに進み、アインとリーが開発した装置は、エネルギー消滅砲であった。尚、この装置の弱点は物質には全く影響を与えないことであった。


第9話 プロキシマ・ケンタウリへ

 時は2045年、プロキシマ・ケンタウリへの出港準備が着々と進められていた。エンジンは対消滅炉を2基搭載し、1基がメインエンジンである。今後の基準のためにこのメインエンジンの最大出力を1emax、巡航出力を1ecruとしておきたい。1emaxは、1ecruの約1.5倍の出力である。巡航出力でプロキシマ・ケンタウリまで航行(巡航速度)したとき、片道約1年未満が見込まれている。尚、航続距離は11光年となっている。

 サブエンジンはメインエンジンと同じ仕様であるが、常時はエンジンとしては使われず、重力制御ジャイロや各種装置の動力として使われていた。エンジンとしても使用可能であるが、装置の使用頻度などでどのていどエンジンに出力を送れるかは状況次第となる。

 機体の形は円盤型から葉巻型となった。これは対消滅炉の導入でエンジン出力が飛躍的にアップしたためと、同じ理由で重力制御ジャイロの安定力が増したためである。全長は1120m、最大胴体直径は280mとなっていた。

 主な装備は

・ 重力制御ジャイロ

・エネルギー消滅砲-使うときがあれば、危険が迫ったときと考えられるのでできれば使いたくない。

・対消滅砲-主として宇宙の瓦礫駆除などに用いる予定である。

・脈流通信機Ι型-既にⅡ型の開発に着手中である。未解明の部分が多いため、逆に可能性を秘めた通信機となる。Ι型は光速の数十億倍の速さである。

・偵察機3機

・観測機2機

・地上観測車12台

であった。

 チロがいうにはプロキシマ・ケンタウリを含む近傍の恒星系に有機物は存在しないようである。今回の最大の目的は恒星間航行を成功させることで、プロキシマ・ケンタウリの惑星に着陸して地球に帰ってくれば成功ということになる。ついでに木星の10倍ほどの大きさの惑星の環境の調査をしてこようというわけである。

 この機体には『グリーン』という名がつけられたが、この名は人類が自分たちを戒めるためにつけたものであった。こうして「青くさい」恒星間航行機はハードの面では準備万端となった。

 艦長に立候補したのはラーであった。誰が見ても適任と思われ、チロも認めたが、チロは不安を1つ持っていた。確かにラーは長年生きてきて経験豊富で、統率力も知識も含め総合能力では、地球上で並ぶものはいないだろうと思われる。しかし、咄嗟の判断力、つまり判断の瞬発力が劣っているようにみえるのであった。ただ行って帰るだけの旅行気分の航行であるが、未知の世界への旅路である。なにがあってもおかしくはないのだ。

 チロは、一人の人間を補佐官に任命した。ケニア出身のアバという人物だった。この人は本来数学者であるが、数学者としての潜在能力はそれほど高くないようである。若い頃に野生のライオンと格闘したことがあるという逸話の持ち主でチロの評価はむしろここにあった。根が数学者か野生児かわからないが、必要な情報を瞬時に感じ集めることができた。その情報を元に判断の瞬発力が類をみないほど早かった。仮に情報が欠けていたとしてもそこを瞬時に繕い、同じように判断をくだす。つまり、理性と感性が融合したような思考の持ち主であった。


第10話 集合とコンピュータ

 飛び立ってから3ヶ月目のグリーンの艦内は、そろそろ環境に皆が慣れ始めた頃だった。搭乗員数867人で航行するグリーンの艦内には十分過ぎるほどの娯楽施設が、用意されていた。これは往復で最低2年間の搭乗生活をすごす搭乗員のストレスをできるだけ減らそうという配慮があったのである。

 アインの助手であるリーも搭乗しているが、これは脈流通信機Ι型のテストと調整のためであった。現在、開発している脈流通信機Ⅱ型にΙ型の不備な点を改良してとりいれようという思惑である。尚、Ⅱ型はΙ型と異なるアルゴリズムで開発されている。

 現時点(2045年)と2015年を比べて、コンピュータの性能の画期的な進歩はない。確かにハードの面では数兆倍のCPU速度となっていたが、現在の技術の延長では先が見えていた。バイオ技術の導入などで並列CPUをいくらでも繋げることができたが、その複数のCPUの入出力の制御に負荷がかかり、そろそろこの方式も限界かと思われていた。数学の分野で集合論の人気が高まり、未だ発展途上であるが、技術導入できるレベルになっていた。これを受けてソフトの面では多価関数式のプログラム言語が主流となりつつある。2015年には不可能だった大量計算数の処理も対数レベルまで下げることができたが、それでも処理しきれない問題(数量的に)があった。集合論の最大の課題は、式の表記法(説明方法)であった。表記法が乱立し統一性が全くなかったのは、どれも一長一短で皆が納得できるものが存在しなかったためである。

 2015年までは、科学を語るにおいて関数は必須の手段であった。基本的な表記法は左辺と右辺に分かれて両辺が同じ値をとる方式であった。この頃の集合論は、簡単な演算式しか持っておらず、集合は同じ種別の要素の集まりとされていた。

 2045年の集合論は、集合体という概念を持ち、複数の集合を1つの集合として扱うのが基本である。また、異種同値(異型同値、記号は=⇔)集合という概念を取り入れ、一方の集合が決定されれば、もう一方の集合も一意に決定されるものをそう呼んだ(但し可逆的であることが条件)。例えば、完全グラフのノード集合とエッジ集合がこれに相当する。この集合論で2015年当時の関数を表現すれば、左辺が一つの集合体であり右辺も一つの集合体である。そして、左辺と右辺は異種同値集合とみなされる。数学者のあるグループは関数を踏襲し、集合体を変数として扱う試みをしている。また、あるグループはアルゴリズムのツリー構造を取り入れて表記法を考えている。このようなグループが多く、集合論の表記法に統一性がなかったのである。

 アインはパルスから脈の基本を学び、何が問題か知っていたが解決する術を持っていなかった。但し、問題の全てを知っているのではなくアインが問題だと思うことを知っているという意味である。そして、その問題の専門家は桃九であった。

「桃九さん、パルスからこのように教えられたのですが、最短の空間線の経由で目的地に到達する手段を教えて貰えませんか」

「それは難しいというより、全てが最短になってしまうのです。つまり、脈には条件というものが存在しなく全てが無条件の存在なのです。我々の住む世界に無条件の物質も生物も存在しません。必ず何かの制約(条件)を持っているのです。空間線の最短路をみつけるためには脈の条件を知らなければなりません」

 つまり、脈流通信機Ⅱ型の開発は頓挫しかけているということである。Ι型はただ力技で通信しているだけで、通信速度が速いのは脈の持つ性質のおかげでしかなかった。


第11話 人影

ラー:「あれが目的の惑星か?」

リー:「そのようですね」

ラー:「名前をつけよう」

リー:「名前?そうですね。名前がありませんでしたね」

ラー:「ラー星とつけたいところだが、ファースト・グリーン星で妥協しないか?」

リー:「グリーン号の最初の着陸星ですか。単純ですが、いい名前です」

 プロキシマ・ケンタウリは、ケンタウルス座α星を構成する三重連星の1つである。主星をリギルと呼び、第1伴星をトリマンと呼ぶ。第2伴星がプロキシマ・ケンタウリである。リギルとトリマンは太陽と同じ種別の矮星であり、プロキシマ・ケンタウリは赤色矮星である。赤色矮星は太陽より質量の小さい恒星で、プロキシマ・ケンタウリは太陽の約11%の質量を持つ。惑星自体は明るさを持たないので恒星の影になり地球上からの発見は困難とされる。ましてや惑星の元素組成などはほとんどわからない。

 着陸の準備をしながらその惑星に近づいたグリーン号であったが、

ラー:「なんだ!これは……」

 チロから聞いた知識で木星の10倍ほどあることは知っていた。しかし、この星は主成分が水素のガス惑星であったので着陸は不可能であった。

リー:「おそらく第3伴星になりそこねた星なのでしょうね」

ラー:「名前は取り消しだ。他の惑星を探せ」

 脈流通信機Ι型は指向性の波で通信を行うため、レーダーへの応用は困難を極めた。それでも1光年以内なら月くらいの大きさの星なら発見できるレーダーをテストのため装備してきていた。それが今回役に立つかもしれない。

リー:「発見しました。ここから約0.2光年離れたトリマンに地球規模と思われる惑星があります」

ラー:「よし、そこへ行け」

 グリーン号は最大速度で2週間要しその惑星に辿りついた。

ラー:「ここなら着陸できる」

 ほぼ地球と同じ質量のその惑星には重力制御ジャイロにほとんど負荷をかけずに着陸できた。

ラー:「観測機2機と地上観測車12台で観測を開始するぞ」

リー:「わたしはもう少し残って他に惑星があるか調べて見ます。あと2惑星くらいあるかもしれません」

 確かにリーの言うとおりに地球規模の惑星が2つ見つかった。後にこの3惑星がグリーン・ベースと呼ばれ大宇宙への進出拠点となるのであった。リーが搭乗している天文学者に聞いたところ、推測ではここの3つの恒星系とあの木星型の惑星を含めて、大きな恒星となれず矮星や赤色矮星、巨大な惑星に分かれてしまったと思われるとのことである。大宇宙にハビタブルゾーン(生命の誕生可能領域)が、どの程度存在するかわからないが、ここのように大恒星になりそこねたような恒星系では生命は誕生も生育も不可能のように思えた。

 その時、1台の地上観測車から

「人影が見えます。動いています」と報告が入った。


第12話 銀河の中央

 太陽系の属する銀河系(天の川銀河)は棒渦巻銀河に分類されて形状は円盤型をしている。天の川銀河の半径は4~5万光年で、中央部には銀河バルジと呼ばれる膨らみが存在する。銀河バルジの半径は約7,500光年であり、中央部には超大質量のブラックホールが存在すると思われる。銀河バルジの厚さは約15,000光年で、円盤の周縁部での厚さは約1,000光年となる。天の川銀河は銀河バルジから伸びたいくつかの渦状腕で構成されている。代表的な渦状腕は4つ存在し、太陽系はその1つのオリオン腕に属する。渦状腕は銀河バルジからアーク(円弧)状に伸びており、直線距離では太陽系から銀河バルジまで約22,000光年であるが、このアークを辿ると中心部まで約40,000光年を要する。渦状腕同士の距離は6,000~8,000光年であるが、渦状腕から渦状腕へ移動可能なのかわかっていない。

「おれの名はサンガ。到着を心待ちにしていたよ」

 突然、グリーンの脈流通信機Ι型に声が響いた。

「お前は誰だ。何故ここにいる。武器を捨てておとなしく出て来い」

 ラーはかなり取り乱していた。チロからこの恒星系には生命体はおろか有機物すら存在しないと聞いていたのに、どう考えても誰かのいたずらとも思えないし、脈流に接触すらしてきている。

「チロという名前に覚えはありますか?」

 これに割り込んできたのはアバであった。アバは、この声の持ち主はチロに近い存在であると判断していた。それ以外には考えられない存在だったのである。

「ああそうですか。チロさんの眷属でしたか。わたしはチロさんの甥孫になります。つまり、チロさんの対姉弟から2世代目の精神体を所有しています」

「なるほど。しかし、どうしてここへ?」

 現在グリーンの搭乗員の中で冷静に対処できるのはアバだけであった。

「話せば長くなるのですが……」

 長くなっても困るので要約すると、オリオン腕の付け根(銀河バルジの外縁部)に数十の恒星系を従えた帝国国家が存在する。この帝国の有史は20万年ほど前からである。ここに生命体を発生させたのは、チロの従兄弟にあたるセイトであった。セイトが発生させた生命体の成長は異常に早かった(比べるものがないからセイトは知らない)。様々な経緯で「これは」と思う生命体が誕生したのが、帝国の祖先である。生命体の成長が異常に早かった理由は銀河中央部に存在する超大質量のブラックホールの影響と思われる。セイトは精神体であるが、銀河バルジの中央部に行ったことがない。行けないのである。おそらく巨大な脈流が存在していてセイトを拒むのだと思われる。数度挑戦したが、その度に混乱を抑えて戻るセイトであった。つまり、超大質量のブラックホールの正体を誰も知らないことになる。

 チロが3世代目の精神体であるからサンガは5世代目となる。このためサンガの過去の記憶は薄い。はっきりと覚えているのは、帝国の起源である20万年ほど前に王位継承権3位の皇子として生まれてからである。本来5世代目であれば、精神体だけの存在が可能なはずであるが、何故か肉体を持ってしまった。セイトからはいくつかのことを教えられていたが、帝国へ深く関与することを禁じられていた。帝国は着実に文明を発展させて恒星間航行を成功させた。そのころに国王の性格が変貌してしまった。それまでは温和で賢帝と呼ばれた国王であったが、それ以来、狂王と呼ばれるようになる。国民に過酷なまでの重労働を課し、逆らう者の命は容赦なく奪っていった。この結果巨大な帝国を築くことになる。これに嫌気をさしたサンガはオリオン腕に旅に出た。その途中で人工のものと思われる飛来物体をとらえ接触を試みるためにグリーン号の着陸する惑星で待っていたのである。ちなみにサンガの飛行艇は2人乗りに一人で搭乗していて、その最大出力は10,000emaxで1年に4,000光年を移動できる。巡航出力は3,000ecruで1年に約1,300光年移動可能となる。


第13話 帰還

 アバはサンガのことを地球に報告した。チロは驚きもし喜びもしたようだったが、予定の観測は行ってから帰還せよとの指令であった。ただ、チロからサンガに「心待ちにしている」とのメッセージは送られてきた。

 明日に帰還をひかえて382日を要していた。順調にいけば地球への帰還時には2年丁度くらいとなると思われる。初航行としては上出来といえるだろう。帰還はグリーン号が先行し、タンタ176号(サンガの飛行艇)が後続となった。こうして、グリーン号は無事に任務を終えて地球に帰還した。

 ムー5では歓声が起こり、何日もお祭りのようであった。しかし、真っ先にサンガを出迎えると思ったチロの姿は見えなかった。サンガも気落ちした様子でチロが現れるのを待っていたが、チロの気配はなかった。

 ある夜、タンタ176号の格納庫に怪しい雰囲気が漂っていた。しかし、人影は全く見えず、その雰囲気に気付く者もいない。気付いているのは筆者だけである。チロは、タンタ176号を詳細に調べていた。

「やはり、こんな小さな機体で恒星間航行ができるはずはないと思ったわ」

 それから数日チロはまた姿を消す(筆者の前から)。

 チロはグリーン号が帰還してから2週間後に皆の前に桃九を通して姿を現した。

「ごめんなさいね。ちょっと野暮用があったものだから。サンガ、こちらにいらっしゃい」

 サンガは喜び勇んでチロ(姿は桃九であるが)の前に来た。ここで、チロの近親者の系図を紹介しておきたい。チロは弟となる精神体を1つ持つ。精神体に男女の区別はないが、その性質によって男性を名乗ったり、女性を名乗ったりしていた。もちろん生殖能力は持っていない。また、従兄弟にあたる精神体を2つ持っている。その1つがセイトである。もう1つの行方はわからない。サンガはチロの弟の孫にあたり第5世代の精神体であるが、何故か肉体に宿ってしまった。今のところ天の川銀河に存在する原初の桃の精の精神体は13の桃の精の1つの分割体であるチロとセイトだけのようである。サンガが存在するということは、チロの弟は精神分割を進めたということであり、存在していなく子孫精神体を増やしたということを意味する。

 チロの野暮用は、太陽系から半径1万光年くらいの偵察であった。チロはサンガをセイトの偵察要員ではないかと疑っていたのである。それならば、地球の座標位置を知った今、宇宙艦隊が向かっていてもおかしくないのである。もしも、宇宙艦隊が向かっていたのならば、チロは独自でなんらかの対処をしなければならないと思っていた。しかし、その様子はなかったようである。つまり、サンガへの疑惑は少し晴れたのであった。何故、サンガに疑惑を持ったかというと、この広大な天の川銀河での偶然の遭遇が考えにくかったからである。そして、タンタ176号を調べた結果、疑惑は確証に近づいたのであったが、タンタ176号の秘密は後程と言うことにしたい。


第14話 精神体の共鳴

 チロは親しみを込めてサンガを歓待していた。

「こんな遠くまで大変だったでしょう」

「いいえ、楽しい旅路でした。こうしてチロさんにも会えましたし。あの帝国で過ごすことに嫌気がさしていたのです」

「ところで、セイトはどうしています?」

「さあ?わたしが旅に出る随分前から話をしたこともありませんし、どうしているのでしょうか。おそらくセイトさんも嫌気がさして隠れているのでは?」

 チロはセイトのことを気にしていた。というより疑惑を持っていた。

(以前のセイトなら嫌気がさしても隠れたりしないわ。的確な対処をするはず。それにタンタ176号のこともあるし……)

 そして、チロはサンガにも懸念を持っていた。

(セイトとサンガの繋がりがよくわからないわ。サンガからもう少し多くのことを聞いてみようかしら。それにサンガは本当に甥孫なのかしら。サンガの記憶ももう少し探ってみようかしら)

「サンガは肉体を持つ前の記憶を全然持っていないの?」

「はい。まるでありません。チロさんのこともセイトさんから聞いて知ったのです」

(おかしいわ。第5世代なのにそこまで記憶を失うものかしら。それにセイトはわたしが天の川銀河に存在することを知っているのかしら?)

「ねぇ、セイトはわたしが何処にいるか知っていた?」

「知らないようでしたよ。ただ、自分には兄弟が一人いるけど行方知れずで、従姉弟も二人いるけど、弟の方は精神分割してわたしを産んで、姉の方は行方しれずと言っていました。姉というのはチロさんですね」

「なるほど。じゃあ。あなたの兄弟はどこ?それに従姉弟二人か叔父か叔母が一人いると思うけど」

「はい。兄弟の名前はゴクウといいます。今、アンドロメダ銀河へ勉強に行っているそうです。従姉弟の一人は、大マゼラン雲へ行っているそうです。一人は残念ながら天の川銀河の中央部にある超大質量のブラックホールに飲み込まれて行方不明だそうです」

「それ全部セイトから教えられたのね?」

「はい」

(どこまでが本当で、どこまでが嘘かはっきりしないわ。全部本当かもしれないし、全部嘘かもしれない)

 桃の精たちは神の世界にいるころ、1つの桃という集合体の一部であった。精神分割したとはいえ、その一部の名残を持っているはずである。チロもサンガも同じ桃の精(第2世代)から精神分割したとするならば、精神同士を近づければ共鳴が起こるはずである。サンガの素性を知るためには精神接触が最も確実であるが、これはチロとサンガに重大な影響を与える可能性がある。そこで、チロは桃九から抜け出し、サンガにできるだけ近づいて見た。すると美しい旋律がチロに響き渡った。おそらくサンガにも響き渡っているものと思われる。つまり共鳴を起こしたということで、サンガが甥孫か否かはともかく、近しい精神体であることはわかったのである。


第15話 地球の盾

 ムー5でサンガはほとんど桃九と行動を共にしていた。これはチロの配慮であった。とはいえ、チロが桃九の分枝に宿っている時間は短い。結局、サンガと桃九が二人きりとなる時間が増えることになる。尚、チロの配慮とはまだ完全にサンガを信用していないための措置のことである。桃九と一緒ならば何かが起きても問題を最小限に抑えられると考えていた。チロはサンガが洗脳され、時限的あるいはキーワードなどによって悪意ある存在に変貌することを恐れていたのである。

 桃九はそうとは知らず、サンガを慕うことになる。20万年生きてきたサンガの経験と知識、チロに迫るほどの精神の大きさなどに傾倒していった。サンガは桃九にどうでもいいようなことは惜しみもなく教えてくれるが、肝心な箇所になると口を噤んだ。これは桃九自身で答えをみつけなさいということで、サンガは答えへの道筋を示唆することは多かった。1年を経たころ桃九の不老率は100%となり25番目のアミノ酸の施術を受けた。これはサンガの影響が大きかったといえるのである。

 この2、3ヶ月前からサンガはムー5の筆頭講師となっている。その頃にはチロのサンガへの疑惑はほとんど薄れ、ムー5の知識や技術の底上げをしようとする狙いがあった。

 チロは考え方を改めた。いくらサンガを警戒しても問題の本質の一部に過ぎない。問題の本質はセイトと帝国に存在するのである。サンガを筆頭講師としたのもこの本質的問題に備えるためであった。

 チロはセイトと帝国の情報が欲しかった。表面的なことはサンガに聞けばわかるが、セイトと帝国の本当の目的がわからない。チロが帝国に接近することは可能であるが、共鳴によってセイトに気付かれる恐れがあった。チロの恐れるのは、何らかの手段で地球や太陽系が帝国に侵されることであった。

 タンタ176号のエンジンが最大の問題であった。このエンジンは空間線の極の対消滅により推進していた。1対の極の対消滅でタンタ176号規模の飛行艇なら半永久的に宇宙を航行することができる。この極の対消滅は桃の精たちの暗黙の了解として禁忌となっているとチロは思っている。これは神の子への反逆と見做される可能性が高かった。それをセイトは侵しているのである。これに守備的に対抗するためには脈による強力な盾が必要であった。

 脈による強力な盾の開発が最優先事項となったムー5では技術開発部門の組織の改変が行われた。中核となるのは次の5つの部門である。

・通信部…長距離レーダーと精密分析波の開発

・動力・エネルギー部…対消滅炉を超える動力の開発・脈流とエネルギー変換法の開発

・極座標配置部…物質による脈制御の極座標配置の新規発見

・原子核・元素部…脈と物質の境界あるいは関係の研究

・盾構造部…上の4つの部門を統括して具体的な盾の構造構築

これと平行して士官養成学校も設立された。主として指揮系統の確立と士官の判断力の向上が目的とされた。

 チロはこの体制で有事の際、対抗できるとは思っていなかった。20万年の歴史の差が歴然として存在していた。これらは人類の目的意識の一本化と成長の推進が本当の目的であった。万が一の有事の際、チロはセイトと刺し違えるつもりでいたのである。


第16話 黎明期

 人類は恒星間航行を成功させたが、後にこの時代を黎明期と呼ぶことになる。ここで、現時点での太陽系と6大大陸、ムー5の構成を述べておきたい。太陽系では冥王星や海王星を含む各惑星にコロニーの建設が進み、移住者は増える一方であった。木星や土星にも巨大な宇宙ステーションが5基ずつ惑星の軌道に乗っている。各惑星の衛星にも進出し、地球上の人口増加問題の解決の目途はたっていた。食料もロボットによる人工農場が完成し、食料不足の心配はなくなっていた。

 地球ではユーラシア・アフリカ・北アメリカ・南アメリカ・オーストラリア・南極の6大大陸の大部分の開発を抑制し、むしろ自然復興の方向に向かっていた。ほどなく、ムー5を除いて地球上に居住区は存在しなくなる。全ての人類がコロニーに移住することになるのである。地球は自然保護区となり、各コロニーからの旅行者が利用することとなる。

 ムー5のトップは桃九となった。後見人はチロで、相談役はサンガとなる。太陽系の行政は耶律楚材が長となり監督している。技術開発部の長はソクラテスであり、盾構造部の長を兼務している。通信部はリー、動力・エネルギー部はアイン、極座標配置部は利助が長となっている。原子核・元素部の長に抜擢されたのは人類代表候補から人類代表に格上げされたシルバが長となっている。尚、利助は勝智朗とコンビを組んで小規模ながら生物部の長も兼務している。

チロ直轄の秘密部署が存在した。この部署は将来に向けて論理と感性の融合を目指している部署であった。円光は東雲と名を変えていて、円光の最大の功績として仏教は宗教と古代科学の融合論とみなすことができ、今日でも通用する論理展開と感性の橋渡しを行っていることをみつけたことがあげられる。その東雲が長を勤め、桃九、アバ、サエ、利助がメンバーであった。桃九とアバ、利助は他の部署と兼務となる。

 軍隊に似た防衛部隊と士官学校の長はアバである。ラーら超人類200余名は特殊部隊として配属されている。尚、ソクラテスのように技術開発部に配属された超人類も30名を超えていた。

 この時、人類で不老率100%を達成し25番目のアミノ酸の施術を受けているのは桃九と東雲だけである。人類代表は10人を超し、その候補は30人を超している。

 このように陣容は整ったように見えたが、ここが出発点となっただけであり、成果はほとんどあがっていない。チロの中では帝国は敵性国家であるが、人類には知らせていない。天の川銀河の中央付近に人類と同じ存在が帝国を築いていて、サンガはその特使であると人類には伝えてある。敵性国家の存在は極一部のものしか知らない極秘事項であった。

 帝国の侵略があるのか不明であるし、あるとしてもいつなのかわからない。偵察要員としてサンガが適任であるが、偵察要員を送るということは帝国に不必要な刺激を与える可能性があるため、現時点では偵察は行わないことにしていた。

 こうして人類の進化、進歩は一歩を踏み出したのであった。時は、2048年である。


 1つは部分の集合体による創発現象の解明である。また、細胞分裂にみられるような創発現象も存在する。前者を集合的創発現象と呼び、後者を分割的創発現象と呼びたい。どこかの章の何話かで同じことを述べているが筆者はくどい性格のため、これに限らず同じ事を何度も記していると思うので、そこは容赦願いたい。

 2つの問題へのアプローチは座標配置で行いたいと思っている。ここでも同じことを繰り返すが凸図形は単純で凹図形は複雑さを増していく可能性を持っていることは明らかなのである。


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