第3章 太陽系への進出
第1話 桃九の活性化
白神山地の奥地の粗末な小屋の住人は、桃九、円光、利助、そしてサエであった。サエは藤部財閥の当主である藤部精太郎の妻で82歳になろうとしていた。サエはもともと天台宗の熱心な信者で天台寺との繋がりが深いのはむしろ精太郎よりもサエであった。精太郎が円光を厚遇するようになったとき、サエの機嫌は最悪の状態となった。「仇である真言の僧を招くのはわたしへの嫌がらせだわ」と言うサエは、円光を疎遠にしていった。ところが、食堂で食事を何度か共にするうちに円光に興味を持ち始めたのであった。「思ったより悪い人じゃないわ」から「真言にもこんなに高潔な方がいらっしゃるのかしら」までサエの豹変は著しかったのである。そんなこんなで円光が住まいを白神山地に移すと聞いたときサエは、「この方のお話をもっと聞きたいわ」と天台宗から真言宗ならぬ円光宗に鞍替えしていたのであった。そうしてサエは、精太郎に相談というより脅迫めいた態度で説得して円光の側で住むようになったのである。
「わたしも白神にいくわ」
「な、なんだと。お前が行っても邪魔になるだけだ」
「あら、あの方たちの食事や身の回りの世話は誰がするのかしら」
「侍女どもを連れて行けばよい」
「ああ、なるほど。若いころ家に帰ってこなかったときは、侍女たちを連れて行ったのね」
「そ、それとこれは話が違う」
「じゃあ、円光様に妬いているのかしら。わたしが若いころにあなたになにか苦言を申したことがあったかしら。それともわたしがいなくなると寂しいのかしら」
「ええい、勝手にしろ」
というような成り行きからサエは白神へ同行するようになったのである。
桃九はただ円光に触れているだけであった。一日中寝ている間も桃九は円光に触れていた。そしてそれが辛い修行であったのだ。頭の中に焼き火鉢をつきたてられたような感覚やすりこぎで脳みそをかき混ぜられるような感覚が襲ってきて、それに負けまいとする桃九がいたが、円光は静かに経を唱えているだけであった。これは円光流の最高の難業苦行であって円光と桃九の精神がぶつかり合い戦っているようなものであった。桃九がこの修行を円光の精神にうち勝って成就するのか円光を受け入れて成就するのか円光にはわからなかった。この修行方法を桃九に課したのは、チロの進言であった。「最高の修行でお願いします」と。尚、円光の共だけをしていた利助はこの修行を受けていない。
修行を始めてから3ヶ月くらいが経過したとき、円光ががっくりと昏倒してしまった。あたかも桃九が円光の精気を奪ったかのようにみえたが、実態は誰にもよくわからなかった。そして、円光と桃九は1週間眠り続けることになる。
どこかに出掛けていたチロが帰ってきたとき、この様子を見て、
「桃九の受感部と幹卵器官が予想以上に活性化しているわね」
と満足げであった。
第2話 飛躍的発想
通常、物質的な肉体と繋がりを持たない精神体は時間とも無関係となる。それ故に死者の精神体は現世に影響を及ぼすことができない。影響とは観察行為も含み、つまりは精神体と現世に生きる人類などの物質はそれぞれの完全独立系(物質界を1つの独立系とすると、もう1つは無時間の独立系と考えられる)に属することとなる。チロが桃九と接触できるのは、でチロが時間の影響を受けているからである(というより桃九らの棲む物質世界と同じ時間を共有しているといった方が正確かもしれない)。その意味では、幼いころに亡なくなった勝智朗も時間の影響を受けていることになる。そのため、チロも勝智朗も現世の時間の中では同時に複数の場所に存在することはできない。しかし、物質の影響を受けないため光を含めた物質より遥かに速く移動することが可能である。
また、チロと勝智朗が桃九と会話ができるのは、桃九には受感部の分枝が複数存在するからである。桃九は主受感部を占め、チロと勝智朗は桃九の受感部の分枝に一時的に入皿することで会話を成立させている。桃九が分枝をいくつ持っているか不明であり、利助は分枝を1つだけ持っているようである。円光は分枝を持っていないためチロらとの会話には難儀しているようである。チロは円光の精神に直接働きかけて会話をしているのであるが、できるならこれを避けたいとチロは思っている。故に円光との会話は示唆的な語を数語与えるだけである。確かめたわけではないが、精神体と精神体が緊密に接触するとどちらかが吸収されるか、破壊されるのではないかとチロは考えている。
ある日サエが半狂乱の状態になった。何故そうなったのか誰にもわからず円光が時間をかけて理由を問い質すと「幽霊が見える」というのである。何故幽霊だと思うのかと尋ねると本家の仏壇に飾ってある亡くなった勝智朗がそこにいるという。今度驚いたのはチロの方で、サエに勝智朗が見える理由がわからなかった。桃九でさえ、チロや勝智朗の姿をみることはできない。円光はさらに勝智朗が見えているのか勝智朗を感じているのかサエに尋ねたが、サエは見えているのだという。
この地で桃九の修行のために4人の人間が集まり、サエが修行の影響を受けているうちに創発現象がおこったのだとチロは思った。故に理由が見つからないのだ。今回の創発現象は、今まで想定していた集合的創発・分割的創発とは性質が異なり「飛び地的創発」と呼ぶことにした。そして、この創発現象によりサエは何かを得たことになる。
“飛躍的発想”の存在が主張され始めたのが何年ほど前なのかしらないが、そういう思考能力を有するものが存在するようである。例えば、会議などであるテーマを議論しているとき、突飛な考えを持ち出すものがいる。周囲の人は「それは今の議題と関係ない」と除外してしまうが、たまたま突飛な考えを聞いてみると少しずつ論理が今の議題に結びついてくることがある。通常、議論は論理の積み重ねで行われるが、この“飛躍的発想”は積み重ねることなく飛び地のような論理から結びつきを求めてくる。尚、“飛躍的発想”のメカニズムはまだ解明されていないようである。
第3話 概念
修行が1段落ついたので桃九は利助と一緒にとりあえず、たんぱく質の構造の仕組みを考えることにした。チロは、そういう知識を教えてくれないし、桃九が修行によって不老となったのかもわからないままである。知識を教えてくれないのは、学びにも創発現象が存在するのかチロは知りたいと思っていたからである。つまり、学びの課程に意味がありそうで、同じことを学んでも人によって成果が異なるのはこの学びの創発現象が関係しているのではないかと考えていた。そのため、チロは自分の知識を桃九に詰め込むことはしなかったのである。
「1つの条件を知りたいのです。多くのアミノ酸が結合してたんぱく質を構成しますが、そのアミノ酸の組み合わせのほとんどがたんぱく質としての性質を現しません。知りたいのは、性質を現すための組み合わせの条件なのです」と桃九は利助に話をきりだした。
「たんぱく質の1次構造のことですな。しかし、条件と言われてもなんのことやら皆目見当もつきませんな」
「(説明が難しいな。うん、こうしようか)利助さんに1つのあるアルゴリズムを教えるから、その条件を考えてみてくれる?」
「アルゴリズム?それは分野が違うので……」
「簡単なアルゴリズムだから……」
そういって桃九は利助にアルゴリズムの説明を始めることになるのだが、実はこの説明が簡単ではない。簡単だと思っているのは桃九だけで、問題なのはアルゴリズムの説明ではなく、その前の段階であった。
例えば、小学生や中学生、高校生の学ぶ科目でもっとも成績に差異がでるのは、算数や数学である。何故かというとその知識を学ぶためには、その知識の概念を知る必要があるからで、受験のための数学の学びで上手くいくのは、できるだけ概念を除外して回答のテクニックを教えることである。しかし、それは数学の本質から遠ざかることになるのだが、その善悪はわからない。
概念の存在は確かであるが、それは物質でもなく精神でもない。実体の説明は現段階では不可能である。しかし、算数や数学の命題に対してその概念を習得すると、いともたやすくその命題を解くことができることも事実である。
第4話 グラフ理論と集合
アメリカのクレイ数学研究所によって2000年に発表された100万ドルの懸賞金がかけられた7つの問題が存在する。それをミレニアム問題と呼ぶが、その中の1つであるポアンカレ予想は解決済みである。その問題の1つに、P≠NP予想があり、それに含まれる巡回セールスマン問題という命題が存在する。桃九が、利助に説明しているのは、その巡回セールスマン問題の解法のアルゴリズムであった。
「この理論知っている?」と桃九が聞いても、
「わりません」とか「大昔大学で習ったような……」などという返事が返ってくる。
これではいけないと思い必要な数学の基礎を簡単に説明するのであったが、このとき桃九は概念が重要であることに未だ気が付いていなかった。概念とは、いわば論理思考をイメージ像に変換したようなものであろうか。そうではないかもしれないし、やはりよく把握できない。
「グラフ理論からだけど、全部説明するのは大変だし、必要でもないから完全グラフの説明だけするね。そうそう、グラフというけど棒グラフや折れ線グラフのことじゃないよ。いってみれば、点と線で描いた形をグラフと呼んで、理論はそれの性質を説明したものかな。で、最初に点の数を決定するんだ。理論は任意の点数を扱うから、点数は有限になるね。点の数をN点としようか。そこで全ての点から自分を除いた点の全てに線を引くと完全グラフのできあがりなのさ。同じ線分が2本ずつできるから、その中の1本は考えないことにすると線の本数はN(N-1)/2本になるけど、Nの2乗本と覚えておけばいいよ。理由は後で説明するね。次に完全グラフの表現方法だけど集合を使うよ。点の集合P={P1,P2,P3…Pn}とすると、線の集合はL={L11.L12.L13…Lnn-1}となるけど集合Pと集合Lは同じものなんだよ。違う形で違う要素だけど同じものなんだ。なぜかと言うと、可逆性を持っているからなんだ。集合Pが決定されると集合Lは一意に決定されるし、逆も同じなんだ。どっちかの要素が欠けたり増えたりするとこの関係は消滅するけどね。と、ここまでわかる?」
「う~ん。途中まではわかるような気もするけど、点と線が同じものだというところがよくわかりませんね」
「そうか。じゃあ、わからなくてもいいから同じものだと覚えておいてね」
もはやこの時点で利助のイメージ像は崩れている。数学においてわからないものを覚えておくということは致命傷となり、先に進むにつれて覚えていたつもりのイメージ像は崩れ去り、覚えているとはいえなくなる。つまり、桃九は利助に説明を続けるが、全て無駄なこととなるのである。
ここで、集合Pから集合Lが一意的に求めることが出来て、可逆的であるとき、『異型同値』と呼び、記号=⇔で表記することとする。すなわち集合P=⇔集合Lの表記となる。
ランダウ記法という数の表記法が存在する。これは、膨大な計算量を扱うときに用いる数を表す方法で、近似値とは意味合いの違う漸近値を表記する。多項式においてもっとも支配的な項を選び出し、その項を多項式の代表項としてO()の表記とする。支配的とは、変数の値が増えるに従って、もっとも多項式に与える変量が大きいという意味である。例えば、直交座標系の横軸にNの値、縦軸に変量として各項のグラフを描いたときにもっとも勾配の大きい項が支配項となる。Nの2乗が支配項であればO(N^2)と表記し、N!が支配項であればO(N!)と表記する。このとき、定数は除外される。“たかだか”という表現が用いられるが、Nの2乗の項の定数はNの2乗の変量に比べればたかだかの数であるとして除外されるのである。
さて、神の子は両端に+-の極を持つ空間線をこの世界に投入した。そのかたちは完全グラフであるが、グラフ理論では点(極)に+-の属性を持たない。線(空間線)も同様に+-の属性を持たない。この物語の目的の1つは、この属性付きグラフの表記法(説明方法)を考え、性質を模索することである。
第5話 巡回セールスマン問題
「これから巡回セールスマン問題の説明をするね。あるセールスマンがいるとして、Nの都市が存在して、そのセールスマンは各都市の市役所に営業にいくとするんだ。このとき、どういう順番で都市を訪れると最短ルートで営業できますか?というのが命題さ」
「命題はわかるような気がしますね」
「どのくらいのルート数が存在するか計算すると、正確には(N-1)!/2になるけどランダウ記法にすると定数は除外されるからO(N!)になるよね。都市の数が30、つまりN=30として計算すると、だいたい10の32乗のルートが存在するんだ。この中から最短ルートを導き出しなさいという命題なんだよ」
「10の32乗とは、どのくらいの数なんですか?」
「膨大な数ということだよ。たったの30都市でこのくらいだから1万都市もあったら大変だよね。そこでこの命題を解決しようと思うんだ」
「え、どうやって?」
「これから説明するね。先ず全ての都市間に道が通っているとするから、これは完全グラフになるんだ。次が大事だよ。分割対象要素と分割条件を見つけるんだ。利助さんにやってもらいたいのはここなんだ。例えば、巡回セールスマン問題では分割対象要素は線分で分割条件は“最短ルートには交差する線分は存在しない”になるね」
「は~、線分とは点を結んだ線のことでしょうか?交差しないとは線と線が交差しないということでしょうか?」
「そうだよ。簡単でしょ。でも見つけるのには難儀したよ。で、どうして線分と線分が交差するルートは最短距離とならないかの証明は利助さんの宿題にしよう。簡単に分かるよ。でもわからないからといって、先に進めないことは無いけどね。その条件が真だと信じればいいだけだからね」
「宿題はできるかどうかわかりませんが、先に進んでみてください」
「ツリー構造は知っている?アルゴリズムの構築でよく使うのだけど」
「そっち方面はちょっと……」
「完全グラフに集合Lがあったよね。その要素全てを親ノードとしてツリーを構築するのだけど、ノードと分枝について説明するね。ノードは集合か要素1個かで作られて、要素1個のときは、それに1対1で関連付けられている集合のことだと考えてね。つまり、ノードは集合(複数のときも存在する)だね。分枝はその集合を一定の条件で分割した集合を置く場所かな。あ、そうだ。この一定の条件も考えて貰わなきゃ」
「ち、ちょっと待ってください。何がなにやらさっぱりと……」
桃九は興にのって説明しているが、利助の頭の中では混乱が渦を巻いていた。やがて、桃九も諦めることになるのだが、今はまだ気が付いていない。
「もう少し聞いて。最初の親ノードは1つだけど、分枝した集合が次の親ノードになって、どんどん分枝していくのさ。こうやって集合をもう分割できませんというところまで分枝させたらツリー構造が完成するという仕組みなんだ。このとき、途中で一定の条件を変えないというところが大事だね」
まだ本論に入っていない桃九だったが、利助の限界はすぐそこに近づいてきていた。桃九は、最後まで説明し終えるのだが、利助には混乱だけが残ることとなる。
第6話 交わるツリー構造
親ノードには、N(N-1)/2本の線分(グラフ理論のエッジ)が生成される。つまり、N(N-1)/2個のツリーができることになる。親ノードが保持する情報は、親となる線分TLと完全グラフの集合P=⇔L(線分TLは除外する)である。ここで一定の条件とは次のことである。
TLの直線の方程式をy=ax+bとしたとき、線分TLと集合Lの要素の線分は次のいずれかになる。ここで集合Lの要素の線分の両端の点をP1、P2とする。y=ax+bにP1、P2を代入する。(P1、P2がy<ax+bかy>ax+bの判定)
①P1とP2のいずれもが正の値の時…線分集合LL
②P1とP2のいずれもが負の値の時…線分集合LR
③P1とP2の値が正と負でP1とP2からなる線分と線分TLとの交点がTL上にない時(交点は外部に存在)…線分集合LB
④P1とP2の値が正と負でP1とP2からなる線分と線分TLとの交点がTL上にある時(交点は内部に存在)…線分集合LX
尚、P1とP2が0の値をとるときがあるが、ここでは説明が複雑になるだけなので考慮しないこととする。これはアルゴリズムであって厳密な理論ではないから例外的なケースの処理は如何様にでも処理できる(後に矛盾などの問題を残さなければ)。
上記の一定の条件(①~④のことである。実は条件ではなく、単なる分枝の手法なのであるが他の命題への応用のため条件としている)から線分集合L=LL+LR+LB+LXとなる。
4つの線分集合を命題条件と初期(分割)条件からみてみると、
(a)線分集合LLと線分集合LRの関係は完全独立系である。LLとLRの要素間の全てが繋がることはできない。
(b) 線分集合LBは、LLとLRを繋ぐ(ブリッジ)線分集合である。このLBを介してLLとLRは完全独立系であることを免れる。尚、LBの線分要素とTLの交点は線分の外に存在するから初期条件には反しない。
(c) 線分集合LXは初期条件である“最短ルートには交差する線分は存在しない”に反するためツリーから除外されていく。尚、線分集合LXと{LL、LR、LC}の関係は完全独立系である。このように全体集合の部分であり、除外できる集合を無故空集合と呼び、空集合と同様に扱うこととする。また、表記記号を[=Ф]とする。
依って、L=LL+LR+LB+LX[=Ф]=LL+LR+LBとなる。
ここで、集合P(x1,y1)を、線分と同じ条件(y<ax+bかy>ax+b)で判定すると、
①正となる…点集合PL
②負となる…点集合PR
となる。また、PL=⇔LL、PR=⇔LRとなる。
さて、集合Lの分枝を作りたい。実質的な分枝は次の2つになる。
①線分集合LLと線分集合LB…線分集合LLB
②線分集合LRと線分集合LB…線分集合LRB
通常、親ノードが分枝したとき、分枝した全ての集合を加算すると親ノードの集合と等しくなる。ところが、線分集合LLBとLRBを加算すると親ノードの集合Lと等しくならない。これは冗長的であるかもしれないが、不整合や矛盾を含まない。ツリー構造において、親ノードの集合=分枝の集合の総和であるというルールは、そのツリーを用いる目的が決定したものである。つまり、今回作成したツリーを用いる目的は異なり、上述のルールを必要としない。尚、これから分枝を交わる(線分集合LBの部分が交わる)分枝(集合)と呼ぶことにしたい。
このようなプロセスを分割できなくなるまで繰り返し分枝を構築すれば、点集合P=⇔線分集合Lは分割されたことになり、目的に合致したツリー構造ができあがる。
次に行う処理は、ツリーの底部から線分を繋ぎ合わせて最終的に複数の“交差する線分が存在しないルート”を構成する。そして、この複数のルートから最短のものを選択すれば、巡回セールスマン問題の解となる。尚、最終的に残るルート数はハミルトン閉路の性質からおおよそN/2本となる。また、この解法とハミルトン閉路は直接的な関係を持たないので説明を省きたい。
第7話 アミノ酸とたんぱく質
完全グラフにおいてノード(点)に同数の+と-の属性を与えると、ノードは+と-が同数となるが、エッジ(線分)においては、-の方が必ず多くなるという性質を持つ。尚、エッジの両端のノードが異符号のとき、エッジの属性を-、同符号のとき+とする。
何故ノードにおいては同数の符号が、エッジになると法則性を持って偏ることになるのか考えた時、創発と些か結びつきが生じる。単純なものでもかたちを変えるだけでこのような性質を持つのだから、複雑なものにおいては尚更であろうと考えている。
創発現象は、生物(生体機能)に多く見られる。そして生体の素はアミノ酸とたんぱく質であり、巡回セールスマン問題に似た膨大な組み合わせ数が問題となっている。
多くの生物を構成するアミノ酸は20種類存在して、これをα-アミノ酸と呼んでいる。そして、α-アミノ酸を意味するコード群がDNAとなるようである。たんぱく質を構成するアミノ酸は22種類発見されており、α-アミノ酸より2種類多い。また、たんぱく質を構成しないアミノ酸も数種類発見されているようである。チロはたんぱく質を構成する23番目~37番目のアミノ酸も生み出している。21番目と22番目のアミノ酸はチロにとっては失敗作のようである。
アミノ酸からたんぱく質が合成されるとき、その過程で一次構造から四次構造までの変化プロセスを経るようである。
1次構造はアミノ酸を複数個繋げたひも状のものである。そして、繋がるアミノ酸の数の少ないものをペプチド、多いものをポリペプチドと呼ぶようであるが、ペプチド、ポリペプチド、たんぱく質の名称の間には厳密な境界線はないようである。ついでながら、人類はなんらかの機能を有するたんぱく質の人工合成には成功していないことを述べておきたい。
ここでα-アミノ酸を複数個繋げたときの組み合わせ数を計算しておきたい。N個繋げるとするとα-アミノ酸は20種類であるから20のN乗の組み合わせ数が存在することになる。その膨大な組み合わせ数の中から機能を有するたんぱく質はほんの一握りの数しか発見されていない(ついでを述べておくと酵素もたんぱく質の一種である)。桃九は利助にこの膨大なアミノ酸の組み合わせ数の中から機能を有するたんぱく質を見つけ出すことを求めているのである。
第8話 たんぱく質の一次構造
たんぱく質の一次構造は、アミノ酸が一次元に繋がった鎖状の構造を持つ。と、これが一次構造の説明の全てといってよいが、少し追求してみたい。
たんぱく質の一次構造は膨大なアミノ酸の組み合わせ数の中から選択的に作られる。選択するのは、DNAに記述してあるコードである。現在知られているアミノ酸数が最小のたんぱく質は、インシュリンでアミノ酸51個から構成されている。ここでアミノ酸51個の組み合わせ量を計算してみると20の51乗となる。その膨大な組み合わせ数の中からインシュリンという1種類の組み合わせだけが選択されていることになる。ウイルスたんぱく質は億単位の分子量を持つものがあり、そのウイルスは、アミノ酸の平均分子量を120とすると1億÷120≒83万個のアミノ酸で構成されていることになる。つまり、20の83万乗の組み合わせ数の中から1つのウイルスたんぱく質が選択されたことになる。
この膨大な組み合わせ数に第6話のアルゴリズムを用いると組み合わせ数は対数レベルの数量に減るはずだと思っているが、アミノ酸の膨大な組み合わせ数を分解する諸条件が皆目見当もつかない状態である。依って、諸条件の考察のためにアミノ酸について少し触れてみたい。
アミノ酸は高分子化合物である。しかしながらその分子構造の全てを学ぶことはできないのでアミノ酸を特徴づけている分子構造に着目したいと思っている。アミノ酸はアミノ基とカルボキシル基を持っている。例えていうなら人の2本の腕がこの2つの基(右手がアミノ基で左手がカルボキシル基とする)で、隣の人の左手と自分の右手を繋ぐことにする。すると手を繋いだ人が連々と続くことになる。これがアミノ酸を繋げていく方法で実に単純ではある。
20種類のアミノ酸を区別するのは側鎖になる。アミノ基とカルボキシル基は全てのアミノ酸が共通して持っているので区別には使えないことになる。側鎖は3本目以上の手のようなもので他の原子や分子と結合したり、他のアミノ酸と結合(多重に結合することになる)したりしてたんぱく質となるためにアミノ酸自身を修飾していくことになる。
また、側鎖によって親水性、疎水性、塩基性、酸性などの性質がアミノ酸に与えられる。また、分類方法がいくつかあって、20種類のアミノ酸はいくつかのグループに分けられるようである。
と、手がかりを得たような、さっぱりわからないような気分であるが、いずれにしてもアイディアが浮かんでも試す方法がないので現段階ではどうしようもできない。
第9話 25番目のアミノ酸
チロは20種類のα-アミノ酸から人類を産み出した。そして、23番目のアミノ酸を加えることによって超人類を生み出したのであった。
超人類の能力は人類のそれを遥かに凌駕するもので、生まれながらに不老の性質を有していたのだが、人類に劣る点は繁殖能力のないことであり、さらには自分自身を進化させることができないことであった。人類は教育を受けたり、自ら努力をしたりして能力を向上させようとするが、超人類は努力ができなかった。怠惰であるといえるが、実は思考回路が努力という発想を生み出せなかったのである。とはいえ、その能力の強力さによって今日の人類を陰から支配するようになっている。
さて、この世界に時間を生み出したのはチロではないが、時間はチロに影響を与えている。そして、チロは人と同じ時間の刻みの中に存在する。チロがこの世界に投入されたときは、1回2回...というステップを刻む時間だけが存在したが、物質の動きが活発になるにつれて現在の時間も存在するようになった。
チロと同じ桃の精のいくつかは自己分割をして多くの精神体へと分化していったが、分化した精神体は時間の影響を受けないものが多い。つまり、人と同じ時間の刻みの中に存在できないのである。何故そうなのかとチロは考えた結果、物質がこの世界に構成される前と後が境界線なのだと思った。しかし、勝智朗のような存在もいる。故にこの理由を考えることはチロの小さな課題となっている。
時間は何かを変化させる。何かが変化するから時間が生まれたとも考えられてどっちが先なのかチロにはよくわからなかった。しかし、人類が変化するとき、進歩をして欲しいと願っている。自分の望みである神の世界に帰るためにそれは必須の条件のように思えた。そういう意味において超人類を生み出したのは失敗だったかもしれないと考えるようになっていったのである。いかに力を持っていても進歩しないのではチロの望みは叶えられない。
チロは進歩とは変化させること、あるいは変化を受け入れることだと考えることにした。そう考えると力ばかりが発達している超人類も受け入れざるを得なく、この世界の変化全てが進歩であり、変化そのものは善悪を持たないと考えるようになっていった。
チロは、25番目のアミノ酸を用いることにした。超人類の欠陥の1つに見える協調性のなさをこのアミノ酸によって改善できないかと考えたのである。
24番目のアミノ酸を用いた人類は全滅してしまった。24番目のアミノ酸は免疫を強化する機能を持っていたが、この機能は過剰なまでに攻撃性を持っていた。自己の正常な細胞であろうと他の正常な細胞との僅かな差異を見つけて攻撃するようであった。故にこのアミノ酸は封印されることになった。
25番目のアミノ酸は自己修復機能が強力であった。例えば、首や胴体が切り離されたとしても一定の時間以内に接合すれば蘇ることができた。腕などは新しいものが生えてくるほど機能が優れていた。このアミノ酸を施術してやれば不老とともにほとんど不死にもなれるのであった。
第10話 人類の和
チロは、ムー大陸を再浮上させ超人類の拠点とすることを決めた。ムー大陸は日本とミッドウェイ諸島の中間に位置し、総面積は四国の4倍ほどであり、5つの島から構成されていた。ムー大陸は巨大な海底火山の一部であり、本島はタ・ムーと呼ばれた。
ムー大陸に超人類の全てを呼び集めたチロは、共和制のもとに超人類の結束を求めた。見返りは不死に近い効用を持つ25番目のアミノ酸の施術であった。「チロはわれ等を抹殺つもりではないか」と施術の目的を疑うものも中にはいたが、よくよく考え見るとそんな面倒なことをしなくともチロには超人類を容易く抹殺できるのだからと全ての超人類は結束と施術を受け入れることになった。
超人類がもっとも恐れるのは、死であった。不老の身であるが故に極度に死を恐れるようになったのだ。通常の人はいずれ死ぬのだからと半ば死を受け入れているのだが、不老の超人類は事故や争いに巻き込まれない限り死は無縁のものだったから、事故や争いを避けるためにも例外を除いて超人類間の結びつきは少なかった。
25番目のアミノ酸は、いくつかの酵素を生成するために用いられた。1つは細胞分裂の速度を速める酵素であり、1つは新陳代謝を促進させる酵素である。細胞分裂によって娘細胞となった細胞は万能細胞の1種の幹細胞となり、超人類の人体は永久のリサイクル体となったのである。
超人類は現在347人ほどであるが、チロはこれを組織化したいと思ったのである。超人類が1つに組織化されれば、実質的に支配下にある通常の人類も1つの組織になるはずだと考えたのである。ラーを元首としモーセとチンギス・ハンを含む13人を執行委員とし、全ての決定を合議制によって法と人類の社会体制の整備を始めることになった。多数決による決定は認めず、必ず皆が納得できるような決定をチロは求めていた。そもそも、超人類には金銭を含む物質に対する欲が薄く、持っているのは自分の安全を守るといういわば消極的な欲だけであったが、その安全が、チロによってほとんど保証されたのだから、地球における人類の様々な整備は着々と進むことになる。
大国は解体されて地球上には小さな都市が林立し、都市は集合体を形成していった。集合体はさらに大きな集合体となり最終的には地球上で国家と呼べる存在は1つだけが残った。
陰から人類を支配するのは、超人類たちであったが、近い将来に人類の中から超人類を超える者がでてくることとなる(超えるとはチロの望みを叶える可能性のある者という意味においてである)。そもそも、超人類の能力の多くは、人類の科学技術を用いれば実現可能で、ただその力を個人が持っているという意味において超人類の“超”がついているだけなのである。
第11話 +と-の社会
前話でチロが多数決は認めないとか小規模な都市を集団の単位とするとか、そして、共和制にせよと言った理由を簡単に説明したい。
多数決を認めなかった理由であるが、個々人が1票を持っているとき、賛成か反対に投票するものとする。投票者の数をNとし、賛成票をn,反対票をmとする。すると当然ながらN=n+mとなる(棄権票は考えないこととする)。そして、N×(N-1)/2の数の対人関係が存在することになる。賛成票を+とし、反対票を-とする。賛成票(+)同士、反対票(-)同士のとき、対人関係を+とし、異なる票を投じた者同士の対人関係を-とすると、賛成票と反対票が同数のとき、必ず対人関係-の数が多くなる。対人関係-が多くなると、社会環境が悪化していくと考えたとき、賛成票と反対票の比率がいくつくらいで対人関係の+-が等しくなるか計算してみたい。
10人の投票者がいて賛成票5反対票5のとき、n=m=5であるから、対人関係+はn×(n-1)/2+m×(m-1)/2より20となる。対人関係-はn×mだから25となり、賛成票反対票同数のとき対人関係-が多くなる。賛成票6反対票4のときは、対人関係+は21、対人関係-は24となり賛成票を採用すると対人関係は悪化することになる。賛成票7反対票3のときは、対人関係+は24、対人関係-は21となり、ようやく対人関係は+の方が多くなる。
チロの思考方法は、このように点(個)ではなく、点(個)の関係に重きがおかれている。故にチロは多数決を認めなかったのである。
また、小規模な都市を集団の単位としたのは、都市を構成する人数を増やすと膨大な対人関係が発生し、創発的現象が起きやすく事故や事件につながりやすいとのチロの主張からである。同じように都市が集まって大きな都市を形成するときも少ない都市の集合体にせよとチロは主張している。
共和制にしたのは、人類の社会的生活と人類の進歩を分離するためである(時として人類の進歩は、多くの人類に悪影響を与えることがあるため、分離することにより人類の進歩による悪影響を最小限に抑えることが目的である)。この共和制は共に和する政体であり、大きな集団といえども小さな集団に一方的な強要はできない。全ての人類の社会生活と権利は保障されており、望むものは人類の進歩の過程に参加できる。
第12話 地球共和国
地球共和国を建国したチロは、内政指導のトップに耶律楚材を起用し、監査部、情報部、教育部にも超人類を幾人か起用した。彼らが人類を陰から支える4トップとなるが、今までのように超人類が人類を支配するという形態をチロは許していない。超人類は長年生きてきた経験を人類に与えるだけとなる。監査部は地球全体の内政の監査結果をチロに報告する。情報部も内政や環境の情報をチロに報告する。教育部は人類の教育の制度を整備し、個々人に自分の生涯の選択権を与えることを目的としていた。こうして超人類の支配を免れた人類は地球に超人類と並び立つこととなった。
ムー諸島の本島であるタ・ムー島には耶律楚材をはじめとした地球の内政機関の中枢がおかれ、サ・ムー島には超人類の住居が点在していた。マ・ムー島には各種の研究施設が存在し、超人類の研究者と教育者が運営を行っていた。本島の情報部や教育部から優れた人類の推薦を受けると、人類はこの島の教育者たちの評価によってこの島で研究することや教育を受けることができた。イ・ムー島にはエネルギーの開発・研究施設が存在し、海底火山を縫うように地下施設が建設されていた。そして、リ・ムー島は宇宙開発の拠点となっていた。
チロは人類が宇宙を知ることが大切だと考え、リ・ムー島では惑星や小天体の調査や開発を行うための準備が着々と進められていた。桃九はマ・ムー島で研究に打ち込んでいるが、利助はチロのお供で方々を出歩くことが多かった。何故なら、受感部の分枝を持つものが今のところ、桃九と利助しか存在しないので、いわば利助はチロと人類の通訳のような役割をはたしている。勝智朗は、人類の中から受感部の分枝を持つものを探していて、これが見つかれば利助は研究に打ち込めることになる。尚、25番目のアミノ酸の施術を受けた人類はまだ存在しない。桃九といえども許されていないのである。円光、サエ、精太郎はマ・ムー島に住んで修行を重ねることになっている。
イ・ムー島では、エネルギーの研究や開発が行われている。チロは当面の目標として太陽系を自由に飛びまわれる宇宙船の製造をあげている。現在の科学技術で太陽系を自由に飛び回ることは困難であり、地球の大気圏を飛び出す宇宙船の製造は1つの大きなプロジェクトとなっている。無人の観測機を火星まで飛ばすための旅程は6ヶ月以上の月日を要し、現在の科学技術での宇宙開発はまだ始まったばかりといえるのかもしれない。使用している燃料は液体酸素や液体水素などいくつかあるが、チロは核融合炉によるエンジンの開発を薦めている。核融合炉によるエンジンならば、火星まで片道10~20日しか要しないはずである。
核反応施設には、いくつかの問題がある。しかもその問題がどのくらい深刻なのかさえわかっていないものもある。例えば、放射線が人体に与える害について生物学的、医学的に解明されていない。
第13話 電離放射線
放射線の定義は調べればわかることだったが、それが人体にどのような影響を及ぼすのかは、致死量としての放射線量が分かるだけで、他の詳細はよくわからなかった。調べる過程で見つけたのは“電離放射線”という語句であった。
放射線は電離放射線と非電離放射線に分けられる。電離放射線は高いエネルギーを持つ放射線であり、例えば次の種類のものがある。また、電離放射線も2つに分けられる。
・α線...直接電離放射線。ヘリウム(He)の原子核であり+2の電荷を持つ。
・β線...直接電離放射線。電子または陽電子である。
・中性子線...間接電離放射線。中性子である。
・X線...間接電離放射線。電磁波の1種であるが、物質そのものではないようである。
放射性物質は、自然界においても存在し放射線を放出している。例えば炭素14(炭素同位体)も放射性物質であるが、非電離放射線であるため人体に悪影響を及ぼさないとされている。また、電離放射線は電荷的に中性な分子をイオン化させる。
と、ここまでが電離放射線の説明となる。
人体を構成する物質は、たんぱく質などの高分子化合物である。高分子化合物に限らずほとんどの分子は電子の作用によって結合されている(もっとも多いのは共有結合である)。たんぱく質を生成する過程でできる物質や人体内部には、多くのイオン化物質が存在している。また、電荷的に安定(中性)している物質も多い。そこへ電離放射線を与えると、特定の分子に結合するはずだったイオン化分子が電離放射線に結合したり、電荷的に中性な物質がイオン化したりして予期せぬ物質と結合してしまう。そうなるとたんぱく質だった物質がたんぱく質ではなくなり、これは生体を構成する物質全てに同じことが言える。この現象が多く見られる細胞は異常な細胞となり免疫機能によって排除される。
ところが、浴びた放射線(被ばく)が多いと異常な細胞も多くなり免疫機能だけでは対処できなくなりなんらかの疾病を引き起こす。
被ばく量がどのくらい多いと疾病を引き起こすのかは、その人の身体の強さ(足が速いとか重いものを持ち上げられるという意味ではない)や運の強さも影響するので定かなことはいえない。尚、被ばく後の対処は、異常な物質(細胞など)を探し出す医療機器の開発と免疫力を上げる方法くらいしか考えられるない。
また、幼いほど放射線の影響を受けやすい理由は、極端な例であるが受精卵が被ばくしたときを想定してみるとわかりやすいかもしれない。受精卵~胚の時は細胞が少なく、成長の初期である。被ばくした細胞がそれと知らず細胞分裂を繰り返すと被ばくした細胞が増えることになり被ばく量が増えたことと同じ結果となる。
第14話 質量と核反応
E=mc^2という有名な式が存在し、この式から核反応の科学技術が生まれたとされている理由は、この式が質量とエネルギーは等価だということを示しているからである(等価原理)。そして、核反応には核分裂反応と核融合反応が存在する。
始めに核分裂反応を調べてみると、例えば次のようなことらしい。
U(235)+n → Y(95)+I(139)+2n
この式は、ウランに中性子(n)を吸収させたときの反応であり、イットリウム95とヨウ素139に分裂することを表している(中性子2個は放出され電離放射線となる)。U(235)は、陽子92個+中性子143個を持つウランであり、nは中性子1個であるから、式の左辺の陽子と中性子の合計は236個となる。Y(95)は、陽子39個+中性子56個を持つイットリウムであり、I(139)は、陽子53個+中性子86個を持つヨウ素を表す。それに中性子2個(2n)を加えると式の右辺の陽子と中性子の合計は236個となる。つまり、陽子と中性子の数は変化しない。ではどこからエネルギーが生まれるかというと結合エネルギーがそれである。この例では、ウランがイットリウムとヨウ素が結合したものであり、その結合エネルギーが放出されたと考えると分かり易かった。E=mc^2が示すのは、ウランの形態のときの結合エネルギーは質量化していて、分裂するとその質量がエネルギーとして放出されるということである(尚、この考え方は後に訂正される)。
核融合の例としてD-T反応を次に示したい。
D+T → He(4)+n
Dは重水素であり、陽子1個+中性子1個を持つ。Tは三重水素であり、陽子1個+中性子2個を持つ。すると式の左辺の陽子と中性子の合計は5個となる。He(4)は、陽子2個+中性子2個を持つ。nは中性子1個であるから、式の右辺の陽子と中性子の合計は5個となりやはり合計数は変化しない。ならば何処からエネルギーを抽出するかというと、それは中性子(n)からである。放出される中性子は高速中性子と呼ばれ高いエネルギーを持つからこれをNEとしておきたい。陽子2個と中性子2個からHe(4)を作るときに必要な核子の結合エネルギーをHEとしておく。すると核融合で得られるエネルギーは上記の式1つあたりNE-HEとなる。
第15話 原子核の仕組み
核融合炉の実験のために空海や張飛、シヴァなどが呼び寄せられた。超人類の持つ能力は小規模ながら核反応を起こすことができた。核融合による反応は空海のみが行え、張飛やシヴァなど数人は核分裂反応しか起こすことができなかった。とはいえ、彼らは動く核実験施設と等しく研究者にとっては便利な存在だった。
イ・ムー島にアインという名の研究者がいた。偶然にもE=mc^2という式を導き出したアインシュタイン博士と同じ名前であるが、彼は人類の中での名声はそれほど高いわけではない。しかし、超人類の教育者から物理学についての研究・開発力の潜在能力は高いと評価されていた。アインは現在、核融合炉の開発チームの一員で、第14話の記述の内容に誤りのあることを知っていた。
それは、核分裂と核融合によって得られるエネルギーの素性についてだった。アインは原理が同じなら核分裂と核融合によって得られるエネルギーの素性も同じはずであると考えた。アインの出した結論は放出された中性子の質量欠損がエネルギーに変換されたというものであった。但し、核分裂と核融合では質量の欠損量が異なる。このことから放出された中性子はもはや中性子と呼べるのか不明である。
さて、原子核は陽子と中性子から構成されるが、どのように構成されているのであろうか?一つの仮説として次のことが、考えられる。素核子をd、電子をe-、陽電子をe+とすると(素核子は質量を持ち電荷は0である)、
陽子(p)=d +e+
中性子(n)=d +e++e-
となる。
原子核の内部の陽子(p)と、中性子(n)の個々の関係は次のいずれかになる。
① p -p
② p -n
③ n -n
上記の①~③には核力として引力が働くため、この力を-Dとする。この力に距離などの要素が影響するか不明なのでないとしておく。①は陽子同士だからクーロン力として斥力も働くため、この力を+Cとする。クーロン力は、距離に影響を受ける。②は、陽子と中性子の間で周期性を持ったe-の交換が行われる。交換に使われる力はクーロン力だと予想されるから距離に影響を受ける。但し、交換に周期性を持っているため、原子核に影響するエネルギーは時間によって異なる。③は中性子同士だから核力以外の力は働かない(中性子の持つ電荷e+とe-は自己相殺されるため原子核に影響を与えない)。
陽子と中性子の大きさは10の-15乗m、電子の大きさはそれより遥かに小さく不明であるため点(0m)とする。ここで、仮想的に原子核の内部を10の15乗倍してみると、陽子も中性子も核内に相対的な座標を持っていることが推測される。
さて、ノードを陽子と中性子としたとき、原子核の内部は完全グラフなのであろうか? というのを次の話の命題としたい。
第16話 原子核グラフ
この話では仮想的に原子核内部を拡大し、陽子と中性子の大きさ(形状を球としたときの直径)を10mとしたい。尚、電子は大きさ0として扱いたい。また、現在の科学では核力が及ぶ距離を10m(拡大時)としているため、それを受け継ぎたい。この前提から考えると複数の陽子と中性子を持つ原子核では隣接する陽子と中性子にのみに核力が働くことになる。つまり、前話の命題である原子核の内部は完全グラフなのであろうか?はNoという結論が出る。
原子核内部の座標系を立体直角座標系としたとき、中心座標(0,0,0)を陽子と中性子の持つ相対座標の重心とする。前述した隣接とは、陽子または中性子の中心同士が核力の及ぶ10m以内なのであろうか。そうすると、隣接ではなく密接状態となってしまう。例えば陽子と陽子が密接する場合、クーロン力の斥力によって僅かでも密接状態が崩れると、核力が失われてしまうことになるので、隣接とは陽子または中性子の外縁同士が10m以内のこととして考えたい。そうすると陽子または中性子の中心同士の最大距離は20mとなる。
第17話 核融合炉の仕組み
核融合によって放出された高速中性子は質量欠損によりエネルギーをその実験場所に供給する。例えば、核融合炉で核融合が行われたとすると、その場所つまり、放出された地点にエネルギーを残すことになる。しかし、高速中性子は中性子としての姿を保てず、残った質量を少しずつ放出しながら他の質量を持った物質と衝突するか、宇宙の果てまで直進することになる。そして、多くの高速中性子はやがて消滅する運命にある。
その中性子についてD-T反応のケースでの生涯を辿ってみると、二重水素と三重水素を高速で衝突させるため、起爆のための熱エネルギーを大量にもらう。二重水素と三重水素が衝突したとき、その衝撃(核反応衝撃)で中性子は質量を欠損する。欠損した質量はエネルギーに変換され一部をHe原子核の結合エネルギーの生成のために与える。次に高速中性子(?)として放出される。そして、宇宙の果てまで直進するか消滅する。尚、質量欠損により生成されたエネルギーは、連鎖反応に必要な分と高速中性子が持ち去る分を除いて利用できることになる。
アインの所属する核融合炉の開発チームには空海が配置されていた。イ・ムー島の地底にも衝突型加速器がいくつか存在するが、実験のトライアンドエラーには難を持っていた。実験を1回行うためには綿密な装置の点検が必要で、実験そのものよりもこれに時間が必要であった。また、異なる実験を行うためには装置を条件に合うように設定し直さなければならない。そこで空海の登場となるのだが、彼の術は右手と左手に融合させたい複数の素粒子を集め、合掌することにより合掌した内部に小さな核融合炉なみのエネルギーをためることにあった。さすがに放出される全ての素粒子を抑えることはできず、科学者たちは漏れ出た物質を観測できた。空海が戦闘の場にたったとき、合掌エネルギーを敵に放つことになる。
最初は開発チームと空海の意思疎通は難しかった。空海には核融合の原理がわかっておらずただ修行と経験から核融合を起こしているだけなので、「陽子」といわれてもどれのことかわからなかったのである。空海の核融合が行える回数は規模にもよるが大体1日6回くらいであるが、それでも衝突型加速器と比べれば雲泥の差であった。
アインも最近開発チームから一目おかれ2日に1回の空海の実験の割り当てをもらっていた。アインは最初、質量の欠損した高速中性子を捕獲して再利用できないかと考えた。何回か実験をしたが、高速中性子の捕獲装置の不備や捕獲したとしても高速中性子と普通の中性子の違いは持っているエネルギーの大小しか検出できなかった。何回目かの実験のとき、衝突させた物質の原子核内部で電子交換をしない中性子を発見することになる。この中性子は実は素核子でe-とe+を持っていないことがわかることになるのだが、素核子ができるのは偶発的なもので何かに利用できるとは思えなかった。この実験の成果は素核子の発見(理論の確認)と高速中性子の捕獲装置の改良だけに終わった。
空海の掌が常温であることと、放出される高速中性子のエネルギーレベルがそれほど高くないことに気付いたアインは、実験の権利を数回放棄し、思考実験に没頭することになり、思考実験を終えたアインは実験を再開した。それは欠損した中性子同士を衝突させ、中性子のエネルギーレベルを限りなく0にすることだった。予測されるのは衝突させた中性子が持っていたe-とe+が対消滅を起こすことであった。このエネルギーを起爆剤として用いようとしているのである。これによって陽子-陽子の連鎖反応を常温で起こすことに成功し、核融合炉の基礎実験は終わった。
第18話 太陽系の星々への移住
核融合炉の実用化に目途が立った人類は、宇宙開発への具体的な作業にとりかかった。核融合炉の他にも問題は山積みであったが、地球共和国の内政は耶律楚材が、宗教に関しての調整はモーセが上手く運んでいたため、問題を科学技術に絞ることが可能であった。
宇宙航行に用いる機体を円盤型としたのは、重力制御ジャイロの開発が成功したためであった。重力の制御ができなければ、円盤型の宇宙航行機の実用化は難しく、円盤型に拘った理由はペイロードを増やすためであった。本来なら球体型が望ましいのだが、それを制御するまでの技術開発は進んでいない。
ペイロードとは積載重量のことであり、荷物や人を乗せることを前提とした宇宙航行機であるため、機体型には拘る必要があったのだ(正確にいうと円盤型にしたのは、重量のためではなく積載体積のためであった)。というのは、エンジンが核融合炉によるものであり従来のエンジンとは比較にならないほど推力が高いことが設計時から推測されたため、体積を十分にとり、ペイロードにより速度に問題が出るのなら荷物を減らせばよいという考え方であった。ボーイング747は、全長約70mで胴体の幅約6.5m高さ約8mであるが、設計中の円盤型宇宙航行機は半径100m、高さ25mで考えられていた。
ところが、重力制御ジャイロの開発中に高さがどうしても120m必要であることがわかり、円盤型は独楽型となる。円盤の中心には下部に20m、上部に75mの煙突状の融合電磁場が突き出ている。下部と上部の長さを等しくすれば制御装置の開発も少し楽になったのだが、着陸脚の収納などを考慮すると下部には20mが望ましかったのである。重力制御ジャイロの仕組みは、核融合路からのエネルギーを推進方向と逆の方向に螺旋状に出力し、円盤を独楽のように回転させ、推力を得ると共に機体の重力的安定をはかるものであった。一番問題だったのは、中心部の下部が短く上部が長いため、上部がぶれてしまうことだった。これは円盤の回転する遠心力による力を利用して解決したようである。尚、重力の正体そのものは未だ解明されていない。
開発中の独楽型宇宙航行機の速度によれば地球重力の影響圏からの脱出は簡単に出来て、目的とする惑星の公転軌道も航行時間の何割かの影響だけですむ。例えば、火星への到達時間は最大速度で9~12日、巡航速度では、14日~20日くらいが見込まれていた。
他の分野での技術開発も進んでおり、例えば合金の開発チームは機体に使用する合金の軽量化に成功していたため、同重量では速度が上がり、同速度ではペイロードが上がることとなった。
重力制御ジャイロの応用で、惑星などに建設されるコロニーの中は地球と同じ重力が保たれ、移住も快適になると予想されていた。コロニーのテストプロジェクトは月で公募により選抜した1000人余りの試験移住によって行われた。彼らの感想は、概ね良好であったが、自然光の中でくらしたいとか、土の上を歩きたいなどの要望もあった。自然光を得る技術はいずれ開発可能と思われたが、地球の土を他の星に持ち込むことは、その星の生態系に影響を与える可能性があるため、暫くは目途が立たない状態であった。土中には多くの微生物などが生息していて、いくら殺菌したとしても確実に無菌状態で土を地球の外に持ち出すことはできなかった。おそらく、移住先の星々には生態系と呼べる存在はないと思われるが、心配されるのは地球の微生物が他星で生き延びたときの結果であった。
こうして、地球の人類は他の星々へと移住していくことになった。




