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脈流(RW1)  作者: 智路
第1部 雛のはばたき
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第1章 プロローグ

プロローグ

 眩い光の中に一人の若者が、何かに没頭していた。周囲を見回しても誰もおらず、眩い光のせいなのか微かに霞がかかっているのか判然としないが、桃に似た樹木が僅かに見えるだけであった。若者は桃の実から採った種子らしきものを何処かへと丹念に植えているようだったが、植えたと思われる種子は忽然と消えて姿を隠していた。時々、種子が姿を現して若者は呟くのであった。

「やはり、対消滅を起こすものもあるのか」

 若者は神の子で最近ようやく一人前と認められて、その褒美としてここの桃林と無の領域を父から貰ったのであったが、無の領域に1つの世界を構築することも課題として父から与えられた。課題は最後の儀式といってよく、これが成功すれば晴れて神の子の名前を授けられることになっていた。

 1つの世界を構築する方法はいくつか存在したが、若者が選択したのは桃の実の種子を無の領域に植えつける方法であった。桃の実の種子は源根子の1種で無の領域に投入してやると両端に+と-の性質を持つ空間線を生成した。これで空間ができたことになるのだが、1個の源根子では+と-が引き付け合って対消滅を起こし、すぐに空間も消滅するため、1度に投入するのは複数の源根子であることが空間を維持するためには必要だった。

 空間線の両極(+-)を根ノードと呼び、投入した領域に他の空間線の根ノードが存在すると全ての根ノードに対して空間線を生成する性質を持っていた(完全グラフ化)。この性質により生成だれた空間線を追空間線と呼ぶ。追空間線は両極が+と-、+と+、-と-の3種類となり、両極が異符号の空間線は引力(-)を持ち(引力線)、両極が同符号の空間線は斥力(+)を持った(斥力線)。尚、投入された源根子により生成される引力線と追空間線の性質や働きは同じである。また、空間線においても異符号同士は引力を持ち、同符号同士のときは斥力を持った。これらの混在した力により根ノードの対消滅は阻害されることになる。

両極が異符号の根ノードは空間(無の領域)上で同一座標に重なり合ったとき対消滅を起こす性質を持っているのであるが(同符号の場合、反発しあうから同一座標に存在することはできない)、これは空間線が伸縮の周期性を持っていて、縮の最大値のとき、対消滅を起こすのであった(両極が同符号の場合、縮の最大値付近で極による反発力の影響で波形は変化する)。神の子が作った初期の世界は、投入回数の1回、2回...というステップ時間だけが存在した。その理由で初期の周期性は単純なものであった。

 複数の源根子から完全グラフ化された極は+と-が同一数となり、空間線(追空間線を含む)は必ず引力線の方が多くなる性質を持っている。このため、時間の経過(ステップ時間)と伸縮の周期性により両極の根ノードは対消滅を起こし、引力線も消滅する。この影響で極の結びつきが再編成されて斥力線の数は減っていく。そして、やがては全てが消滅する運命にある。複数の源根子から生成された斥力線の役割は、引力線の周期に影響を与え、対消滅を阻害することであった。つまり、対消滅の時間が遅れることにより、空間世界を維持する時間を引き延ばすことができるのであった。

 神の世界の次元数はわからないが、どの次元から無の領域に源根子を投入するかによって構築しようとする世界の次元を決定することができた。2次元の世界に決定したとき、引力線と斥力線の交差が頻繁に起こり、対消滅を起こしたり、空間線が中和されたりした。中和された空間線の極は消滅し、結局は対消滅と同じ現象となる。拠って、神の子は多次元世界を構築することになる。それでも空間線同士の交差を完全に防げなかったが、その交差は構築する世界への影響を無視できるほどにはなっていた。しかし、神の子も予期していなかったが、構築した世界は3次元の態を示すようになった。交差の数量を維持したまま冗長的な次元を他の次元の中に隠し、コンパクトな次元を構成するようになったのである。やがて無の領域に巨大な空間が存在していった。そして、今日でも源根子は投入されているはずである。

 そして、若者は源根子だけでなく、桃の精も投入することを思いついた。桃の精の投入に前例があるのかわからないが、少なくとも若者には予測できていなかった。これは若者の好奇心だけの行為であった。


第1話 未来都市

「進捗はどうなっとる」

「表向きは進んでいるように見えますが、お館様のお望みにはほど遠いかと思われます」

 お館と呼ばれた老人は、日本でも5本の指にはいる財閥の総本家当主の藤部精太郎で88歳を迎えようとしていた。ベッドの傍らにかしずいているのは総本家を差配している楢崎新次郎であり76歳を迎えたばかりであった。藤部財閥は東北地方を基盤として、農林水産業と電子部品やロボットの生産を基幹とした財閥であり、これだけでは総売り上げも純利益も5本の指に数えられるほどではなかった。藤部財閥は保有する山林や農地が桁外れに広く、その保有資産が財閥を支えているのであった。国税局に申告している資産が全てではないという噂がまことしやかに流れていたが、それでも総資産がどのくらいか量れるものはいなかった。

 2021年に藤部財閥は財閥の所有する100平方キロメートルほどの土地を近未来モデル都市構想のために開発すると公表した。この都市モデルの目玉は、

・貨幣を一切使用しない。

・交通手段は全てリニア駆動とする。

・住人に対し、全ての公共機関や生活物資を無料で保証する。

というものであった。

 マスコミでは「夢のような話だ」「実現不可能だ」「具体案が示されていないのでなんともいえない」などと評価が分かれていたが、2031年現在ではこの居住区へ移転を希望する日本人は6割を超えるほどとなっていた。希望者の興味をひくことは、財産がなくとも仕事がなくとも生活の保障はされるし、病院や学校も無料であることだった。人並み以上の財産を築くことを望むものにはあまり恩恵はないが、貧しい家庭などはこぞって移転の応募をするようになっていた。最初のころは「きっと重労働が待っている」「牢獄みたいな生活かもしれない」などと囁かれていたが、モデル都市プロジェクトが10年も過ぎると実態が明らかにされて生活が快適であることが紹介されるようになった。都市では重労働のほとんどがロボットに置き換わり、財閥から与えられた仕事はロボットの管理などの軽作業であり、報酬はタスクポイントとして個々のIDカードに蓄えられるようになっていた。希望すれば、タスクポイントを外貨に換金して都市外への旅行も認められたし、仕事をしたくなければ保証された最低の生活をおくることもできた。そして、日本国への税金は財閥が一括して支払っているから貨幣の必要性は全く無かった。なにしろ与党の国会議員の25人あまりを財閥から輩出しているからモデル都市プロジェクトへの弊害は全くないといってよかった。

 なにより喜んだのが、物書きのたまごや売れない芸術家、世に認められない科学者たちであった。実は藤部精太郎が望んでいるのもこういう世の本線から外れた一芸を持ったものたちを集めることであった。集めたものたちの中から一人でも有望なものが見つかれば、このプロジェクトの進捗があったと言えるのだが、楢崎新次郎のいうとおり進捗は思わしいものではなかった。

「わしの目の黒いうちに見つかればよいのだが」

「きっと、みつかりますとも。御堂様も近い内に光がさすと仰ってますし、桃九様も尽力なさっています」


第2話 桃九

 藤部桃九は藤部精太郎の末弟である。幼いころから数学の天才といわれ、将来は東大へ進学して博士になるだろうと周囲のものは思っていた。確かに小学生のころには中学の数学をマスターし、高校の数学を学ぶほどであった。数学の師となったのは兄や姉たちが家に残していった教科書であり、先生と呼ぶ人はいなかった。望めば家庭教師をいくらでも雇えたのだが、生来の気質からなのかなにものかに縛られたり、教え込まれたりすることを酷く嫌ったのである。高校1年生の最初には学力テストなどから東大合格間違いなしとの太鼓判を押されていたが、本人は大学に行っても学ぶものなどないと言い張って勉強を怠けるようになった。この頃の桃九は興味のある学問を探すことが当面の目標となっていたのであった。

 桃九が高校生のころ、四男の征四郎は東北大学の助教授となっていた。征四郎も幼いころから天才といわれていたが、歳を重ねるに連れて平凡な秀才となっていった。それでも周囲からみれば非凡であり、若くして博士号を取得したのであった。専門は電子工学で「ロボットの駆動について」が博士論文であった。故に藤部財閥のロボット産業は征四郎の導きにより発展してきたのであった。その征四郎の評価では、桃九こそ本物の天才であるという。どのくらいの天才か征四郎には測れぬというから桃九の底は誰にもわからなかった。征四郎は桃九をよく可愛がり、望むものは何でも与えてやっていた。そのため桃九が外遊をしたいと言ったときも諸手を上げて賛成した。周囲のものは桃九と征四郎の思いを汲めず、桃九の堕落の始まりではないかと疑ったが、征四郎は親族をしつこいまでに説得し納得させたのであった。

「MIT(マサチュウセッツ工科大学)に行ってみないか」

MITは米国にある理系では世界屈指の大学で征四郎も3年ほど留学したことがある。知己も数人いて桃九の便をはかってくれると思ったのであった。これをしたいという目標もなかったため桃九に否応はなかった。

 征四郎や財閥の力をもってしても、おいそれとMITに桃九を入学させることはできないため、入学テストを受けることになった。テストの対策をしたわけではなかったが、高校生でありながら桃九は飛び級でMIT1年生と認められることとなった。

 MIT在学中にある宗教団体と関わりを持ち、宗教そのものに傾倒していった。特定の宗教を信じたというわけではなく、生と死、心や精神に興味を持つようになり、卒業後は中東に渡ることになる。この辺りから20年あまり藤部家とは音信不通となり、傭兵をやっているとか、テロリストの組織に加わっているとか噂が流れたが、事実は今もって桃九の口から語られたことはない。

 ふらっと、征四郎の前に現れたときの桃九は精悍というより野獣のような趣であった。藤部家が失踪届けを出していなかったため戸籍はそのままであったが、桃九は本家に入らず本家から徒歩で5時間ほどの山中で隠遁生活をおくるようになる。

 「心と命、物質を繋ぐものはなんであるのか」

これが、桃九の捜し求めるものとなった。


第3話 仮説の始動

 MIT時代と中東時代に現代科学の本流ともいうべき論文を全て読み漁った桃九であったが、それは桃九の捜し物を充たすものではなかった。MIT時代に出会った“複雑系”という書物とその研究者との交流が桃九の胸をざわめかせたのは遠い過去に思えるのであった。手の届くところに何かが存在すると感じてから10年以上の歳月を経て数学の最大級の難問の解法を1つ得たのであったが、喜びは「解けた」と思った一瞬だけで、その解法だけでは役に立つどころか、この世界になんら影響を与えることもできないと知ったときの落胆は己の破滅と同義と感じたものであった。

 それからの10年は自暴自棄との闘いと名の知れた賢者に救いを求める旅の繰り返しであった。確かに賢者たちからは癒しをもらうことはできたのだが、己が求めるものを振り返ってみるとさらなる奈落へと落ちていくようであった。命を燃やすような行いだけが己の狂気を振り払い、一時の平安を取り戻すのだが、それも長くは続かずまた命を削る職を捜し求めるのであった。

 何がきっかけだったのか覚えていないが、ふと思いついたのが1つの仮説であった。そのころの桃九には真実や真理は必要なく、ただ縋るものが欲しかっただけであった。思いついた仮説に縋ってみようと思いとことん仮説を追及してみたのは、この仮説が破綻したときが己の寿命の尽きるときだと感じていたからでもあった。桃九に残されていたのはそれしかなかったのである。

 宇宙の創造と己を結びつける仮説は、時として快楽を与え、時として耐え難い苦痛を与えた。そうこうしているうちに桃九は1つのことに気が付いた。全てを論理で考えることは無理無謀なことであって苦痛を伴う原因ともなり、行き詰ったときには己の感性に問うことが問題の打開策として有効であり、安らぎも得られるという1つの目覚めを得たのであった。

 征四郎の前に現れたときの桃九は、1つの仮説を論理と感性によるイメージで構築していたが、足りないものがいくつか存在することも知っていた。しかし、このときの桃九に挫折感や破滅感は無縁のものとなっていた。即ち1つの信仰に目覚めていたのであった。己が信じる仮説が信仰の源であり、先ずは己と同じくらいのレベルで生物学に精通したものを探すことを藤部本家に依頼するために帰ってきたのであった。

「大兄、頼む。見返りは不死とはいかないが不老は約束できる」

征四郎も同席して精太郎を説得した。

 精太郎は半信半疑よりはかなり前向きな立場をとるようになったが、

「わしはよいとしよう。だが親族を納得させんと、ことの途中で思わぬ障害がでぬとも限らん。ここは御堂の神託を得ることにしよう」

 御堂神社はアラハバキの神を祀る藤部家の主神格である。代々の神主は直系の男子が努めるが、実質的には直系の女子である巫女が神託をくだす。

「優、頼めるか」

 優は先頃祖母から巫女の座を受け継いだばかりであるが、祖母にいわせると数百年に一人の素養を持った巫女であるらしい。巫女の素養は当代の巫女が見定めるが、優の母親は素養が薄かったようだ。

「大吉也」

 こうして、近未来モデル都市プロジェクトは発足したのであるが、真のプロジェクトの目的を知るものは極限られたものだけであった。


第4話 桃の夢

「最近、よく同じ夢をみるな」

 夢の内容は、なにかに身体をまさぐられているような感じである。まるで何かを調べているような感じがするのである。それも違う自分が自分を調べているようなのである。

桃九は幼いときに己の身体にいくつかの精神が同居しているのではないかとよく感じたものだった。多重人格という精神疾患があるが、それとは違って同時に頭の中に複数の精神が混交して存在し、会話すらした記憶がある。滅多にひかない風邪をひいたときなど「ちょっと待っていろ」といって直してくれたときもある。最も鮮明な記憶は幼くして亡くなった次兄の勝智朗との会話である。勝智朗は具体的な知識を教えてくれたわけではないが「お前にはできる。明日にはその問題が解決しているはずだ」といって励ましてくれた。すると本当に理解に困っていた問題が嘘のように解けたものだった。征四郎は勝智朗と数年暮らしたことがあって、その印象は自分より遥かに頭の出来がよいというものだった。征四郎は勝智朗に負けまいと問答を仕掛けるのだが、いつもすんなりと納得させられて負けた気もしなかったという。

 よく思い出してみると桃九が自暴自棄になっているときも、さりげなく励まし支えてくれていたのは勝智朗だったのかもしれないと思った。その頃の記憶はおぼろにしかないが、勝智朗を感じていたような気がするのである。しかし、今回の感覚は勝智朗のものとは異なるようである。なにかを暗示しているのかと考えてみてもよくわからない。そのことは忘れたことにしてとりあえず、長兄に財閥大学に医学部と生物関連の学部、獣医学部の増設を具申してみようと思うだけであった。

 長兄に話を持っていくと、

「その話は進んでおる。お前には直接関係ないかもしれないが、医師免許を専門科医ごとに認可する法案を国会に持っていく根回しをしているところだ。そうすれば、医師を目指す学生が増えていいことばかりじゃが、医学会がなかなかうんといわないようじゃ」

 長女の絹子は与党の有力者の元に嫁いでいる。その線から医師免許の見直しをして、例えば産婦人科専門医や小児科専門医の医師免許を取得できるようにしようとしているのであった。だが、これは桃九とはあまり縁のない話のようである。

 桃九は時折、医学生などと会話をするようにしている。これは人材発掘が目的であるが、今のところ目ぼしい人材には出会っていない。桃九は僅かな会話の中に相手の潜在能力を見出す特技を持っていた。故に桃九のアンテナに反応があれば、片腕として有用間違いなしだと思われるが、そう簡単には見つからないようである。

 数日後、桃九に話しかけてくるものがあった。最初はいつもの夢かと思っていたが、自分が起きているのを確認すると夢ではないことがわかった。

「ようやく、探し当てました。わたしの力を継ぐものはあなたです」


第5話 桃の精

 突然の呼びかけに桃九は驚いたが、勝智朗とのこともあるのでそれほどではなかった。

「誰だろう」

「わたしはチロです。この世界が創造されたときから存在するものです」

「へ~、じゃあ貴女がこの世界を作ったの?」

「いいえ、この世界を創造したのはわれらの主です」

「それなら貴女はこの世界のお目付け役かな?」

「それも違います。われらは主のほんのきまぐれでこの世界に投入されたのです。われらの望みは元の世界に帰ること、それだけです」

「われらっていうけど貴女のような存在がこの世界にはたくさんいるの?」

「はい。数十の精が投入されたようですが、わたしがよく知っている仲間は13だけです」

「ふ~ん。元の世界に帰ることが望みだっていうけど何か目途は立っているの?」

「そこが問題です。全く目途が立っていないというに等しく、こうやって模索している有様なのです」

「そ~か~。それはお気の毒にとしかいいようがないね。え?こうやってって、どうやって?」

「話すと長くなるのですが、1つは貴方のような存在を捜し出すことです。貴方は肉体1つに対して、精神の受け皿が複数存在します。そう感じたことはありませんか?」

「精神の受け皿?頭の中に別な人が同居しているような感じかな?」

「そうです。わたしが、そのような人類に出会ったのは3人目です」

「たったの3人?人類はどのくらい前からこの地球に住んでいるの?他の2人はどうなったの?他にも聞きたいことはたくさんあるけどとりあえずこの2つを教えて」

「最初の質問は微妙ですね。その質問に答えるよりは、こう言った方がいいかもしれません。この地球の生命体を産んだのはわたしです。われらの望み、わたしの望みを叶えるために生命体を産んだのです。誤解のないように言えば、産むというより構築したといった方がいいでしょうか。詳しいことは追々話すとして、生命体は精神を宿すことができます。しかし、全ての生命体に精神が宿っているとは限りません。生命とは物質と精神を繋ぐ精神の受容体のようなものです。わたしの望みを精神の宿った生命体に叶えてもらおうと思ったのです」

「でも精神は貴女を含めて13か数十しか存在しないのでは?」

「はい、最初はそうでした。精神を分割させて増やしていったのです。細胞分裂をイメージすればわかりやすいかもしれません。ところが、分割するごとに記憶が薄れていくのです。わたしも2度ほど分割したため記憶が薄れている部分が存在します。分割した残りの3つのわたしの精神がどうなったのかはわかりません。近くにいればわかると思うのですが」

「なるほど。延々と分裂して増殖している精神があるかもしれないってことだね。それじゃあ、他の2人のことを教えて」

「一人目は、周囲の部族を支配することのみに興味があって、やがてわたしはそのものから離れていきました。二人目は西洋の中世期に魔女狩りにあってあえなく亡くなりました。わたしの望みは帰ることです。その方法はわたしにもわかりません。貴方がわたしを救うのです」


第6話 精神の触手

 頭の中を何かに鷲づかみされているような気分であった。しかし、落ち着いてみるとそれは、優しく自分の手をひく母親のような感覚に変わっていった。

「これから桃九には、様々なことを覚えて貰います。理屈で説明するより先ずはあなたの身体の細部を見てみましょうか」

 チロのそれは例えていうなら触手のようなものであった。指が何本あるのか触手が何本あるのか見定めることはできないが、その触手の1本に桃九の精神の一部がつままれているようであった。

「ここが、あなたの肝臓の細胞の内部よ」

 そこは脈動する工場のような場所であった。しかし、無機質なものではなく確かに生命を実感させる工場であったのだ。

「次はもっと奥にいきましょうか」

 光景がかわり、そこには2重螺旋構造のひも状のものが数本見えた。

「これは染色体よ。そこの端にあるのがテロメアになるわ。テロメアは老化を制御する機構の1つになるから寿命にも影響するのよ。あら、ここのテロメアは少し短くなっているわ。修復してみるわね」

 テロメアと呼ばれた部分にチロの触手が数本伸びて、何かを分泌しているようだった。

「今のは、テロメラーゼと呼ぶ酵素の1種よ。でも人の身体には数十兆個の細胞があるから1個ずつ修復していたらきりがないから一度に修復する方法があるけど、それは後で教えるわね」

「それ、知っている。人類の誰かが発見しているね」

「そうね。今の人類はたんぱく質を人工合成できないからただ知っているだけね」

「そうか~」

「それじゃあ、次はこれ」

「なにそれ、ぼんやりしていてよくみえない」

「そうね。見ようとするから見えないの。精神を集中させて感じて御覧なさい」

「あ!なんかぼんやり光っているような。繊維のようなものも見えた」

「そう。これが生命の元の1つよ。物質であって物質ではないわ。これが身体と精神を繋ぐのよ」

「そうか~というよりよく理解できないよ」

「そうね。最初はこれがあるということだけ覚えておいて。次は細胞分裂の仕組みについて説明するわね。今の人類もかなり進んでいるけど生命の元を発見できないとこれ以上の進展はないわね。細胞分裂の最初は生命の元を残して内部の器官は細胞原質という液体状のものに戻ってしまうのよ。そこで命の元が2つに分裂するの。そしてそれぞれに染色体ができて、細胞核ができていろんな器官が元通りになるのね。ここで大事なのは、生命の元の能力よ。分裂スピード、細胞の強さに影響するから寿命にとても関係あるの。人の個体差で生命の元の能力は±2%くらいだけど、強く願ったり訓練したりすると能力は何倍、何万倍にも増幅するのよ」


第7話 勝智朗の朗報

 チロとの出会いは桃九に大きな衝撃と少しの困惑を与え、桃九は問題が何かを考えた。

(真なのか偽なのか。つまりチロを信じるか否かだけど、確かめようもないし。何が問題か考えてみることにするか。チロが頭の中に同居したのは、勝智朗兄のこともあるから特に問題じゃないし、テロメアのことも調べたからいいとして、やはり生命の元の存在が問題になるのか)

 しかし、確かめる術を桃九は持っていなかった。待てよと思ったのは、チロの出現で自分の目的への道筋が幾分脱線したことに気づいたからであった。どちらかと言わなくともチロからの知識は先走りし過ぎているのであった。確かに自分は不老の可能性を求めていたが、それは人工のたんぱく質(特に酵素)を合成することで実現させようとしていたのであった。しかし、チロの話が本当ならばそれだけでは不老は難しいことになる。これから何を為すべきかここが思案の岐路となりそうであった。

「桃九、見つけたよ」

「勝兄、何処に行っていたの?随分久し振りだね」

「おや、誰かいるね」

「初めまして。チロと申します」

「チロはね……」

「わたしの紹介は後回しにして勝智朗さんの話を聞きましょう」

「では、早速。京都の高野山にいるのだけど。ちょっと変わっているというか不遇というか……」

「変わっているのはここの皆だよ。で、どんな人?」

「一言でいうと生物学会の異端児かな?元は京都大学で教鞭をとっていたのだけど、発表する論文の全てがまるで学会の主流派を否定するような、けなすような内容でとても科学とは呼べない代物でね。論理7分に感性3分の論文でついには学会を締め出された人なのだよ」

「へ~面白いね。でもどうして高野山にいるの?」

「命の源を精神修養で捜しているというのが、本人の意地というか頑なな決意みたいだよ」

「あ、歯車が噛み合った。チロはこのこと知っていたの?」

「いいえ、全く知りませんでした。何かが形成される予兆なのでしょう。予兆ではなく、経過かもしれませんね。脈流の中に入ったのかもしれません」

「脈流?」

「そのことは、おいおい説明します。流れはわれらのものかもしれないということですよ」

「わかった。で、勝兄はどうやってその人とコンタクトをとったの?」

「その人も別の精神の受け皿を持っていたのだ。そこで“こんにちは”といったら半分は驚いていたけど、半分は喜んでいたね。研究が大幅に進展するって」

「その人に会える?」

「もちろん、そのために戻ってきたのだから。早速高野山に行く準備をしよう」


第8話 高野山

 新幹線と在来線を乗り継いで和歌山県の高野山に桃九が辿り着いたのは次の日の陽も沈みかけた頃だった。てっきり目的のその人は高野山の繁華街に住んでいると思っていた桃九の予想は外れて、彼は繁華街から3つほど山を越えたところに住居を構えているようだった。

「勝兄は知っていたの?」

「言わなかった?」

「あら、普通の人と比べてだけど、ここの多くの人たちは随分精神の修練をしているようね。でも、わたしや勝さんのことを気付かれる心配はなさそうね。はっ!あそこにいる人は?」

「円光様ですね。ここのNO.3ですよ」

「何かに気付いているようだわ」

「何者じゃ。悪意は感じられぬが、この世のものでないものがこの付近に居る」

円光はそうお供の者に告げたのだが、お供のものには何も感じられない。

「ここから早く去ったほうがよさそうね」

陽も暮れかけていたのだが、桃九は彼のもとへと歩を進めることにした。自分の住まいも山の奥地であるから、夜目も利くし山行には慣れたものである。

「先に行って、到着を知らせておこうか。何時ころになる?」

 彼を知っているのは勝智朗だけである。

「ゆっくり行くから陽が昇る少し前くらいかな」

 幸い空は晴れていて星々が眩いくらいであった。道を照らすのは半月であったが、桃九にとっては昼も同然の明るさで道に迷う心配はなかった。やがて、薄っすらとあたりが明るくなってきたとき、粗末な小屋が見えてきた。一人の人物が小屋の前で落ち着きのない様子で待っているようだったが、その人が件の彼であると思われる。

「遅い。いつまで待たせる気だ」

桃九は約束の時間に到着したのだが、彼にとっては長い夜であったらしい。

「こちらが、佐々利助さん。で、これが弟の桃九。もう一人いるけどチロさん、利助さんの方にこれる?」

 チロは利助の受け皿を探したのだが、見つからない。

「利助さんの精神の受け皿は本人のものの他に1つしかないようね。勝さん、離れてみて」

 チロは勝智朗と交代で利助の受け皿にのった。

「初めまして、利助さん」

「おお、貴女が……」

 利助は感極まった様子で暫く声にならなかったが、

「早速じゃが、これを見てくれ」

 利助は、そういうとぼろ小屋の裏側に歩いていった。そこには、これが本宅かと思わせる小さいけれど手入れの行き届いた小奇麗な小屋が1つ建っていた。

「これじゃ、これ。細胞分裂を起こさないんじゃ。最初は多核体かとも思ったのじゃが、細胞核の数も少ないし、眺めているとぼ~っとした何か光るものも見えるし」

「生命の元がかなり増幅していますね。利助さんの探求の思いの強さが伝わってくるようです」


第9話 神経細胞

 なにやらどんどんと望むものが目の前に現れるような感覚を桃九は覚えていた。生命の元の実在を第3者によって確認できるかもしれないのである。もちろん第3者とは利助のことである。これから自分が何を為すべきかと考えるとここが分岐点であることは間違いないようである。そもそもは“たんぱく質の人工合成”が目標であったのだからそこに戻るか、チロの教えを受けいれるかで桃九は悩んでいるのであった。

 桃九の思いを無視するようにチロは利助にアドバイスを与えているようである。

「生命の元を効果的に制御するには、繊細で強靭な精神力を必要とするわ。そうね、この先の街で出会った人の弟子になるのがいいかもしれないわ」

「円光様のことですか?」と勝智朗が言うと、

「円光様ならわしの叔父にあたるけど、果たしてあの人がうんというか……」

 利助は円光に直接的な迷惑をかけたことはないが、自分では円光の名声に少し疵をつけたように思っている。俗世間では、変人奇人扱いをされているからであって、高野山に住まうようになってからも円光に会ったことはない。

「大丈夫よ。あの人ならきっと気にもしていないわ」

 そういう成り行きでその日のうちに利助は円光に会うことになった。詳しい事情は話さずに自分の研究のために精神を鍛錬したいと願うつもりであった。

「おお、おお。利助か、久しいのう」

 円光は詳しい事情も聞かずに、これから毎日自分の共をせよという。利助は自分の小屋から往復で10時間ほどの道程を毎日徒歩で通って、数時間の間ただ円光の共をしているだけであった。時々、

「どうじゃ、少しは鍛錬になっておるか?」

と円光に声をかけられる度に、

「はあ」

と生返事を返すだけであった。

 一方チロは、

「利助さんはあの人に任せておけばいいわ。桃九は次のことに移りましょう」

 勝智朗はチロから何かを言付かって何処かに去っていったようである。桃九は、“次のこと”に期待感が膨らむような思いであった。いつの間にか悩みが消えていたのは、自分の抱える命題である“たんぱく質の人工合成”は小さなことに思えてきたからであった。

「細胞を大きく分類すると、身体細胞と神経細胞それと万能細胞になるのよ。今まで見てきたのは身体細胞ね。万能細胞の説明は後にするとして、神経細胞を説明するわね。神経細胞は細胞分裂しないのよ。正確に言うと幼いときに大部分の神経細胞が分裂してできるのよ。そのときの神経細胞は万能細胞の機能を一部持っていて、完全な神経細胞になってしまうと細胞分裂できなくなるの。だから神経細胞が死滅すると増殖できないから神経の老化は防げないわ。桃九は気付いたでしょうけど、神経細胞はテロメアを持っていないのよ。でも個体差はあるけど人は神経細胞を新たに産み出す幹卵器官を持っているの。これも生命の元と似たようなものよ。ここが活性化されるほど思考能力が向上するし、神経細胞の老化も遅れさすことができるのよ。桃九は多分ここが活性化されているのね」


第10話 幹卵器官と独立系

「人の脳には数百億個の神経細胞が含まれているけど、ネットワークとして機能しているのは1割程度ね。それでも数十億個になるわ。神経細胞のことをニューロン、ニューロンの連結線をシナプスと呼んでいるのは知っているわね。仮に脳が独立部を持っていなかったとしたらシナプスは何本存在するかしら?あらっ、これは貴方の専門ね」

「はい、わたしの知っていることが全てだとしたら、ニューロンの個数をNとしたとき、シナプスの本数は(N-1)の階乗÷2になるからシナプスは数えるのが嫌になるほどの本数になるよ。でも、脳は右脳、左脳とか海馬とかいろんな部位に準独立した部位になっているから、実際に本数を算出するのは困難だ。さらに全てのニューロンが連結しているとは限らないから数えるのはほとんど不可能だよ。でも、チロは数えることができるの?」

「わたしにも無理だわ。というより数えるのは無意味かしら。それよりどうして、準独立系と言ったの?完全独立系だとまずい理由があるの?」

「知っているくせに……。完全独立系だと独立系同士が互いに連絡できないことになる。つまり互いに見えない存在になるから他の独立系は無いことと同じになる。だから必ず、最低1本は連絡線が存在する。だから準独立系といったのだけど、間違っている?」

「わたしの理解と全く同じだわ。それが、この世界と神の世界わたしのいたところねを繋ぐ鍵になると思うけどまだ先の話ね。脳の話に戻りましょう」

「こういうことでしょう。脳がいくつもの部位に分かれているといっても各部位は数十万個のニューロンで構成されるから幹卵器官から1個のニューロンが新たに追加されると数十万本のシナプスが増える可能性があるということでしょう」

「そう、その通り。さすが専門分野ね。幹卵器官を活性化させればさせるほど思考能力が飛躍的に向上するわ。さらに新規に追加されるニューロン数が死滅するニューロン数を上回れば脳は老化しないわ。生命の元と幹卵器官の活性化だけでも老化はある程度防げるけど万能細胞はもっと強力よ。でもそれは後でね」

「うん、わかった。それとは別に1つ疑問があるから教えてくれる?ニューロンには複数の信号入力の樹状突起と1つの信号出力の軸策があるけど、それだと脳のネットワークは尻すぼみになってうまく機能しないと思うけど、どうなの?」

「その通りよ。Nの信号入力と1つの信号出力だとどんどん信号が一部のニューロンに集まっていって最後は1つのニューロンで終わりになるわね。でも現代の人類は受容体を見つけたようね。でもよくわかっていないみたい。それがネットワークより神経細胞の連絡を素早く行うのよ。受容体を用いるとシナプスほど厳密に連絡できないけど一定の部位に一度に情報を伝えることができるのよ。最初に情報を伝えたい部位に受容体を植えつけて次に神経伝達物質を分泌するのよ。神経伝達分泌物は植えつけた受容体にしか作用しないから情報伝達は特定部位にしか影響はないのよ。但し、脳の能力が弱ってくると受容体が別な部位に侵食するから脳の機序が狂って、その人は精神の疾患ありとされることもあるわ」

「なるほど、脳もほとんどがメカニズムを持っているということだね。ただその根本にあるものを人類が知らないというだけか」


第11話 円光の招き

 藤部総本家に帰った桃九は、精太郎に報告をしていた。

「わたしはなにやら思い違いをしていたようです」

「なに、では今までのことは無駄じゃったのか?」

「いいえ、より進展したと言ってもいいかもしれません」

「うん、どういうことじゃ」

「やり方を代えるということです」

「ふむ、どうすればよい?」

「兄者の精神を強く鍛えます」

「わしの精神力が弱いというのか?」

「いいえ、強さの方向が違うといったらいいのでしょうか」

「う~む。なにやらよくわからんが、具体的にどうすればよい?」

「高野山から一人の高僧をここに迎えたいと思います。そして、その方のもとで修行をしてもらいます」

「なに、坊主になれというのか?」

「いいえ、それも違います。あの高僧には何も話しておりません。あの高僧を騙すようですが、ここに一度迎えて、説得したいと思います。そのときのために修行場を用意して欲しいのです。幸いこの近くに八葉山天台寺があります。おそらく、この辺りは霊場に適した場所なのだと思います。しかし、問題があって、天台寺は天台宗、あの高僧は真言宗です。そこいら辺の折り合いをどうつけたらいいのか、わたしにはわかりません。兄者は天台寺と繋がりを持っていますか?」

「おう、天台寺には毎年まとまった布施をしておるから、あそこの住職はわしの話なら聞くじゃろう」

 このように話が進んで、桃九は再び高野山に向かった。利助は円光のもとにいるから、利助の紹介で桃九は円光と面会することになった。

「利助、このわしの前に人ならざるものを連れてくるとはどういう了見じゃ?」

「待ってください。一度だけ話を聞いてもらえませんか」

 円光も目の前の者に悪意もないし、邪悪な存在でもないことを見抜いていたため一度だけならと話を聞くことになった。かくかくしかじかと話す桃九の言葉に頷いたり、驚いたりしていたが、

「わしに、その話を信用せよというのか?」

と、修行を積んだ円光といえども顔を真っ赤にして怒り出さんばかりになった。しかし、目の前にいる者が人ならざる者と断じたのは円光である。つまり、円光の怒り様は自分に対してでもあったのだ。おかげで桃九は追い出されることもなく、円光になにかしらの証左を示せばよいということになった。

「チロ、この人と接触できる?」

「この方には受け皿がないので……。直接接触してみましょうか?」

 すると、円光の頭の中にチロの声ならざる声が響いた。こうなると円光も全てではないが、桃九の話を信じるようになった。

「わしはこれからどうすればよい?」

 尚、通常は精神と精神を直接接触させることはリスクを伴う。互いの精神が干渉しあって、一方または両方の精神に大きな影響を与えかねない。チロと円光の会話は、チロが一方的に精神波で話しかけ、円光の考えをチロが拾うという形で行われた。それでもリスクが軽減されるだけで、修行を積んだ円光だからこそ会話を試し、それから会話が成立するようになったのである。それでもリスクが無くなったわけではないのでチロと円光が直接会話することは控えられた。


第12話 脈

 藤部総本家を訪れた円光は、精太郎と対峙していた。

「貴方様が、わが師となられる方ですか?」

 精太郎も人の中では傑物であるため、円光の人格や能力を一目で見抜いていた。しかし、円光はその話をまだ聞いていなかったらしい。それでも精太郎は話を続けたのであった。

「寺院の建立に金の糸目はつけませんぞ。なんなりとおっしゃってください」

 困った円光の目は桃九に救いを求めていた。

「兄者、その話はまだ早いのです。円光様は修行のための適地を探したいとおっしゃっています」

「そうじゃったの。天台寺の住職も近くに真言がくるのは些かまずいと言っとる。延暦寺がうんというまいと言っておるのじゃ」

(延暦寺は天台宗の総本山である)

「わしも近くには捜すまいと思っていたところです。しかし、この辺りは脈の宝庫みたいなところですな」

 この言に反応したのはチロであった。脈という言葉よりも円光のイメージした脈に“はっ!”としたのであった。

「貴方様は脈をご存知で?」とチロが尋ねると、

「知っておるというわけではないがの。始祖の空海様も方々に脈を捜されたようじゃから。脈とは波動のようなものと聞いておりますじゃ。脈の強い地では法力も格段に強くなったと伝えられておりますのじゃ」

 これを聞いたチロは(少しは知っているみたいね。まあ、極一部というところかしら。でも知らないより少しでも知っていた方がやりやすいわ)と思っていた。

 精太郎との面会を終えた円光であったが、円光は脈の適地が見つかれば、高野山真言宗の金剛峯寺から籍を抜いてこの地に新たな真言宗の寺院を建立してもいいと思うようになっていた。真言宗の本山は宗派ごとに18あると言われているが、その1つである金剛峯寺から籍を抜くということは、いわゆる僧侶としてのエリートコースを捨てるに等しかったが、円光の思いはそれでもいいとまで思うようになっていたのだ。

 桃九と円光は2ヶ月くらいの間、徒歩で適地を捜して歩いた。姫神山、早池峰山など脈を強く感じる場所を円光が訪れると「う~ん」と腹の底から唸り声を響かせていたが、それでもこれはという場所ではなかったようである。

 秋田県鹿角市の大湯環状列石を訪れると円光の唸り声はピークを迎えたようであった。

「なんじゃ、ここは?人であって人でないものが、造ったものなのか?」

 驚いたのはチロである。

「あら、ばれたのかしら?」

「ここより西方にもっと強い脈を感じる」と円光は白神山系の方角を指差すのであった。自然の成り行きで、桃九と円光はその方角を目指すことになる。桃九も山行には自信があるから少々の藪をこいでも歩行速度は落ちなかった。白神山地の奥地に入ると円光は時々立ち止まって、

「この土の下に三角山がある」と指差すのであった。的確にその地を見つけるものだからチロは(この方は思ったより能力が強いわ。それとも脈のせいかしら?)と思っていた。

 実はチロには桃九にも話していない秘密があったのである。


第13話 チロの秘密

 円光は白神山系の奥深い山の中に修行場を設けることにした。桃九が、

「ここに寺院を建立しますか?」

「とんでもないことじゃ。この脈の上に建造物など立てたら脈が怒ってしまう」

怒るとは比喩的な例えで、脈の流れを阻害するということらしく、その地には雨風を凌げる程度のぼろ小屋を建てることにした。一番驚いているのはチロで、

「この地の土中にはあの者たちが住まいしているわ。桃九と円光には話しておくべきかしら」と、まだ話す決断はできていないようであった。

 チロの持つ秘密とは、人類を育てる過程で試験的に現在の人類より強力な能力を持つ超人類ともいうべきものを産み出したことであった。その数は数百人であったが、チロにも産み出した後の結果は予想外で、現在では悔やんでいるのであった。というのは、超人類のかなりの割合で反逆者たちが出たからであった。もっとも反逆者はチロから見た場合で、反逆者たちは自分たちの自由を勝ち得たと思っているらしい。チロに従う者たちが、円光の言う土中の三角山に住まいしているのであった。彼らが造った三角山の素材は土であるが、ただの土ではなく現代の科学の常識では測れないほどの原子や電子を緻密に組み合わせて建造されてあった。

 現代の人類が発見したアミノ酸は22種類存在するが、チロは23番目のアミノ酸を知っていた。というよりアミノ酸を作ったのはチロであるから知っていて当然なのだが。

※(DNA設計図によって、アミノ酸の配列が様々なたんぱく質を生成させることは現代の科学では常識とされている。多くの生命体は22種類の中から20種類のアミノ酸を用いてDNAを構成していると考えられている。そして1つのアミノ酸配列に1つのたんぱく質が対応して合成される。例えば、現在発見されている最小配列数のインシュリンは51個のアミノ酸配列から構成されているが、これが意味するのは20の51乗のアミノ酸の組み合わせの中からインシュリンという有効なたんぱく質のみしか生成されないということである。20の51乗の組み合わせ数の残りは毒にも薬にもならない可能性が極めて高いのである。もちろん、20の51乗の組み合わせ数を実験や研究した科学者は存在しないと思われるから確かではないが、おそらく人体にはインシュリン以外は存在しないであろうと思われる。ここで20の51乗の組み合わせ数を計算しても嫌になるほどの数字であるから、有限ではあるが驚くべき巨大な数字としたい。たんぱく質はこの1次配列状態を第1構造として第4構造まで有益なたんぱく質として人体が使用するために化学(構造)変化を起こすらしい。修飾というプロセスがあって、例えば、カルシウムを含むアミノ酸は存在しないから、化学変化のプロセスの途中でカルシウムという元素を修飾(加える)させるらしい。つまり、アミノ酸だけでは骨を作ることはできないのである。また1次配列のひも状だととんでもない長さになって、細胞内に収まりきらないから折り畳みという構造変化も起こすらしい。と、このように人類はまだたんぱく質を解明するどころか入り口に立ったばかりである。)

 チロの秘密とは、23番目のアミノ酸を加えたアミノ酸配列から複数のたんぱく質や酵素を生成させて超人類を産み出したことから、困っているということである。


第14話 創発

※(【創発】の意味をWIKIで調べてみると、「部分の性質の単純な総和にとどまらない性質が、全体として現れることである」と説明されている。)

 さて、筆者が創発を考えるとき、ここに赤・白・青・黄のボールが1個ずつあったとする。部分とは赤・白・青・黄のボールが1個ずつである。部分の総和とは足し算であるから4個となる。つまり全体は4個のはずである。ところが、ボールの組み合わせを数えてみると4個を超えることになる。この部分から全体を構成する演算の方法が「単純な総和にとどまらない」という意味であると思っている。

 また、ここに数本の綺麗に製材した材木があったとする。わたしたちは、これから「何か建物ができるだろう」と連想できるが、材木から建物ができることを知らない人には連想できない。つまり、部分とは材木で全体は建物であり、全体を知っていないと創発現象に見えるのではないだろうか。

 と、列挙すればいくらでも創発現象を説明できるようだが、何が真実なのかは知る由も無い。筆者の興味は2つある。1つは、加減乗除という演算、あるいは関数という手法の演算ではなく、大量の組み合わせ数が全体にどのような影響を与えるかということである。数学のプレミアム問題(数学の未解決問題の代表のようなもの)にNP 問題というものが存在するが、この問題が筆者の興味に近いと思われる。前話のアミノ酸からたんぱく質を合成する膨大な組み合わせ数もこれに近しく、これに筆者はわくわくするのである。もう1つは、細胞分裂のように最初に全体とする1個があって、分裂(分割)によって倍々と個数が増していったとき何が起きるかということである。

 チロは神の世界からこの世界に投入された桃の精であるが、チロは2回精神分割を行っている。つまり、チロは最初の1個から2回分割して4個になった桃の精の1つである。残りの3個の行方をチロは知らない。この精神分割によって記憶が薄れていくことにチロは気が付いた。

 人に宿る精神は、記憶が薄れていくことに気が付かない(気が付いていたとしても)桃の精が延々と精神分割を行った桃の精の末裔である。チロの望みは元いた神の世界に戻りたいということであるが、これも欲望の1種である。人も欲を持っているが、これは桃の精の欲望を受継いだものであり、膨大な精神分割の過程で欲望の性質が変化して、さらに複雑化していったものと考えられる。


第15話 この世界の始まり

 チロが以前住んでいた神の世界の桃の木は自家受粉ができなかった。つまり桃の実を結実させるためには、他の花粉から受粉する必要があったので、主神体から送られてきた花粉を受け入れていた。とはいえ、チロは主神体の実態をよく知っているわけではなかった。主神体は1つのようでもあり、いくつもの神の集合体のようでもあった。ましてや、神の子の生誕の仕組みを知るはずは無く、ただ自分たちの花粉と神の花粉によって桃の実が結ばれるということを知っていただけであった。チロが神の子に仕えるのは7度目で、桃の実の種子が源根子の1種であることを神の子の所作やつぶやきからそれとなく知るようになった。源根子が成長すると桃の精となることも誰からとも無く教えられたが、桃の精が無の領域に投じられたのは今回が初めての出来事であった。

 チロが投じられたのは、いわゆるこの世界であるが、最初は困惑が強く何を為すべきか考えることもできなかった。この世界で知っていることといえば、1つの源根子が両端に相反する極性(+-)を持つ空間線を生成することと、複数の源根子の極性が全ての極性に対して空間線を生成するということだけであった。このとき、同一の極性から生成される空間線は斥力を持ち、異なる極性から生成される空間線は引力を持っていたが、このことを経験からチロは知ることになる。また、時間も神の子が源根子を投入する回数に依存していて回数の間のスパンには1という目盛りしか存在しなかった。つまり回数の数だけが時間に相当することになる。そもそもチロは神の世界で時間を意識したことはなく、時間の概念も経験と共に覚えていくことになる。

 そのため、この世界が創造されてからどのくらいの時間が経過したのかは、あまり意味を持たないことになる。現在も神の子は源根子を投入していると思われ、実際には我々の感じている時間と源根子の投入回数の時間の2つの時間がこの世界には存在することになる。

 空間線は格子状の空間を生成し、極性そのものは実体としては存在しないが、いくつもの極性の集合体があるパターンを形成するといくつかの性質を持つようになった。チロにもよくわからないが、これが極性という部分からパターン集合体となり新しい性質を持つ創発という現象なのかもしれない。

 この世界に物質世界が構成されると同時に非物質である世界もいくつか構成されていく。それぞれの世界は高度な独立系を形成し、それぞれの世界を繋ぐ通路は稀にしか存在しなかった。チロを含めて13の桃の精は物質世界に住むことを選んだが、他の数十の桃の精は他の世界を選んだようである。

 パターン集合体は電子や陽子といった物質の基本構成要素を構成していくが、チロはそのメカニズムを知らない。チロが知るようになったのは空間線が物質化した後の機序であった。その機序に従って試行錯誤の結果、チロは有機物を合成することに成功することとなる。また、格子状であった空間線は電子などから見ると極小であって、物質からみた空間線は連続空間体と同じ意味を持つことになる。


第16話 元素へ

 空間線を最小単位とする世界は、空間線とその極から生成されたパターン集合体を要素として、高度に独立した系をいくつか持つこととなった。我々人類の棲む物質からなる系はその1つで、他の系との行き来は極めて困難ということになる。

 パターン集合体は電子や陽子、中性子となり、原子を作ることになる。また、空間は空間線そのものであり、この世界のエネルギーの源となる。物質は空間線の斥力と引力の力関係(極の位置関係)から生み出されたものである。電子や陽子、中性子の集合体は一定の創発法則によって100種類ぐらいの元素を構成するようになっていった。元素は原子核に含まれる陽子の個数によって種別分けされ、陽子の個数を元素番号として元素の種別を特定できるようになった。陽子の数が1個(元素番号が1つ)違うだけで元素の性質が変わっていくが、何故そうなるのか現在の人類には解明できていない。尚、この物語でその解明を試みたいと思っている。

 チロはこの世界の物質界が創造されてから現在に至るまでこの世界の時間で100億年以上の間棲んでいた経験からいくつかのことを知るようになった。1つは何らかの理由で同一座標に+と-の極が存在すると大爆発を起こして対消滅することである。対消滅した極は神の世界に戻るのではないかと考えているが、それは定かではない。1つは、空間線が周期性を持って伸縮することである。縮が最小値(0)のとき、+と-の極が対消滅するのではないかと考えている。しかし、次の理由により縮が最小値(0)になることは、非常に稀であった。空間線同士が接近すると互いの空間線が振動し、規則性を持ち波動となるようであった。この波動を脈と呼ぶ。脈が空間線の伸縮の周期性に影響を与えるため縮が最小値(0)となることに制約がかけられるようであった。

 斥力と引力を持つ空間線が接近すると、引力を持ち互いがひきつけあい、斥力と斥力か引力と引力であれば、斥力を持ち反発しあう。問題となるのは空間線同士が接触、交差して空間線同士が対消滅することである。空間線の対消滅による爆発(この世界からエネルギーが欠損する)は極の対消滅よりはるかに小さい。なぜならば、極の対消滅はその極に繋がる空間線全てを巻き込んで爆発するからである。空間線の対消滅による問題はエッジとなる空間線が消滅することにより、この世界の完全グラフ性が崩れ、この世界の機序に乱れを生じさせることである。しかしチロは空間線の対消滅を目撃したことはない。なにか神の子の配慮が存在するのかもしれないと思っている。

 この世界には脈の流れが存在するとチロは考えている。脈が密集し、互いの脈が干渉しあい脈流となっていくと考えているのである。脈流の中ではエネルギーや時間の流れなどが増幅されて、それは精神も例外ではないようだった。

チロは脈流の中で極を対消滅させてみようかと思ったことがあるが、それは寸前で思い止まった。何故なら対消滅が起きると神の子の作業に支障を起こすのではないかと考えたからであった。そして、極や空間線の対消滅を起こすことは禁忌となった。その禁忌がチロの意思で破られたことが神の子に知れると神の世界に帰る方法を得ても、帰れなくなるかもしれないと考えたのである。

 極の性質は電子に多く受け継がれている。陽電子も存在するが、単独で存在することは難しく、多くは陽子の中に含まれている。稀に電子と陽電子が衝突して(同一座標に存在する瞬間)対消滅を起こすことがあるが、これは極の性質を受け継いだものと思われる。但し、電子(他の物質も同様である)の対消滅は極そのものを対消滅させないようで神の子の作業には影響がないと思っている。

 そもそもチロは神の子の意図するものを知らないので、何が禁忌なのかはっきりとわかっていないが、少なくとも空間線や極を対消滅させまいと考えていたので物質化した存在を操作することで、自分の望みを叶えようと思っていくようになっていた。


第17話 知的生命体

 チロは、物質化されたこの世界を観察することが、常となっていった。どのくらいの時間が経過したのか覚えていないが、チロはあるときに元素が結合していくことに気が付いた。現在人類が呼ぶところの分子である。さらに共有結合も発見し、分子を自分自身で構築させることも覚えていった。しかし、やっていることは自分の望みを叶えるために必要なこととは異なるように思えた。とはいえ、今チロにできることはこの世界の振る舞いを観察して知ることだけであった。チロは膨大な時間を費やして知ることに専念していたが、この世界の振る舞いの量は膨大すぎて、作業量は増えていく一方であった。そこで自己分割で増殖し役割を分担しようかとも考えたが、それでは自分の記憶が薄れてしまうことを思い出し、物質と増えてきた他の精が分割したと思われる精神体から知的な生命体を生み出そうという結論に思い至ったのである。

 有機化合物を生成することは比較的簡単にできた。元素番号6の炭素は、4つの外殻電子と4つの電子の空席を持つ。また、最大4個の相手と結合できることも炭素の利点といえた。化学反応とは多くの場合、元素または分子同士が結合する様を指すことが多い。また、結合方法もいくつか人類は発見しているが、共有結合がもっとも強い結合で一般的であるとされている。故に共有結合を骨格とした分子構造が多く存在することになる。

 炭素を含んだ化合物は例外を除いて有機化合物と呼んでいたが、有機化合物という呼称はほとんど意味を持たなくなっている。その理由は有機化合物に生命の緒元をみつけることができなかったことだと考える。上述のように炭素は化学結合の利点が多く、生物の多くが炭素化合物で構成されているというにすぎないのである。また、炭素は地球上では空気中に0.3%含んでいるため用いるに足りないということはない。

 チロは知的生命体を生み出すために3つの部分を考えた。1つは物質の器(人間でいえば肉体)、2つ目は精神体、3つ目は物質と精神体を繋ぐ結合部である。2つ目は周囲に数多く存在するから問題は1つ目と3つ目となった。最初に手がけたのは1つ目である。1つ目を生命体と呼ぶことにして、その設計図と構築手順、実際に設計図から生命体を構築する大工さんのような部位が必要であると考えた。

 設計図は、現在人類の知るDNAである。構築手順と大工さんについて人類はまだ解明できていないようである。ここでいう設計図とは生命体の各部品の設計図である。設計図はコードの羅列となった。これは設計図と言うよりコンピュータプログラムのマシン語に近く、染色体はサブルーチン(部品)のライブラリといったほうがわかりやすい。

 ところが、チロも知的生命体を構築するのは初めてのことであるから、どのような部品が必要であるかわからなかった。試行錯誤の結果、37個の部品を作り出し、これにアミノ酸という名前をつけた。人類は、その中の22個を発見している。そして、その中の20個をα-アミノ酸と呼び多くの生物がこれにより構築されることになる。


第18話 DNAコード

 AのB乗のような指数のA部を基数、B部を添数と呼ぶ。チロはこの名称を知らないが指数の法則は知っていて、アミノ酸に対応するコードにこれを用いようと考えた。AのB乗が37個以上であればアミノ酸全てに対しコードを割り当てられるため基数と添数の候補は限られていた。現在の人類は基数=4、添数=3であるDNAを知っていて、基数4種類は、AアデニンGグアニンCシトシンTチミンであり、これをAGCのように3個(添数)配列したものをコドンと呼んでいる。

 候補としては、基数2×添数6=64や基数8×添数2=64が考えられたが、基数2は排除機構に弱く、基数8は排除機構が複雑になり過ぎる為に基数4が選択された。排除機構とは設計図や構築過程で欠陥品がないかチェックし取り除く機構のことである。排除機構の動作確認のために実際に部品(アミノ酸)を作って見ると、意図しないアミノ酸もどきが構築されることがあり、これに対し排除機構は正常に機能した。ところが、アミノ酸もどきの中に機構による欠陥品ではないものが見つかった。原因を捜してみてもわからず、これを創発的変異と呼ぶことにした。そして、部品を組み立てる過程でも創発的変異は起こるだろうと予測した。尚、創発的変異も欠陥品と同じく取り除くことにした。

 チロが得た経験は、基数が増えると創発的変異が増え、基数が少ないと複雑性が減るというものであった。上述のようにエラーと創発的変異を区別することは難しく、また意図せぬ箇所が、この世界によって基数と判断されることもあるため、部分から全体を構築するときの要注意点となっていく。

 基数=4、添数=3からコードの割り当て可能数は64で、チロが作ったアミノ酸は37である。必然的に冗長的となるが、その部分は予備コードとして残しておこうと考えた。さらには、37個のアミノ酸の中には、他のアミノ酸の機能を遥かに凌駕するものがあり、安全のためにコードを制限する必要があった。そのため生命体ごとにコード表をマスクすることにした。

 チロが実際にアミノ酸を繋げてたんぱく質を作ろうとコーディングをしたとき、コードを書き込んだDNA群の長さが数cmにもなった。(AGCTの長さ(平均としておく)×3(添数)がコドンのこの世界での実長さとなる)これでは生命体の中にDNA群を埋め込むことができないので、幾重にも折りたたむことにしたのであった。しかし、折りたたむと各コード(AGCT)の分子同士が接触し、思わぬ電子の結合が起こってしまったのだ。チロは、DNAの立体構造を二重螺旋として防いだのだが、二重螺旋などの形状の特性については後述したい。


第19話 スタック器官

  現在の科学ではDNAを解読し、RNAに転写してたんぱく質を生成するのはリボソームだとされている。しかし、染色体は多くのDNAを含んでおり、どういう順番であるいは何をトリガーとしてDNAの解読を始めるのか明言している文章は見当たらない。詰めていけば生命の誕生のとき、何が(誰が)命を吹き込んでいるのかという問題に突きあたるが、ここでは、何が(誰が)DNAからたんぱく質を生成する順番を決めているのかということだけを考えたい。

チロは細胞の中に命令を詰め込んだスタック器官を作ることにした。スタック器官は、1番最初に最後に実行する命令を持っている。順に遅く実行する命令をスタック器官に羅列していくと、1番最初の命令がスタックの最上部にくることになる。このスタック器官は、は生命体の随所に見られ、生体機能の一部を担っている。尚、スタック器官は必要に応じて構築され役割を果たすと消滅する。リボソームはこのスタック器官を参照して命令を順番に実行してたんぱく質を生成する。

さて、人の場合、受精卵を始まりとして考えたい。受精卵は細胞分裂(卵割)をして2、4、8…個と増えて胚を形成する。やがて胚は原腸(口と肛門)の形成のために一部の細胞が内側に入り込み、これを陥入と呼んでいる。この時点で各細胞はシリアル番号を持つことになるが、理由は二重螺旋の形状と共に後述したい。この形状と情報の関係がこの物語の大きな主張の1つとなる(尚、形状だけでプログラミングが可能であることを予告しておきたい)。この段階で細胞は万能細胞(ES細胞)と細胞分化を起こし始めた細胞が入り混じっている。この後、誘導と呼ばれるプロセスによって人体の各組織が構成されていくが、誘導は形状によるプログラミングとスタック器官が担っている。これが部分の構築手順となる。

 さらにチロは、各器官の配置や脳の構造を司る大工さんのような機能も用意した。建物を作る場合でも設計図だけでは建築できない。設計図だけでよいなら建造物の屋根を宙に作るところから始めてもいいはずである。つまり、手順が必要でさらにそれを操作する者も必要だということである。このことから、チロはこの世界を支配する法則には、順番も含まれているのではないかと考えていくようになる。

 物質と精神体を繋ぐ結合部を命の元と呼んでいたが、これからは受感部と呼ぶことにしたい。受感部は物質でもあり非物質でもある。我々が命と呼ぶものの実体は受感部のことである。故にこの物語では、命よりも精神の方が大切であると考えていくことになる。


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[一言] 空間線ってなんですか?源根子ってなんですか?この作品独自の概念が説明なしで出てきて理解が追いつかない
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