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マイナンバー・ポータビリティ

作者: てこ/ひかり

「ようこそいらっしゃいました。ささ、こちらにどうぞ」


 天国に着くなり私がいきなり案内されたのは、怪しげな看板を掲げた小さなショップだった。

天使の姿をした誘導役の店員が私をカウンターに座らせ、にこやかに向かい側へと回った。事態を把握できない私は、不安げに頭の上に浮いた蛍光灯みたいな輪っかを撫でた。


「あのう、ここは何処なんですか?」


 私は店員に尋ねた。店員は猫なで声を出した。


「よくぞ聞いてくれました。ここは肉体ショップ。死んだ貴方の魂を、新しい肉体へと『乗り換え』することができるお店でございます」

「肉体ショップ?」

「ええ。今なら番号そのままで、他者への『乗り換え』が実質無料でできちゃいます」

「番号ってなんですか?」


 私は死後のショックで混乱しながらも、一つ一つ整理することにした。


「ええ。新規死者の方はご存知ないかもしれませんが、西暦2015年頃から、故人故人の魂を番号で管理する『マイソウルナンバー制度』が発足いたしまして」



 店員が丁寧に説明してくれた。一度現世で死んだ者の魂は、天国に一斉送信される。以前はそれを種族ごとに輪廻転生させていた神様だが、人間の数は膨れ上がり、次第に管理しきれなくなった。そこで魂を番号で管理する『マイソウルナンバー制度』が開始されたらしい。



「ただこの制度は、少し厄介でして…例えば貴方のような危篤状態のお客様が来国された場合」


 店員は私をチラッと見た。そういえば私は、現世では病室で危篤状態なんだったっけ。死後の世界のギャップに、自分の死因され忘れかけてしまっていた。


「まだ現世では元の肉体は存在しておりますので…新しい他者へ乗り換える時、番号を変更しなくちゃあならないんです」

「同じじゃダメなんですか?」

「そうすると、魂の受け皿が二つになっちゃいます。基本的にひとつの肉体に、ソウルナンバーは一つです。じゃないと二つの肉体に、同じ魂が宿ることになっちゃいますよ」

「へええ…」

「因みに番号が変更されてしまうと、元の魂の記憶もすべて消去されてしまいますので、ご注意を」


 店員が店の窓から、遠くに見える大きな門を指差した。門の向こうには、大きな神々しい建物が見えた。あれは恐らく、正式な天国への入口、玄関みたいなものだろう。


「あそこの『正規店』に入ると、契約として番号の変更を余儀なくされるんです」



 店員が私にそっと囁いた。つまりここは、前世の記憶を保ったまま転生できる非正規店ということか。肉体から肉体へ、携帯電話よろしく魂は『乗り換え』できるものなのだろうか。何だか怪しげな匂いもぷんぷんするが、確かにその「オプション」は魅力的だった。



「ですがわたくし共に任せて頂ければ、番号はそのまま実質無料で『乗り換え』いたします」

「実質無料っていうのは?」

「それはですね…手数料として、貴方の以前の肉体を、我々に提供していただきたいと」

「えっ?」

「肉体を先に消去することで、番号の『紐付』を無くすんです。それに何、肉体は高価で取引されますからね…げへへ」

「うぅぅん…」


 如何にも悪そうな笑い方をする店員に若干引きながら、私は首を傾げた。確かに元の肉体を得体のしれない奴に渡すのは引けるが、既に死んだ体でもある。それなら気にすることはないんじゃないだろうか。私は迷った挙句頷いた。


「分かりました。契約します」

「ありがとうございます!げへへ…ではこちらにサインを」


 店員はにやりと笑うと、嬉々として契約書を持ってきた。その姿は天使の姿をした悪魔のようだった。


「まずい!お頭!警察が来ます!」

「何だと!?早くズラかれ!!」


 私が契約書を書き終わろうとした寸前、店の奥から男の野太い声が響き渡った。店員は慌てて私の契約書をひったくると、急いで店の奥へと消えていった。


「ちょっと!私はどうなるんですか!?」

 

 何事だろうか。奥からは激しい物音が聞こえてくる。一人店内に取り残され、私は不安になって叫んだ。すると、今度は店の入口が大きな音を立て開かれた。私は驚いて振り返った。


「警察だ!観念しろ!」


 入口に立っていたのは、悪魔の姿をした天使のようだった。口を開く間もなく、私はなだれ込んできた天使たちにあっという間に取り押さえられてしまった。











「…そこで目が覚めたのよ」


 病院のベッドで、私は見守る夫と娘に先ほどの「天国の夢」を話して聞かせた。危篤状態から奇跡的な回復を遂げた私は、こうして愛する二人の元へと帰ってくることができた。娘がベッドの端から、じっと私を見つめた。夫は目に涙を浮かべながら、何か飲み物を買ってくるよ、と笑った。


「何がいい?」

「「オレンジジュース」」


 私と娘が同時に答えた。私たちは再び見つめあった。


「分かった。じゃあ行ってくる」

「「うん。いってらっしゃい、パパ」」


 私たちは笑顔で、一緒に手を振って夫を見送った。私はまた、娘を見つめた。娘も私をじっと見上げてきた。その顔に私は既視感を覚えた。娘はぱっと振り返り、夫のあとを追って外へと駆け出した。そういえば夢で見たあの契約や…私が入るハズだった新しい肉体はどうなったのだろう、という疑問が、ふと頭を過ぎった。



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